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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
103/207

二人の訪問者

 最近ペースを上げて片付けている「北へ持っていく資料作り」もそろそろ終盤だ。

 今日明日にも形になる、といったところ。


「リョウ様、お客様でございます」

 午前中、アルフォンスとレンブラントが来て仕事が始まる前に、と思ってリョウが既に形になっている資料を整理してひとまとめにしていると開きっぱなしの応接間のドアからハンナが声をかけてきた。

「……え? 誰?」

 ハンナの口調がいつもより固いのでリョウもちょっと緊張する。

「すみません。ほんとに来ちゃいました!」

 ハンナの後ろからひょこっと顔を出したのは。

「あ……副議長、様?」

 さらりと黒い髪が揺れて人懐っこそうに黒い瞳を細めたゲオルグ。服装は先日と同じ、深い青のローブにスタンドカラーの黒いシャツ。

「あー、そういう肩書きで呼ばれるの慣れてないんで名前で呼んでもらえます? ゲオルグでいいですから」

 笑顔のままテーブルまで歩み寄って来たゲオルグは。

「こういう大層な肩書きってなんか分不相応な気がして居心地悪いんですよね」

 と不服そうに声を潜める。

 なので。

「あ、わかります! 私も苦手なんです守護者(ガーディアン)殿って言われるの」

 リョウが思わずニヤリと笑うとゲオルグが目を丸くした。

「う……わ。やっぱり守護者(ガーディアン)殿って型破りだ! あ、だからハンナさんも『リョウ様』だったんですか?」

 既に誰もいなくなっているドアの方を見やりながらゲオルグが楽しそうに聞いてくるので。

「まぁ、そんなとこ。ハンナもコーネリアスも私には家族みたいな存在だから肩書きとか気にしないでいたいのよね。放っておくと奥様って呼ばれるんだけどそれもなんだかしっくりこなくて。コーネリアスは真面目だからなかなか手強いんだけど」

 わざとらしく腕組みをして口元を歪めて見せるリョウにゲオルグが笑い出す。

「いいなー。それ、僕も仲間にいれて下さい! 元老院じゃ新参者は居場所がなくて肩身が狭いんです。今、目下癒しの場を探し中です」

 笑っていたゲオルグが最後にはちょっと眉を下げてしょげたような声を出すので。

 ああそうか、最近就任したばかりって言ってたし役職が役職だけに風当たりは強いのかもしれないな……。と、リョウも察して。

「ゲオルグ、お仕事大変なのね。お疲れさま。癒されるかはわからないけど……こんなとこでよかったらいつでも来てくださいね」

 なんて言いながらにっこり笑う。

「ありがとうございます! 疲れたら癒されに来ます! あの……じゃあ僕もリョウさん、でいいですか?」

 キラキラした目で聞かれるともうリョウとしても二つ返事で頷いてしまう。

「やったー!」なんて小さく声を上げるゲオルグはリョウの手元を覗き込んできながら。

「あー、それ、もうそんなに出来上がっちゃってるんですね。出立も明日明後日ってとこですか?」

 なんて聞いてくるので。

「そう、ですね。今日の進み加減によりますが……たぶん今日中に終わって、明日確認作業して……明後日には出られるんじゃないかと」

 そうか、作業の確認が彼の本来の目的だったかな、なんて思ってリョウもちょっと改まった面持ちで一応簡単な予定を説明してみる。

「そっかー。じゃ、ぎりぎり間に合ったわけだ!」

「え?」

 ゲオルグが途端に目を輝かせて満面の笑みになり、リョウが聞き返す。

「だって折角お知り合いになれたのにこのまま北に旅立たれちゃったら次にお目にかかれるのはもうずっと先になっちゃうじゃないですか。その前にせめてもう一回くらいはゆっくりお茶、したかったんです」

 キラキラした目で真っ直ぐにこちらを見つめて言い放つゲオルグに。

 ……今うっかり「わー、嬉しい!」って返しそうになったけど……今の話の流れにうっかり飲まれたけど……これだけのセリフをこんなにさらっと言ってのけるって……もしかしてゲオルグ、ちょっと軽い人、なのかな?

 リョウの一旦ごく自然に浮かべた微笑みがわずかにひきつった。


「リョウ様。お茶をお淹れいたしましたよ」

 ゲオルグが喜びそうなタイミングでドアの方からワゴンを押す音がしてハンナが入ってきた。

「あ、ハンナ! ありがとう。ごめんなさい、仕事増やしちゃったわね?」

 リョウがそそくさとワゴンに歩み寄り手伝いかけて。

「……あら?」

「あ、それお土産です! リョウさん街で人気の蜂蜜の店のお菓子お好きみたいだったから買ってきました!」

 背後からゲオルグが声を掛けてくる。

「そうなんです。たくさんいただいたんですよ。可愛らしいお菓子ですわね」

 ハンナもにこにこと笑みを浮かべながら両手を胸の前で組んでいる。

 確かに、ワゴンに用意してあるのは皿に盛り付けられた小さな揚げ菓子。砂糖がまぶしつけられたそれはきらきらしてとても可愛らしい。前に「新作」としてリョウが食べたことのあるものだ。

 なのだが。

「いや、あの……カップの数が」

 リョウが最初に「?」と思ったのはティーカップの数。ワゴンに用意してあるのはティーカップが三客。

「あ、もうお一方みえてるんですが、今アイザック……と話し込んでいらっしゃいます」

「あ、そうなの?」

 ここにいる間は使用人として扱ってほしいというアイザックのたっての希望で「様付け」が出来ないとはいえ慣れないハンナはどうにも彼の名前を口にするときに一旦口ごもってしまうらしい。

「え? もう一人?」

 ゲオルグも意外そうに声をあげた。

 という事は一緒に来た人というわけではないのか。と思いながら取り敢えずテーブルに戻って先ほどの書類の束をまとめ直して片付けたリョウが。

「ここでいいですか? あっちのソファの方が楽かと思うんですが」

 とお茶を出す場所をゲオルグに確認してみる。

「んー、じゃ、あっちにしようかな」

 ゲオルグは数回テーブル席とソファを見比べてからソファを指定。今日も大きい窓から日差しが良く入ってどちらの席も心地よさそうだ。

「では、あちらにご用意致しましょうね」

 ハンナがにっこり微笑んでワゴンを押すので。

「ああ、ハンナ。あとは私がやるわ。午前中の仕事、中断させちゃってるでしょ?」

 考えてみたら午前中からもてなす必要がある客が来ることなんてあまりない。この時間はハンナは台所仕事の後半戦か洗濯室での作業中だった筈。

「あら……すみません。じゃ、お言葉に甘えてしまおうかしら」

 うふふ、と笑うハンナは肩の力が抜けてとても可愛らしい。そんな風に気を遣わずに甘えてくれるのがリョウにとっても嬉しいのだ。

 軽く目配せ程度に挨拶をして出て行くハンナを見送り、何事もなかったようにティーポットをテーブルに移すとソファに座って目を丸くしているゲオルグと目があった。

「……ほんとに家族、みたいだ。使用人に用事させないで退室させるとかってありなんだ……」

「え……あ。あら、やだ。すみません。……見苦しかった、ですか?」

 しまった。ついいつもの調子でのやり取りだったけど、こういうのに慣れていない人には家の主人が積極的に家事の類をするのって見苦しいかもしれない。しかも……うわ! 今改めて気づいたけど元老院メンバーって、あれだ! 元貴族! 今でこそ王制が廃止されて久しいから貴族を名乗る人なんてそういないけど、元老院という制度そのものが王制の名残だからメンバーは当時の貴族の血筋がほとんどな筈。確かゲオルグも名乗る時には姓を付けて名乗っていたわよね。

 家名をあえて名乗るのは貴族出身の者たちの習慣だ。

「あ、いや! 見苦しくなんかない! むしろ羨ましいと思っただけ! ……それに」

 色々思い当たることがあって顔色を変えたリョウにゲオルグが慌てて声をあげ。

「それに、そういうの……やめてもらえるとありがたい、かな」

 セリフの後半は照れたように顔を赤らめながら視線がそらされる。

「はい?」

 リョウが思わず聞き返すと。

「ああ、えーっと、その……敬語? なんかじわじわと肩書きで呼ばれてる時の嫌な緊張感を誘うんだ。だいたいリョウさんって僕とそんなに年齢変わらないよね? 友達くらいに見てもらえたら凄く気が楽」

「う……あ。そう、なの? いや怒られないなら敬語はやめてもいいんだけど……年齢は……その……竜族の寿命って知ってる?」

 紅茶を注いだカップをゲオルグの前に出しながらリョウが口元を引きつらせつつ尋ねてみる。

「え? ああ、言い伝えだと千年は生きるとか? ……え?」

 キョトンとして聞き返してくるゲオルグの目が再び丸くなった。

 なので。

 リョウがこほんと小さく咳払いなんかしながら可愛らしい揚げ菓子の盛られた皿をテーブルに移して。

「まぁ、ざっと280歳くらいです」

「……」

 ゲオルグがわかりやすく絶句した。

「……ごめんなさい。やっぱり敬語の方がいいですよね?」

 リョウがテーブルを挟んだゲオルグの向かいのソファに自分用のカップを置きながら声をかける。

 うん。なんとなく、馴染みのある空気感になった。竜族を人外のものとして認識した人の空気感。見た目と、その裏に隠れている意外性……まぁ言ってみれば化け物としての性質のギャップを飲み込むのにちょっと時間がかかるのよね。この後一線置いた付き合い方になって段々距離が広がって、最終的に付かず離れずくらいで収まればいい方。

 そんなことを思いつつ小さくため息を吐くリョウに。

「……っ! いや! ならむしろ敬語じゃなくていい! 僕が敬語にすべきなくらいだ! なんだ、妹と同じくらいかと思ったら……姉より年上かーーーー!」

「はぁ?」

 なにこの反応。妹さんと比べたのは私の年齢が判明する前だからまだいい。なんで200歳超えの女を自分の姉なんかと比較する?

 リョウが思わず眉間にしわを寄せて笑顔のゲオルグを半ば睨みつける。

「いや、うちほぼ女系家族で。妹一人、姉二人なんです。父は早くに亡くなったので家だと僕もほとんど女の子の扱いで育ったんですよねー。なので、僕の基準て基本妹か姉で。ああ、姉より年上なんだったらやっぱり僕は敬語を使うべきですか? 姉にタメ口なんか使ったらまず口きいてもらえなくなるしな……」

「あ……いや、敬語じゃなくていいけど……」

 そうか、このやけに人懐っこい感じは女の子に囲まれて育ったせい、とかなのかな?

 なんて思いながらリョウがタメ口を快諾すると。

「あー良かった! 実はね! リョウさんとはずっと仲良くなりたいと思っていたんだ! だって僕と同じ髪と目の色でしょ?」

 矢継ぎ早に話を振ってくるこの感じ……もはや女の子の友達のようにさえ思えてきた……と、リョウは深く考えるのを放棄する。

「うちでは僕だけなんだよね、この色。どうやら母方の家系に東の出身者がいたらしくて。でもうちはこの都市の歴史ある貴族とか変に肩書きにこだわるから子供の頃からなんか肩身が狭くてさ。姉達なんかは『気にするな』って言ってくれるけど、母はいっそのこと僕を女の子として育てて跡を継がせるのはどっちかの姉の婿にする、くらいの勢いだったし。確かにランギウス家当主がこの髪じゃ血筋を疑われるって言われればその通りだしね」

 そこまで言ってため息を吐くゲオルグの目にはちらりとかげりが見え、なんとなくリョウも眼差しが真剣になる。

 もはや女友達の相談に乗っている心境だ。

 そんなリョウに気づいている様子もなく、ゲオルグは次の瞬間、思いっきりキラキラした目で顔を上げ、リョウの方に身を乗り出した。

「で! 例の戦いで、リョウさんがあまりにもかっこよくて! 黒髪に黒目のイメージが変わったんだ。しかも僕より断然若い子があんなにかっこいいなんて! って思ったんだけど……そうか……年上だったのかぁ。……ああ、でもリョウさんは僕の救世主なんだ! あ、いや、リョウさんの場合ほんとに世界を救っちゃってるけどね、僕の世界観も変えてくれたんだよ。だからどうにかお近付きになれないかと、今まではせいぜい家を放り出されても生きていければいいや、くらいに頑張ってた家の管理の勉強も仕事もガツガツ頑張ってさ。あらゆるチャンスを活かしてみたら今や元老院副議長、ってわけ」

 テーブル越しにひしっと縋り付くような目を向けられてリョウは。

「そっか……頑張ったのね! なんか色々大変だったわね!」

 もうなんだか勢いに飲まれた。飲み込まれたし、なんかよくわからないけど、やさぐれかけていたこの子の生き方を変える上で貢献できたらしい、という事は飲み込めたのでリョウは大きく頷きながら笑顔を作っていた。

「この際、リョウって呼び捨てにしてもいい?」

 身を乗り出したゲオルグがキラキラした目のまま両手を胸の前で組み合わせる。

「許す!」

 もう、女の子! ゲオルグは女友達です!

 リョウもつられるように胸の前で両手を組んでニヤッと笑う。


「奥様、議長様をお連れ致しました」

 静かなコーネリアスの声にリョウがふと我に帰ると、開いたドアの外でコーネリアスが頭を下げており、その後ろに金髪を緩く後ろで束ねた美人……もとい、マルクスが立っている。

「え……あ! ええ! ハンナが言ってたもうお一方って議長様?」

 マルクスが部屋に入るのを軽く頭を下げて見送ったコーネリアスはそのあと踵を返して仕事に戻るのだが……どうにも笑いを堪えるように口元を歪めていたように見えて仕方ない。

 ……今のゲオルグとのやり取り、見られたわね。

 リョウがつい苦笑しそうになっていると。

「すみません。うちの副議長がお邪魔しているみたいで。その件に関しましてアイザックから言い掛かりを……いや、説明を求められましたので少し話し込んでおりまして、ご挨拶が遅くなりました」

 にこやかに青い瞳が細められ、その視線がリョウの向かいで幸せの絶頂といった笑みを浮かべていたゲオルグに向かい、一瞬鋭くなった。

「ええ! 説明って……なに? ゲオルグ、仕事放り出してきたの?」

「え、いやまさか。今日の午前中の分は全部終わらせましたよね?」

 リョウが慌てて視線を向けるとゲオルグも慌てたようにマルクスに確認を取るように聞き返す。

「……まぁ、終わらせてありましたね。ものの見事に。一体今朝は何時から仕事を始めていたんだか……やけに早いと思ったらこういう事だったんですね」

 ため息混じりに呟くマルクスが腕を組んで呆れたようにゲオルグを見やるので。

「っと、ああごめんなさい。議長様、どうぞお掛けくださいね。今お茶を淹れますから」

 用意していたティーポットのお茶ははとりあえず二人分だけだった。なので新しい茶葉を入れ直して用意してある湯を注ぎながらリョウがマルクスに席を勧めると「恐れ入ります」と綺麗な笑みを浮かべたマルクスがゲオルグの隣に少し間を空けて座る。

 その表情といい、物腰といい、ああやっぱり貴族なんだな。という美しさ。

 そしてマルクスが隣に座って、ゲオルグの表情が明らかに先ほどまでの砕けたものとは打って変わったキリッとしたものになる。

 あ。

 この二人、こういう風に並ぶと、ちょっと絵になるかも。

 なんてリョウは思う。

 マルクスはもともととても整った、言ってみれば中性的な顔立ちで美人だ。でも女性っぽいかといえばそうでもなく、背もすらっと高いし肩幅もしっかりあって男性的。物腰が優雅で上品だから顔立ちと相まって中性的に見えるのだろう。

 対してゲオルグはマルクスよりは若干背は低くて……そうは言っても平均的な男性のレベルだが、むしろ並ぶと肩幅はマルクスより無い。男性にしては少し華奢な方かもしれない。リョウの周りには騎士が多いせいか華奢な男性というのはあまりいないのでこの体格が女の子を連想させるのかもしれない。とはいえ顔立ちは改まった表情をしていれば年相応の落ち着いた男性のそれだ。意思の強そうなはっきりした目とゆったりと引き結ばれた口元は自信の表れた雰囲気でいかにも仕事が出来そう。


 それとなく横目でチラチラと「観察」しながらお茶を淹れ、カップをマルクスの前に出す。

守護者(ガーディアン)殿にお茶を淹れてもらえるなんて……」

 とマルクスが嬉しそうに微笑んで優雅にカップを口に運ぶのを「鑑賞」しながらリョウもつい別の意味で満足げな微笑みを浮かべてしまう。

「あ、このお菓子。ゲオルグからの差し入れです。……前に私も食べたことがあるんですが美味しいですよ?」

 とリョウが思い出したように揚げ菓子を勧める。

「ほぅ……こういう物を買い付けて来る余裕もあったんですね。副議長殿はやはり相当仕事がおできになる……」

 カップを静かにソーサーに戻しながらマルクスが優雅な微笑みをゲオルグに向けた。

 その途端ゲオルグの笑顔が一瞬にして凍りついた、ように見えてリョウがちょっと焦る。

「え……っと、あの。ごめんなさい、ゲオルグ、仕事の方は大丈夫なの? なんなら今日はもう仕事に戻った方がいいんじゃない?」

「え! あ、いや! 大丈夫! 本当にちゃんと仕事は片付けてきたんだ! リョウが謝ることじゃ無いから!」

 思わず向かいに座るゲオルグの顔を覗き込むように話しかけたリョウにゲオルグが慌てた。

「ふーん。わたしは『議長様』で、副議長のことは『ゲオルグ』なんですね。しかも君は守護者(ガーディアン)殿を呼び捨てですか」

 ……あれ?

 こと、ここに至ってリョウはマルクスの引きつったような笑みにちょっと思い当たる影を見つけた。

 いやまさかね。

 なんか、こういうの、どっかで見たことあるなと思ったけど……レンがヤキモチ妬いてる時の口調と表情に通じるものがあるような気がしなくも無いんだけど。……いやまさかね。お貴族出身の議長様が、ねぇ。

「いいじゃないですか、僕たち友達になったんですから!」なんて口を尖らせるゲオルグはリョウからしたらもう女友達のくくりなのでなんとなく全面的に応援したくなっている。

「そう! 私たち友達なんです!」

 なんてにっこり笑ってマルクスの顔を窺うように斜め下から上目遣いで見上げてみたりして。

「……っ!」

 途端にマルクスが片手で顔を覆って俯いた。

「……あら?」

 反応の意味がわからずリョウが首をかしげると。

「先を越された……っ! だからどうして君はそう要領がいいんですか!」

 頰を真っ赤に染めたマルクスは隣のゲオルグに鋭い視線を向けながら言い放った。



「だって……今日の仕事量がいつもよりは若干少ないのって昨日くらいからわかってたじゃないですか。だからここは早朝から取り掛かって午前中のうちに守護者の館に遊びに行くチャンスって考えるでしょう、誰だって」

 自分が持ってきた揚げ菓子を口に放り込んでゲオルグが得意げに説明している。

「ええ、そりゃ考えますよ。だからわたしだって仕事を片付けてから早々にこっちにきたわけで」

 視線を泳がせながらぼそりと呟くとマルクスが優雅にティーカップを口元に運ぶ。

「で、そういうことなら昨日のうちに手土産の手配はするわけで。朝一で出来立ての菓子を届けてもらえるように予約しておけば店の開店時間を考えてもこっちの仕事が終わるくらいに受け取れますよ。やっぱ、こういう時に手ぶらで来るっていうのは印象悪いですしねー」

 ちらりとマルクスの方に目をやりながらゲオルグがニヤリと笑う。

「……っ! そうなんですか! すみません守護者(ガーディアン)殿!」

「へっ? い、いや! 全然構いません! なんで議長様がうちに手土産なんか持って来なきゃいけないんですか! だいたい、わざわざこっちまで来るってことは何か大切な用事があったんじゃ……」

 さっき、ゲオルグは「遊びに」とか言ってたけど。まぁ、彼の性格とか背景とか諸々がなんとなく分かった今となってはそれはそれで納得だけど、よもやこの議長様までがそうとは思えない。彼の場合は本当に、何か事務的な用事があるのだと思えてならないので、リョウが緊張気味に背筋を伸ばす。

「いえ……そうではなくて……やっぱり『議長様』……」

 消え入りそうな声で呟きながらがっくりと肩を落とすマルクスに隣のゲオルグが声を上げて笑いだした。

「あはは……っ! ねぇリョウ、マルクスもこの僕に免じて友達認定してやってください! この人仕事はめちゃめちゃ出来るんだけど、どうにも人付き合いがね……うくく! ほら頭のいい人ってどっか抜けてたりするでしょ?」

「ええ! ……友達って……だって……議長よ? 元老院の。その辺の会堂の世話係さんとかじゃないのよ?」

 リョウが目を丸くすると。

「役職ですか! この役職の、せいですか? ……副議長は良くても議長はダメなんですか?」

 きゃー! 何この人! レンを上回る捨て犬な目をする! 綺麗な顔の人は表情が全て様になりすぎて怖いんだけど!

 リョウは思わず目を見張って、一旦ゴクリと唾を飲み込んでから。

「……ダメとかじゃ、ないです」

 なんとか言葉を絞り出した。



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