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野良女神の伝説  作者: 青い金平糖
3/4

1.2

「ゔぁーーー!!」


 あるまじき叫び声を上げた身長百二十㎝程の少女は、空中 (相対高度一メートルもの高さ) に忽然と現れて頭から落下した。その時ぶつけた頭の痛みに耐えられず、ゆるふわな銀色の髪をした後頭部を両手で押さえ、赤い瞳から涙を零してうずくまる。

 しばらく呻いていたが、やがて空を仰いだ。その凄まじい形相はまさに、プリンを食べようとスプーンで掬ったら、横から奪い取られた時のそれに迫るものがある。周囲を漂っていた雑霊達は、我先にと慌てて離れていった。


「人の話も聞けねえのか、あんの糞ジジイーーー!! で、ここは何処だよ!?」


 彼女は自分の身に何が起きたのか、どのような状況に置かれているのかがわからない様子で周囲を見渡している。すじ雲が広がる晴天下の中、土が踏み固められただけの街道は、二十センチメートル程の背丈まで伸びた雑草に両隣を覆われており、所々には何かの広葉樹が生えていた。

 少女の足元、いや、馬乗りとなっている尻の下では衝撃緩衝材となった男がうつ伏せで地面に伸びていた。それには気が付かず、取り敢えず身を繕うために自身の手に視線を動かすと、記憶に齟齬があることを認識した。


「何じゃこりゃーーー!?」


 腕や足をペタペタと触ると、それが自分のものであることは嫌でもわかった。取り敢えず衝撃緩衝材したじきのおとこから離れ、立ち上がる。そこで気がつくのは明らかに目線が低いことだ。地上に降り立つことはこれで二度目だが、彼女の体感で一年ほど前に来た時はもっと身長があった。しかし今回は、天上界での彼女自身と変わらないように思えた。着ているものも薄いピンク色のジャージに淡い水色のウインドブレーカーであるのは変わらないし、靴も赤と緑のポイントが入ったクリーム色の半長靴である。

 彼女は髪を掻き上げ、顔を覆い、周回するように彷徨うろつき、時折座り込む。

 そんな不審な動きを繰り返し、そのうちまあいいかと思い直す頃には、気が付けば男が目を覚まし座って微笑ましそうに見ていた。彼女はそこで初めて人間がいたことにようやく気がついた。

 男に対して後ろを見せて髪を雑に手櫛で整え、ウインドブレーカーを叩いて砂埃を落とす。自然な笑顔が取れるように頬周りを軽く揉みほぐし、最後の仕上げに頬を叩いて気合を入れた。ついつい、いつもの調子でウッシャーっと口を滑らせるのはご愛嬌だ。


「私は癒しと安らぎの女神アルネオデなのです!!」


 飛びっきりの引き攣った笑顔を向けてその男に振り返る。男は変わらぬ微笑みで受け答えた。


「うんうん、信じるよ。俺の名前はアルバートだよ。それじゃ腕のこの擦り傷は治せる?」


 アルバートはそう言って左腕を見せる。十日もあればカサブタもなくなる程度の怪我だ。


「お安い御用ですよ! さあ恭しく手を出しなさい! そして、わたしに感謝を捧げるのです!」


 彼女は得意気な顔をし、右手を胸に当てて左手を差し出してくる。彼の差し出された左腕に一瞥をくれ、テキトーに治れーと、鼻歌が聞こえてきそうな程の軽さで念じる。彼女の身体が僅かに発光するが、それだけだった。


「あ、あれ? なんで?」


 アルネオデはアルバートに触れるほど近づいてもう一度、今度は真剣になって、こいつに癒やしを与えよーと強く念じるが、やはり何も起こらない。それどころか体にだるさを覚えてきた。典型的な霊気欠乏症の一歩手前だ。

 アルバートは更に試そうとする彼女の頭に手を乗せて、それ以上の行使をやめさせる。


「もう十分だよ。ほら、血が止まっただろう? ありがとな。でも、これ以上やったらお嬢ちゃんの方が気を失っちゃうぞ」


 血ははじめから止まっていたが、安心させるためにアルバートはそう言う。彼女は震えて――――爆発した。


「何でこの程度が出来なくなってるんだよ!? あいつか!? あの糞ジジイの仕業なのか!? こんなに腹が立つのは冷蔵庫に入れて固めておいたバケツプリンを姉貴にゴッソリ喰われた時以来だ! くそったれめ!!」


 彼は目の前の豹変した彼女を見開いた目で見つめ、口を開け閉めするだけだった。


「ああ、なんだオメー、見てんじゃねーよ」


 そこまで言って目をしばたかせると、再び雰囲気を豹変させる。


「な、何で出来なくなっているのでしょう!?」

「あー、無理しなくてもいいよ。ちょっと驚いたけど、お兄さんは気にしないから。こんなに小さいのに努力家だね。素晴らしいよ」

「……オッサンが何言ってんだ? あとわたしはちっこくねーよ!!」


 あっという間に被っていた猫の仮面を投げ捨てて両の拳を突き上げて威嚇するのだが、まだ幼い声色も相まってその気迫が彼には全く届かなかった。それどころか彼は表情を綻ばせる。アルバートは気が付いたらアルネオデの頭を撫で回していた。そのことに遅れて気がついた彼女は彼の手をはたき落とす。


「子供扱いすんな!!」


 十祝齢を越えたオトナなんだからな、と続け、噛みつかんばかりの勢いでアルバートを睨む。彼は孤児院で背伸びしたがる年下チビたちを思い重ね、笑みを深くさせた。


  ✨ ✨ ✨


「わたしはほんとーに女神なんだからな。ちゃんと敬えよ。ほれ、何か食いもん寄越せ」


 そう言ってアルネオデは開いた右手を差し出し、居丈高にお供えを要求する。アルバートはそれに応え、腰回りに付けていた小物入れから干し葡萄を一粒取り出して、彼女に差し出した。乾燥していくらか小さくなっているとはいえ元々は大人の握り拳ほどの大きさなので、しばらく五月蝿くはないだろう。

 彼女は右手でそれを受け取って匂いを嗅ぎ、問題ないと判断して干し葡萄を少し齧る。抑えられた酸味と甘さが口の中に広がり、思わず左手で頬を押さえた。満足したのか奇声を上げて顔を綻ばせる。


「うんめーなこれ!」


 先程までの顰め面はどこへ行ったのやら、それを微塵も感じさせない素敵な笑顔を向ける。種が取り除かれている干し葡萄を最後まで食べ上げ、指を舐める。若干心残りがありそうだが、気を良くしてもらったところでアルバートは問いかけた。


「それで、どこから来たのかな? 一人でこんなところに来たんじゃ、危ないだろう。案内してくれたら、住む所まで送っていくよ」


 彼女は睨み付けながら、左手で空を指す。


「だからさっきから言ってんじゃん。わたしは女神だって。オメーは何を聞いてるんだ?」

「その女神様がなんで地上にいるんだい?」

「……聞ける立場にあると思ってんじゃねーよ。身の程をわきまえろよな」


 アルネオデはアルバートに教えるのを嫌がって、彼に非を求める。彼は何でも無いかのように流した。


「それじゃあ帰り方はわかるかな?」

「そんなのとーぜんだろ。わたしは女神だからな」


 まだそのごっこ遊びを続けるのかと思い、彼が帰り道を尋ねると彼女は周囲を見渡して焦った声をあげる。


「ありゃ!? 転移舞台ゲートがねーじゃん!?」


 アルバートの知識において、神は好き勝手に現れることはなく、必ず教団が管理している降臨祭壇を通して行き来する。そのため彼がアルネオデのことを神だと認識できないのは、当たり前といえば当たり前だった。

 近場に村落があってそこからやってきたとも思っていない。王族や上級貴族が着るような上物とは異なるが、光を鈍く反射させる素材で出来た不思議な服。革ではない色鮮やかな素材をきめ細かくかつ乱れなく縫い上げて作られた半長靴。貴族の不自然なてかりとは違う、透明感をあわせ持つ光沢のある、ゆるふわな髪は見たことのない銀色。可愛らしくも整った顔立ちに一際目立つ勝ち気な赤い瞳。髪に隠れて見落としがちだが明らかに尖っている耳。

 アルバートは気絶から回復して目に写った彼女のことを最初、妖精や精霊の類だと思ったくらいだ。考えれば考えるほど不自然な存在に、ここまでどう判断するべきか決めあぐねていた。彼女が女神だと言うことを信じられないまま、彼は呆けている彼女の言葉に沿って聞いてみることにした。


「お兄さんはいま巡礼の旅を初めたばかりなんだけど、巡礼修めの地には降臨祭壇があるって聞いているんだ。回り道をしながらになっていいならば一緒に行ってあげられるよ」


 アルネオデは一抹の希望を聞かされ、鼻息荒く彼に詰め寄る。


「場所だけでいーぞ!」


 彼女の勢いに押されつつも、アルバートは窘める。


「ここから直接向かっても、大人の足で十日は掛かるんだよ。子供の足だと二十日以上掛かるだろうし、その間獣や人攫いに襲われるよ」

「女神のこのわたしにかなうわけ無いじゃん」


 早く早くと急かす彼女を見て、彼は嘆息し説得を諦めた。


「聖王都まで行って、まっすぐ北に徒歩で一日程度の所にある聖地プレイオネだよ」


 アルネオデは明らかに安堵し、思わず笑顔をアルバートに向けた。


「わかった、まずはセイオウトに向かえばいいってことだな。じゃーな」


 そう言って彼女は北――巡礼始めの地へと足を向ける。


「そっちは逆方向だよ」

「うっさい、わかってるよ! えーと、ちょっと回り道もいいって思っただけだ!」


 それなら指摘されてすぐに反転しなけりゃ良いのにと思ったアルバートだったが、困った子を相手にするような笑いをするだけで黙っていた。


「あとすぐそこに街道があるから、そっちを辿った方が歩きやすいよ」


 その瞬間アルネオデは口惜しそうにアルバートを睨みつけて鼻を鳴らし、彼の傍から早歩きで離れていく。二十歩もいかないうちに立ち止まって上半身だけ彼の方へ向き直り、左目の下まぶたを人差し指で抑え白目を見せて舌を出すが、彼には意味が伝わらず首を傾げさせるだけだった。三つ数えないうちに背を向け、逃げるようにその場を走り去る。

 大層な昼休憩になったが、このままさよならとするわけにはいかないと、彼は立ち上がり小さな少女の後を()()()()()()()()()ことにした。

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