西部番外地へ
次の日、ぼくはデリンジャーの指定した時間通りに待ち合わせ場所に行った。
父さんの銃を返してもらうだけだ。それ以上のことはない。
「おせえな、グズグズしてんなよ」
門の前に座り込んでいたデリンジャーは、ぼくの顔をみるなり悪態をついた。彼女の周りにはたくさんの煙草の吸殻が散乱していた。
「暇なんだね」
ぼくは時間通りにやってきた。彼女はいつからいたのだろう。
「昨日の銃は持ってきたか?」
ベルトに挟んだ銃の感触を服の上から確かめてから、ぼくは頷いた。
「うしっ、それじゃあ行くぞ」
立ち上がり、デリンジャーは北門に向かって歩き出した。
「言っておくけど、父さんの銃を返してもらうためにここにきたんだ」
「だったら、早く上達することだな。あたしが認めたら返してやる」
ぼくたちは大きな石造りの門をくぐる。
「町から出るの?」
薄暗いトンネルで、デリンジャーの後ろ姿を追う。グロリアに一言行って来ればよかったかな……。
「町中で下手くそに撃たせるわけにはいかねえかんな。適当な広い場所さ。まぁ、外に出て馬を走らせりゃすぐだ」
トンネルを抜けると、灼熱の大地がぼくたちを出迎えた。
原生林のある渓谷側と違って、北側はかつて炭鉱を掘っていた炭坑への道だ。目の前に広がるのはどこまでも高い青空と草木の少ない荒涼たる荒野。全身から汗が噴き出たのを感じる。
「そこで待ってろ」
デリンジャーはそう言って、すぐそばにある馬屋に向かった。
一頭だけを引いて戻ってきた。
「もやし、馬には?」
「乗れないよ。あと次にその呼び方したら訴えるからね」
「だと思ったぜ」
くくっ、と下品に笑う。軽々と馬に飛び乗ると、
「ほら」
腕を差し出してきた。
「…………」
「早くしろよ」
仕方がないだろう。彼女は銃を返してくれない。それに、ぼくは馬に乗れないのだ。いまさら何もせずに帰るのも間抜けだ。仕方がない。不可抗力というやつだ。
ぼくは彼女の腕に掴まり、鞍に足をかけて、後ろに乗った。
「あたしは八歳で乗れたぜ」
いちいち腹の立つやつだ。そんなこと言わなくていいのに。
「痛っ、何しやがる」
「何もしてないよ……」
「嘘つけ!」
馬に乗って一時間ほど進んで、ようやくデリンジャーは馬を止めた。乾いた平地にくたびれた小屋と、そばには枯れた井戸、傾いた木製のベンチや汚い水桶があった。一体どこのだれが、こんな施設を造ったのだろうか。
「ここは炭鉱夫たちの宿場だった。いまは空だけどな」
デリンジャーは小屋のそばまでくると馬から下りた。
ぼくも馬から下りて地面に足をつける。脱水のせいか、足元がふらふらする。
「すぐって言ったじゃないか……」
干からびた植物しかいない荒野で、ぼくの視界はくるくると自転を始めていた。
「はっ、座ってただけでへばったのか?」
デリンジャーが馬鹿にしたように笑う。
「こ、こんな遠くまで……ぼくを連れてきてどうする気だよ……誘拐だ」
「てめえを誘拐していいことでもあるのか。ひとに見せるもんでもねェし、特訓はこのくらいでいいんだよ」
「どうせ、無理だよ。この間、狩りに行ったんだ。動物だって殺せなかったんだ」
「ママゴトなら大した問題じゃねえが、町で銃を撃てないんじゃ殺されちまうぞ。昨日のことでよくわかっただろ」
うっ。確かに彼女の言う通りだ。あんな暴力的で話が通じない大人たちがうろうろしているような土地で、ぼくが生きていけるとはとても思えない。
「ああ、なんでこんなところにきちゃったんだろう。母さんの美味しい料理が恋しいよ……きみみたいな田舎者と拳銃の特訓なんて」
「休憩はいらねえみたいだな。クソガキ」
デリンジャーは唾を吐いてぼくを睨んだ。べーっだ。
「つないどけ」
彼女がぼくに馬の手綱を放り投げてきた。
「ちょっと準備してくる」
そう言ってさっさと小屋の中に入って行ってしまった。
「…………」
手綱を渡されたものの、ぼくには馬の正しい繋ぎ方なんてわからない。
まあいいか。少し迷ったが、今更彼女を呼ぶのは面倒だし、何より恥だ。
近くの柱に適当に結び付ける。
よし。
「できたよー」
すると家の中から古い一冊の本が飛んできた。
「そこに書いてある通りに結べ。結べたら裏にこい」
「……こんな本があるなら先に教えてくれればいいのに」
適当に繋いだ綱をほどくのには小一時間ほどの時間が必要だった。




