はじめての狩り
「どんな動物がいるの?」
「えー、猪とか鹿とかウサギとかナ……いっぱいいるゾ」
イルシスが、揚々と歩きながらいろいろ教えてくれた。この崖下の渓谷はもともと彼女の民族が住んでいた土地だったこと。その後、かつての開拓によって町の人間が使うようになったこと。
「この場所の名前はモンロー=シス。シスって言うのは、みんなのって意味。ワタシたちの命と同じダ」
「きみたちの名前にはそんなルールがあるんだね。それならぼくもオスカー=シスって名乗るべきなのかな」
「歓迎するゾ」
「困ったな。頭に羽を着けて、顔に落書きしなちゃいけないのか」
「あはは、決まりだナ!」
彼女の話は面白かった。先住民の歴史や文化、ぼくの知らないことばかりだ。
「だからナー、この土地の狩りはすごく大事なんだゾ。ワタシのご先祖様がみんな見てるんダ」
常に笑顔を絶やさない能天気な女の子、イルシス。だけど、本当のところの彼女は誰も知らない。一体、ぼくたちをどういう目で見ているのだろう。恨むべき仇なのか、文化を与えた先駆者なのか、それとも……。
「あれ? アンネは?」
「消えちゃったナ」
イルシスの話に夢中になっていると、いつの間にか二人だけになっていることに気が付いた。どこかでアンネとはぐれてしまったらしい。
「戻ったほうがいいかな」
「大丈夫、その内追いつくだろうシ」
イルシスは軽い口調で言ったが、コヨーテや魔物の心配もある。一人でいるのは危険なはずだ。
「でもやっぱり――」
「なんなら居ない方が楽だしナ――おっ」
「え――えぐっ」
突然、イルシスがぼくの頭を掴んで地面に押し付けた。不意を突かれたので、舌を噛んでしまった。
「な、なにすんだよ」
「オスカー、あそこ!」
イルシスが指差した先には鹿の親子いる。立派な角の親とまだほとんど角のない小鹿だった。二匹は身体を寄せ合い、草を食んでいた。
「あいつを捕まえるの?」
「そうだゾ! みてロ!」
イルシスは腰を低くしたまま、ゆっくりと鹿の親子の背後へと回りこんでいった。
その手には大きなトマホーク、徐々に接近する。親子は食事に夢中だ。もう少しで手が届く位置まで来た。イルシスは目を見開き、上唇をぺろりと舐めた。
「あーーー! 鹿の親子がいるじゃない!」
突然、背後からアンネが叫んだ。
声に反応した鹿は瞬時に体勢を変え、その場を走り去ってしまった。
後にはイルシスだけが残った。
「…………」
イルシスが無言でこちらを見た。
「悪いわね。つい」
「邪魔するなら、帰ってもいいゾ」
ぼそりと呟いた辛らつな言葉をぼくは聞き逃さなかった。
◇ ◇ ◇
その後も何度かチャンスがあった。
猪の子供、ウサギ、ウズラ、蛇……。
しかし、イルシスが見つけるたびに、アンネが余計なことをして失敗続きだった。
「ひょっとしてアンネも初めてなの?」
「そんなわけないじゃない。ただ……あんまり……というか……」
ごにょごにょと口をとがせてなにか言っている。
「ただ、なんだよ」
「成功したことはない……というか」
「一度も?」
うつむいてしまった。それでよくあんなに偉そうにできたものだ。
「なによ! あんたもないでしょうが!」
当たり前だよ。
「オスカーにいいとこ見せようと思ったんだゾ」
「ちょ、なによ!」
「だから言っただロ。急にやる気なっても出来ないっテ。やれやれダ」
「~~~ッ」
アンネは顔を真っ赤にして、唇を震わせた。言い返したいが、言葉が出てこないらしい。
「もっと、簡単な方法はないのかな」
そもそも、刃物ひとつで獲物を仕留めようとするこのやり方に問題があるのだ。これではイルシスのような天性の能力がないと上手くいかない。アンネでは一生無理だろう……。
「ぼくの見た感じだと、小さい動物はみんなここの小道から逃げ出してる」
二人について回ってなんとなくだけど、この林全体を歩いた。水場のある広場にやってきた小動物はこの道から木々の中に消えて行く。
地面に頭をつけてじっと見てみる。やっぱりだ。鹿やウサギの浅い足跡が、この道にはたくさんある。
「だったらここで足を止めちゃえばいい」
これだけ障害の多い狭い場所なのだ。上手くやれば誰だってできる。
「仕掛けを作ろう」
練習だ。まずはとても簡単な仕掛けでいい。ぼくは手ごろな二本の木の間に細いロープを張った。
「こんなの簡単に避けちゃうゾ」
ぼくはそう言うイルシスの頭に挿してある羽を二本抜いた。ロープのある道を通ってくれるように、他の道にはぼくたちの足跡をたくさんつけて、これを置いておこう。
「わかってるよ、イルシス。このロープを避けた先に本当の仕掛けを作るんだ」
ロープの……そうだな、一メートル先にしよう。
ぼくは手ごろな石を見つけて、一メートル先の地面を削った。意外と硬い。これじゃそう深くは掘れないな……。
「ほー、オスカーはすごいナー」
「こんなので上手くいくのかしら」
そんなことを言いながらも、二人は一応手伝ってくれるようだ。石を手にして一緒に地面を削り始めた。
「とりあえずこのぐらいで試してみよう」
「まだ足りないんじゃない」
「あとは……」
三人で掘った穴は二十センチだが、確実に段差をつけることができた。広く浅くだ。悪くないだろう。上から木の葉でもかけておけば……。
「できた!」
立派な落とし穴の完成だ。
「おおっ、全然わからないナ!」
「あっ、触っちゃ駄目よ。いまから使うんだから」
興奮するイルシスの服をアンネが後ろから引いた。




