スイートホーム①
「ホントにくるのかな」
裏路地の影に身を潜めて、ぼくたちはじっと待っていた。
「連中があの店を根城にしてるのはわかってる。腐ったションベン水が好きなのさ」
そう言ってデリンジャーはチョコレートを齧った。
ここから通りを挟んだ向こうには古い一軒の酒場。
デリンジャーが言うには、この時間、あの場所に『連中』は現れるらしい。
「でも、仮にここにやってきても、いきなり捕まえるなんて」
「ビビってんのか?」
「そ、そんなんじゃ」
「連中はあたしに銃を向けたんだ。保安官に銃を向けた者は死罪。借りは返してやらねえとな」
「……はぁ」
デリンジャーに言葉で説得しようとしても無駄だ。じゃあ、力で? なおさら無駄さ。つまり、なにをやっても無駄だってことだ。
しかし、相変わらず、ここの太陽は容赦ない。すごく暑い上に、今日は空腹まで加わっている。
「ぼくも何か用意してくれば良かった」
壁に背に座り込んで、ため息をついた。もう二時間もこの調子だ。一体いつになることか。
「いるか?」
そう言って、デリンジャーが手に持っていたチョコを差し向けてきた。彼女の齧った跡が残っている。
「……いい。喉渇いてるから」
ぼくが首を振って断ると、デリンジャーは無言でチョコレートを自分の口に戻し、水筒を投げてよこした。
「こっちのぶんも残しとけよ」
「あ、ありがとう」
口をつけて水を喉に流し込む。おいしい。だけど、不思議な味だ。ちょっとだけ、チョコの味する。
「きたっ、きたぜ!」
「うぐっ」
突然、彼女がぼくの背中を叩くので、飲んでいた水でむせてしまいそうになる。彼女は嬉しそうに大通りを指差した。その先には二人の男。一人は背が高く、もう一人は顔の半分が歪んでいた。
あいつらだ。
デリンジャーを殴り、銃を突きつけ、ぼくを蹴った、大人たち。
「クソッたれ悪党さ」
あの時のやつらの顔が鮮明に蘇る。同時に恐怖も。
「やつらが店のなかに入ったら追うぞ」
「でも――」
「あたしたちの顔をみたら驚くぜ。へっへ」
デリンジャーの息は荒く、足を震わせ、頬を紅潮させている。その短い金髪は、興奮した獣のように逆立っていた。
彼女は本当に楽しみにしているのだ。奴らに復讐することを。
――大人に復讐。できるのだろうか、ぼくに。
ぼくは肩に掛けた銃を握った。
「できる。やろう」
だったら水を差すようなことは言いたくない。
大人たちが酒場に入って行く、しばらく待つと、デリンジャーが歩き始めた。ぼくは持ってきた帽子を深くかぶって彼女の後を追った。
閉店中の看板が下げられたスイングドアを押し開けて酒場に入る。ギィと嫌な音が鳴った。
店内は薄暗く、フロアにはあの二人組しかいなかった。
彼らは小さなテーブルを囲んでギャンブルに興じている。奥の席にいるのが背の高い男だから、手前にいる背を向けた男が顔の歪んだ男だろう。
デリンジャーは真っ直ぐに彼らテーブルに向かう。ぼくは彼女の後ろについて歩いた。やつらは気付いていない。
「おい」
途中、急に声をかけられて手を引かれた。振り向くと、店主らしき中年の男がカウンター越しに太い腕を伸ばしてぼくを掴んでいた。
「なんの用だ。いつ入ってきた」
店主の男がぼくに聞く。まずい、騒ぎになったらやつらに気付かれてしまう。
「な、なんでもないよ……もう少し声を抑えてもらえないかな」
ぼくは小声で答え、帽子を深くした。
「お前は確かグロリアのとこの」
「黙ってろ」
かちゃりと撃鉄の音がする。店主の男の顔から血の気が引いた。
ぼくの背後から現れたデリンジャーが低い声で言った。
――こいつを黙らせてろ。
銃口を店主の腹に突きつけたまま、デリンジャーがぼくに目で指示した。
「う、うん」
ぼくは自分の銃を抜いて店主に向けた。
「何かあったら撃っていい」
デリンジャーは自らの銃をホルスターに戻すと、また二人組にむかって歩き始めた。
「やめとけ。痛い目に遭うぞ」
固まったままの店主がぼくに言う。無視してデリンジャーの方に目をやる。
「あんなやつの言うことを真に受けるな」
デリンジャーがテーブルに迫る。悪党二人はまだギャンブルに夢中だ。
「デリンジャーはクズだぞ」
「うるさいな!」
店長の言葉を遮る。それが銃を向けられた者の態度か!
「お前っ、なんでここに!」
――しまった。
ぼくの声にテーブルの二人が気付いてしまった。
背の高い男が立ち上がる。しかし、デリンジャーはすでに銃を抜いていた。
「よお」
同時に発射された弾丸は背の高い男の両足を撃ち抜いた。
「がぁあっ」
背の高い男がテーブルにひろげたカードをぶちまけて倒れ込んだ。
向かいの顔の歪んだ男がカードを投げ捨てて立ち上がろうとした。だが、
「へっへ、立つなよ。不細工」
デリンジャーは素早く彼の鼻先に銃口を向けた。
「デ、デリンジャー……」
「よくもぶん殴ってくれたなぁ。しょっ引く前に遊んでやろうか」
デリンジャーは意地悪な笑いを浮かべて、顔の歪んだ男の鼻に煙巻く銃口を押し当てた。
「ああああっ」
弾丸を放ったばかりだ。ひどい熱を持っている。強く押し付けるほどに男はさらに顔を醜く歪ませた。
「へっへ、保安官に銃を向けたんだ。どうなるか、わかってんだろ」
デリンジャーは心底嬉しそうだ。サディスト的だが、相手は動けないし、彼女は保安官だから……いや待てよ、いい理由がひとつもないじゃないか!
「ちょ、デリンジャー……」
流石にやり過ぎだ。グロリアが見たらなんて言うか。自重するように声を掛けようとした。そんな暢気なことを考えていたせいだろう。ぼくは店主の行動にまったく気付けなかった。




