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「まあ、そういう個人的な話は別にいいから、本題に戻ろう」
若菜は、面白くない顔をしていたけど、このまま無駄話を続けているだけじゃ拙いとは思ってくれているらしく、大人しくではないけど椅子に座り直してくれた。
「で?」
脱線しまくりの話を元に戻し、俺は頬杖ついて眉間に皺を寄せ、刑事のように五十嵐を問い詰めてみる。なんか、甘やかすよりも恫喝したほうが早そうなタイプに思えてきて。
「『で?』」
俯き気味の顔で、オウム返しに訊き返してきた五十嵐。
五十嵐は――、メニューの英語が読めないことから察してやるべきだったかもしれないが、バカだった。てか、察しろ、そこに折り畳まれた意味ぐらい。
「あの化け物には、いつどこで出会ったんだ?」
噛んで含めるように訊ね直してみるが、五十嵐は、ん――、と、唸りながら宙を見て……。
いつまで経っても答えなかったので、少しつついてみることにした。
「お前。ああ、悪い、ええと……五十嵐は、運動する体型じゃないだろ? 息は乱れていたが、長い距離逃げてきたとは思えない」
運動する体型じゃない、の部分で五十嵐の眉がピクッと動き、若菜に脛を蹴られた。そんなことをされる意味が全く分からなかったが、言い終えた後で、太ってるようなニュアンスで受け取られたのか、と、気付き――五十嵐は別に太ってはいない。標準だと思う――訂正するかどうしようか悩んだが、若菜にもう一度足を蹴られたので、こじれないようにサラッと流すことに決めた。
「肝試しかなにかの遊びだったのか?」
動揺を完全に隠して改めて訊ね直してみると、なぜかさっきよりも不機嫌になっている五十嵐が目の前にいる。若菜の顔も険しくなってるし。
この訊き方の何が問題なんだっての。てか、問題があるなら、若菜が喋ってくれればいいだろうに。
「ええと、その……先輩達は?」
残念ながら、完全にガードを上げてしまった五十嵐が、俺の質問に答えないままでこちらに質問をぶつけてきた。
やれやれ、と、肩を竦めて返事をしようとするが、そもそもどういう意味での質問なのかがよく分からない。意図を探ろうと口を開きかけるが、若菜に機先を制されてしまう。
「悪と戦う正義の味方」
若菜が真顔でバカなことを言ったので、鼻で笑った後に皮肉で応じてやる。
「なら、お前がまず戦うべきは己自身だ」
即座に俺をにらみつけてきた若菜。
「どーいう意味?」
「そういう意味だよ」
正義を語る悪の枢軸と睨み合う俺。
五十嵐は、そんな寸劇に笑うこともつっこむこともせずに、真顔で続けた。
「……先輩達、驚きもせずに、不思議な武器で戦ってたっすよね」
先程、自分から訊ねたことに対する予想――それも確信に近いもの――があるみたいだ。てか、まあ、普通に考えれば戦闘準備をした状態でうろついてたんだし、鬼と戦うために俺達がフラフラしてたなんて誰でも予想出来ることか。もしかして、最初のは、なにかの組織に属しているか否かっていみでの質問だったのか?
漫画やアニメじゃあるまいし、悪と戦う学生の組織なんてあるわけないだろうに。見た目通り、五十嵐はちょっと幼いのかもしれない。……いや、俺と若菜が擦れすぎてるだけか?
どういしているともしていないとも取れる態度で、俺は五十嵐を見詰め返す。
「五十嵐も、なんらかの情報があった上で、アレを追ってたのか?」
五十嵐は、しばらく考えている様子だった――どうも五十嵐は言葉に困ると宙を見る癖があるみたいだな――けど、今度はさっきの失敗を生かして根気良く待ち続けていると、最後にはその重い口を開いてくれた。
「その、半分ぐらいは……」
「半分?」
首を傾げて見せると、五十嵐がなにかのメモをテーブルに載せた。
……メモってかルーズリーフだな。読み難い丸文字でびっしりとなにかが書き込まれている。ついでに言うなら、所々蛍光ペンで線が引いてあったりする、極彩色のメモだ。
なにかの暗号か?
癖の強い字が読み難かったので若菜の顔を見るが、若菜は五十嵐から見えないように椅子の背もたれに身を投げ出すようにしてから、軽く肩を竦めて見せた。若菜でも解読が難しいらしい。
てか、俺の字も若菜に汚いとか言われるが、俺とは別種の読み難さのある癖字だな。俺のは象形文字と若菜に呼ばれるけど、これはエニグマとか紫暗号とか渾名出来そうだ。
五十嵐は、俺の表情から言いたいことを正確に読んだのか、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くして――、でも、それを誤魔化すようなはっきりとした声で話し始めた。
「二週間前に、友達がアレに襲われたんっす」
襲われた、と聞いて、少し緊張してしまう。若菜も深く座っている椅子から軽く腰を浮かせかけているし。
でも、五十嵐は、そこは敏感に察したらしく、パタパタと目の前で両手を振って慌てて付け加えてきた。
「あ、いえ、七針縫ったんっすけど、命に別状は」
ひとまずはホッとする。七針縫うって、軽傷ではないと思うが、素人があんなのと戦ってその程度で済んだのは運が良かった方だと思う。
俺達が再び聞く姿勢になったのを確認してから、五十嵐は口調を戻してゆっくりと話を続けた。
「ですけど、警察は野犬の仕業ってことで曖昧にしちゃったんっすよね。果歩ちゃん――ああ、えと、ボクの友達の名前っす。その話も適当に聞き逃して」
まあ、俺達は実際に見ているから信じられるけど、確かになんの前情報も無い段階でそれを主張されたら疑うのは当然か。パニックで野犬を見間違えた、と思うだろうな、普通。融通の利かない公的機関なら尚更。
「で、地域新聞で調べてみたんっすけど、どうも七日おきに誰かが動物に襲われる事件が起きてて、それで――」
若菜と軽く目を見合わせる。
調査と言う面では、抜けてる所の多そうな五十嵐の方が先行していたのはちょっと驚きだった。
いや、でも、そうか。
俺達は、俺達が原因であれが動き出したっていうか、人を襲い始めたと思っていたので、どちらかといえば怪談を中心に調べていた。人的被害に絞れば、もう少し早く真相に辿りつけていたのかもしれない。
しかし――。
「自分で確かめようと? 戦えもしないのに?」
叱る、というと少し雰囲気が違うかもしれないけど、五十嵐の浅慮で無謀な行動には若干眉を顰めてしまう。
俺達がいなければ、結構危なかったと思う。あの鬼に突進されたら骨の一~二本は持っていかれていただろうし、突き飛ばしただけで攻撃が終わっていたとも思えない。
五十嵐は……、少しだけガキ大将みたいな感じの反抗的な顔をした後、ちょっと落ち込んだ様子で呟くように答えた。
「写メ取れたら、ヒーローになれるかもって思っちゃったんっすよね」
俺が責めてると思ったのか、若菜がまたテーブルの下で足を蹴ってきた。が、俺の言い草以上に重要な手掛かり――写真の存在への期待――に、コロッと表情を変えて五十嵐の方に身を乗り出す若菜。
「写真撮ったの?」
詰め寄られた五十嵐は、かなり慌てた様子で早口に捲くし立ててきた。
「いえ、スマホ出す余裕もなかったっすよ。勘でフラフラ歩いてる内に、なんか、大きいのがいるって。でも、次の瞬間には、もう追っかけられてましたから。反射的に走って逃げるのが精一杯で――」
「最終的に、私に救われた、と」
とすん、と、また自分の席に――体の力を抜くようにして若菜が座る。五十嵐は、若干微妙な顔になったものの、助けられたことは否定し難いと思ったのか――まあ、半分以上攻撃されたような助け方されてたしな――、ぺこりと頭を下げた。
「襲われた地点は把握してるんだよな?」
ホラースポットをマークしていた地図をテーブルに広げる。いつのまに食っていたのか、若菜達の皿は半分ぐらい片付いていた。まあ、アイスは溶けるしな。俺も自分のパンを頬張って中央のスペースを開ける。
「ええと……ボクの友達はここっす」
五十嵐が、ニュータウン用の資材置き場を指差す。
「ぱっぱと印をつけていこう」
赤のボールペンはホラースポット用に使っていたので、五十嵐の蛍光ペンを借りて鬼が出た場所に印をつけていく。
……ふむ。ホラースポットとは完全に被っているとは言い難いか。五箇所中三箇所。無関係とも言い難いような微妙な合致だ。
ちなみに、五十嵐の調査によると、最初の襲撃は、俺達が襲われる二十一日前、だそうだ。まあ、それ以前に被害が出ていないと言い切れもしないけど、分かる範囲ではそんな感じか。
んで、そこから七日おきに鬼が現れ、誰かが怪我をしている、と。
……あの鬼は、結構強いと思うんだが、死者は出ていないんだな。
ちょっと首を捻ってしまったが、別に人死にが出て欲しいとは思っていないので、深くは考えずに――まあ、最近の医療はよっぽどじゃなければ何とかできるんだろう――、次の出現場所を予想する。
範囲が広いし、規則性も無さそうなのが辛いところだな。どこかに向かって移動している、というわけでも無さそうだし。
「七日ってキーワードだよね」
俺が黙ったままでいるからか、若菜が誰でも気付くようなことをもっともらしく言い、五十嵐は推理小説のモブキャラのように自分では全く考えていない顔で若菜に訊き返している。
「でも、なんで一週間きざみで活動してるんっすかね?」
若菜と五十嵐が見詰めあって三秒。
にへへ、と、誤魔化すように笑い合った二人。
……だめだこりゃ。
二人を当てにすることは諦め、七日というキーワードから思い浮かんだことを取り合えず俺は口に出してみた。
「中陰法要、か」
「チューイン?」
「ガムじゃねえよ。四十九日は知ってるだろ? 人が死んだ時の」
四十九日は理解しているのか、五十嵐も若菜も力強く頷いてくれた。まあ、ここでつまずいたらその先の説明が出来なくなってしまうが。
ええと、確か、仏教のある宗派では、死んだ後七日ごとに裁判が行われるとかで――。
「初七日から始まって、二七日、三七日と続いていって、最後が七七日で四十九日。まあ、俺の家は仏教じゃないから、そんなに詳しくないけどな」
元が時代小説を読んで覚えた薄い知識だし、間違いもあるかもしれないけどそんな感じじゃなかったかと思う。てか、家は神道なので、坊主の葬式については無知も良いところだし。
いや、そういうのだとすると、お盆とかそういうのが切っ掛け――、なのか微妙だな。一番最初に現れた日って……。携帯で確認すると、大安だった。大安に出るなよ、鬼なんだったら。
どうにも解決の糸口が見出せなくなって、目の前の席へと視線を上げる。若菜と五十嵐が、なぜか身を寄せ合って引き攣った顔で俺を見ていた。
そんな怖い顔になっていたか? と、頬に触れて表情を確認していると、若菜が俺の勘違いを正すように訊いてきた
「匠、じゃあ、アレ、やっぱり幽霊なの?」
……ってか、まだそんな考えを引き摺っていたのかよ。
「打矢が当たる幽霊か? なにか動物――、ああ、もしかしたら、群体なのかも。くらげみたいな。だから、プールで細かく別れて逃げたとか」
「SFじゃん」
テーブルを叩いて抗議してきた若菜に、眉間に皺を寄せて言い返す。
「ホラーよりましだろ」
テーブルの上に身を乗り出した若菜と睨み合う。俺も、自分の意見にそこまで自信があるわけじゃないんだが、どうも幽霊ってイマイチ胡散臭いんだよな。科学的な法則というか規則性というか、そういうのは認められる以上、アレをインチキ系統の幽霊なんて分類にしたくはなかった。




