小さな巨人
「スピードが落ちてなきゃ死んでたな」
ベンチに座ったデリンジャーは笑いながら言った。
「そうしたらきみのせいだよ……見てよ、この傷っ」
血の滲む膝に息を吹きかけながら、ぼくは主張する。裁判になればこれは立派な証拠になるだろう。
「無茶苦茶だよ。最後のさえなけりゃ、ぼくは……」
あんなにスピードが出ていなけりゃうまく扱えた。彼女が馬鹿みたいにバカバカ撃つからだ。馬鹿。
「てめえは臆病な分、器用なところがあるからな。まあ一発でクリアされちゃつまんねえだろ」
そう言ってゲラゲラと笑う。
なんてことだ! この馬鹿は無理だとわかっていまのをやらせた。つまり端っから怪我させる気だったのだ。これは裁判の必要無し。無条件で有罪だ。
「せめて消毒液なんか持ってない? これじゃ痕になる」
「結構なことじゃねえか。生傷は勲章だ。大事にしろ」
何を言っても、彼女はこの調子だ。たぶん牢屋にぶち込まれたぐらいじゃ何も変わらないだろう。
「…………はぁ、もういいや」
ため息をついて、彼女の隣のスペースに腰を下ろした。
「銃を覚えて、今度は馬だ。おいおい、いよいよ風格がでてきたんじゃねえのか」
ごつんとぼくの肩を小突く。本気じゃない、馬鹿にしているんだ。
「馬鹿にするな……」
「本気さ。最初に比べりゃずいぶんマシなツラになったぜ。親父もあの世で喜んでるだろうさ」
「意外だ、君が父さんを知ってるなんて」
「この町で知らねえやつなんか居ねえよ」
「そうだろうけど、きみみたいな人とは接点なさそうだから」
「あー?」
デリンジャーは、とぼけた声を上げて首を傾げた。
「あっ、別にきみが悪いやつってわけじゃ……」
「聞いてねえのか、てめェの親父は連邦保安官だったんだぜ」
「あっ」
そうか。すっかり忘れていた。父さんも連邦保安官だった。アンネが言うには、グロリアとデリンジャーは助手だったのだ。
「てめェによく似てたぜ。野郎も、変なところで強情だった。ちょっとでも、間違ったことを見つけると黙ってられねえ。一直線な奴だ。真っ赤になって捲し立てやがる。この町じゃ、当たり前のことが許せねえらしい。おかげで毎日殺されそうになってたぜ」
デリンジャーはかっかと笑った。
「自分が一番、無責任なことをした癖に」
ぼくの呟きが聞こえたのか、デリンジャーが笑いを止めた。
「なんだ。てめェ、親父のことが嫌いなのか?」
「…………」
「いい機会だ。教えといてやる」
そう言って、彼女は懐から自分の拳銃を取り出した。
「例えば、こいつの能力は『破壊』。普通の弾丸で、大筒みてェになんでも粉々にしちまう。連邦保安官ってやつは、こんなイカれた武器を持ってる。なんの為だと思う?」
「そりゃ、悪い奴を懲らしめるんだろ。きみたちは正義の番人なんだ」
ぼくの答えを聞いて、彼女は笑った。
「それも間違っちゃいねえ。でもよ、悪党をぶっ殺すだけならこんな大層なモンはいらねえ、後ろから撃っちまえば済む話だ」
最低だ。とても正義の保安官の言葉だとは思えない。
「大事なのは町を守ることだ。悪党や魔物を殺すだけじゃねえ、あらゆる面で理屈を超えてだ。そうしねえと意味がない。その意味じゃ、お前の親父は相応しかった。この町の誰よりもな。大した野郎だったぜ」
「…………本当?」
「野郎がいなきゃこの町の連中、誰も生きてやしねェよ。なんつっても、稼ぎがよかったからな」
「銃は? 強かったの?」
「……もうてめェの方が上手いかもな」
「やっぱり」
彼女はまた歯を見せて軽く笑った。
「ぼくの話もしてた?」
「ああ、時々言ってたぜ。東部に息子を残してるってな」
時々か……。
「ぼくは、考えない日なんてなかったな……」
目の前には『男たち』の墓標。ここで死んだ馬鹿な大人が眠っている。
「ひどいやつだよ。勝手に出て行って、勝手に死んだ。話したこともないのに、好きになれって方が無理なんだ」
馬鹿な死人は何も答えてくれない。
みんながどれほどに父さんを讃えようが、何の価値がある。ぼくが父さんに会うことは二度とないんだ。
「きっと、ぼくよりきみたちの方が大事だったんだ」
何故だろう、目の端が熱い。おかしいな、ぼくはどうしてこんな話をしているんだろう。それも、彼女なんかに。
黙っていたデリンジャーがすっと立ち上がった。
「まだ終わってねェし、そろそろ続きをするか」
バシバシとお尻についた砂を叩いて落とす。本当に色気の欠片もないやつだ。
「泣いてんのか」
「きみのお尻の砂が目に入ったんだよ」
「へっ、砂粒ひとつで泣いてちゃ、本番についてこれねェぞ」
「本番?」
「何のために擦りむくような特訓したと思ってやがる。連中にやり返すためだろ」
含んだ笑いを浮かべるデリンジャーに、ぼくは首を捻らざるを得なかった。
連中って一体誰だ。




