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夜に穿つ縁の行方  作者: 一条 灯夜
メランコリック
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2

 昼食を済ませた後、本当に言葉通り若菜は俺を外へと連れ出した。盆を過ぎたとはいえ、一日で一番熱い真昼間の十三時半に、だ。

 まあ、お互いに鍛えているんだし、そう簡単に熱中症にはならないはずだけどさ。

 額に浮かぶ汗を手の甲で拭う。山と違って、この辺りはまだまだ夏だ。

 ちなみに、風呂上りに外出着まで若菜に指定されていた。

 梅雨頃に買わされた若菜指定のタイ付きのポロシャツに、デニムのズボンを合わせ、財布だけポケットに突っ込んでいる。

 若菜は――女子の服の名称なんて、全然わかんないんだよな、俺。タンクトップみたいなのを中に着て、ひらひらした裾の長い半袖をその上に着てる。熱くないんだろうか? もっとも、下は膝のちょっと下までが隠れる……ええと、軽い感じのズボン? なので、そっちは俺より涼しそうだけどさ。

 ああ、あと、たいして物が入らなそうなかなり小さいバッグも持ってるか。


「なんかさ」

 駅へと続く商店街で、不意に若菜が口を開いた。隣の若菜へと顔を向ける。若菜は、小さい塾の中――ガラス張りになっていて、通りからは死力を振り絞る夏期講習の生徒の勇姿が、まるで動物園の檻の中を覗くような感じで見通せる――を見詰め、ちょっと得意そうに鼻で笑って続けた。

「優越感あるよね。人が勉強しているのを尻目に、夏を満喫できるとさ」

 若菜は、やっぱり性根が悪いと思う。真面目に夏期講習を受けている学生を見るなり、そんな台詞が口から出てくるんだから。

 俺も、あんまり必死に勉強するのもちょっとどうかと思うが――死ぬ気で勉強してレベルが高すぎる高校に受かっても、授業についていけなかったり、学年で下から数えた方が早いような成績でやさぐれそうだし――、好きでやっているなら、外野の自分がとやかく言うつもりは無い。

「それで足元掬われたりしてな」

 言った後で、またムカつかれそうな言い草だったかな、と、不安になった。けど、若菜は両手を腰に当てて、どこか呆れた様子で俺を見上げてきた。

「落ちるわけないじゃん。模試の判定、分かってるの?」

 あれ? さっきみたいな切り返しは良いんだ?

 ……テストの回答より、若菜の扱いに関する正解不正解の方が何倍も難しいな。

 ふん、と、鼻息も荒く俺を見据える若菜に、そうだな、とだけ返して俺は再び視線を前に向ける。

「……その、匠は、さ」

 が、若菜に強制的に向かい合わされた。

「もう少し上の高校を狙ってたりするの?」

 こちらの小さな動揺まで見逃さないようにとでもいうのか、若菜は瞬きもせずに真っ直ぐに俺を見ている。

 高校に関しては、特に思う所もないので、俺は気負わずに答えた。

「難しい」

「ん?」

 分かっていなさそうな若菜の顔。

 いや、俺の言った意味とは違う方向に受け取ったのか。若干だけど、軽くバカにするような感じの笑みも浮かんでいるし。

「ああ、いや、学力的なのじゃなくて。一~二ランク上の高校なら合格圏内だし、ちょっと頑張れば行けるだろうけど……遠いしな。駅の側で通学しやすい所となると、俺等が“行かされる”とこか、県で一番の進学校だろ? 流石にそっちを目指すほど俺は自信家じゃない」

 田舎って、不便だと思う瞬間だ。

 近くに丁度良い高校があるなら、そっちにしたいという気持ちはある。でも、通学に一時間半とか掛けたくも無かったし、どうにも帯に短し襷に長しって感じのが多い。

 それなら、波風を立てずに、高校までは素直に親の言うことを聞いてやってもいいかな、って思ってる。中学よりは上の学校と言ったって、大学と比べれば全然不自由なんだろうし。


「……まあ、県内一の進学校は、今時珍しい男子校だしね」

 若菜の返事には、含みがあるって言うか、言葉ある棘が全然隠れ切れていなかった。

「なにが言いたいんだ?」

「べっつにぃ。ただの許婚の私は、物分りがいいんだしぃ」

 若菜の天然な切り返しで終わったと思っていた話だったが、どうもしっかりと根に持っていたらしいな。『ただの』にアクセントを置いている辺り、悪意が満載だ。

 腕組みしてちょっと顎を引く。

 ……ええ~? 俺がなにかフォロー考えなきゃいけないのか? ったく、悪いことなんてなにもしていないってのにな。

 歳をとってくると、こんな逆男女差別もあるから、イマイチ女子って苦手なんだよな。めんどくさいことこの上ない。

 溜息は、見咎められる。

 だから、皮肉を満載した能面風の満面の笑みで、俺は持てる語彙を総動員して若菜を褒めた。

「若菜は可愛いから、俺じゃ相手にならないと思っただけなんだ。ほら、俺には服のセンスが無いとか、いっつも言ってるだろ? 綺麗でスタイルの良い若菜には、イケメンが似合うんじゃないかなって」

「匠って、口ばっかり達者になっていくよね」

 嘆息し、冷めたような声で言い返してくる若菜。

 誤魔化せると思って口にした台詞なんじゃないし、気付かれるのも織り込み済みだ。っていうか、わざと気付かれる態度で言っているんだし。

「誰のせいだよ」

 いつもの口調に戻して俺は肩を竦めてみせる。

 が、ものの一秒で若菜に突っかかられた。

「私のせいだって言うの?」

 当たり前だろう! と、口に出せない分、心の中で大きく叫ぶ。

 超古典的だが、小学校へ入るか否かって時期に手袋を逆から読んでといわれて、ろくぶてと言ったら六回殴って来たのは若菜だった。中学になったらなったで、法隆寺を造った人は? と訊かれ、聖徳太子と答えれば、大工だと言い返されて今に至る。

 こっちだって、色々と考えるだろ。言い負かされてばっかりってわけにも行かないんだから。

「あったまきた⁉ 今日は、とことん付き合ってもらうからね!」

 俺が言い返そうが言い返せまいが、どうせすることは変わらなかっただろうに、あくまでこっちの責任としたいのか、若菜が胸を張って宣告してきた。

 はいはい、と、応じれば、はいは一回、と、腰を叩かれ――。そのまま駅へと向かう足取りを急かされる。


 こうした言い合いって言うか、遣り取りが、お互いの関係になにも影響を与えないって分かってる。それだけの時間を二人で過ごして来た。

 どう足掻いたところで、許婚は許婚だし。

 従姉妹は従姉妹だし。

 同じ道場の門下生なのも一緒。

 辞められないし、変えられない。

 今はまだ、自分達の意志よりも強い部分でルールに縛られている。

 諦めによる部分も、無いとは言い切れない。

 でも、長い時間を二人で過ごしているうちに、自然と色々な気持ちが共有出来るようになってきていた。

 ……本音が透けて見えるから、いつからか、本気の喧嘩もしなくなっていた。

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