馬上の女
「オスカー! しっかり掴まれ」
ぼくたちを乗せた馬が荒々しく嘶く。
結局、昨日話をしていた牧場掃除に連れて行かれることになった。ぼくは、グロリアたちと共に町から少し離れた農夫の家に向かっていた。
馬の身体が揺れ、グロリアがぼくの腕を力強く掴んだ。ぼくは思わず、彼女のお腹に回した手を放してしまう。
「あっ」
浮遊感が襲った。身体が宙に浮く。振り返ったグロリアが驚愕の表情を浮かべていた。
「オスカー!!」
投げ出されたぼくは右肩から着地し、そのまま数メートル地面を転がった。
「痛……つっ……」
馬から飛び降りたグロリアが駆け寄ってくる。
「大丈夫か!?」
後ろにはアンネとイルシスの緊張した顔も見えた。
「大丈夫……だよ」
なんとか体を起こして、彼女たちに言う。
「腕は!?」
血相変えたグロリアはぼくの肩を揉んだ。
「ひどくぶつけただろう」
「な、なんともないって!」
ぼくは彼女から逃げるように身体を引いた。
「まったくだらしがないわね」
いつものアンネの嘆息が聞こえてきた。
ひとが危ない目に遭ったって言うのに、なんてやつだ!
「後ろの方が危ないんじゃないの。自分で乗ってみたら?」
アンネって時々いいこと言うよね。
「そうだよ、グロリア。ぼくに馬を教えてよ」
しかし、グロリアは、
「ダメだ」
一言。それで終わりだった。
「肩の傷、向こうに付いたらゆっくりみせてもらう」
グロリアはぼくを引き起こした。
「今度はわたしから手を放すな」
◇ ◇ ◇
「手綱をしっかり握れ。身体は股で固定するんだ。ここだ。挟め!」
デリンジャーが股を開き、自らの股間部をどんどんと叩いた。煙草やお尻どころではない、卒倒してしまいそうなほど下品な姿だった。しかし、いまのぼくはそれを注意するどころではなかった。
「う、うごく。こいつ生きてるよ!」
お尻の下で、馬の背骨と筋肉が不気味に蠢く。
「当たり前だ。ボケ」
横で見ているデリンジャーが頭を抱えて言った。
いま、ぼくは初めてたった一人で馬に乗っているのだ。
ひとに馴れきった大人しい馬だけど、やっぱり怖い。
十数分もの間乗っかっているのに、ぼくは一歩も歩き出せずにいた。だって、こいつが首を振る度に落っこちそうになるんだ。
「腹を思いっ切り蹴とばしてやれ。ビビって走り出すからよ」
「無理無理無理! 落ちちゃうよ」
「落ちねーように股でしっかり挟めってんだろ。だーもう!」
デリンジャーがもどかしそうにガシガシと頭を掻いた。
「……しょうがねェな。いくぞ!」
そう言って足を振り上げた。
「や、やめろ!」
ぼくの制止なんか聞くわけない。彼女は馬の腹を思いっきり蹴り上げた。
馬は激しく嘶き、前足を跳ね上げた。
「う、わああああああああああああああああああ」
ぼくを振り落とそうと飛び跳ねる。
「手綱で操れ! 前を見てろ! 目を切るんじゃねえ!」
激しく揺れるなかでデリンジャーの大声が耳に響く。
「そんなこと言ったって」
無理だ! ぼくは落とされないように馬の太い首にしがみついた。
「ダメだ、ダメ! まずは身体を固定するんだ! 腿をつかえ! 頭も使え!」
「も、腿」
腿に力を込めて、思いっきり挟んだ。揺れが減り身体が楽になる。手綱を握る余裕が生まれた。
「もたもたすんな。次は?」
手綱を引っ張って馬の頭を必死に抑えた。激しい動きが徐々に収まっていく。
「や、やった……」
馬は落ち着きを取り戻した。
「な? 誰だってできるだろ?」
デリンジャーはことも無さ気に言う。
ふざけるな! 落ちたら擦りむくだけじゃ済まないんだぞ! 今日こそ言ってやらねば気が済まない。
「きみは――えっ!?」
デリンジャーの姿を見て目を疑った。左手の人差し指を自らの耳に指を突っ込んで、右手で持った拳銃を天に向けていたのだ。冗談だよね?
「って来い!」
パアンッ、と破裂音が響いた。
それを合図に馬は飛び出した。
流れる荒野の中で、吹きつける強風に、ぼくは目を開けることすらできない。後ろから、煽るようにデリンジャーが何度も何度も発砲した。そのたびに馬は嘶き、速度を上げていく。
「目え切んな!」
必死に目を開ける。なんと、進行方向には――巨大な岩の壁が迫っていた。
ぶつかる! 馬が止まらなければぼくはぺちゃんこだ。
「へっへっ、オラ! 行っちまえ!!」
そんな状況にも関わらす、デリンジャーは馬鹿みたいに弾を放ち続ける。
あいつ、ぼくを殺す気だ!
ありったけの力で馬の手綱を引く。
せめて向きを変えて、岩盤を躱さなければ!
思う通りに動いてくれない。力が足りないんだ。
くそおっ! なんで!
「まずは何をする!!? 身体を!?」
デリンジャーの怒号が耳に飛び込んだ。
身体がばらばらに動くからだ。固定しないと。固定するには――。
「落ち着け、まず足だ……」
ぼくは足に力を込めて、身体を固定した。
「次に手綱を」
手綱を引くと馬は微かに太い首を傾けた。すこしだけ、スピードが落ちる。
――いける!
確信した瞬間、馬が身体を捻って、ぼくをふり落とし、ぼくの身体は固い岩壁に叩きつけられた。




