人を変える力
翌日、レンブラントが仕事に出かけた後、それと入れ違うようなタイミングでマルクスとゲオルグが「遊びに」来た。
応接間のテーブルで仕上がった資料を仕分けを兼ねてまとめ直していたリョウとそれを手伝っていたアウラが同時に顔を上げて唖然とした顔になり、そんな二人の様子をただなんとなく眺めていただけだったグウィンですら固まった。
「どうもー!」
「あ、今日は手ぶらではありませんから!」
案内してきたコーネリアスが去った後、満面の笑みでリョウの方に歩み寄る二人に。
「まさかと思うけど……遊びに来たわけじゃないわよね?」
リョウが唖然としたまま答える。
「そのまさかだよ! 凄いんだ! 昨日、あの後仕事に戻ってからリョウがもうすぐ出発できるくらいに仕事が進んでいるって話になって、それなら会えるうちは仕事を全速力で片付けて守護者の館に遊びに行こう! って事で意気投合してさ。昨日はすっかり残業しちゃったけど今朝朝イチでその書類の束を各部署に届けたからそっちの確認が終わるまで今日の午前中は暇なの!」
「例の店から菓子も届けさせて、ぴったりのタイミングで持ってこれました」
意気込んで説明するゲオルグに便乗するようにマルクスも嬉々とした様子だ。昨日ゲオルグから伝授された通りに……全くその通りにやったのだろう。
「ハンナさんがお茶淹れてくれるっていうからそれまで手伝うよ、それ」
ゲオルグがリョウの手元を覗き込みながらまだ山積みになったままの紙の束に手を出す。
「え、あ! 大丈夫よ。それ、仕分けしてるの。いきなり見ても分からないでしょ?」
リョウが慌てて声をかけると。ゲオルグが小さく「ふーん」と頷き、無言のマルクスがテーブルの上の手付かずの物とアウラとリョウが仕分けして束ねたものをざっと眺めて。
「……え? うそ……」
リョウが目を見開く前で二人がテキパキと手を動かし始めた。
アウラはその全く淀みのない作業の勢いに押されてテーブルから一歩離れた。
眺めていたグウィンがニヤリと笑って楽しそうに二人の動きを目で追う。
「多分、これで良いんじゃないですか?」
「うん。完了」
あっという間にただ適当に積み上げていただけの資料は仕分けされ、それぞれがきちんと束ねられ、おまけに簡易的に表紙までつけられた。
「えーーーー! 何その速さ!」
リョウが目を見開いたまま歓声を上げるとゲオルグが得意げに胸を張る。
「こういう仕事なら得意だし」
満面の笑みになっているゲオルグはやはりキラキラした目でリョウを見つめている。
なのでつい。
「ありがとー。ゲオルグ、いい子ね!」
リョウは思わずちょっと背伸びをして頭を撫でてみる。
途端にゲオルグの全身が硬直し、表情が固まり……ちょっと間をおいてドカン! と音がしたんじゃないかというくらいの勢いで顔が真っ赤になった。
「……あ、あら……ごめん? つい……」
リョウが我に返って手を引っ込めて口元をひきつらせると、傍で見ていたアウラとグウィンが目を丸くしている。
……あ、しまった。そうよね。仮にも副議長の頭を撫でる、は不謹慎か。いやつい、上手に芸をした犬かなんかを褒めるような気分になってしまっていたな……。
えーと、どうしよう……この妙な、間。
そう思いながらリョウが視線を泳がせると。
「リョウ……」
ゲオルグの斜め後ろから控えめに名前を呼ばれる。
呼ばれた方に目を向けると。
……えーと?
金髪の美人な大型犬が物欲しそうな顔でこちらを見ているような気がするけど。
「いっ、今のは間違い! もうしません! ごめんなさい!」
リョウが思わず声を上げるとグウィンがまず吹き出した。
つられるようにアウラが引きつった顔のまま力なく笑い出し。
「……なんでゲオルグばっかり」なんて聞こえるか聞こえないかのつぶやきを漏らしながらマルクスが肩を落とした。
「で、お前らいつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
山積みの資料が片付いたテーブルにそれぞれが思い思いに席についたところでハンナがお茶の用意を持ってきてくれたのでリョウが後を引き受けているとグウィンが相変わらず笑みを浮かべた顔で聞いてくる。
「んー、昨日? なんか……友達になった……」
リョウがどう答えて良いか分からずとりあえずそう言いながらグウィンの前にカップを置く。
「そ。友達! いいでしょう? ……ってフェルディナンド殿はもう仲いいんですもんね」
自慢げに胸を張ったゲオルグが途中で思い出したように肩を落とした。
「あー、まぁ……そりゃそうだが……ついでになんとなくお前はわかる。けど、マルクスまで友達、なのか?」
グウィンが苦笑しながらゲオルグに答えて視線をマルクスに向ける。
「いっ、いけませんかっ?」
途端にマルクスが若干頰を赤らめながら食いつくように言葉を返すので。
「いけなくないわよ。マルクス、良い人だもの。むしろ光栄です」
リョウがにっこり微笑んでマルクスの前にティーカップを置く。
そのリョウの言葉に反応するかのようにマルクスが目をあげてリョウと目が合い、頰をさらに赤らめてパッと目が逸らされる。ので。
……うわ。どうしよう。なんか……思いっきりわしゃわしゃと頭撫でてあげたい衝動にかられる。
リョウは空いた手がついそちらに向かいそうになるのをギリギリ思いとどまって胸元に引き寄せた。
昨日、なんだかあまりにも捨て犬な目をするので、この議長様を不覚にも「可愛い」と認識してしまったリョウはゲオルグと一緒に「友達認定」をしてしまい、その勢いで「名前呼び」まで承諾させられてしまったのだ。
まぁ、きっと、最初だけなんじゃないかな。なんて思ったのもある。
物珍しくて「お友達」になりたい。なんていう好奇心。貴族出身の彼らを思えば、まぁ……私みたいな存在を珍しく思う気持ちから近づいてきたとも考えられるわけで。
ある程度付き合ってみて「ああやっぱり人間と違うってこういうことか」みたいなのがわかったら怖くなって離れていくかも知れなくて。そういう覚悟があれば、割り切って今だけを楽しむつもりでお友達になるっていうのも……いいかな。なんて思ってしまった。
こういうことするから後で傷つくんだけどね。わかってるけど……どうしても人との繋がりって、自分からは断ち切れない。向こうが去って行く分には仕方ないか、って思えるのに。
「で……マルクスが用意した菓子って……それ?」
「ええ、そうですけど」
ゲオルグがテーブルに置かれた大きめの皿に目をやりながらマルクスの方に小声で声をかける。
小声、と言ってもリョウの右隣にゲオルグ、左隣にマルクス、しかも大きめのテーブルなのに結構間を詰めて座られているので声はリョウにまる聞こえなのだが。
なにか問題でも? と言いたげな返事をしたマルクスにつられるようにリョウも思わずワゴンから移した皿をまじまじと見直してしまう。
うん、別になんの問題もない。
大きめの皿には前にリョウが蜂蜜の店でレンブラントと一緒に食べた小さいカップケーキが山盛りになっている。
スミレの花の砂糖漬け、チョコレート、檸檬の味のアイシング、ナッツなんかがそれぞれについていてとても可愛らしい。相変わらずあの店のお菓子はどれを取っても可愛らしいな、なんてリョウも笑顔になる。
「あのさ、それ、リョウがお茶会の時に作ってきてくれたお菓子と同じじゃない」
「そうですね。きっとリョウが好きな菓子だろうと思ったんですが」
不満げに半眼で視線を寄越すゲオルグに、訳がわからないといった風にマルクスが返す。
「あのねぇ、マルクス。人が手作りした物とおんなじ物を店からわざわざ取り寄せて持ってくるって、ちょっと嫌味だよ? 気がつかないかなぁー」
「……えっ?」
ああ! そういうことか!
ゲオルグの言葉を聞いてリョウもようやくその口調の意味がわかった。
まぁ……言われてみれば、そうかもしれない。自分なら、やらないだろうな、と思う。誰かが手作りしたお菓子と同じもの、しかも明らかにお手本にしたと思われるお店のものを買って持って行くって……下手したら「こっちの方が美味しいわよ? もう一回食べてごらんなさい?」って言ってるように取られるかも。
マルクスが持ってきてくれたっていうだけでそこまで考えないし……だいたい、昨日の感じ、人の家に行くのに手土産持って行くっていう発想自体初めて知りました、みたいな反応だった彼がそんなことを考えるなんて思えない。そもそもが、議長様がうちに来るのに何か持ってきてくれたというだけでありがたすぎて文句のつけようがない上、忙しい合間をぬってわざわざ用意してくれたものにケチをつけようなんてかけらも思わない。思うはずがない。
……っていうかそこまで考えて手土産を用意するゲオルグって何者?
なんてことをリョウがつらつら考えていると。
「……え?」
隣のマルクスがテーブルに片肘をついてその手で額をおさえるようにして肩を落としている。
あ……うわ。すごくわかりやすく落ち込んでる。
そろそろと反対隣のゲオルグに視線を向けると呆れたように紅茶を口に運んでいる。
その流れでグウィンに視線を向けると口元を引きつらせたまま笑いをこらえているのがみて取れて、アウラに至っては「こっちに意見を求めないでください!」って顔して視線をそらされた。
なのでリョウが再び左隣に視線を向けなおす。
薄い金色のサラサラの髪がゆるく結ばれて肩から零れ落ちている。こちら側の手に額を乗せて俯いているので顔は見えないけれど……なんとなく表情は想像がつくので。
「あのね、マルクス……大丈夫よ? 私そんなの気にしないし、このお菓子好きだし。それにあなたが持ってきてくれたってだけで嬉しかったもの」
顔を覗き込もうとしてみるけど肩から落ちる髪と腕が邪魔で全く見えず……なんとなくリョウ自身も笑いが込み上げてきそうなところを「ここで私が笑っちゃダメだ!」と自分に言い聞かせながら声をかけ、ついでにその頭をそっと撫でてみる。
わぁ。この人の金髪、なんて素敵な手触り。サラサラツヤツヤのストレートは……男にしておくには勿体ないな。
なんて思うのでなかなか手が離せなくなってきた。
「……本当ですか?」
小さく震えるような声が聞こえて金髪を堪能していたリョウの手が止まる。
「うん! 本当! だから顔上げて? 美味しいわよこのお菓子。一緒に食べましょう! それにお茶も冷めちゃうわよー」
そう言いながらリョウがマルクスの頭から手を引っ込める。……のだが、マルクスの体勢は一向に変わらない。ので。
「……マルクス?」
もう一回顔を覗き込むようにしながら声をかけてみる。
「もう少し撫でてください」
すごく小さな声がとっても控えめに聞こえてきて。
「……おい。いい加減にしねーと後でレンブラントに斬り殺されるぞ」
グウィンが唇の端を釣り上げながら言い放った。
「やっぱりリョウが作った菓子の方が美味しかったですね」
マルクスが優雅にカップを口元に運びながらリョウの方に視線を向けて囁く。
……気を使っているなぁ。そもそもプロの菓子職人が作ったものの方が美味しいに決まっているのにこの言い方。ゲオルグに指摘されたことをものすごく気にしているんだろうなぁ。と思うので、リョウも否定するのが申し訳なくなって「ありがとう」とだけ答えてみる。
で、ふと違う話題がないかと思い巡らせてみて。
「そうそう。私が作ったお菓子はね、アイザックに教えてもらいながら作ったのよ! アイザックがね、わざわざあの店に行ってレシピを教えてもらった上、このスミレの花の砂糖漬けも分けてもらってきてくれてね。あんまり美味しかったから私も作りたいって言ってあの日のお茶請け用に作り方を教えてもらったの」
「……は?」
「……え?」
リョウの言葉に左右の二人が動きを止めて、さらに口元を引きつらせてリョウを凝視する。
「え?」
思わぬ反応にリョウが驚いてゲオルグとマルクスを見比べた後、グウィンの方に視線を向けるとなぜかグウィンは笑いを嚙み殺そうとでもしているかのように顔を歪めて視線を逸らした。アウラもなんだか微妙な顔をしている。
「ねぇリョウ……なんか僕、思い違いしてるかもしれないから確認してもいい? この家にアイザックって名前の人二人いる?」
ゲオルグが眉をしかめて恐る恐る聞いてくるので。
「え、やだ。いないわよ。アイザック、知ってるでしょ? 今、ちょっと訳ありでうちで色々家の仕事を手伝ってくれてるのよ」
「……知って、ます。その経緯も、よく知ってますし、なんならわたしたちもある意味加担してますけど……アイザックが、菓子作り、ですか? しかもリョウと一緒に?」
マルクスが半ば呆然としながら呟くので。
「え! 加担してるって何? マルクスたちも何か関わってるの?」
「いや、アイザックの態度をどうにか矯正するのに守護者の館に送り込めばレンブラント隊長とかフェルディナンド殿とかにうまくやり込められて多少丸くなるんじゃないかってことでちょっとした人事異動を承認したのはしたけどさ! いやいや! そんなのどうでもいいよ! なにそれ、店にレシピを教えてもらってきて……って、あいつ……つまり民間の人間に頭下げに行ってるんだよね? しかも何、リョウと一緒に……作ったの? 教えながら? お菓子、を?」
リョウが引っかかった問題点にかろうじて答えてくれたゲオルグは、それでも興味の的は違うところにあるようで目を丸くしたままさらに聞き返してくる。
「……うん。作ってくれた、けど」
リョウが勢いに飲まれて小さく頷きながら答えると。
「……ぷっ」
「……くっ」
ゲオルグとマルクスが同時に吹き出した。
「うはははははっ! なにそれ! あのアイザックがっ? あははははっ!」
ゲオルグはもはや腹を抱えて笑うという表現が似合っている。
対してマルクスは必死で大笑いにならないように奥歯を噛み締めて喉の奥で笑っている。
「くくくっ……! フェルディナンド殿、こ、これ……知ってたんですか?」
マルクスに話を振られてグウィンが大きく息をついて頰を緩めた。
「ああ、まあな。俺たちがどうこうする前にそいつが手懐けた。……まぁ、予想はしていたが」
グウィンがちらりとリョウの方に視線を向けながらマルクスに答え。
「はい? 手懐けたってなんのこと? 私、アイザックとはそんなに仲良くないわよ? あれは私が頼み込んで教えてもらったってだけで!」
リョウが必死で食い下がるとゲオルグとマルクスが呆気に取られたような顔でこちらを向いて。
「嘘だ……だってこないだだって仲よさそうにじゃれ合ってたじゃない」
「ええ、すごく楽しそうでしたけど」
……なんの話だ。
リョウが眉間にしわを寄せて二人に代わる代わる目をやると。
「そんなわけで無自覚だ……」
なんだか残念なものを見るような目でグウィンが視線をよこした。
夜。
寝室でリョウがハンナにもらった梅酒の瓶とカップをテーブルに用意してレンブラントを待っていると浴室から出てきたレンブラントが物珍しそうに歩み寄ってきた。
「何ですか? この瓶」
ゆっくりとソファに身を沈めるレンブラントが瓶を手にとって眺める姿がどことなく微笑ましく見えてリョウが小さく笑みをこぼした。
「うん。ハンナのお土産。梅のお酒なんだって。……飲む?」
隣に腰を下ろしながらリョウが顔を覗き込む。
「珍しいですね。これ……リョウも飲んだことある?」
「ないわよ。どんな味なのか楽しみなんだけど! レンは飲んだことあるの?」
笑顔でカップを手に取るリョウの前でレンブラントが「ふーん」と頷きながら瓶をしげしげと眺めて……なぜかテーブルに戻した。
「え? ……飲まないの?」
しまった。好きじゃなかったのかもしれない。
なんて思うのでリョウがちょっと慌てる。
「いや……今日はやめておこうかな。これ、リョウが帰ってきてからゆっくり一緒に飲みませんか?」
「あ……」
そうか。
今日の午後、まとめた資料を確認して出発する準備が終わった。
なので明日にはもう北に向かうことは決定なのだ。しばらくレンブラントとも会えなくなる。あんまりそんなことばかり考えると寂しくなるのでリョウは考えないようにしていたのだ。
現実に引き戻されたリョウの肩にレンブラントの腕が優しく回される。
「寂しい、って思ってくれるんですね」
「あ、当たり前じゃない! 私を何だと思ってるの! あなたの、妻ですからね!」
顔を覗き込んで優しく笑うレンブラントにリョウが思わず拗ねたように声をあげて目をそらす。
「ふーん」
相変わらず微笑みを浮かべたままのレンブラントがリョウの首筋に顔を埋めてそこにくちづけた。
「よかった……僕だけが寂しいのかと思っていたんですよ。リョウは友達に会いに行くようなものでしょう? 楽しみにしていて当たり前なのに」
「こないだだって寂しいって言ったわよ?」
「うん」
レンブラントの微笑む息がリョウの首筋にかかり、くすぐったくてリョウが首をすくめると肩に回された腕に力が入り、逃すまいともう片方の腕でも抱きしめられる。
「……もっと言ってください。僕から離れるの、本当に寂しい?」
心細そうな声にリョウは一瞬目を見開いて、そしてその目を優しく細める。
なんだか子供みたい……!
「うん! 寂しい!」
くすくす笑いながらリョウがレンブラントの背中に腕を回す。
「……なんで笑いだすんだか」
やれやれ、とでも言わんばかりにレンブラントがそっと体を離してリョウの顔を覗き込む。
「だって! なんだかレン、可愛いんだもの」
リョウはもう本格的に笑いだす一歩手前だ。
「か、可愛い……?」
愕然とした瞳のレンブラントにリョウは話題を変えてしまおう! と思い至り。
「今日ね、グウィンに私がアイザックを手懐けたって言われたわ」
ちょっと拗ねたような声を出す。
「え?……グウィン?」
意外な名前が出たせいかレンブラントが鼻白む。
「私、アイザックとそんなに仲良くないわよね? 手懐けたってどういうことだろ」
「ああ……そういうこと……」
レンブラントが眉をひそめて小さくため息をつくとリョウを抱きしめる腕の力を少し緩めた。その右手がリョウの頰にかかる髪を避けるようにして頰を撫で、いたずらっぽい瞳で目を覗き込む。
「アイザックね、あれで劇的に変わってるんですよ」
「……え?」
「だいたい、あいつが誰か個人のためになんの見返りも求めずに何かをするなんて考えられなかった。まぁ、グリフィスは別でしょうけど。こないだだって僕とリョウにお茶を入れて一緒に飲んだりしたでしょう? あんなこと、考えられませんよ。誰かとゆっくりお茶をするなんて……仕事の話をする以外で彼の生活にはなかったんじゃないですかね。あれ、リョウが提案したんでしょう?」
「あ……うん。そうね……この人と一緒に時間を過ごしたいって思う人とお茶をするのって大事よって話したけど」
アイザックとのやり取りを思い出しながら答えるリョウにレンブラントがくすりと笑う。
「だからあなたにお茶を淹れたくなったんでしょうね」
「え、嘘。……私、レンとお茶したかったのかなって思ったけど。……それにお茶飲んだけど結局、特に何も話さなかったわよね」
お茶をするというのは会話を楽しむための行為であるはず。なのにあの晩、アイザックは一緒にただお茶を飲んでお菓子を一緒に食べただけだった。
まぁ、最低限「美味しい」みたいなことは言ったけど特筆すべき会話があったわけではなかった。
「でも、ずいぶん楽しそうにしてましたよ、彼。……僕は目を疑いましたけどね」
「そう、なの?」
……まぁ、つまらなそうな顔はしてなかったと思う、けど。
「だから、リョウには人を変える力があるんですよ。みんなリョウが帰ってくるのを待ってますからね、ちゃんと仕事を片付けたら帰ってきなさい」
「う……ん」
人を変える力……? それはどうかなぁ、と思うのでリョウは中途半端な返事をする。
だって、そんなのたまたま偶然のような気もする。たまたまアイザックにそういう素質があったってだけで、たまたまそういうタイミングの時に私がそばに居たってだけのことじゃないだろうか。
そんなことを考えつつ眉間にしわがよるリョウの額に暖かいものが触れた。レンブラントの唇。
「こら。ちゃんと帰ってくるって返事しなさい。僕はこのままリョウが帰ってこなかったらどうしようかと不安で仕方ないんですよ?」
「え! やだ! 帰ってくるに決まってるじゃない! ……ここが私の居場所なんでしょう?」
目を覗き込まれてリョウがちょっと慌てたように答える。
「リョウを繋ぎ止めるのに、僕だけの腕では物足りないんじゃないかと思えてならないんですけどね」
ああ、また。
心細そうな……捨て犬な目。
リョウがレンブラントの背中に回していた腕をそっと外してその両頬を包む。
「あのね。誰が待っていてくれなくても、レンが居てくれるならそこが私の居場所でしょ?」
そう言ってふわりと微笑むリョウに。
「じゃあ……ちゃんと戻ってこれるように僕の気持ちをちゃんと教えておかなくちゃいけませんね」
レンブラントがそっとリョウを抱き上げた。




