表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
106/207

盗賊

 そろそろ夕暮れ。

 沈み始めた陽が辺りをほんのり暖色に見せる頃。

 

「……案外、長いわね、道」

「あはは。そうですね。……まぁ、そう簡単に森を抜けられるとは思いませんでしたけど」

 前方を見つめるリョウを軽く振り返るようにしながらアウラが答える。

 なんとなく、整備されている道。

 そんなものがあるのでつい、これはもしかしたら森を抜ける近道として出来上がっているもので今日中に森を出て近くの町か村に入れるんじゃないかなんていう希望的観測、があった。

 そんなに生易しくはない、という現実も頭の片隅で理解していたのだけど。

「これはこれで、近道なんだとは思いますけどね」

 途切れることなく続く森の木々の中にひたすら続く道を眺めながらアウラが苦笑する。

 そう、よね。

 つい、つられるように同じような笑みを浮かべながらリョウが頷く。

 これはこれで、近道。広い道を行くよりは「数日」であっても早く人のいるところに出られる道なのだろう。

 

 そんなわけで、野宿。

 そんなわけで、火を起こす。

 そんなわけで、包みを開ける。

 

「うわーーーー! 卵のサンドイッチだっ!」

 そんなわけで、アウラの歓声。

 うん。予想通り!

 リョウが、うくくくっと顔を背けながら抑えた笑いを漏らす。

 荷物から出した包みには昼に食べたのと同じパンに、完全に火を通したオムレツとベーコンを挟んだサンドイッチが入っていた。そしてミートパイ。

 ハンナのミートパイは昼に食べたものもそうだが手で持って食べることを想定して小さめに作ってあり、食べやすいように中の肉もまとまりがいいようになっている。切り分けて食べるときは肉汁とスパイスの香りが一気に広がるほろほろの状態なのに比べてこちらは口の中で香りが広がるように計算されているようだ。

 そしてサンドイッチに入っていない野菜が肉と一緒にたくさん入っているのもきっとハンナの気遣い。炒めた野菜の甘みがじゅわっと広がって、これを食べるとこの瞬間リョウはつい笑顔になる。

 

「この組み合わせ、サイコーっすね!」

 サンドイッチを頬張りながらアウラが嬉しそうに声を上げた。

「アウラ……ほんっとうに卵、好きよね……」

 あまりに微笑ましい光景にリョウもつい微笑んでしまいながら言葉を返す。

「あー、そう言われればそうっすね。リョウさんの作るだし巻き卵も美味いし、トロトロのオムレツもいいし、ああ半熟のゆで卵も美味いな。そういえばこないだ味噌汁に卵が入っていたときは感動しました! しかも半熟! 卵は味噌とも相性がいいんですね!」

「あ……あれは……」

 勢いづいて好きな卵料理を上げ始めたアウラにリョウがちょっと赤面した。

 味噌汁に卵。

 あれはどちらかというと苦肉の策だった。

 数日前に夕食用に作った味噌汁が思いの外残ってしまって翌朝にも出さなければならなくなり……味噌汁は煮立ててしまうと味が落ちるから温め直しには気を遣っていたのだがさすがに一晩置いてしまって味も落ちるだろうから、と、葉物野菜を追加して卵を落として思い切って軽く煮立ててしまった。

 グウィンが一瞬眉をしかめたので「あーやっぱり味が落ちてるのバレたか……」と思ったのだがアウラが目をキラキラさせて喜んだので気持ち的に救われた。

 ちなみにレンブラントは「こういう肩肘張らない料理を作ってもらえるというのを幸せって言うんです」なんて変なところを噛み締めたような発言をしてくれた。

 

「……そうか味噌と相性がいいのか……じゃあ卵の味噌漬けなんて作ってみようかな……」

「何ですか! その美味そうな食べ物っ!」

 ふと頭をよぎったメニューをリョウがつい口にするとアウラがすかさず食いついてきてリョウがにんまりと笑う。

 半熟程度に茹でた卵を味噌の中に埋め込んでおくと卵に味噌が染み込んで味がつくのだ。酒のつまみにもなるからあれならグウィンを唸らせられるかも! なんて何かのリベンジを狙っているような気になってしまう。

 

 

「リョウさん……寝なくて大丈夫ですか?」

「……ん?」

 ついうとうとしていたリョウの背後から控えめにアウラが声をかけてきた。

 野宿、となるので適当な場所で差し障りのなさそうな荷物を枕にマントにくるまって横になっていたところ。

 アウラも同じように焚き火の向こう側で寝ていると思ったのだけど。

 リョウがぼんやりしながら上半身を起こしてそちらに目をやるとアウラがマントを体に巻きつけたまますぐそばの木に寄りかかって胡座をかいてこちらを見ている。

「……え、何? ごめん、寝てたけど……」

「え……あ! すいません、寝てた……? え……でも火が……」

 リョウの寝ぼけたような声にアウラがちょっと慌てて声を上げ、それから焚き火に目をやる。

 一応、焚き火。

 その辺に落ちていた木の枝なんかを持ってきて「それっぽく」している。気分は大事、と思うリョウによって。

「あ……そっか。そのくらいなら私、寝てても維持できるのよ」

 アウラの視線の意味を理解してリョウがにこっと笑顔を作る。

 おそらく、火の番をしようとしていたところで一向に燃え尽きない薪にリョウが起きて力を使っていると思ったのだろう。

「えー! まじっすか! ……それ、ちゃんと寝てます?」

 アウラが目を丸くした。

「ん……。寝てるわよ? これねー、昔力をコントロールするのに結構本気で特訓した時期があってね。身を守るために必要だったから割と初期段階で身につけたのよ。あんまり大きな火とか離れたところの火は難しいけどこのくらいなら平気よ?」

 ……しまった、喋り出したら目が冴えてしまった。

 と、リョウがアウラと同じようにすぐ近くの木にもたれかかるように座り直した。

「あーそうだったんですね。……うわ、すんません、起こしちゃいましたね……」

 自分が声をかけたことでリョウを本格的に起こしてしまったことを自覚したアウラが途端に申し訳なさそうに肩をすくめた。

「ああ、いいわよ……多分どっちにしても起きなきゃいけないと思うし……」

 ふあ……、と小さく欠伸をしながらリョウがくるまっていたマントを解く。

 そんな様子を見てアウラが小さくため息をついた。

「……やっぱり大人しく守られる気、ないんだ。この人は……」

 だってねー、なんてのんびり思いながらリョウがノロノロ立ち上がる。ついでに膝に手を当ててぐいっと伸ばして立ち上がったところで肩を後ろに反らせて縮こまっていた体をほぐしてみたりなんかして。

 

 だってね。

 近づいてくる人の気配が、する。

 これ、火を見て「すみませーん、ちょっと仲間に入れてくださーい」っていう感じのやつじゃなくて、こちらに気付かれないように、言ってみれば不意打ちをかけようという意図のもとに近づいてくる感じ。

 しかも一人や二人じゃないんだもの。

 こうなるとアウラ一人に任せるのって申し訳ないし。

 リョウとほぼ同じようなタイミングで立ち上がったアウラも体に巻きつけていたマントは地面に落としていつでも腰の剣を抜けるような体勢で闇の中に目を凝らしている。

 

「へーえ。火があると思ったら旅人さんが二人か」

 焚き火の明かりに照らし出されたのはアウラとリョウを取り巻くようにぐるりと囲んで来た男たちがざっと五、六人。一番手前の人たちの後ろにもいそうなので正確な人数は分からない。

 その中の一人がニヤニヤと笑いながらアウラの背後から声をかけながら近づいて来た。

「……盗賊か?」

 アウラが振り向きもせず静かに問う。

 神経を集中させているので相手の動きはほぼ読み取れているようだ。

「ま、そんなとこ。荷物を全部置いて行ってくれれば命は助けてやるよ」

 最初に口を開いた男がアウラに答えた。

 年の頃は二十代半ばといったところか。薄汚れた服装であることからこんな生活をここしばらく続けていることがうかがえるが、腰の剣は……まぁ盗品かもしれないがそこそこ質の良いもの。そして姿勢が……そんなに悪くない。

「あなた……元、騎士なんじゃないの?」

 リョウが思わず声をかける。誇り高い騎士がこんなことをしてる意味がわからない。

「へぇ、片割れは女か。じゃあ前言撤回だな。荷物と女は置いていけ」

 リョウの後ろの方で別の声が上がった。

 同時に周囲に立つ男たちの下品な笑い声が低く漏れ出し始める。

「残念だったねー。こいつら言い出したら後には引かない奴らばっかりなんだ。いい子にしていてくれれば楽しんだ後は殺さずに放してやるよ」

 アウラの後ろにいる男が再び口を開いた。

 この男がリーダーなのかもしれない。

「あのなぁ! 誰にもの言ってんだよ!全員まとめてぶった斬るから覚悟しろよ?」

 アウラがリーダー格の男の発言についに切れた。

 で、腰の剣に手を伸ばしたところで。

「威勢がいいね」

 背後から首筋に剣先が当てられる。

「君には特に用はないんだけどな。それともこの人数相手に彼女を守る気?」

「ああ勿論」

「へーえ。君、なんか病んでたりするの? どう考えても無理でしょ。俺はね、用のない人間をいたぶるのは趣味じゃないんだけどね、君の後学のためにここで一通り見学させてあげようか。まず君には身動きできない程度にへばってもらって、その後君の目の前で大事な彼女がどうなるか見物するってどうかな。そうしたらもう二度と馬鹿な考えは起こさなくなるだろ?」

「お断りだ。いい加減その失礼な口を閉じてくれないかな」

 あ。やばいな。

 リーダー格の男の嘲笑うような口調に全く怯むことないアウラの口調は怒りを押し殺しているのか僅かに震えている。その声を、彼の背後から話しかけているせいで表情を見れない男は怖がって強がっているとでも勘違いしたのかもしれない。

 そんな事をのんびり考えながらリョウがそっとアウラから視線を外した。

 うん。やばい。多分これは一瞬だ。

「うぐ……っ!」

 リョウが目を逸らした瞬間に男がくぐもった声をあげ……続いてドサリと地面にくずおれる音がした。

「そういうわけで私の護衛は強いわよ?」

 一瞬の出来事に怯むように息をのむ気配と……その中に殺気立つ気配を感じ、リョウが周囲に気を巡らせて暗がりに隠れている者たちの動きを探る。

「どーも。大事な人の護衛中なんでね。手加減とか上手くできないかもしれないから逃げるなら今のうちだよ?」

 抜き身の剣を構えたアウラはいつもの少年のような目つきから一転して立派な騎士の目になっている。動じる様子のかけらもない構えには隙がない。

「……逃げる、だと? こっちの人数をよく見てから言え!」

 闇の中から叫ぶ声がして、それを合図にしたように居合わせた者たちが一斉に動き出した。アウラとリョウに向かって。

 

 バタバタと乱れる足音。

 剣を切り結ぶ音。と何かを切り裂く音。

 くぐもった声。

 何かが地面に落ちるような音。

 何かがぶつかる音。

 

 そんな音がしばらく続く。

 

「リョウさん、離れないでくださいね」

「はーい」

 アウラの声には余裕があり、リョウは腰の剣には手をつけずに周りの様子だけに気を配る。

 アウラに余裕があるということは私が出るほどでもないということだ。

 そう思うので返事もちょっとばかり間が抜けている。

 リョウの「はーい」という返事にアウラが何か言いたげな視線をよこしたがリョウが素知らぬ顔で「ほら、右!」とか「あ、前見ないと!」とかちょこちょこ口を挟むのでアウラは襲いかかってくる男たちの相手に手が一杯になっている。

 リョウとしても邪魔にはならないように最低限、相手の攻撃をかわしながら怪我をしないようにはしている。

 で。

 

「……ね、アウラ。これ、みんな殺しちゃったりは……」

 暫く立ち回った後、気づけば周りに転がる男たちに囲まれてリョウがアウラに声をかけた。皆一様に微動だにしないのでちょっと不安になって。

「してませんよ、そんなの。リョウさん、そういうの好きじゃないでしょ? 一応急所は外してます」

 肩で息をして剣を鞘に収めながらアウラが答えて。

「それから……リョウさん……ほんっとうに、なんにもしなかったでしょう!」

 恨めしそうにリョウの方が睨みつけられた。

「えー、だって大人しく守られろって言ったじゃなーい」

 うふっと笑ってリョウが胸の前で両手を組み合わせて見せると。

「まぁ、確かに言いましたよ! 言いましたけどね! この人数、見てくださいよ! ……って、何人いるんだこれ。……えーっと」

 アウラが肩を落としながら、周りを見回すのでリョウもつられてぐるりと見回して。

「んー。ニ、四……八……おお! 凄い、十三人いるけど! アウラ強いわねー」

 リョウがわざとらしくパチパチと手を叩くと。

「だーもー! どっかで加勢してくださいよ! 無駄に疲れたじゃないっすか! リョウさん途中でチラ見したら楽しそうに相手の剣だの腕だのをひょいひょいかわすだけでしたよね?」

「なによーう。言われた通りにしただけなのにー」

 もう二人ともぐだぐだ。飽くまで守られる人を演じようとするリョウと、実力あるんだから手伝え! と言ってみたいアウラだが、そういうわざとらしいやり取りもだんだん面倒くさくなってきているらしい。

 そんなわけでどちらともなくくすくすと笑いだす。

 

「で、あー、……あれ、どうします?」

 ひとしきり笑った後、アウラが背後に軽く目を向けてリョウに声をかけてくる。

「あー、あれ……どうしよう、かな」

 お互いにくすくすと笑いあったのはほんの数分。

 先ほどまでリョウが維持していた焚き火の炎は立ち回りの間は危ないだろうか、と思ったので少し小さな火にしていたが、誰かが勢いあまって炎に突っ込むというような危険がなくなって元のサイズに戻してある。なので、暗闇の中で最低限近くのものが見える程度の明かりにはなっているのだが。

 その明かりに照らし出されるアウラの表情は先ほどまでくだらないことで笑いあっていたとは思えないくらい真剣なもの。

 というのも。

 アウラの背後。暗がりの中に人の気配がするのだ。

 リョウも気付いている。何もしないでいるのは向こうが動く気配がないから。人数はおそらく二人。

 この立ち回りを見て、参戦を諦めて、とにかく隠れて、ほとぼりが冷めたら逃げる事にでも決めたのかもしれない。そう思ってさっさと逃げられるように二人して笑い声まで上げて逃げる音を消してあげようとしたのに、一向に去る気配がない。

「あ、逆か……」

 小さな声でリョウがぽそっと呟いた。

「はい?」

 アウラがこれまた限りなく音量を下げた声で聞き返す。

「あ、うん。あのね。逃げようとしてるんじゃなくてここに倒れてる人たちを心配しているから逃げられないのか、と思って」

 すぐ隣のアウラにだけ聞こえるようにリョウが声を潜めて説明する。

「じゃ、場所変えます?」

「そうよねー。いくら無力化したとはいえいつ起きるかわからない盗賊に囲まれたまま野宿するなんて趣味はないわ。場所変えましょう」

 わざとらしくリョウが声を上げてみる。

「そうっすね。一応急所は外しましたけどある程度手負いになってますから放っておいたら復讐されかねませんね」

 アウラもそれにつられるようにわざとらしい声を上げる。

 真意は「早く手当でもしてやれ」といったところか。

 心配して離れられない人がいる、と思うと多少なりとも同情の気持ちが頭をもたげたらしい。

 そんなわけでリョウが荷物をまとめてこちらを遠巻きに見ている二頭の馬の方に移動しようとした時。

「あーやっぱりリョウさんだ!」

「うわ……! おい! 何やってんだ!」

 アウラの背後の茂みからガサガサッと音がして転がり出てくるように一人の男が現れ、それに追従するかのようにもう一人、出てきた。

 

「……は?」

 リョウがその二人を見て……いや、正確には最初に出てきた男を見て固まった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ