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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
101/207

お茶会の、ふたを開けたら。

 

 で、さて。

 お茶会……と軽く言っていいのかよくわからない、当日。

 それは城の中の会議室の一つで行われることとなっており。

「会議室」といっても「お茶会」と言い出したアルフォンスがグリフィスに直接掛け合ったので一番小さなこぢんまりした部屋。大きめの窓から陽の光がよく入る部屋の中央には丸いテーブルがあり、その真ん中には向かいの席への視界を遮らないように気を配った花なんかも活けられていたりする。

 何しろ、機能優先で無駄なものは一切省く、というのがこの城を維持管理する上での常識になっている中で古いながらもちょっと手の込んだデザインの椅子やテーブル、落ち着いた柄が織り込まれた絨毯、壁には明るい色彩の風景画、部屋の隅には生花が活けられた花台なんてもう、まずこの建物の中ではちょっと珍しいくらいだ。

 そもそも誰が花なんか活けるんだろう……というくらいで。

 昨日の練習を経て今日の午前中に大量生産したスミレの花と薔薇の花びらの砂糖漬けを乗せた二種類のカップケーキは、アイザックが一足先に持って行ってくれたのでリョウがレンブラントとグウィンとアウラと共にその部屋に到着した時にはすでにテーブルに美しく盛り付けられた皿が並べられていた。


「せっかくアルがセッティングしてくれたのでそれなりに気張らない部屋を用意したつもりなんですが、緊張したりしませんか?」

 部屋に入るなりグリフィスに尋ねられ、リョウはまず恐縮した。

 アイザックは今日ばかりは以前と同じ深い青の上着を着てグリフィスの隣に落ち着いている。リョウが「うん、その方が似合ってる」とでも言ってあげたくて目を合わせようとするのだがなぜかうまくかわされてちっとも目が合わず最終的には睨み付けるような感じになり、グウィンが苦笑した。

 アルフォンスがいつも通りゆったり構えているのに対してアウラは緊張しているのか身動きすらせず目だけで辺りを窺っている。大体、今日集まるメンバーというのが結構な肩書きの者達ばかりなのだから「竜族の一級騎士」とはいえやはりこれが正当な反応なのかも知れない。リョウだって心境は同じだからかえって心強い、くらいに思っている。


「なんだ、この部屋! こんな部屋があったんだなグリフィス!」

 入ってくるなりわかりやすく目を丸くしてガハハと笑ったのは短く刈り込んだ赤毛に濃いブラウンの瞳の人の良さそうな軍総司令官。オルセイという名の彼は歳の頃はグリフィスとさほど変わらないようで彼との付き合いも長そうだ。

 復興作業の間は都市の周りの畑地の管理を任されていたそうだが作業がひと段落してまた元の職に呼び戻されたらしい。筋骨隆々とした体つきは軍人らしくもあり、農作業だってバリバリこなしそうな感じだ。

 オルセイに続いて入ってきたのはもっと若いグラネスという総司令官補佐。

 ウェーブのかかった茶に近い金髪にブラウンの瞳の彼は役職の割には柔和そうな雰囲気を醸し出しており、レンブラントがリョウに耳打ちするように彼らを紹介している間も、オルセイの豪快な態度に隣から肘でつついて「オルセイ、守護者(ガーディアン)殿の前ですよ」と軽く眉をしかめたりしているところを見ると総司令官よりも真面目な気質なのだろう。

 少し間をあけて入室してきたのは元老院の議長と副議長だった。

 議長はアイザックに似た薄い金色の髪で、腰まで伸ばしたその髪を緩くまとめて青い紐で縛っている。切れ長の青い目にちょっと色白な肌で顔立ちも整っており一見して「綺麗な人だな」という感じ。

 軍関係者の青い上着は前に釦が付いているのに対して彼らの青い上着はゆったりした首回りに縁飾りがついていて服の上から被って着るタイプのローブだ。二人とも黒いスタンドカラーのシャツを着ているところをみるとそれが正装なのだろう。

 そんな議長が入室するなり目を丸くして明らかに狼狽えた。

「つ、司殿! 申し訳ありません! 時間を間違えてしまったようで!」

 その慌てようはほんの数秒の出来事とはいえちょっと可哀想になるくらいのもので、見ていたリョウが「え! この人もしかしてもっと早くに来なきゃいけない用事でもあったんだろうか? 大丈夫なのかな?」とつられるようにおどおどしながら隣のレンブラントに視線を送ったくらいだ。

「いえ。間違ってはいませんよ。みなさん時間通りです」

 グリフィスがさも楽しそうにくすくす笑いながら席を勧めるのでリョウはようやく安心したのだが。

「ああ良かった。……あれですよね、先に守護者(ガーディアン)殿がいらしてるから焦ったんですよ。まさか僕たちが一番最後になるなんて思わなかったんで」

 議長の後ろからついて来た副議長がそう言うとリョウを見て軽く会釈してきて。

「ああ、そういう事ですか。いいんです。リョウの事だからみんなが席に着いたところに入ってくるより一番最初にいた方が緊張せずに済むだろうと思ったのでこちらのメンバーには先に来てもらっていたんです」

 終始笑顔のグリフィスの言葉に議長は安心したように改めてリョウの方を向き直った。

「失礼しました。マルクス・ツァールと申します」

 と丁寧に頭を下げる。

「あ、僕、副議長のゲオルグ・ランギウスです。よろしく!」

 対して爽やかに挨拶して来た副議長は……あれ?

「若い……わよね……?」

 リョウが思わずボソッと呟く。

 サラサラの黒髪に、好奇心旺盛そうな黒い瞳のゲオルグは……多分、どう見ても三十代。

 そもそも元老院なんていうのはよその都市では年寄りと呼ばれる年代にならなければ就任できない役職だ。それがここ西の都市はグリフィスの手腕で若手が担っているというのは有名な話で。それでも議長のマルクスが見た感じ四十そこそこっぽくて、それだけでも結構度肝を抜かれるような年代なのだ。だって議長。最年長でも良さそうなくらいなのに。

「あ、僕、一応元老院の最年少記録保持者です! しかもこないだ入ったばっかりで!」

 人懐っこく笑うゲオルグに、リョウはいろんな意味で目を丸くする。

 副議長が最年少! しかも最近入ったって! そんなすぐに副議長なんて就任できるの?

「ああ、ゲオルグはなかなか優秀でね。こういう人材は若いうちから育てると最終的に大物になるんですよ。ほら、ちょっと前にグウィンが毒を盛られた一件があったでしょう? あの時に危険分子を根こそぎ始末したんですがその中に前副議長も含まれていましてね。そのタイミングで就任してもらいました」

 グリフィスがテーブルに頬杖をつきながら楽しそうに説明すると。

「ああ、あん時は大変だったな! お前が血を吐いてのたうちまわる姿なんて滅多に見れるもんじゃないのに居合わせられなくて残念だったぜ!」

 丸いテーブルを囲むように座っているオルセイが豪快に笑いながらグウィンの方を向く。

 席としてはオルセイとグウィンの間にアウラがいるのだが、もし二人が隣り合っていたならグウィンの肩でも勢いよく叩きそうな勢いだ。

「……ああ、見せてやれなくて悪かったな。……ったく他人事だと思って……」

 そんなオルセイにグウィンが拗ねたように睨みを効かせて……その感じはどことなく気心知れた間柄にも見える。

「まぁ、大事に至らなくて良かったですよ。人並みに体力を落としているなんて聞いた時には肝が冷えましたが」

 グラネスがそう言ってふっと笑い、同時にその場の皆がそれぞれに頷くので。

 ……あれ?

 リョウが眉をしかめる。

 え、と……今の反応って。

「リョウ、ここにいる人たちは全員グウィンのことを知っている者達です」

 隣でレンブラントがリョウの方を見ながら柔らかく微笑んだ。

「え! そうなの!」

 リョウが目を見張る。

「言ってしまえばここにいるメンバーだけが事の全容を知っている、と言ったところです。なのでリョウには一番安心してほしいメンバーですよ」

 グリフィスがリョウの方をじっと見ながら微笑んでいる。

「だからもっと早くにこういう席を設けたかったのに、誰かさんが守護者(ガーディアン)殿を独り占めしようとするから結局今頃になって顔合わせみたいなことになってるんですよ」

 アルフォンスが思わせぶりなため息をつきながらレンブラントの方に視線を送る。

 レンブラントは微妙に頰を赤らめながらも反論できずに視線を隣のリョウに流して来て。

「まぁ、分からんでもないがな。……こいつ、一旦関わりを持った奴にはだれかれ構わず世話焼きたがるから気が気じゃねーんだろ」

 ほぼ間髪入れずにそう言いながらグウィンも隣のリョウに視線を送ってくるので。

「……あの……なんか、すみません……色々と……」

 もはや両隣から来る視線をどう処理していいのかわからなくなったリョウが肩をすぼめて頭を下げた。

「……絵に描いたようなお人好しです」

 ずっと言葉を控えていたアイザックがぼそりとこぼし、「ほぅ」とグリフィスが片眉をあげる。

「へぇ、珍しいじゃねぇか! アイザックも他人を褒めたりするんだな」

 なぜかオルセイが目を丸くした。

 ……いや、今のは褒められてるんじゃないと思います! どっちかと言うとけなされたとか、呆れられた、の類ではないでしょうか!

 とリョウは視線を落としたまま心の中で叫ぶ。なんとなくこのメンバーの中で自由に発言するのははばかられて。

「そんなんじゃありませんよ! ……ああ、皆さん落ち着いたようですしお茶でも淹れますね。一応、茶会なんですよね?」

 そそくさとアイザックが立ち上がり、部屋の隅に用意してあったワゴンに近づく。

 ワゴンにはティーセットが並べてあり、紅茶を淹れるための熱湯も準備してあるようだ。

 ああそうか。いつも私なら自分の力を使っちゃうから熱湯を維持するのって簡単だけどそういうのがない場合は固形燃料を燃やすのか。

 なんて思いながらリョウがアイザックの作業を目で追う。

 あれ? でも……。


 テーブルではリョウが作ったカップケーキの華やかさに皆の話題が集まっており、アルフォンスが得意げに普段守護者の館でどんな風にお茶の時間を楽しんでいるかを語り始めているので。


 リョウがそっと席を離れてアイザックに歩み寄る。

「この固形燃料って、多分足りなくなるわよね?」

 なるべくこそっと訊いた筈なのに、アイザックの肩がびくりと跳ねた。

 ……なんかやっぱり、距離感を感じる……。

 リョウが折れそうになる心を力ずくで立て起こしてアイザックの顔を覗き込む。

 水の用意はしっかりしてあって、茶葉もある。お茶のおかわりはいくらでも淹れられそうだが……多分これだけの水を何度も沸かすには燃料が足りないと思う。

「……こういう物は嗜好品の中でもまだ普及しきっていないので。わたしも初めて使いますのでどのくらいもつかやってみないと分からないんです」

 気まずそうにボソボソとアイザックが答える。

「なんだ。そういうこと」

 リョウがニヤッと笑う。

「っ! 守護者(ガーディアン)殿! だからそれは……」

「あ、バカ!」

 途端にアイザックが声を上げてリョウが慌てる。

 なによ! せっかく「力」で補ってあげようと燃えている火を一旦消して、わざわざ燃料が燃えているように見せかけて火をつけてあげたのに! 素っ頓狂な声出すからテーブルのみんなの視線が集まっちゃったじゃない!

「……大丈夫ですか?」

 席を離れる時にリョウが一旦制したレンブラントがそっと歩み寄って来てリョウとアイザックの間に割り込むように入ってくる。

「ああ、大丈夫よ、レン。折角のお茶会なんだからと思ってお湯の準備手伝おうとしただけだから」

 小さく燃えている火を指差してリョウが囁く。

「だから守護者(ガーディアン)殿、そういうところで力を無駄遣いしないでください!」

「無駄ってなによ、無駄って! いいじゃない便利なんだから! それにだいたい! 今んとここんな力、他に利用価値なんかないでしょ!」

 思わずリョウも声を上げてしまう。

「なんでそう自虐的になるんですか! それは貴重な力でしょう! こんな飲食なんかに使うような力じゃない!」

「あら、飲食なんかって言いますけどね! 飲食って大事なのよ? 美味しいものをより美味しくいただくことが人の心をどれだけ豊かにするか。あなたみたいに仕事にしか興味の無い人には分からないのよ!」

 食ってかかってくるアイザックにリョウも思わず売り言葉に買い言葉、で、勢いよく言い返してしまう。で、腕を組んだままふん! と鼻を鳴らしてそっぽを向いたところで「あ……ちょっと子供っぽ過ぎたかな」と我に返り。

 間に入ったレンブラントはもはや口元を押さえたまま黙り込んでいる。

 と。

「ぶっ……!」

「くっ……!」

 誰ともなく堪え切れなくなったかのように小さく吹き出し、それにつられるようにじわじわと沸き起こった笑い声が盛大に部屋に満ちた。

「……へ?」

 リョウが恐る恐る振り返ると。

「ガ……守護者(ガーディアン)殿! あんた大物だわ! そのアイザックによくそんな口がきける! いや、凄いですよ! 褒めるべき偉業だ!」

 腹を抱える、という表現が似合いそうなくらいの大笑い状態なオルセイがそう言うと「なぁ?」と隣のマルクスに涙を浮かべたまま視線を向ける。

「ええ、本当に! ぅくく……っ! アイザックがそんな風に取り乱すの……っ!……初めて見ましたっ!」

 綺麗な顔立ちを見事に歪めながら、しかも息も絶え絶えというくらいに笑う合間にマルクスが答える。

守護者(ガーディアン)殿って……本当に型破りですね! アウラ殿、これ……っ、さぞかし守護者の館は楽しいんじゃないですか?」

 テーブルを挟んでほぼ向かい側に座っているゲオルグがアウラに視線を向けながら目の端の涙を拭う。

「……! ああ、だいたいいつもこんな感じですよ。なんなら今度、遊びにきたらいいんじゃないです……か……っ?」

 いきなり話題を振られたアウラだったがようやく肩の力が抜けて笑顔になっていたのでいつもの調子で答えてしまったところで……最後に口元を引きつらせた。

 なんとなれば笑い転げていたうちの数人の視線がそれとはなしにアウラに集まったから。

 数人。つまり、マルクス、ゲオルグ、オルセイ、グラネス。

 一様に、見開いた目はどことなくキラキラしており「えっ! いいの?」と言わんばかり。

 その視線がそのまま今度はゆっくりとリョウの方に向かう。ので。

「え……っと。でも、皆さんお忙しいでしょう?」

「ぜんっぜん! 忙しくなんかないですよ! 仕事なんてほとんどマルクスがやってくれてますから僕はいつでも空いてます! なんなら今度、何か差し入れ持っていきます!」

「……待ちなさい。わたしの仕事を補佐する君が暇なわけないでしょう。君が仕事を片付けてしまうまで次の仕事ができないんですから、その間にわたしが息抜きに守護者の館に……」

 切れ長の目を鋭く細めたマルクスが勢い付いたゲオルグをボソボソと低めた声で制する。

「うちも……まぁ、今んとこは暇だな。守護者(ガーディアン)殿のおかげで戦いとは縁がなくなったし」

 わざとらしく腕組みをしたオルセイが視線をグラネスに流す。

「そうですね。小さな仕事は騎士隊隊長が片付けてますし……大きな仕事といっても今は形式的な近隣都市とのやりとりくらいしかやってませんしね」

 グラネスはにっこりと微笑んだ。

「揃いも揃ってなんです。皆さん仕事をおざなりにしすぎです! 自分の仕事に責任を持つという概念はないんですか? だいたい仕事というものは自分から探してやるものです!」

 リョウの向かいでお茶の準備を進めていたアイザックが刺々しい口調で言い放った。

「それ……仕事を干された奴の言うセリフか?」

 すかさずグウィンが突っ込みグリフィスが吹き出した。




 なんだかんだで、結局。

「……お茶会、だったわよね」

 夜、寝室のソファーでくつろぎながらリョウがぼんやりと呟く。

「……まぁ、予想はしていましたけど」

 レンブラントが隣に腰を下ろしながら果実酒を注いだカップをリョウの前に差し出す。新しい林檎の酒を漬けているところなので今あるのは葡萄酒だ。こちらは最近レンブラントが仕事の帰りに買ってくるようになった店のもの。軽い飲み口なのでリョウも気に入っている。

「もっとこう、仰々しい感じの会合みたいなのかと思ったんだけど……緊張しすぎてたのが噓みたい……」

 リョウが受け取ったカップに口をつけると華やかな香りが鼻腔をくすぐり、肩の力が抜けた。

「ああいうメンバーなのでそんなに気負う必要は無かったんですよ。まぁ……もう少し大きな会合になると色々あると思いますが……」

 一日の色々を思い出すと頭の芯がじわっと痺れるような疲れを感じるところだが、それでもリョウにとってなんとなく今日一日の疲れは心地よい。

 結局、挨拶と顔合わせがメインだったとはいえ単に和気藹々とお茶会が繰り広げられただけ、のような午後だったのだ。

 リョウとしては色々聞かれるんじゃないかと思って今まとめている文献の大まかなところは頭に入れておいたり、今までの部分に関しても内容だけではなくアルフォンスの所見や自分の個人的な意見などに至るまで差し障りのない範囲内で説明できるように頭の中で整理してから臨んだお茶会だった。

「何も……話さずに済んじゃったけど……」

 カップの中で揺れる明るい紫色を眺めながらリョウが呟く。

 と、レンブラントの腕がそっとリョウの肩に回された。

「必要な報告はアルが定期的にしていますしね。それにここ数日の事ならアイザックが報告したみたいですよ? 」

「え? アイザック?」

 だって彼は仕事には関わっていないはず。

 それにここ数日って言うけどほぼこっちにきてから動き回れていないはずなのに。

「あいつ、自分で言っていたでしょう? 仕事は自分で探すもの、って。あいつのことだからここに届ける文献はだいたい内容を把握してると思いますよ。で、こっちにきてからは動けないながらも僕たちの作業は時々見ていたと思うし、リョウが余分にやっている作業もそれとなく把握してるはずです。あとはみんなが寝静まった後なんかに作業の進み具合でも確認してるんじゃないかな。結構頭が回る奴だしそれだけ情報があればかなり正確に進展状況を把握できるんじゃないかと思いますが」

「げ……」

 リョウがレンブラントの話を聞きながら固まる。

 それって……どうなの? いろんな意味で。

「昼間客室で寝てたんなら夜なんか寝てないと思うんですよね。あいつのことだ、応接間の文献を夜の間に部屋に持ち込んで進み具合をチェックして、朝には元どおりに戻す、なんて平気でやるだろうし」

「は?」

 どうなの! いろんな意味で!

「アイザックってどっかの回し者……?」

 リョウが眉をひそめてレンブラントの顔を覗き込む。

 途端にレンブラントが眉を下げて。

「いや、そういうことはないです。彼の仕事の仕方の話ですよ。多分そうやってあらゆる情報に通じておくようにしてるんです。実際彼は何かあった時にすぐに機転がきくのも事実ですし、そうやって本気で目を光らせようとするということは不測の事態にも対処する責任を持つ気になっているということだから……まぁ、ある意味、リョウは見込まれてるんだと思いますよ」

 僕としてはいらないお節介かと思いますがね。という最後の言葉はリョウから顔を背けてボソッと小さく付け足された。

「……見込まれてる……」

 わー、なんか怖い。そして……いらない、ような気がする。そんな気遣い。


「それ、美味しいですか?」

 リョウが膝の上に下ろして両手で包み込んでいるカップにレンブラントが視線を落としながら尋ねてくる。

「え?……あ、うん。これね。……美味しいわよ?」

 考え事してたら味なんか忘れてしまった、と焦ってリョウが慌ててカップを口に運んで改めて一口飲むと。

「じゃ、僕にも」

 くすりと笑ったレンブラントがリョウの手からカップを取り上げて自分の口に運んだ。

 ……ああ、カップ、一つしか持ってきてなかったのか。なんてリョウが思いながらなんとなくレンブラントの手を見つめる。

 骨張った手は指が長くて結構形がいい。剣を持ったり、以前は大きな弓を使ったりしていたから実はゴツゴツしていたりもするんだけど何をするにも滑らかに動くので優雅な印象さえある。

 そうか……北に向かうとなるとしばらくこの手に触れることも触れてもらうことも出来なくなるのか。

 なんてぼんやり思う。

「……どうかした? リョウ?」

 不意に名前を呼ばれてリョウが視線を上げるとレンブラントがこちらを覗き込んでいる。

「え? ああ、ううん。なんでもない」

 慌てて作った笑顔がひきつるのは……きっと気のせい。その程度のことで寂しいとか、子供じゃないんだから。

「ふぅん」

 面白くなさそうなレンブラントの声にリョウが視線を泳がすと。

「もう数日でリョウは出かけるんですよね。今のうちに言いたいことは言っておかないと後悔しますよ」

 そう言って肩を抱く腕に力が込められた。

「う……」

 しっかり抱き寄せられたままでは逃げ場がない。

「ちょっと……寂しいな、と思って」

 小さく呟いてからリョウが目を上げると、レンブラントが目を見開いて息を飲んだ。

「……なに、が?」

 レンブラントの口がそう動いた。よほど意外だったのか声はほとんど出ていない。

「え……だって……その。一緒に行けないから……」

 眉を寄せて、訴えるような口調になってしまったリョウにレンブラントがさらに息を飲んで固まる。

 ……あれ? やっぱり変なこと言ってしまっただろうか。そうよね。ホントに子供じみてると思う。……まずかったかな。重いと思われたらどうしよう……!

 内心焦ってきたリョウがどうにか取り繕おうと口を開きかけた瞬間。

「え?……わぁ!なになに?」

 スタン! と勢いをつけてカップがまずテーブルに置かれて……勢いがあったせいで少し中身がこぼれたけど……なんて目を見張っている間にリョウの体がちょっと乱暴に抱き上げられた。咄嗟にレンブラントの首にしがみつくと目の前の耳が赤くなっているのが目に入って。

「……どうしてそういう可愛いことを言うんですか! 全くの不意打ちだ!」

 大股で歩くレンブラントがそれだけ言うとリョウをベッドの上に投げ出すように降ろし、リョウが身構える間も無く上から覆いかぶさってくる。

 結構雑に扱われた感はあるのに間近に迫っているブラウンの瞳は限りなく優しく細められていて。

 リョウが見上げて目が合うと、レンブラントの口元には笑みが浮かび、その右腕がリョウの背中に滑り込んでそのまま肩に回る。リョウの手がレンブラントの胸元にしがみつくと同時にもう片方の手で優しく頰が撫でられた。


 この手が好き。


 そう思えてリョウが目を細める。なんとなく目が潤んでしまっているような気さえする。

 レンブラントの手が頰を包み込んでそっと撫でるのも、背中に回った腕が体を抱き寄せて手のひらで肩を包まれるのも、好き。どこにも行かなくていいようにしっかり捕まえられているようで安心する。

 もっと近くにいたくて少し伸び上がるようにしてレンブラントの首筋に顔を埋めるように擦り寄る。

 ああこの安心感もしばらくは味わえなくなるのか。

 なんてぼんやり思いながら。


 くすり、と小さく笑う気配がしてリョウの首筋にレンブラントの息がかかる。

 くすぐったくて首をすくめようとほんの少し身を離したところでレンブラントが額を寄せてきた。

 その視線はお互いにお互いの唇に向けられており、どちらともなく唇を合わせる。

 軽く触れては、小さくちゅっと音を立てて触れるか触れないかの位置まで離れ、また軽く触れる。そんなついばむようなキスを繰り返し、どちらともなく微笑みが漏れる。

「今日はリョウがしてほしいことは全部してあげますよ」

 瞳を覗き込むようにしてレンブラントが囁くのでリョウの身体がびくりと震えた。

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