ふたりだけのアウトロー
「ここからあの樽を撃ってみろ」
細い木の枝を持ったデリンジャーが、ぼくの後ろに立ち、すぐ先にある前にある二つの大樽を指差した。
「馬鹿にしてる?」
並べられた二つの大樽と、ぼくたちの距離は十メートルほどしかない。
「何事も、最初は動かねえ相手でするもんだ。とにかくやってみろ」
「わかったよ……」
ベルトに挟んだ銃を取り出そうと引っ張ると――ズボンが勢いよく上がった。
「このっ、あれ?」
何度同じようにやっても抜けない。
「おい、何やってんだ?」
「ベルトに引っかかっちゃったみたいだ」
ぶちぶちと布が切れる音がした。良くないことが起こっている。
「ちょっと待って、あっち向いてて」
一旦ベルトを外して、銃を取り出すことにする。
ズボンの生地に引っかかっていたらしく、シリンダーの隙間から白い糸をひいていた。
銃を手に持って、改めてベルトをきつく締める。
「いいよ!」
「やり直しだ。ボケ!」
すぐ後ろで見ていたデリンジャーが怒鳴った。
「銃は抜く時が一番大事なんだ。さっさとこれつけろ」
そう言って古い皮のガンベルトを渡してきた。
そんな言い方することないだろ。というか、道具があるなら最初からよこせ。
ぼくは少し不満を感じながら、ガンベルトを腰に巻く。一番内側の穴に通してみるが、ずるりと落ちた。
「これ大きすぎるよ。ぼくの腰にはサイズが合わない」
「だったら肩から下げてみろよ」
ふざけるな! 本来、腰に巻くものが肩に巻けるわけ――意外と綺麗に収まった。引き抜くにはちょうどいい位置だ。
「よし……」
気を取り直して、ぼくは銃に手を掛けて左右を見渡した。銃を扱う時は細心の注意を払う。これが基本だ。誤射なんてしたら大ごとだからね。
「おせえ!」
「うわあっ」
突如、デリンジャーが木の枝でぼくの手を強く叩いた。思わず持っていた銃を地面に落としてしまう。
「銃の位置を探ろうとするな。身体で覚えるんだ!」
「な、なにすんだよ! もし暴発して足にでも当たったら!」
傷害・殺人罪だ! キミは裁判の後、絞首刑だよ。
「くだらねえこと言ってんじゃねえ、さっさと拾え」
当のデリンジャーはきつい口調で怒鳴る。逆ギレだ!
彼女の乱暴な態度に言いたいことが千ほどあるが、いまはとりあえず銃を撃つことの方が大事だ。ぼくは落ちた銃を拾った。
「もう一度だ!」
射すような太陽の下、手が痺れても同じ特訓を何度も繰り返した。姿勢だったり、持ち方だったり、彼女は常に何かしらの文句をつけてきた。そのたびに、細い木の枝でぼくを叩くんだ。おかげでその日、ぼくの握った銃から弾が発射されることは無かった。
◇ ◇ ◇
日が傾きはじめ、白い平地に影が伸び始めた頃、ぼくはベンチに座り込んでいた。脱水と日焼けで喉と顔が痛い。手は腫れ上がってしまった。もう銃を握る気力も体力もない。
暑いし、痛いし、こんなの最低だ。いまぼくに冷たい水をくれる人間がいれば、ぼくはその人に一生の忠誠を誓うことだろう。
「ほらよ」
横からデリンジャーが水筒をよこした。
「いらないよ」
このケースは別だ。彼女と間接的に接吻なんて怖気が走る。誇りにかけてそんなことはしない。
「飲まないと帰りに死ぬぞ」
「…………」
確かに。
いまから一時間もかけて帰るのだ。その道のりを考えただけで倒れてしまいそうだった。
「余計な心配すんな。こっちの分は別にある」
「そんなことは心配してないけど」
ちょっとだけ頭を下げて、水筒を受け取った。
「親の作った料理が恋しいのか?」
突然、デリンジャーはぼくに聞いた。
「なに?」
「さっき言っただろ。親の作った料理が旨かったんだろ」
少し驚いたが、別に避けるような話でもない。
「……まあね」
だけど、もう二度と食べることない。母さんは去年、死んだのだから。
「あたしは親に飯を食わしてもらったこともねェな」
彼女は大きく白い息を吐いた。振り返ると、その手には煙草を持っていた。この不良娘め。
「てめえの言う通り、あたしは田舎者だ。ロクな育て方はされてねえ。母親も見たことねえし、親父には しょっちゅう殴られた。まぁ、たいていこっちが悪いんだけどな」
かっかっとデリンジャーは笑った。
「でも、ここにはよく連れてきてくれた。もうしばらく行くと炭坑があってな、すっげえでっかくて、すっげえ数の人がいたんだ」
きみの身の上話なんて誰も聞いていないよ。でも、ぼくは疲れていたから、彼女の口を塞ぐようなことはしなかった。
「もちろん、いまは誰も掘ってねえけどな、あの頃の町はすごかったんだぜ。また、あんな風にならねえモンかな」
小屋の裏手には無造作に酒樽と十字架が転がっていた。きっと何年も前に風で倒れたんだろう。黄金への道半ばで死んだ人、炭坑で死んだ人、みんなこの場所に埋められたんだ。砂に埋もれた古い石碑には、ただ『男たち』とだけ書かれていた。
一陣の風が吹き、竜巻状に砂が舞った。こうして回転草がころころと転がると、まるで、開拓時代から 時間が止まっているかのように錯覚してしまう。
なんだか懐かしい感じがした。
馬鹿だな。生まれも育ちも東部のぼくが、懐かしむことなんてなにもないのに……。
「……明日もこようか」
ふと、ぼくはそんなことをデリンジャーに言っていた。
「あたりまえだ。まだ抜くこともできてねえだろ」
「でも、明日からは煙草はやめてよ。臭いのは嫌いだ」
ぼくの言葉を聞いて、デリンジャーはこっちを振り向いた。
そして、あろうことかその臭い煙をぼくに向けて吹きだした。
「な、なにすんだ!」
「へっへ」
そう意地悪に笑って、デリンジャーは煙草を放り捨てた。
「クソッたれ東部野郎め。そっくりだよ、ホントに」




