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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
108/207

近道

 

 東の森は意外に広大。

 そしてその中を通る道路は主要道路の他に細い脇道もある。

 長らく使われていなかったせいで脇道は需要の少ないものから順に姿を消し、辛うじて需要のある道だけがどうにか道としての外観を保っている。


 で、そんな道の一つを朝日が昇ってかなり明るくなった頃、リョウとアウラが進んでいる。

「あら……ほんとだ。教えてもらった通りね。一旦道が途切れてる」

「ここを回り込むんですよね」

 進んできた細い道は、二人で判断するとしたら絶対に選ばないような荒れた道だった。

 西の都市の守護者を相手にしたということを自覚した上食料をもらった、ということでヒロセは近くの町への近道を教えてくれたのだ。

 教わった通り道を進んで荒れた小道に入り、進んでくると道はどんどん荒れてきてついに途切れた。かなり昔に巨大な木が倒れた後のようで、倒れた巨木の上には苔や小さな若木や蔓草など様々な植物が根を下ろしており、よく見ないと木が倒れていることに気がつかないかもしれない。

 周りにも低木の茂みがあって一見この先に行こうという気を失わせるような景観だ。

 それを、言われた通り回り込むようにして進むと。

「ああ……本当だ。道らしきものがありますね」

 生い茂る草木で原型はあまり留めていないが昔は道だったのだということが辛うじてわかるような石畳が雑草の間から顔をのぞかせている。


 くすり、とリョウが小さく笑みをこぼす。

 前を行くアウラには聞こえない程度に。

 結局あれからずっと寝ずにここまで進んできたし、時刻を考えても……きっと空腹のはずだ。

 なのにアウラときたら一向に「お腹が空いた」なんていう泣き言を口にしない。

 あの食料を彼らに上げてしまったことに一切触れてこないのだ。

 偉いな……なんて思いつつ。

 いやこれは久し振りにカイに会って感覚がおかしくなっている、とかそういうことでは無いと思うんだけど。なんてちょっと頭を振りながら。

「ねぇアウラ。お腹空かない?」

 ちょっと楽しそうな声が出てしまったのは仕方ない。

「え……っ?」

 アウラが勢いよく振り返った。

 あ、やっぱり我慢していたらしいわね。

 倒れた古木から少し離れたところに日の光が降り注ぐちょうど良さそうな場所を発見してリョウがハナを誘導して周りを見回す。

 訝しげな顔をしながらアウラもそれに習い。

 リョウがハナから降りるとアウラもまた。

 で。

「朝ごはんにしましょう!」

 リョウが満面の笑みでアウラをちょっと見上げるようにして視線を合わせた。

「え? ええ? ……だって食料って全部あげちゃったじゃないっすか。まさかこの草を料理して食べるとかいうわけじゃ……あ、いや東方だとサンサイとか言って野山の植物食べるんですよね……」

 眉を寄せたままアウラが地面に膝をついて手近な雑草を引っこ抜いた。

 なので。

「うわわわ! 駄目よ! 何でもかんでも食べられるわけじゃ無いと思うから! あれはちゃんと食べられる美味しい植物があってそれをわざわざ摘んでくるのよ。……いや、そうじゃなくてさ」

 リョウが慌ててハナから荷物を下ろす。

 その袋の口には見覚えのある小さな包みが二つばかり入っていて。

「はいこれ! ……持っている食料を根こそぎあげるなんて言わなかったわよ? 私」

「え、え……ええっ?」

 ここに来て事情を飲み込めたらしくアウラが涙目になった。

「リョウさん……ちゃんと俺の朝ごはん……とっといてくれたんすね……」

 震える手がリョウの差し出す包みの方に伸びてきてピタリと止まる。

 ……あら? 受け取らないのかな?

 なんてリョウが首をかしげると。

「リョウさん!大好きです!」

「うわわわわ!」

 アウラの両腕は差し出された包みに必要な分以上に広げられて、次の瞬間リョウは抱きつかれていた。

「もう、もう! ……俺の食事事情なんて考えてもらえないんだと思ってたら違ったんすね!」

「わー! 分かったから! ちゃんと考えてますってば!」

 ぐりぐりと頭を押し付けてくるアウラにもう笑いが堪え切れなくなったリョウが思いっきり笑い出した。



「そこまで笑いますかねー」

 包みの中に入っていたおにぎりを頬張りながらアウラが半分照れ臭そうに半分不満そうにつぶやく。

「だって! そこまで思いつめてたくせにひとっ言も文句言わないんだもの! よく黙っていたなーと思ったらおかしくて!」

 リョウがつられるように手にしたおにぎりを頬張る。

 実は渡してしまったのはハンナが用意してくれた食料。ハンナほど時間が取れなかったのでリョウは少しだけ作って別の荷物に入れてきたのだ。実はこっちの方が早く食べてしまったほうが良さそうだったのに昨日はうっかりハンナの作った物の方に手をつけてしまった。

 おにぎりは傷みにくいように筍の皮で包んであるとはいえ……そう何日も持ち歩けるとは思えない。一応持ち運びにかさばらないように小さい物を沢山、ではなくて大きめの物にしてある。そしておこわの豆ご飯。ほどよい塩気と豆の香りが食欲をそそる。

「いや……だって……リョウさんは今は俺の主人ですからね。俺が文句言える筋合いじゃないっすよ。なんか……それに……さっきのカイって奴見てたらなんとなく自分中心な発言がどんだけはた迷惑かとか考えさせられちゃったし」

「あら。アウラは別に自分中心じゃないと思うけど」

 少々言いにくそうに説明するアウラにリョウがけろっとして言い返す。

 うん、アウラはもともと自分勝手な言動はない。迷惑だと思ったことはないし。

「あー……それは……どうもありがとうございます。って……あんな奴と比べられちゃうとさすがに基準が低すぎる気がするのは気のせいかな……。ああ、いや、なんとなく、ですね、俺って守護者の館では年少じゃないですか。あーレンブラント隊長とか人間の年齢考えたらそうではないけど、リョウさんとか風の竜とかの間にいるとやっぱり我ながらガキだなって思うんです。アルとかレンブラント隊長だって人としての落ち着きとかは俺より断然上だし。そう考えるとね、どうしても空気感で甘えが出ちゃって自分の感情をそのまま出しちゃうんですよね」

 おにぎりを口に運ぶ手をふと止めたアウラが思いっきり顔を空に向けてそんなことを話し出す。

「最近たまに『あれ、俺ってこんなに感情の起伏激しかったかな』なんて思うこともあって『もう少し落ち着いて周りをちゃんと見なきゃ』って考えてたんですよ。で、そこにあのカイ、でしょ。わーこれ、行き過ぎた自分みたいだ、とか思っちゃって」

「え? 行き過ぎたアウラ? ないないない! あの子はちょっと特殊よ! 私を護衛して西の都市に来た時の話だって……まぁ、嘘吐いてた訳じゃないけどだいぶ自分に都合がいいように意味合いが変わってたし」

「え……そうなんすか?」

「詳しくは語らせないでくれる? あんまり思い出したくないの。出来ればあれは私の悪夢だったと思いたいし」

 リョウが深めのため息とともに苦笑する。

 そう、嘘を吐いていた訳ではなかった、と思う。それでもあんなに印象の違う言い方ができるんだからそれはそれで凄いとさえ思った。そして多分悪気はない。下手したら自分の中ではそういう事として記憶されていそうだ。

「……俺、もっとしっかりしますね」

 リョウの表情から何を汲み取ったのかアウラが何かを決意したように前を見据えて片手をぐっと握りしめた。

「じゃあ、頑張るアウラにご褒美」

 膝に乗せていた包みの中からリョウがだし巻き卵を取ってアウラの包みの上に乗せる。

「おわーーーー! リョウさん、俺を甘やかす気ですか?」

 ちょっとうるうるした瞳が向けられてリョウがたじろぎ。

「あ……いらないなら返して……」

「いります! 大好物です! ありがたくいただきます!」



 そして昼を過ぎる頃、森の外が見え始めた。

「さすが近道。こんな近くに町があるなんて知らなかったわ。……これ、地図作り直した方がいいんじゃないのかな」

 リョウがボソッと呟いた。

「あー地図。そうっすよね、旅人には必須ですね。でも……地図って戦争の道具になるから作るの大変なんじゃなかったかな」

「あ、そうか」


 そういえば、地図なんてものは平和な用途だけでなく戦いのためにも使うものだ。地図を作ることが難しいのはそのためにあちこちを歩き回ることでスパイとみなされて命の危険があるからだ。

 だから旅人は個人の記憶にしたがって旅をする。故に、未知の土地にはあまり立ち入らない。昔の風の民と呼ばれた者達のようにかなりの広範囲を旅する者達はそれだけ多くの記憶を引き継いでいたということでもあり、人の住む地の情報を他所に売る危険も考えられるので一部の大人達の受けは悪かった。

 今、西の都市や東の都市のように大きな都市には簡単な地図は存在する。でもそれはお互いに行き来のある町や都市のみが載せられたもので小さな町や村のようなものは載っていない。そして勿論、行き来のない町も載っていないので地図が全てではない、というのが現状だ。

 そしてそういう地図でさえ気軽に誰でも使うことは出来ない。そもそも今回リョウはルートの確認のために見せてはもらったが、保管先はやはり軍関係の部署だった。



「ね、アウラ。あの町、一休みしてから入らない?」

 リョウが目の前、とはいってもまだかなり距離のあるところに見える町を見やりながらアウラに声をかける。

「そう、ですか?」

 ちょっと前を行っていたアウラが振り返ったので。

「ん。だってどういう町かわからないでしょ? 先に一休みして気持ち的にも落ち着いた状態で入った方がいいと思うのよね。そろそろお昼ご飯にしてもいい頃だし」

 リョウがくすりと笑う。

 空腹だといつもならどうって事ない些細なことを見落としたり、判断を間違うこともある。初めて行くところでどういう人たちに囲まれるかわからないのだ。友好的な人たちならともかく……そうでなかったら、と思うとこちらに気持ちのゆとりはあった方がいいんじゃないかと思える。そしてあそこまで行くとなると恐らく昼食どきはすっかり過ぎてしまうだろう。

「あ、じゃあお言葉に甘えて」

 アウラが若干嬉しそうに声を弾ませた。


「良かった。実はね、私が作ったお弁当これが最後なんだけどそろそろ消費しちゃいたかったのよね。そこまで日持ちするか自信なくて」

 朝ごはんに出した物と同じ包みをアウラに手渡しながらリョウが苦笑する。ごめんね、なんて言い添えながら。

「ああ、そうだったんすか。でも日中もそんなに暑くはならないしこのくらいならまだもちそうな気もしますけどね……って、あ! これ、梅干しだ!」

「はいその通り……苦手だった?」

 アウラが広げた包みから出てきたのは梅干しのおにぎり。真ん中に大粒の梅干しを、と思ったのだが、気持ち保存状態を気にしたリョウは細かく刻んでご飯に混ぜ込んでみている。

 梅干しの味は好みが分かれるが、この際仕方ない、と思って強制的に持ってきた。

「いやいやとんでもない! これ大好きです! しかもリョウさんが作る時ってまんべんなく梅干しの味がするように混ぜ込んであるじゃないっすか。これ、どこ食べても梅干しの味がして美味いんすよねー!」

 アウラは実に美味しそうに梅干しのおにぎりを頬張る。

「あれ、アウラって梅干しのおにぎり、食べたことあるの?」

「え? だってリョウさん作ってくれたじゃないですか。梅干しと胡麻のやつ」

 アウラがきょとんとした顔で返してくるので。

「ああ、えーと、そうじゃなくて私アウラがいる時に作ったのはそういうやつだったじゃない? 梅干しをまるごと入れるようなおにぎりを知ってるのかなって思ったの。あれ、初めてレンに作ってあげたときはかなり衝撃的だったみたいで暫く梅干しに手を出さなくなったのよ、彼」

 だいたい北の出身のアウラがおにぎりを知っていること自体が不思議だった。以前に大量のおにぎりを作った時にアウラは躊躇うことなく美味しそうに食べていたのでちょっとびっくりしたくらいだ。

 で、今の言い方。真ん中に梅干しが入ってるおにぎりを知っている感じの言い方だったような気がする。

「あれ……? ああ、そうか。最初に食べたのはリョウさんに作ってもらったやつじゃないっすね。あれ、どこで……あーーー! 思い出したっ!」

 アウラが考え込むようにしてから若干顔を赤らめて声をあげた。ので、リョウがちょっと驚いて目を丸くする。

「診療所、です。前にルーベラが戦いでぶっ倒れて診療所にいた時に様子を見に行ったんすけど、そん時昼食用に配ってたおにぎりをもらいました。あん時は腹が減ってたしあんまり深く考えずに食いついて……そうっすね、びっくりしました! ああそうか、真っ白じゃないおにぎりがやけに安心するのはそのせいかーーーー!」

 アウラが声を上げて笑い出すので。

「うわ……そうだったのね。そうか、ルーベラも大変だったわよね……」

 なんてつられるように笑いながら、初めて会った時にものすごくぎくしゃくしながら近寄ってきたルーベラを思い出す。

 そういえば……あの時は本当に驚いたものだった。

 絶対体を傷めていると分かるもののそんな見ず知らずの彼女が真剣な顔で自分に向かって歩いてくるからその体のことで自分に何らかの恨みがある人かと思って一瞬身構えた。で、そうじゃなくて単に自分に用がある、しかもザイラが言っていた自分の部屋の後の住人である事を思い当たって、じゃあその体は最近、しかも自分とは関係のない事情で具合を悪くしたものなんだな、って察してようやく安心したところで「うわ、しまった。具合の悪い人に不審な目を向けるなんて最低な反応をしてしまった!」と慌てて取り繕おうとした記憶が蘇り……。


「あの子……ほんっとうにいい子、よね」

 つい呟いてしまう。

 本当に、裏表のない、素直ないい子。でも、かと言って何も考えてないわけではなくてしっかり色々考えていてしかもそれなりに色んな経験も積んでいる。むしろ、色々大変な思いをしているのに変にひねくれたりせずに真っ直ぐでいられることが凄いと思えるくらい。

 リョウの隣でアウラが「そう、ですよね」と、意外にも真面目な声で小さく呟いた。




 午後。町にようやく到着して。

「城壁、かと思ったらただの防護壁かー」

 ふーん。なんて言いながらアウラが町を囲む壁を見上げる。

「ああ、そうね。城壁にしてはちょっと小さいし……塔が無いものね」

 都市を囲む城壁は古代の城を取り巻く城壁の名残を生かしている。なので都市の住人だけでなく城を守る目的もある昔ながらの建築物の特徴がある。

 最近はそれに倣って同じ機能を持つ建築物を造った新しいタイプの都市もあるが、そこまで造る為には相当な労力や費用がいるので住民の安全を優先するならそこまでして似せるよりもただ防御だけを考えて最低限出入り口が一つあるだけの防御壁にとどめる町の方が多い。

 攻撃するための機能はほとんどないのでその分兵力が少ないことがわかり、都市というより町と呼ばれる。

 最低限、門衛くらいはいて門の開け閉めはするが、都市ではない以上今まではその程度だったはず。

 実際「敵」は人間ではなかったので。

 でも今は。

「あー、すみません。旅の者なんですけど一晩の滞在をー……」

 アウラが門衛に声をかけた。

「通行許可証は?」

 淡々と門衛が言葉を返す。

 なるほど。こういう扱いが都市並みになった。まぁ、悪意のある人間による危険を防がなきゃいけないからね。なんてアウラの後ろでリョウがちょっと納得する。

「あーすみません。俺たちがいたところ、結構な田舎でこんな立派な町とは付き合いがないからそういうの無いんですよ。……やっぱ、ダメですかね? ここ、盗賊とか出るから出来れば安全なとこで夜を明かしたいだけなんですけど」

「なるほど。……そうなると使える場所は限られますがいいですか?」

 門衛が特に言い澱む様子もなく必要な情報だけ伝えてくれる。

 アウラもこういう時の対応はちゃんと心得ているようだ。


 そもそも西の都市にあった地図には載っていない町。つまり西の都市との交渉がない町ということだ。極端な言い方をすると先の戦いで西の都市に協力していない町。

 これが「協力したくても話が持ちかけられずに出来なかった」のか「関わりたくないから見て見ぬ振りをしただけ」なのかは分からないが後者であった場合、西の都市からの者を歓迎するわけがない。

 だから名もない旅人を装う方が無難。

 そして町の方の対応も理解できる。

 素性のはっきりした者なら町を自由に出入りされてもどうってことはないだろう。でも素性がわからない者、最悪どっかのスパイである可能性を考えたら、自分たちの目が行き届く範囲内での行動しか許可できない。

 もしかしたら町の中心部までは入れないとか、指定された宿だけを利用するとか、何か規制があるということなのだろう。

 リョウもそんな事情は飲み込めるので特に異議を唱えることもなく門衛が声をかけた役人に従うアウラの後ろをついて行く。

 どうやら指定の宿があるようだ。


「リョウさん、あんまり質のいい宿は望めないかも知れないけど良いですか?」

 アウラが案内されながらこそっとリョウに声をかける。

「ああ、全然平気よ。私のことは気にしなくていいわ」

 屋根があるところで寝られるだけで相当ついてると思うし。食料が仕入れられるならもっとラッキー。そのくらいの覚悟はある。

 そう思えるのでアウラに向けた笑顔には全く曇りがなく、アウラも安心したように息を吐いた。



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