スイートホーム②
突如、デリンジャーがぼくに向かって振り返った。一転して険しい表情だった。彼女が叫ぶ。
「ふせろ!」
振り返る。
店主は――カウンターの下に隠してあったらしい――大きなライフル――銃口をぼくに向けていた。
ドクンッ、と心臓が跳ねる。
「どけ!!!」
デリンジャーが叫び、赤い輝きが店内に溢れた。
大砲が来る!
ぼくは咄嗟にカウンターの影にしゃがみ込んだ。
ドォン、ドォン、と二発の銃声がした。店主の胸元から血が弾け、後ろに吹き飛ぶ。棚にぶつかり、酒瓶が落ちて割れる音が聞こえた。
今度は、ぼくの低い視点から――机と椅子の隙間で――顔の歪んだ男が銃を抜くのが見えた。その先には小麦色の腿と大きなブーツ、デリンジャーを狙ってる! 彼女は気付いていない!
ぼくはお腹に銃を構えた。
「うわああああああああああ!」
無我夢中で何度も何度も撃った。撃鉄が弾け、指の皮膚が剥げた。砕けた破片が飛び、地面に散らばる。ほとんどの銃弾が椅子やテーブルに弾かれた。噴き上がる硝煙で目の前が白く霞む。
それでも、ぼくは引き金を弾き続けた。
「はぁっ、はぁっ、はっ……」
銃弾が空になった後、ぼくはようやく引き金から指を離した。
ドシリと、音を立てて顔の歪んだ男が椅子から崩れ落ちる。
店内に硝煙と火薬の匂いが立ち込めるなか、ぼくは立ち上がった。
店内は一面、血の海だった。
「クソッたれ。死ぬかと思ったぜ!」
静寂を打ち破って、デリンジャーが床に唾を吐いた。
カウンターの向こうでは胸に大穴を空けた店主が大の字に倒れている。
ゆっくりとデリンジャーに近寄る。顔の歪んだ男は仰向けに倒れたまま、ぴくりとも動かない。口は半開きのまま、見開いた瞼の中で濁った瞳はただ天井を見上げていた。
「死んだ……の?」
「あ?」
ぼくの言葉にデリンジャーが振り返った。
「ああ、イチコロさ」
そして、へっへっと笑った。
彼女に合わせて、ぼくの頬も弛み、
「あは、あはははははははは」
歓喜の衝動がこみ上げてきた。ぼくは生まれて初めて大人を、悪党を倒したのだ。
「へっへへへへ、なに笑ってんだ、もう少しで頭をぶち抜かれてた癖によ」
「ははははははははは、きみこそ、ぼくが助けなきゃ死んでたじゃないか」
「言うじゃねーか、このサイコ野郎め」
そう言ってデリンジャーが軽く小突いた。
「お、俺は関係ねえ。こいつがやったことだ。俺は止めたんだ。覚えてるだろ?」
両足を撃ち抜かれた背の高い男が震える声で言った。頭を抱えて地べたに這いつくばったまま、顔を上げようともしない。足はガクガクに震え、満足に立ち上がることもできないらしい。
「おい、その銃どうした?」
彼を無視して、デリンジャーがぼくに聞いた。
「壊れちゃったみたいだ」
手をひろげて見せる。撃鉄は折れ、銃把の形が崩れている。
「安物に無茶をさせ過ぎたな。その辺に捨てとけ」
デリンジャーは倒れたテーブルを蹴とばして店内を物色し始めた。
「どうせ、この店は閉鎖だ。欲しい物あったら持って行っていいぞ」
店内には他の客はいない。二人分の死体が残ってるだけだ。
「胸張ってろ。あたしたちは勝ったんだ。なぁ、お前もそう思うだろ」
デリンジャーが言う。その視線の先で這いつくばった男は顔を強張らせた。
「そもそもてめェらが始めた喧嘩だ。文句はねェよな」
「あ、ああ。それでいい」
「それでいい?」
彼女は銃を彼に向けた。
「そうだ! お前らの言う通りだ! 俺たちが、俺たちが全部悪いんだ」
「だよな」
デリンジャーはかっかっと笑った。
なんて悪いやつだ。でも、相手は本当の悪党だ。間違ったことは言ってない。だから、この場合は頼もしいってことでいいのだろう。
「そういうことだ……あん?」
彼女はずかずかと出口に向かって歩き出した。
ちょ、この人たちどうするんだよ。
ぼくもあとを追う。
「ちっ」
デリンジャーが扉の手前で止まった。外には騒ぎを聞きつけたらしい野次馬が数人集まっていた。
「大ごとになりそうだ。てめェは裏から出ろ」
彼女が力強くぼくの背中を押し出した。
「う、うん」
ぼくは頷いてカウンターの奥にある出口に向かった。
裏口から脱出したぼくは、真っ直ぐに教会に帰ることにする。
「なんだ、てめェら! 見世物じゃねえぞ!」
表からデリンジャーの怒鳴り声が聞こえた。
ふと振り返る。古びた酒場は夕陽に照らされ燃えているかに見えた。
人を撃った。信じられない体験をしたのだ。人を殺した。その実感が今になってふつふつと湧き上がり、手先から震えが体中に流れた。やがて、足も笑い出し、立っていることも覚束なくなってきた。全身からパワーが流れ出ているのだ。堪えきれなくなったぼくは全力で走り出した。




