ブラインドの海
短編は初です。よろしくお願いします。
始まりの章
陽の眩ゆい暖かな国のその港。
その海には古より、1つの国が存在すると噂されていました。
海底に国が存在するという御伽噺、しかし、そこには確かな国が存在しました。
石で出来た建物の中を、海人達は穏やかに過ごし、国の姫は海人達に親しまれ、海底の国に繁栄を齎しました。
ある日偶然にも、魔法使いである1人の人間の少年が、海の国にやって来ました。
そして海人達の居るこの国を見て、ひどく驚きました。
「この地下深く、とても暗い世界で何故彼等は暮らしているのだろう」
少年の問いに、姫は答えました。
「それは私達が地上で生きられないから」
深い海底に生きる彼等は光を無くしてその日々を生きていたのです。
少年にはそれが哀れに思え、彼は姫に告げました。
「光とは人が生きる道標、どうか彼等に光を与えて欲しい。今よりも貴女の民の笑顔がよく見えるようにしてあげて欲しい」
姫はこの言葉に憤慨し、反発しました。
「私達は光を無くして此れ迄を生きて来た。その人生を否定されたくありません。私達は人間と相容れない、貴方は此処を立ち去るべきだ」
この言葉に、少年は深く悲しみました。
しかし、姫の言葉に従って少年は、地上へと帰って行きました。
そして少年は、海底でも光を放つ物を探しに、旅に出たのです。
◇
欲望の章
深き海底は、少年が帰りると共に静まりへと帰り、海底の国の繁栄は今尚続いてる。
そんな彼等の心に1つの欲望を、少年は残しました。
“光が見たい”
“1度でいい、どんなものか感じてみたい”
“地上とはそれほどまでに美しいのだろうか”
海人達は姫にそう相談し、訴え、ついに姫は海神と契約を結び、魔法の力に手を出します。
姫は海人の民達に言いました。
「私の目を犠牲に、一日に1人、地上で光が見れるように致しましょう。貴方達はその1人を1日ずつ待ってください」
海人達はこれに喜び、1日に1人の海人が地上に上がって行きました。
2日目、3日目と、姫は盲目の日々が続きました。
もとより暗き海底とはいえ、目が見えない少女は1人で生きられませんでした。
地上へ上がった海人は海に帰ってきませんでした。
その報告に姫は、海人も眩い光に導かれ、生の心地よさを知ったのだと喜びました。
しかし、まだ光を求める海人達は多く存在しました。
7日目が過ぎた時、民達は姫の魔法を受けずして、地上へと登って行ったのです。
そして、海人達は1人も帰ってきませんでした――。
半年の月日が流れました。
未だに姫は、自分の光と引き換えに、海人達に光を与え続けていました。
そこへ、また別の少年が海底へとやってきました。
人間という珍しい客人に、深海は騒めきの波が立ちます。
歓迎する声の最中、少年は恍惚に喜びの声を上げました。
「この港では魚がいっぱい取れるのが不思議だったけど、海中にはこんなに魚がいたのか! 帰ってみんなに報告しよう! これだけの海人を殺せば、誰も食べるのに困らなくて済むだろう!」
その輝かしい瞳は、以前この場所に来た少年のものとは違い、欲に眩んでいました。
そして、海人達は気付いたのです。
地上へ旅立って行った仲間達は、人間に捕食されたのだと――。
海人達は激昂し、少年を捉え、鉾で貫きました。
深海に伝わる断末魔に耳を寄せ、盲目の姫は少年の方へと歩みました。
その時、姫を呪縛する魔法が解けたのです。
最早、地上を望む海人も、地上に居る海人も、居なかったのだから。
色を取り戻した姫の瞳、ゆっくりと開いた双眸が捉えたものは、海に赤く染み渡る血水と、貫かれた少年の死体でした――。
少女は叫び声を上げ、そして国の一室に篭ってしまいました。
これならば見えなかった方が良かったと。
光など無かった、我々には暗黒しかないのだと。
啜り泣きながら呟き、少女は泣き続けました。
◇
曙光の章
澪の国に光を齎そうとしたかの少年は、やがて青年となり、旅路は漸く終点となります。
終着駅は、かつて辿り着いた深海、そこに存在する小さな国でした。
しかし、青年の辿り着いた国には、かの日に生き生きとしていた海人達は1人もいませんでした。
海人達は港の人々を厭い、国を離れ、さらなる深き海の底を求めて旅に出たのです。
青年は海人が残されていないか血眼に探しました。
そして、かつて言葉を交えた姫を見つけるのでした。
少女は1人、自室の片隅で蹲っていました。
たった1人取り残された少女に、青年は問いました。
「何故貴女だけしか、ここには居ないのでしょう。何故貴女は怯えているのでしょう」
姫は怯えながら、顔を自身の膝に付けたまま答えました。
「光は恐怖、目に見えるものは全て絶望になる。私達は暗闇の命、最早何も見たくない」
その片方の答えのみを聞き、青年は顔を渋らせてしまいます。
青年は姫の悲しみを理解し、彼女に向けてそっと、手を差し伸べました。
「ならば貴女の瞳でなく、僕の瞳で光を見て欲しい。貴女に僕の瞳を1つ授けましょう。どうか光を恐れないでください、僕にも貴女にも、太陽は等しく光を降り注ぐから」
青年はそう言って、魔法の力で少女の瞳と自身の瞳を1つずつ、交換しました。
少女は青年の説得を聞き、青年の瞳を開きました。
広がる視界は無限の海、深淵の空間。
代わり映えのない石造りの部屋。
青年は続けて言いました。
「僕と共に地上へ行きましょう。そこには眩い光が、頬を撫でる風が、季節の巡りがある。全て貴女にとっては新しいものだと思う」
この言葉に、少女は首を横に振りました。
「地上は人間が巣食っている。人間は汚れる命、幼子のように無垢で高貴な者は居ない。私は汚い地上など見たくはない」
少女の言葉に、青年は肯定します。
「確かに人間は汚れていく。僕もそうかもしれません。それでも太陽の輝きが美しくなかった日はありません。どうか希望を胸に、僕と共に……!」
必死な青年の説得に、やがて姫は地上への好奇心が強くなりました。
そして、人間と出会わぬ無人島へと、青年と2人で泳いで向かいました。
生まれて初めて見た光に、少女は魅入られました。
暖かな光は氷のような少女の心を溶かし、その水は涙となって、少女の片目から絶え間なく流れるのでした。
初めて頬を撫ぜる風、澄みきった青い空、暖かな空気の流れ。
地上の全てが少女の心を満たし、感極まった少女は、青年の胸の中で涙する。
悠久にも思えた刹那の間、しかしそれは長くは続きませんでした。
姫は海人としての生を受け、水中でしか生きられない。
そんな彼女のために、青年は姫を抱えたまま、倒れるように水の中へ落ちて行きました。
まだまだ浅く、光の届く海中で、少年は少女に囁きました。
「こんなにも明瞭に、貴女の美しい顔が見れて、良かった」
暖かな笑顔で、優しい抱擁を交えて発せられたその言葉に、少女は胸の高鳴りを覚えるのでした。
◇
終わりの章
四方に広がる、遥か広大な海の中で、魔法使いの青年と、亡国の姫は2人、姫のかつての民達を探しに深い海を旅していました。
いつの日からか、青年は姫の気持ちに気付き、2人は契りを交わします。
夢幻のような素晴らしい日々の中、とうとう2人の旅は終わりを迎えました。
七重に巡った海の底、漸く見つけた深海の国。
安らぐ心、触れる指先が昔を懐かしむように。
故国に迎え入れられ、人間である青年は姫が守り、2人は深海の底で、つくもの海人達と静かに暮らしました。
永久に光を放つ、青年が見つけてきた光を手に――。
この度はブラインドの海をお読みくださり、ありがとうございます。
以下、大したことはないのですが、解説があります。
・解説・
まず、見ればわかるけど数え歌になってます。
各章の初めの文字がひ、ふ、み、よ……と、続き、終わりの章では永久がきてます。
陽=1
深き=2
澪=3
四方=4
いつ=5
夢幻=6
七重=7
安らぐ=8
故国=9
つくも=99
永久=無限
ただ、永久は十ではなく永遠です。
その前のつくも(九十九)で青年は死んでます。
だって、彼は人間ですから。
最後まで姫を少女と書いた要因はこれですね。
というわけで、「ひふみ」は年月を数えてます。
それはなんとなくわかると思いますけどね。
物語のモチーフは言わずと知れた浦島さんです。
なので、最後に少年はおじいさんになり、永久だとそこで終われないので亡くなりました。
曙光をご存知でしょうか。
曙光は簡単に言うと夜明けに見える朝日ですね。
彼女が一番初めに見た光という意味で、暗いものが終わる意味で付けました。
曙光の漢字は目、日、者でできてます。
もう言うまでもないですね。
でもこれは気付くまいと考えたのでここまで到達した人は居ないでしょう。
青年が持ってきた光については秘匿します。
解説はひとまず、ここまでとします。
続編はこちら
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