微妙な再会
暗がりから出てきた二人の男。
慌てて前にいる男の腕を掴んで引き止めようとしているのは二十代後半といったちょっと目つきの鋭い男だ。慌てている感じがどうにも緊張感に欠けるが無言で睨みつけられたら大抵の女性は怯むだろう。伸ばした髪を後ろで束ねて薄汚れた服装とはいえ……やはり腰には剣。
そして最初に出てきた方の男もやはり、騎士の特徴そのままの出で立ちである。歳は二十代後半か、もしくは三十そこそこ、といった感じ。でもこれは、リョウが「知っている」からそう思うのであって恐らく初対面の人はせいぜい十代半ばくらいだと錯覚を起こすんじゃないだろうかというなんとも言えない幼さを感じる。
「……カイ?」
リョウが恐る恐る声をかける。
その声に弾かれるようにパッと顔を輝かせた男が人懐っこい笑みのままリョウの方に歩み寄ってその手を握った。
「うわー、やっぱりリョウさんだ! あの後どうしてたんですかぁ? 一応気にしてたんですよー。あれ、僕の初めての仕事だったんで!」
……うわぁ……。
リョウが一気に肩が重くなったような気がして口元に引きつった笑いを浮かべた。
以前、東の都市から西の都市に「飛ばされた」時に「護衛役」だった、カイだ。
形式ばかりの護衛役。東の都市ではもはや珍しくもなかった実質の伴わない三級騎士。そしてなんでここまでゆるーく育ったんだろう、というくらいの騎士。
過去の西の都市まで移動の数日がふとリョウの頭をよぎった。
最初の一日目。
初めての任務で都市から出る、ということで張り切っていたカイは昼食が携帯用の保存食である事に不平をこぼした。……持ってきたのはカイ本人だったのだが。そしてその不平は結構本気で「こんなまずいものだなんて思わなかった。こんなもの食べられない。都市の店でもっと美味しいパンがあるのに」というのを延々と言い続けるのでリョウはちょっとイラっとしたのを覚えている。
で、初仕事という単語でリョウが励ましてどうにか機嫌を保たせたところで夕方には……ホームシックになった。大の男が歩きながらぐずぐずとべそをかきはじめたのでリョウは驚きのあまり何と声をかけていいのかわからなくなったものだ。
森に入ってからは鬱蒼と茂る木々に怯え、ちょっと風が吹くだけで大声を上げるものだからついには馬が逃げた。水を汲もうと川べりで屈んでいる間だったのでリョウは手綱を完全にカイに預けてしまっており、しかもまさかそれを離すなんて思いもしなかったのでカイの声と馬のいななきに驚いて振り返った時にはもう遅かった。
翌日からは馬がいなくなったことでカイがぐずり出し「もうこれ以上進みたくない」なんて駄々をこねるのでリョウはそんなカイをなだめすかしたものだった。
順応性というものは恐ろしいもので、大人としてあり得ない反応を示し続けるカイにもリョウはさほど驚かなくなってきて最後の方は淡々とフォローする、という感じだったように記憶している。
「元気でした?」
まるで久し振りに会った友人に挨拶でもするかのようなカイにリョウは言葉を失い、アウラも眉をしかめたまま固まっている。こちらは恐らく別の意味で。
「えーと……そうね。元気、よ? ……あなたは……何をしているの?」
ああもしかしたらこの盗賊の仲間というわけではなくたまたまここにいて、騒ぎのせいで身動きが取れなくなっていたのかもしれない、と思い直したリョウが頑張って笑顔を作ってみる。
「何って……。あ、えーっと。この人たちの仲間に入れてもらったんですけど僕の初仕事になるんでまずは見学させてもらってたんです。なんか、全員やられちゃってますねー」
「はああああああっ?」
思いっきり、聞き返す。うん、お願いだから聞き返させてくれるかなぁっ? この盗賊の仲間に入った? カイが? もう一回言うけど盗賊の?
で、カイの腕を掴んで止めようとしていた男の方を凝視する。
この人、この感じだとカイの保護者かしら? もうこの際、この進路についてとやかくいう気は無いけどどうやって採用されて今に至るのか面談させてもらえないかしら!
「はーーーーー」
リョウの視線をまともに受けた男があからさまなため息を吐いた。
そして。
「言いたいことは分かる。俺も返品がきくなら即返品したいくらいだ」
ボソッと、横を向いた男の口からそんな言葉が溢れてリョウが聞かなかったことにしようと目をそらす。
「だいたいなんで盗賊なの? あなた一応騎士でしょ?」
つい「一応」のところを強調してしまうのはこの際見逃してもらえるだろうか。
「あ、そうなんですよ。最近大きな戦いがありましてね! そのせいで東の都市の軍組織が結構壊滅状態になったんです。で、僕が仲良くしていたウゲン指揮官も退職せざるを得なくなって……そのせいで僕、騎士隊にいられなくなっちゃったんですよ。そしたらこの人たちが騎士の資格のある者たちを集めていたので厄介になってます。僕みたいに上層部とも仲良くできていた人間ってどこに行っても重宝がられるんですよねー」
もはや突っ込みどころが多すぎてどこに反応していいのか分からないカイのセリフにリョウが「ああそう」と相槌を打つと隣のアウラがギョッとした視線を送ってきた。
……うん。ごめん。もう順応しちゃったみたいなの私。なんかあらゆる気力が抜けてしまって突っ込む体力もないみたいなの。
リョウはそう思いつつアウラに力のない薄い笑いを向ける。
「じゃ、とりあえず、こいつらはあんた達の仲間ってことでいいのかな? ……ああ、いや、もうこの際あんた達までどうこうしようって気はないから安心していいよ」
アウラが、カイの後ろで「いい加減にしてくれ」って顔をしている男の方に向かって話しかけた。
「え、あ……っと。そうか……すまない」
これ、もはやどういう状況なのかよく分からなくなたてきたし。
私たち、盗賊に襲われたのよね。んで、首尾よく盗賊を打ち倒して、しかも相当不利な人数相手に打ち負かして、そこに出て来たその一味と話しているのよね。
なんでこんなに脱力しきった状態で和睦まがいの挨拶してるんだろう……。
そして、盗賊の一味である……カイじゃない方の、ちゃんと盗賊としての働きをその気になればこなせそうな人の方を……こんなに可哀相なものを見る目で見ちゃう私たちって……。
そんなことを思いつつリョウが薄い笑いを浮かべていると思いついたようにカイが口を開いた。
「ああ、そうか。紹介しておくねヒロセ。この人リョウさんっていうんだ。前に東の都市にいた二級騎士なんだけどね、この人、僕と違って上と折り合い悪くてさ、西の都市に飛ばされちゃったんだ。で、僕が西の都市まで護送したの。あの時は大変だったんだよ! 途中で馬はいなくなっちゃうし思っていたより遠いし、挙げ句の果てに敵に遭遇しちゃってさ。それでもどうにか護送の初仕事をやり遂げたからあの時は指揮官もすっごい喜んでくれて! 僕の働きが良かったせいで都市への帰り道は西の都市の騎士が付き添ってくれて上にも報告してくれたんだよねー」
……ああそうなんだ。なんか都合のいいような言い方になってるけど、それ、一つずつ訂正とかしたら私の人格疑われちゃうんでしょうね。別にしないけど。
脱力したままリョウがそんなことを考えていると思いもよらず息を飲む気配。
「うちから西の都市に行った二級騎士……?」
ヒロセと呼ばれた男がご丁寧にサッと顔色を変えた。
その反応に気付いたアウラがニヤリと笑う。彼が内心「やっとまともな反応が見れて」安堵したというのはこの際伏せておいた方が彼の名誉のためかもしれない。
「この人が本気であいつらに手を上げなくて良かったな。俺が代わりに無力化したから多少は手負いの状態でも生きてはいる筈だよ」
後ろで完全に意識をなくしたまま微動だにしない男達の群れを一瞥しながらアウラが告げる。
「これは……とんだ失礼を! どうりで強い筈だ! あの……」
ヒロセが途端におどおどした目つきになって伸びきっている男達とリョウの間で視線を行ったり来たりさせ始めたので。
「ああ大丈夫よ。これ以上報復しようなんて思ってないから。……それより東の都市って騎士が盗賊に堕ちるほど荒れてるの?」
なんとなくヒロセの言いたいことが分かるような気がしてリョウが柔らかい口調で話す。途端に彼の表情が気まずそうな微妙なものになった。
「ええ、その……西の都市の方にこんな話をしても身から出た錆と笑われるだけかと思いますが……何しろ軍組織が完全に再編成せざるを得ないくらい住民からの反発が強くて今まで騎士をしていた者はそれだけで都市には居づらくなっているんです」
「じゃあ……今はあの都市どうなってるの?」
東の都市にもともといた騎士がそこに居づらい状況っていうものが想像しにくくてついリョウが聞き返す。
いや、話には聞いていたので都市の民が彼らに好意的でなくなっているというのはなんとなく想像がつく。私自身、個人的に似たような状況で生活していたのでそれはあるのかもしれないけど、その対象が全騎士、なんてことになると……都市の治安はどうなるんだろう? なんて思ってしまって。
「そう……ですね。一応軍関係の責任者として新しく就任した人たちが組織を維持していますが人不足で治安は悪いんじゃないかな。俺たちは殆ど都市から追い出されたも同然の立場なんであそこにはもうここしばらく帰ってないんです」
気まずそうなまま説明するヒロセにカイが深く頷いた。
「ああ、あれねー。ひどいですよね。今まで散々都市に尽くしていた僕たちにあんな態度取るなんてね。まぁでも僕たちみたいに真面目にやってる人間はその内評価される時が来るんですよ! ヒロセも元気出して!」
「……盗賊のどこが真面目なんだ……?」
この素っ頓狂なカイの言葉に唖然とするリョウとアウラの前でヒロセがボソッと呟いた。
え、あれ?
「そこ、自覚してるんだ?」
リョウが苦笑を浮かべながら突っ込んでみた。
「ああ……してますよ。だいたいあのリーダーが怒りに任せて統率してるだけで個人個人はそこそこ真面目な奴らなんです。あの人はこの辺で騒ぎを起こす事で東の都市の評判を落として仕返しするのが目的なんですよ。……あ、ああ……貴女にはとんでもない発言してましたね。あれはあれで俺が止めに入るつもりだったんですが。リーダーの気持ちがある程度落ち着いたところでこの地を離れてどこか田舎に落ち着くつもりです」
「なんだそりゃ」
相変わらず気まずそうに説明するヒロセにアウラが呆れたような声を出した。
で、リョウもため息をひとつ吐き。
「うーん……そうなのかぁ……。まぁ、悪者を成敗しようとかそういうお節介なことを考えてたわけじゃないけど……それじゃあ、あなたは頑張ってそのリーダーさんの舵取りしてあげてね。無闇に人を襲わないこと。殺さないこと。生きていくのに最低限必要なものは仕方ないけど身ぐるみ剥がれたら旅人だって途中で行き倒れちゃうでしょ。で、そこそこやって気が済んだらちゃんと働きなさいよ?」
半眼になりつつ腕組みをしたリョウがまるで小言を言うかのごとく制限を並べ立てると。
「……ぷっ!」
ヒロセが吹き出した。
「え! 何よ! なんで笑うの!」
「だって……東から移動した二級女騎士で今頃こんな強者の護衛つけて旅してるって……西の都市の守護者殿で間違い無いですよね? そんな人が俺たちみたいな騎士のクズみたいな連中にそこまで寛大な上、母親みたいに小言を言うなんて……なんだか気が抜けちまって……!」
そこまで言うとヒロセは眉を下げて肩を震わせながら笑い出した。
「もう! 何よ、人が本気で心配してるのに! ……あーもう、分かったわよ。母親気分ついでに、これあげるわ!」
リョウが頰を赤く染めながら足元にあった荷物をひとつ引き寄せて持ち上げ、差し出す。
「え? ちょ、リョウさん、それ!」
今まで二人のやりとりを立ち入らないように見守っていたアウラが途端に慌てた声を上げた。
「お腹が空いていたらまともな思考も働かないでしょ?」
「え……これ……良いんですか?」
リョウの勢い、のようなものに乗せられて差し出された荷物を受け取ったヒロセが袋の口をわずかに開けて中身を見て目を丸くする。
中に入っているのはハンナが持たせてくれた旅の食料だ。小分けに包まれているとはいえ袋の口を開けるとほのかに美味しそうな匂いが漏れるし持った時の感触で食べ物であろうと言う予想もつきそうな物だった。
「みんなが満腹になるほどあるかどうかは分からないけど、私たちにとっては数日分の食料なのよ? これ、戦利品にさせてあげるからちゃんと食べてみんなで今後のこともよく考えなさい。……あー、アウラ、あなたはちょっと我慢する! 私たち竜族でしょ! ちょっとくらい食べなくても死にゃしないわよ」
リョウの隣ですがるような目を向けてきているアウラをリョウがたしなめる。
「あーーー……。まあそりゃそうですけど……俺の場合はリョウさんみたく絶対死なないとかは無いですからね! 飢え死にはしますよ?」
「はいはい。でも二、三日食べないくらいで死んだりしないから大丈夫よ!」
リョウが思いっきり笑顔を作ってアウラの背中をバシッと叩く。
アウラの情けない声が暗闇に響いた。
「あーーーーー楽しみにしていたご飯ーーーーー」




