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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
105/207

出発

 二頭の馬が、それぞれの乗り手を乗せて道路を歩く。

 一頭は赤毛の馬で、もう一頭は芦毛。

 なんの変哲も無い旅人の風景。

 

「……すいません。リョウさん」

「別に気にしてないわよ」

 芦毛の馬に乗ったアウラが申し訳なさそうに赤毛の馬に乗るリョウに謝り、リョウがくすりと笑いをこぼしながら答える。

「だって……俺が普通の馬なせいで旅、時間かかっちゃうんですよね。なんか申し訳なくて」

「大丈夫よー。こればっかりは仕方ないもの」

 リョウも思わず苦笑が漏れるところなのだが。何しろ。

 

 リョウが北に向かうに当たって、ごく当たり前のようにハナが来てくれた。

 なので当然のようにリョウはハナに乗るわけで。そうなれば本来のハナの能力を持ってすれば北の水の部族の地などひとっ飛びで行けるはず。

 で、アウラ。

 さすがに護衛もなしで守護者(ガーディアン)が都市を離れるわけにはいかないのでアウラがついていくのは必須だが、肝心の馬。一応、都市には聖獣がいるにはいる。公式にはコハク。で、このコハクがまず、レンブラント以外の乗り手を拒否した。まぁ、誰もが予想していたといえば予想していた。騎士の馬は本来乗り手とかなり強い絆で結ばれる。他人を乗せることはあまり無いことなのだ。

 そして、一応グウィンが「風の竜」であることが秘密になっているので知られてはいないが、ニゲル。やはり、アウラは乗れなかった。まぁ、乗れたところで都市では内密になっているのだから聖獣として出発することはできないし、仕方がないことなのだが。

 それでも、例えばグウィンとリョウで旅に出れば実質的に効率がいいことなんかを理解しているアウラとしてはもう、申し訳ない、としか思えないようで。

 対してリョウの方はといえば、万が一グウィンと一緒に行くとなるとレンブラントが穏やかじゃないだろうな、なんてことも想像できるのでこれはもうどうにもならない! と苦笑するしかないのだ。

「せめてハナが俺も一緒に乗せてくれたらなぁ……」

 アウラが恨めしそうにハナを眺める。

「緊急事態でもなければ嫌だって!」

 ぷぷっとリョウが吹き出しながら。

 何しろ久しぶりにハナに乗っての遠出。ハナにとってはどうやら相当嬉しいようで……賢いハナのことだからその楽しい旅路をよりによって短縮するために自分がひと役買うなんて考えたくもないようだった。

「それにしても道路がちゃんと整備されててよかったわね。お陰でだいぶ楽に進めると思うわよ」

 とりあえず、話題を変えてみようとリョウが目の前に伸びる綺麗な道路に視線を向けてみた。

 旅や遠出を恐れる必要がなくなったのでこういうところの整備がきちんとされるようになった。整備のために人を派遣する都市も増えたのだ。そんなわけで最近は商隊の行き来は増え、都市や大抵の街は潤うようになった。旅人も増えてそれに関係した商売もだんだん根付くようになってきたしどの都市や街に行っても賑わっていると聞く。

 滅多に都市から出ることのないリョウなのでこんな風に整備された道路を見ただけで今まで耳に入ってきていた小さな情報がいきなり頭の中で繋がってちょっと感動してしまった。

 

 

「少し休みますか?」

 日が高くなってきたところでアウラがリョウを振り返った。

「ああ、そうね。もうお昼、か」

 リョウが辺りを見回しながら耳をすませると微かに水音が耳に入ったので道路から外れて木々の間へ歩を進めながら。

「川沿いの方が馬も休められるわよね」

 なんて声をかける。

「はい。……もう、ほんっとうにすいません!」

 途端にアウラが申し訳なさそうに声を上げて。

 つまり、そういうことなのだ。

 今二人が進んでいるのは東の森。

 北に向かうに当たってなぜ東に行くのかというと。

 馬が普通の馬なので。

 ハナは普通の馬ではないから道無き道だろうが、なんなら空路でも移動は可能だし、乗っているリョウだってそれに耐える体力もある。アウラだって竜族でしかも騎士。そういう険しい道のりだろうがなんだろうがお構い無しの行程はなんてことなく続けられる身だ。

 でも、アウラの馬が。騎士の馬とはいえ何しろ普通の馬。

 なのできちんと整備されている道を進ませたいし定期的に休息も必要だろう、ということで直線で北に向かうのではなく、遠回りではあるが整備された道路を通って東へ一旦出てから北に向かう、というルートを取っている。

 なのでただいま、東の森を半日の道のり、進んだところ。

 ちなみにこのまま3日ほど進むと東の都市に出る。

 東の都市に出なくても森の中の分岐した道から西の都市周辺の小さな町に出る道路が出来上がっていればそういう町を経由して北に向かうこともできるし、最悪東の都市まで出てしまえばその周辺の町や村を経由しながら北に向かえるだろうという計画だ。

 

「……はぁ。風の竜だったらもう少しうまくやるんだろうけどなぁ」

「気にしなくていいわよ、そんなの! アウラが一緒に来てくれて助かってるんだから」

 木の下に座り込んだアウラが恨めしそうに空を見上げながら呟くのでリョウはくすくす笑いながら答える。

「だって、俺のせいで旅が無駄に長引くんですよねー。しかもこんな風にちょいちょい休まなきゃいけないなんて効率悪すぎませんか?」

 むすっとしながら腕を組んだアウラがリョウに視線を寄越してくるので。

「こら。そんなこと言ったらあの子が可哀想でしょ?」

 リョウがついにため息混じりに川辺で水を飲んでいる芦毛の馬に視線を送った。

 言葉を解さないとはいえ、馬はとてもデリケートな生き物だ。人の気持ちを汲み取ることだってできる。しかも、今回の旅に備えて都市が用意してくれた馬はかなり優秀な馬だと聞いている。

 アウラの態度が馬に伝わることは十分考えられるのだ。

 そう思うとリョウはついアウラを窘めながらも馬の方に優しい視線を送ってしまう。

「あの子、ちゃんと働いてくれてるじゃない。ハナに合わせて歩いてくれるし」

 都市を出た時にハナは嬉しかったのか若干はしゃいで走り出したりしたのだ。

 慌てるようにアウラが自分の馬を急がせてついてきてくれたけど、下手したら振り切っていたんじゃないかとさえ思った。

「うー……」

 リョウの口調にアウラが閉口し膝を抱え込んで馬の方に視線を向けた。

「ああ、ほら。お昼ご飯。……わぁ! ハンナったらどれだけ持たせてくれたの!」

 リョウがハナから降ろした荷物を開けながら声を上げた。

 中に小分けになった袋が入っておりその一つを開けると、ミートパイやサンドイッチが出てきたのだが結構な量。

「わー! 凄いっすね! ……あ、そっか。この森を抜けるのにどれだけかかるかわからないから、ですかね」

「んー、そうね。一番近い脇道が使えれば明日には近くの町に出られるでしょうけど……そこまで整備が進んでいるとは思えないから多分……」

「東の都市まで行った方がいいですか?」

 リョウのセリフを途中からアウラが引き受けるように続けたが、その口調はちょっと暗い。

「……あんまり気は、進まないわね」

「あそこの兵への扱いは体験しちゃってるんで。出来ればあそこの上層部とは顔を合わせたくないんですよね。……リョウさんもあそこにいたことがあるんでしょ?」

 げんなりした顔で呟くアウラがリョウの方にちらりと視線を向けてきたのでリョウも思わず苦笑する。

「っあー……知ってるのね」

「ああ、まぁ……一応周知の事実ですからね。あれ? 違います? 内緒でした?」

 アウラが我に返ったように口調を改めたのでリョウがにっこり笑ってゆっくり首を振った。

「ううん。別に内緒じゃないけど」

 東の都市に関する印象はおしなべて悪い。

 特に西の都市には東の都市から流れ込んだ兵士や騎士がいるので「生の声」が聞けてしまうという状況だから尚更だ。

 そしてその都市で、守護者(ガーディアン)である「火の竜」が二級騎士として働いていたというのは事実とはいえますます東の都市の印象を悪くさせているようでもあった。

 

「食べよう!」

 リョウが明るい声を出して包みを一つアウラに手渡す。

 美味しいものをお腹いっぱい食べれば気持ちがまた前向きになるものだ。

 アウラもそんなリョウの気持ちを察したのか話題を戻すこともなく、目の前に差し出されたサンドイッチの包みを広げながら目を輝かせた。

 

 ハンナが持たせてくれたサンドイッチは相変わらず美味しい。

 表面をパリっと焼いたパンには潰した穀粒も混ざっていて食感もよく味わい深い。リョウも時々同じものを作るので知っているのだがとてもシンプルなさっぱりしたパンだ。つまり、ミルクもバターも卵も入っていないもの。表面はパリッと焼き上がっており、中はそれに比べるとふわっとしている。でもふわふわのお菓子のようなパンではなくずっしりとした食べ応えのあるパンで焼きたてに蜂蜜をつけて食べるのがリョウのお気に入りだったりする。

 そのパンに塩漬けの肉とチーズが挟まっているのだが……この組み合わせがまた美味しい。

「このパンって、なんでもよく合いますよね。俺、こういうのももちろん好きだけど卵が挟まってるのも好きだな」

 アウラが楽しそうにサンドイッチを頬張りながら話し出したので。

「ああ、あれも美味しいわね。……って、それも入ってるんじゃないかしら。包みは他にもあるから」

 リョウが荷物を覗き込みながら答える。

 数日分の食糧、ということで小分けになった包みがいくつも入っている。

「うわー! やったね、楽しみだな! ……あ! 開けて確認とかしないでくださいね。出て来たものをその場で見るのが楽しみなんですから!」

 リョウが「本当にあるかな?」なんて呟きながら荷物の中の包みをこっそり開けようとするとアウラの待ったがかかった。

「あら、そうなの? アウラって……結構可愛いわよね」

 リョウが小さく吹き出しながら荷物の口を閉じる。

「かっ……可愛いっ?」

 アウラが頰を赤くしながらリョウの方に視線を向けた。

「だって、食べ物は喜んでなんでも食べるし、かといって味に無頓着なわけでもなくて、何がその日の食卓に並ぶか毎回本気で楽しみにしてくれるでしょ? 出したもので毎回歓声でもあげるんじゃないかってくらい喜ぶなんて子供みたいで可愛いわ」

 くすくすと笑いながら思わず説明してしまうリョウに、アウラが顔を赤くしたまま視線だけ外して。

「あれは……リョウさんの作るものが美味いからですよ。ハンナさんの作るものも美味いですけどね。それにリョウさん、作った料理をすごく美味そうに説明しながら食べるじゃないですか。あれ、一緒に食事してるだけでも物凄く食欲がそそられるんですよね」

「え……そうなの?」

 そういえば、食事の時にレンブラントが「これは初めての料理ですね、どうやって作ったんですか?」とか「この味付けはいつ食べても美味しいですね。調味料は何ですか?」とかよく聞いてくれるので嬉しくなってあれこれつい話してしまうのだ。途中で我に返ってこんなに話したところで実際に作るわけではない人には面白くないかな、なんて思い直し、そこそこで切り上げようとするのだけど意外にレンブラントが飽きることなく聞いているようなのでついつい毎回説明してしまう。

「レンブラント隊長もいつも楽しそうに聞いてるじゃないっすか。ああいう話って、食べながら聞くと食べてるものがより美味くなるんすよね」

 アウラが楽しげに話しながら手の中の最後の一口を口の中に放り込む。

「うわ……そうなんだ。てっきりみんな私に気を遣って聞いてくれてるだけだと思ってたんだけど」

「あー、それ」

 アウラが新しいサンドイッチに手を伸ばしながらリョウの方に空いた手で人差し指を向けて来た。

「なんでリョウさんって、そんなに低姿勢なんすか? それ行き過ぎると『卑屈』ってゆーんですよ」

 わずかに眉を寄せたアウラの表情も口調も、決してリョウを責め立てるようなものでもなければ咎めるようなものでもない。単に感想を述べているだけというような深い意味のない、あえて言うならちょっと笑みを浮かべて楽しそうなニュアンスで告げられた言葉ではあったが。

「あの……ごめんなさい……」

 思わずリョウが謝罪の言葉を口にしてしまい。

「え、わー! 違います! 別に怒ってるわけじゃないです! 守護者(ガーディアン)殿が謝らないでください! なんか俺がいじめてるみたいじゃないですか」

 アウラが情けない声を出す。

 で、一呼吸置いてから。

「……ま、あれですよね。そーいうところがあるからほっとけないんですよね」

 うんうん、と妙に自分だけ納得したかのように頷きながらサンドイッチを頬張るアウラの顔をリョウがまじまじと覗き込みつつ「……何それ」なんて呟く。

「だってさ、守護者(ガーディアン)ですよ? 守護者(ガーディアン)。最強の。そんな人が周りの人の世話を焼いて気を遣いまくるってあり得ないじゃないですか。しかも作ってくれるものはお世辞抜きで美味いし! で、みんなの上に踏ん反り返るどころかびっくりするくらい謙虚でしょ? そりゃもう卑屈なんじゃないかってくらい! そうなったらそりゃレンブラント隊長じゃなくたって守ってあげたくなりますよ。で、そうかと思えば俺たちみたいな大の男捕まえて可愛いとか言うでしょ? 」

 ……大の、男。……大の……。

 リョウがグウィンやレンブラントに比べたらまだまだ華奢なアウラの腕をついじとっと眺めてしまい。

「……ぷっ」

「へ? なんでそこで笑うんすか? え……ちょっと、リョウさん?」

 アウラが吹き出したリョウを「信じられない!」という顔で凝視する中、リョウは本格的に声を上げて笑い出した。

 

 

 

「ったく、ひどいっすよねー。言っときますけどねー、俺だってあと百年もしたら風の竜みたくかっこよくなりますからね! 体だってもう少し大きくなりますから!」

 休憩を終えて再び道を進み始めたアウラはリョウの前を行きながら不貞腐れたような声を上げている。

 ちなみにアウラは決して小柄ではない。身長も比較しようと思えばレンブラントよりは少し低いだけ。グウィンはレンブラントより身長がある上に肩幅もあってかなりがっしりしているのでアウラが並ぶと子供っぽく見えるのは否めないが、それはグウィンが大きいからというだけだ。

 まぁ、まだ若者特有の体型なアウラなのでもっとしっかり筋肉がついてくるのはもう少しあとなのかもしれない、というレベルだ。リョウと二人で並んでいればリョウより背は高いし肩幅だってある。

「あーごめんごめん。そうよね、まだ若いんだから今からちゃんと食べて鍛えればアウラだってもう少し大人っぽくなるわよね」

 うくくく! と後ろで笑いを小さく抑えながらリョウが声をかける。

 どうやら子供扱いされたのが相当癪に触ったらしい。

「……大人っぽく……って。それ、完全に子供扱いしてますよね……。一応俺だって立派に騎士なんですけどね。なんなら今回の旅だってお飾りじゃなくてちゃんとリョウさんの護衛役を務めるつもりでいるんですよ?」

 振り返るアウラの視線も口調も拗ねた子供そのものだ。

 そう思えて仕方ないのでリョウは口元がさらに歪むのを抑えきれなくなってくる。

 

「……あ、あれ?」

 笑いを抑えることに集中しようと決意したリョウがふと目をそらすと、その先で視線が固定された。

「え? ……あ」

 リョウの声に我に返ったアウラがリョウの視線の先を辿り、リョウと同じ進行方向へ視線を戻して同じように声を上げた。

 そこには早速道路の分岐がある。

「この道……使えるかしら」

 リョウの呟きとともにハナが足を止め、アウラも馬を止めた。

 今立っている道はしっかり舗装が整備し直されており、馬車も通れるような道だ。でもこの道はそこまでしっかり整備し直されているわけでもなさそう。

 道幅はそれほど広くはなく、ところどころ木の根が敷き詰めた石を持ち上げている。

 とはいえ、全く放置されっ放しというわけでもなさそうで概ね平らな状態になっており、左右の木が茂り過ぎないように枝を払うとかの手入れもされているようだ。

 馬車のような大勢の人間や、大きな荷物を運ぶための道路というよりは馬に乗った旅人や所用で行き来する人間の最低限の必要のために整備した道、といったところか。

「……馬車が通らないような道しかないなら……この先に大きな町はないと考えたほうがいいかしらね」

 リョウが思案げに呟く。

 馬車に荷物を積み込んだ商隊が通るなら、その先にそういった物を運び入れる町があるということだ。そういう外から入ってくる物がないなら大抵は自給自足だけでやっていける程度の小さな村ということになる。この辺は比較的土地も豊かだし気候も温暖なので自分の土地が豊かに実りを出すならそれも商隊を組んでよその土地へ運び出して繁栄の糸口を作るはず。

「……そう、ですね。……ああ、でもこの森の中に大きな道がないだけでこの先の人たちには森の外を通る道路があるんだとしたら……そうとも言い切れないかもしれませんよ」

 アウラもそんなことを呟いて。

「じゃ、行ってみる? まぁ、小さな村だとしても人がいれば多少は馬も休められるだろうし私たちもゆっくりできるかもしれないしね。遠回りってわかってる道を行くよりは良いかも」

 くすり、とリョウが笑みを漏らし、それから思い出したように。

「ああ、そうだ。万が一、治安の悪い町とか村だったら『大人』なアウラに守って貰えばいいのよね!」

「……わかりました。そういう場合はちゃんと大人しく守られてくださいね。……はぁ……絶対大人しくなんかしないでしょう? リョウさんは……」

 意味ありげに笑うリョウにアウラが半ば諦めたように言葉を返した。

 

 

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