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ぼくの苦難。銃と魔物とときどき女性  作者: 東京タワーⅡ
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朝、魔物、デリンジャー

 朝の冷気が窓の隙間から侵入し、ふわりとぼくの頬を撫でた。


 うっすらと目を開ける。


 見たこともない木目の天井だった。一瞬だけ脳が混乱してしまうが、すぐに自分の居る場所を思い出した。


 そうだ。ここは西部の町、父さんの町なのだ。


 ガタンと、何かが動く音がした。寝台のすぐそばに誰かの気配を感じる。


 起こしにきてくれた。勝手に部屋に入ってくるのは個人的にはNGだが、そうも言っていられない。なんといってもぼくは居候なのだ。


「おはよう」


 のろのろと身体を起こした――瞬間、ぼくの頭の中は硬直した。


「ブロロロロ……」


 ふたつの赤目、真っ黒な毛皮、ごつごつと不揃いに並ぶ巨大な歯……待って、こいつ知ってる。見たことあるな、ええっと……、


「ま、ままままままま」


 ぼくの脳は理解するのを必死に拒否した。仕方がないだろう。認識してしまえば、その後の結末もすぐに弾き出さなければならない。


「ブローゥ」


 そいつは、生暖かい鼻息をぼくの顔面に噴きかけた。


「魔物だあああああああああぁぁぁぁ!!!!!」


「ブロロロロロロオン」


 ぼくの絶叫に呼応して、魔物が大口を開けた。


 寝台から飛び降りる。というか、転げ落ちる。


 間一髪、魔物の牙は寝台に突き刺さった。


 寝台に噛みついた魔物は目を瞬き、小刻みに頭を震わせた。


 その隙に部屋の間取りを見渡す。


 出口――扉に、いや窓の方が近い!


 昨日見たこの建物の概観を、脳の隅っこから叩き起こす。


 大きな屋根、二階建ての建屋、部屋は東側、真下は大通りだ。道なりに山積みにされているのは――、


「牧草だ」


 堅い寝台がメキメキと軋る。


 魔物の脇を通り抜けて窓に向かい必死に這った。


「ブロ、ブロロオォン!」


 ついに寝台が音を立てて砕けた。木片と羽毛が宙に舞う。


 ぼくは前傾姿勢で地面を蹴って、窓ガラスに向かって飛び込んだ。


「ブロロッ!」


 すぐ背中にやつの気配を感じる。死ぬか落ちるか、迷ってる時間はない。


 衝撃の瞬間、とっさに体を丸めた。


 ガラスの割れる音と衝撃。数秒間、不思議な浮遊感が全身を包んだ。


 ダイブしたぼくは――予定通り――薄い屋根を突き抜けて牧草の山に頭から突っ込んだ。


「はぁ、はぁっ」


 周囲に大量の藁が舞う中、藁を必死に掻き分ける。息をついている暇はない。やつが追ってくる!


「ブロロロロロロロロロォォオン!!!」


「うわぁあああああ」


 魔物は藁を踏み潰し、大通りまでぼくを追いかけてきた。


 通りを歩いていた連中は、頭に藁を被ったぼくを見て大笑い。迫る魔物を見て青ざめた。いくら逞しい西部の男と言っても、バッファローの一回り以上もある魔物に立ち向かう人間がどれだけいるだろうか。……いるかもしれない。いた。そいつは自分が魔物よりも尊大だと思っている人間。つまり、嫌な奴だ。


「くたばれ、太った芋虫め!」


 一体どこから現れたのか。デリンジャーは魔物の眉間にその拳を叩き込むと、頭を掴んで投げ飛ばした。そして、流れるような動きで銃を抜き、暴れる魔物の腹に赤い弾丸を叩き込んだ。貫かれた魔物は、白い霧となって宙に霧散した。


 銃を腰にしまうと、デリンジャーは、嫌味にも、ぼくに目線をよこした。


「へっ、朝の小便を漏らしちまったか? それとも、晩のうちにベッドに置いてきたか?」


 へへ、と彼女は下品にも自らのジョークで笑った。彼女の胸で連邦保安官の証である金のバッチが光った。


「魔物にビビってるようじゃ、この町じゃやっていけねえ。さっさとお家に帰ったほうがいいぜ。東部野郎」


 朝からなんて気分の悪いやつだ。


「きみたちの神経が羨ましいよ。化け物がうようよしてる町なんてまともな人間じゃ住めやしないだろうからね」


「クソったれめ!」


 デリンジャーの顔は一瞬で赤くなった。自分から煽った癖に。言い返すとすぐに衝動的になる。驚くべき自制心の無さだ。


「こっちはテメェの為を思って言ってるんだ。さっさと、帰れ!」


 ふん。どの口が言うか。それに帰れるなら帰ってるさ。


「どうした」


 この荒野に似つかわしくないほど、透き通った綺麗な声。振り返ると、グロリアが出てきていた。


「デリンジャー、ここはわたしの担当区だ」


「けっ」


 デリンジャーは舌打ちして、彼女を睨んだ。


「担当割なんか関係ねえよ。クソッたれ『人殺し』」


 どこまでも横暴な彼女の態度に、ぼくは朝から反吐が出そうだった。


「女に守ってもらえてよかったな」


 最後まで嫌味な言葉を吐いて、デリンジャーは去っていった。


 ぼくは、その後ろ姿に舌を突きだしてやった。


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