町と学校、その放課後
「……イルシスが寝ていて良かったよ」
彼が話していることは何年も前に否定されている迷信だ。先住民を悪者に、自らを正当化する為の作り話だ。東部の学校なら一発でクレームもの。大問題だ。
「平気よ。どうせ起きてても聞いてないし」
「そういう問題じゃないよ。こんなの嘘ばかりだ」
「知ってるわよ。あたしだってうんざりするわ。端っから意味ないのよ、こんなの」
アンネは、またつんと口をとがらせた。
「大体、こんな場所で学校をやろうなんて無理あるのよ。ロクな大人がいなんだもん。この建物は古いダンスホールで、あの先生だって本業はただの大工よ。暇だからやってるだけ」
「ボランティアだ。それに彼は立派な先生だぞ」
ふと、声に振り返る。すぐ後ろにグロリアが立っていた。
「様子を見に来た。どうだ、オスカー」
「正直、ひどい所だと思う」
「あまり気にいらなかったらしいな」
グロリアは笑いながら肩を竦めた。
古びた木造の教室を見渡す。取り壊し寸前の建物に、偽物の先生、子供たちが可愛そうだ。
――「さて、やつらの好む食料は何だと思う?」
―― 先生は少し声を低くした。
――「子供だ」
―― 子供たちは一斉におびえた。
――「はっはっは、冗談だ。だが、もちろんひとを襲うこともある。絶対に近づいちゃいかんぞ」
―― 「はーい」と素直に答える。
「こうしたやり取りはオスカーにとっては滑稽に映るかもしれない。が、こうして人を集めるということは、それだけで大切なことなのだ」
グロリアは諭すように言った。反対から「どーだか」というアンネのため息が聞こえてくる。
「そうでもしなければ、この町はすぐにバラバラになってしまう。アンネのような人間はすぐに出て行ってしまうだろう」
グロリアが言うと、案の定、アンネは不愉快そうに顔を背けた。
「でも、それは仕方ないことなんじゃ……」
こんなところにこだわるよりも、東部や、もっと進んだ環境にみんなで行った方いいに決まってる。
ぼくの言葉に、彼女は軽く首を振った。
「ここはみんなが生まれた町だ。みんなで守らなければならない」
「あたしはすぐにでも出て行きたいわよ。とーぜんでしょ」
授業が終わった後、ぼくの座っていた机に、先生が勝手にぼくの名前を書いてしまった。曰く「次から席があったほうが便利だろう」とのこと。どうやらここに居る間は通えという意味らしい。
◇ ◇ ◇
ここは夕刻になっても日が高い。朱色に染まり始めた町のなかで、ぼくはひとりで駅を捜していた。電報を打ってもらおうと思ったのだ。さすがに三日も経てば、東部の叔父さんだって心配するだろうからね。
グロリアに案内してもらってもよかったけど、学校の途中でまたどこかに消えてしまった。町中のトラブルに駆け付ける必要があるのだ。ぼくに付き合っている時間もそうないだろう。アンネが簡単な地図を書いてくれたので、一人で行くことした。
けど、やっぱり誰かについてきてもらえばよかった。
「ちっ」
頭上では太陽がでかい顔をしている。地面から跳ね返ってくる熱気も尋常じゃない。余計なイライラは御免だと言うのに、デリンジャーはわざわざぼくに聞こえるように舌打ちした。
嫌な奴にあってしまった。ぼくは目を逸らして早急に立ち去ろうとした。しかし、
「子守りの女はいないのかよ」
彼女が余計なことを言ったおかげで、ただ立ち去ることはできなくなってしまった。
再び彼女に向きなおる。
「そんなにぼくに構ってほしいのか!」
「はああ!? なに言ってやがる」
「ぼくは今、その不快な顔を見て立ち去ろうとしたんだ。それなのに、きみはぼくにつっかかってきた。どう考えても余計だよ! どうしてそんなことするんだ!」
「キャンキャンと、文句ならハッキリ言いやがれ!」
「文句があるのはそっちだろ。ぼくがこの町にいるのが気に食わないんだろ!」
「このっ野郎」
額に青筋が浮かび、その拳が震えた。彼女の血圧を最大まで引き上げることに成功したようだ。この炎天下、そのまま倒れてしまえ。医者ぐらい呼んでやる。
「ああ、そうだよ! 気にいらねェんだよ! クソ人殺し女に引っ付くハモグリバエめ」
ぼくの血圧も最大まで上がった。
「言ったな!」
ハリ……なんとかは見たことないけど蠅だ。悪口に決まってる。
「かかってこいよ! もう止めてくれるやつはいねーぞ。チビ」
その日の夜、帰ってきたぼくの泥だらけの姿をみて、グロリアは大慌てだった。
「馬鹿ねー。デリンジャーなんか無視しちゃえばいいのに」
椅子に反対に座り、背もたれに顎を乗せたアンネが呆れた様子で言った。
「あいつがつっかかってきたんだ」
グロリアに手当てを受けながら、ぼくは言い返す。
「そのぐらいで済んでラッキーなぐらいよ。下手すりゃ一発であの世行きよ」
アンネはそう言って、指で作った鉄砲をぼくに向けた。
「あいつも連邦保安官なんだ。信じられないよ、あんな乱暴者が町の英雄だなんて」
「色々あんのよ。特にデリンジャーにはね」
「色々って――痛っ」
横からグロリアが頬の傷口にアルコールをふり掛けた。
「次にいじめられそうになったときはすぐにわたしを呼ぶんだぞ」
「別にいじめられたわけじゃない。ぼくだってやり返したんだ。喧嘩だよ」
「デリンジャーのことは町の問題だ。オスカーには関係のない。だからもうやつには関わるな」
グロリアは手当ての最後に、ぼくのおでこを軽く小突いた。
その日、寝台に入ると、遠くでまたあの鳴き声が聞こえてきた。デリンジャーがあの魔物にけちょんけちょんにされることを願いながらぼくは眠りについた。




