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カテゴリ【異世界もの】

悪役令嬢と王子様の、ある意味平和な会話劇

作者: 寛喜堂秀介
掲載日:2016/10/02

 王立学園。

 選ばれし者だけが入ることを許される貴族の園。

 そのなかでもさらに選ばれし者――王族子弟だけが使用を許される談話室サロンに、ひと組の男女が居た。


 男の名はベルンノワール。

 王立学園で学ぶ、若き王太子。

 黒髪緑眼。獅子のたてがみを思わせる豊かな黒髪を持つ、精悍な顔立ちの威丈夫。


 女の名はフランルージュ。

 同じく、王立学園で学ぶ、若き公爵令嬢。

 紅毛紫眼。深紅の薔薇のごとき美貌に猛禽を思わせる情熱の瞳を持つ、絶世の美少女。


 かねてより許嫁として将来を誓い合った仲だ。

 だが、テーブルを挟み、向かい合う二人の視線は冷めきったものだった。



「フランルージュ」



 義理のように紅茶に口をつけてから、王太子ベルンノワールはおもむろに口を開いた。



「お前との婚約を破棄したい」



 極めて深刻な用件だが、男の口調はごく事務的なものだった。



「婚約破棄ですか」



 公爵令嬢フランルージュに動じた様子はない。

 猛禽のごとき瞳を男に向けながら、斬りつけるように問う。



「理由をおうかがいしても?」


「答えよう。それが許嫁としての義務なれば」



 部屋の中は暗い。

 天に分厚くかかる雨雲は、真昼の応接室に黄昏の薄闇を落としている。


 テーブルに掲げられた燭台が、おたがいの顔を照らす。



「女に惚れた」


「存じておりますわ」



 王太子の言葉に、令嬢はさらりと応じる。



「知っておったか」


「許嫁ですので」


「相手のことも?」


「リィス様、でございませんこと? ブランシュ男爵令嬢の」



 いい当てられて、ベルンノワールが「うむ」とうなずく。



「その通りだ。俺はかの女に惚れた。それゆえ、フランルージュ、お前との婚約を破棄したいのだ」


「それが叶わない望みだということは、誰よりもあなたがご存じのはず」



 わずかに、フランルージュは眉をひそめる。



「――そも、わたくしたちの婚約は、国王陛下の意に沿って、国策として定められたもの。当事者二人が拒否したとて、どうにかなる類のものではありませぬ」


「……うむ」



 主張に破綻を見いだせなかったためだろう。

 不承不承、と言うように、王太子はうなずいた。


 そんな許嫁の様子に、フランルージュはほう、と息を吐く。



「恋は盲目、と申しますが……殿下がここまで参ってしまわれるとは、困ったものですわね」


「面目ない」


「そもそも――言ってはなんですが、わたくしたちが許嫁となったのは、殿下が原因なのですよ?」



 ため息交じりの女の言葉に、王太子は首をかしげた。



「原因? 俺が、か? 許嫁になったのは、俺が十歳かそこらの時の出来事だぞ?」


「ええ。かねてより大志を抱かれていた殿下は、その頃、己の側近から大貴族を排し、新興貴族や官僚を中心とした中級、下級貴族、果ては神殿の改革派なぞを側に置くようになられました……あまりにも露骨過ぎて、国王陛下は頭を抱えておられたようですよ?」


「……止むを得ぬことだ」



 王太子は言う。



「隣接する大国――グロース帝国に比して、我が国は立ち遅れている。すぐにでも王権の強化を図らねば、いずれ呑まれるやもしれぬ」


「だからといって、王国要地に大領を有する大貴族を露骨に無視しては、国は割れてしまう。それこそ帝国の、格好の餌となってしまいます。急激な改革は、軋轢しか生みませぬ」


「しかし――」



 反駁しようとする王太子を、フランルージュは手で制した。



「……殿下。大貴族とてこの王国を愛しております。王権の強化も必要だと認めているのです。だからこそ、殿下の側近人事にあえて口を挟まず、かわりにわたくしを殿下の元に送ったのです。殿下の暴走を押しとどめ、改革を円滑に進めるために……」



「殿下」とフランルージュは言葉を重ねる。



「わたくしも、殿下の恋心を否定するつもりはありません。王妃の座は譲れませんが、実質的な側室として、側に仕えてもらってもいいと思っております。わたくしごの――いえ、邪気のないかわいらしい娘ですし。それではいけませんの?」


「お前、いま何かとんでもないこと口走りかけなかったか?」


「なんのことやら」


「リィスが、『フランルージュ様のわたしを見る目が怖いです』とか申しておったが、ひょっとしてあれは嫉妬からではなく……」


「それはそれとして!」


「リィスについて執拗に嗅ぎまわっていたのも、俺との関係を警戒してではなく純粋に興味を持って……」


「それもそれとして!」


「そういえばお前の侍女たちは、そろいもそろって年若い可憐系の……」


「それも置いておきまして!」



 ばん、ばん、ばん、とテーブルを叩いて誤魔化しながら、フランルージュは王太子に詰め寄る。



「殿下。リィス様が側室に、ということであれば、皆が幸せになれると思うのですけれど!」


「……言っておくがリィスには絶対手を出させんぞ」



 目を眇める王太子に、少女はちっ、と小さく舌打ちした。



「どうも徹頭徹尾俺に対して冷めていると思ったら、そんな趣味が……」


「ええい! 貴族として、王太子夫人としての義務を果たす意思も熱意もありますので、趣味に関しては許容してくださってもいいではありませんか!」


「ついに否定しなくなったな……」


「愛でるだけです! 手は出しません! これくらいで妥協してくださいませんか!?」


「いや……でもな」



 王太子が言葉を濁す。



「まだ何か問題が?」


「うむ……リィスが側室というのが、ちょっとな」


「ご不満ですか? ですけれど、リィス様は男爵令嬢でしょう? こう申してはなんですが、教養も礼儀作法も身分相応といったところです。頑張り屋さんなところは本当に好ましいのですけれど、下手に王妃になって晒しものになるよりは、やはり側室に落ちつけるのがよろしいと思うのです」


「言葉の端々にリィスへの執着が見えて怖いのだが――やらぬからな? ではない。そうではなく、リィスの素性が……」


「ブランシュ男爵令嬢。実際は男爵の姪、という話ですわね? 妹君が産んだ父の分からぬ子を男爵が養子にしたとか」


「うむ。俺もふとしたきっかけで知ったことで、リィス当人も知らぬことだが……彼女の父の形見だという指輪に刻まれた隠し印章が、『丸盾に黄金の獅子』――帝国皇室のものでな。時系列を考えると該当者は当時の第三皇子しか考えられん」



 王太子の言葉に、少女の顔がさっと青ざめた。



「え? 十七、八年前に第三皇子だったというと……」



 呆然とつぶやくフランルージュに、王太子はうむ、とうなずき、言った。



「現在の皇帝ジギスムント陛下だ」


「ありえませんわーっ!」



 あまりのことに、少女はつややかな赤い髪を振り乱しながら叫ぶ。



「あの、あの可愛くて健気なリィスちゃんがあんな軍事脳ヒゲ筋肉マッチョの娘だなんてーっ!?」


「驚くところはそこなのか!?」


「はっ、そうですわ! 殿下! あなた様は帝国に対抗するとかなんとか言いながら、なんて厄ネタ拾ってきてますのーっ!?」


「仕方なかろう! 惚れた弱みだ!」


「開き直らないでくださいましーっ!」



 全力で突っ込む少女に、王太子はやけになったように叫び返す。

 叫び過ぎたのか、双方、肩で息をしながら、からからになった喉を紅茶でうるおす。


 ほう、と一息ついてから。



「……殿下。これ知らんぷりしてリィスちゃんを側室にねじ込めば、みんなが幸せになれる気がするのですけれど」


「あくまでも側室にこだわるか……それがな、皇帝陛下は最近異国の地で産ませた娘の存在を知ったらしくてな。突き止めるのは時間の問題なのだ。その時リィスが俺の側室になっていたら……いや、公的にはただの男爵令嬢なのだし、俺の気分以外はなんら問題は無いのだが……」


「皇帝陛下の心情的には相当マズイ、と」


「だからだな、ルージュ、頼むから婚約破棄を」


「だからそれやると国を割る羽目になっちゃうのですわ! というかなぜ帝国を敵に回すのと二択になっちゃってるんですの! このおとぼけノワール!」


「くっ、懐かしい呼び名を! というかさすがに不敬それが許されるのは子どもまでだぞ!? 他では絶対に言うなよ!」


「殿下こそ! わたくしのことをルージュ呼ばわりっていつ以来ですの!? わたくしの機嫌を取る時だけ愛称で呼ぶ癖、まだ治ってなかったんですの!?」



 絶望的に展望が行き詰ったせいで、もはや双方叫ぶだけになっている。

 完全に喧嘩だ。しかも、犬も食わない類の。


 そんな、口喧嘩の真っ最中に。

 ばん、と無遠慮に扉が開かれ、ひとりの少女が転がるようにして入って来た。

 愛らしい顔立ちの、金髪碧眼の美少女――先ほどからの話題の主、ブランシュ男爵令嬢リィスその人である。



「で、殿下とフランルージュ様が喧嘩してるって聞いて、と、止めに来ました!」



 黒獅子と赤鷹。威圧感あふれる二人の視線を受け、おびえながらも、リィスは必死に叫んだ。

 そんな少女の姿を見て。



「はっはっは、かわいいリィス。なにを勘違いしておるのだ。俺は別にルージュと喧嘩などしておらんぞ」


「そうですわ。必死で喧嘩を止めに来てくれたというのは嬉しいのですけれど、ごめんなさいね、勘違いですのよ」



 調子よく手を繋いで、仲の良さを主張し出す二人。



「そうなんですか? なにか談話室サロンから叫び声とわたしの名前を呼ぶ声が聞こえたって……」



 おずおずと口にするリィス。

 ふたりはおたがい「お前が悪いんだぞ」と視線を戦わせる。



「……そうですわね、わたくしたち、実はあなたに関することで、議論を戦わせておりましたの」


「え? 殿下とフランルージュ様が? わたしの? なんでって聞いていいですか?」



 こくりと小首をかしげるリィスに、世間様では鷹のごときと評される、その実(淑女的な意味での)微笑みを浮かべながら、フランルージュはええ、とうなずく。



「あなたの将来に関すること、なのですけれど……リィス様、あなた、王立学園を出た後のこと、考えてらっしゃる?」


「ええ? が、学園を出た後ですか? はい!」



 思いのほか小気味よく返ってきた言葉に、フランルージュはおやと首をかしげた。



 ――ひょっとして殿下、思いのほか先走って話を進めてらっしゃるのかしら?



 考えながら「では、教えてくれますかしら?」と尋ねてみる。

 リィスは「はいっ!」と返事しながら、元気よく答えた。



「あのっ、わたし、山育ちで、世間知らずで、王立学園に来ても、知らない事だらけで、みんなにいっぱい迷惑かけちゃって……だから決めたんです! 卒業したら、いろんな国を旅して回ろうって! いろんな『知らない』を『知ってる』に変えて、それで、みんなのことをすこしでも助けられたらって!」



 きらきらと目を輝かせながら夢を語る少女。

 その、斜め上をぶっちぎった回答に、目を点にする二人。



「そ、その、だな、リィス。あまり賛成はできないぞ? 国をまたぐ旅は危険だ」



 我に帰った王太子が、かろうじて少女に自制を促す。

 しかし少女は首を縦に振らない。



「大丈夫です! ヴェルト君――わたしの幼馴染の平民の子なんですけど、すっごい旅慣れてて、『ずっとお前を守ってやる』って! だから平気ですっ!」



 「むふー」と息を吐きながら、ぎゅっと両拳を握りこむリィス。


 ド天然だ。

 王太子のことなど、まるで眼中にない。

 というか、その幼馴染ですら異性として見ているか怪しい。

 そんな彼女を見て、王太子ベルンノワールは……動かぬ彫像と化していた。



「でも残念ね。あなたが殿下の側室になるのなら、わたくし大歓迎でしたのに」



 フランルージュが未練がましく水を向けると、リィスは顔を真っ赤にしてぶんぶんと手を交差させた。



「やだ、からかわないで下さいっ! 殿下はすっごくすっごくやさしい方で、できないわたしのことも気にかけてくれて、本当にいろいろと教えていただいたんですよ! だからそんな関係なんて絶対にありませんし、あり得ませんっ! 絶対にですっ! 殿下はいい方ですっ!」



 トドメをさされまくった王太子が真っ白な灰と化した。


 やがて、二人が喧嘩していないと納得し、その場を去ったリィスを尻目に、王太子は静かにくずおれた。

 心の傷は計り知れない。婚約破棄するなら意中の相手の心をちゃんと聞いておけとか思ったが、フランルージュもさすがにこんな状態の王太子に追い打ちする気になれない。



「……まあ、殿下。リィスちゃんの素性の問題は、また国王陛下に相談することとして」



 膝をつく王太子の肩にぽん、と手を置きながら、フランルージュは励ましの言葉を送る。



「あまり気を落とされぬよう」



 その後、結局、王太子と公爵令嬢は結婚する。

 王国の未来を担う若き王太子と、王国の薔薇と讃えられし公爵令嬢の結婚は多くの人間に祝福された。

 夫婦仲はそれなりに良く、同性の友人同士のように、言いたいことを忌憚なく言い合える間柄であったという。





 めでたしめでたし?






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[良い点] 結果オーライですね? [気になる点] リィスちゃんの「ありえない!」発言は、 「男爵令嬢でしかも、どこの馬の骨ともしれない男を実父に持つ養子ごときが、王太子さまのお相手なんて畏れ多いですぅ…
[良い点] 前半はオーソドックスに始まって、途中から方向が ん? となってから、予想の斜め上に行くエンディングまで一気に駆け抜けていく。 お見事でした。
[一言] フランルージュ、「悪役」では無いですよね(いや、自分の欲望を満ちそうとしている点では悪役か?)
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