1-2.
がーるずとーく その2
「たとえばね。よく目があうの」
「……それは監視されている的な何かでしょうか?」
まさか、と笑う。
「会話中じゃなくて。そうねぇ……料理とかしている時に、ふとアキをみると、必ず視線があうのよ。その時の眼差しが」
「愛されてるなぁって実感できるような?」
「……まぁそんな感じです。はい」
改めて言葉にすると恥ずかしい。
「ひどいと思わない? 私だってアキのことこっそり鑑賞したいのよ。それなのに、いつも先に向こうが私をみてるの。これじゃあゆっくり鑑賞出来ないじゃない。私なんて見ていたっておもしろくないのに」
眼福なのは明人のほうだ。これはアンケートをとったら明人をのぞく全員が明人と答えるだろう。
あらそうなんですかと呟くティアの表情は非常になまあたたかい。
「あ、だからといって、ティアが言うような監視じゃないわよ。アキだって暇じゃないのだから、資料を読んだりしているの。だから、」
「ふとした拍子にお互いを見るタイミングがぴったりってことですね」
ふふ、と笑われる。
なんだか微笑ましいものを見る眼差しに、居心地が悪くなる。
「他には?」
「さわりたがるの。指とか髪でいいらしいのだけど、どこかしら触ってるほうが落ち着くからって。別に消えたりしないのにね。それとも私の言動の何かが明人を不安にさせているのかしら……」
だとしたら、嫌だな。
「いや、単に触りたいだけでしょう。男の人ってそういうところありますし」
ティアさん。そんなのを断言するあなたの恋愛遍歴がお姉さんは心配です。
「だったらいいのだけど……」
「大丈夫です」
「でも、一番は、そうね……丁度、今朝喧嘩したところなんだけど」
「え!?」
「声大きいって!」
ここは店内だ。焦ってたしなめると思い出してくれたようで、周りに軽く会釈して落ち着いた。いけない、と小さく舌を出す仕草は可愛い。この年頃でないと許されない動作だけど、彼女にはとても似合う。
「でも驚きました。喧嘩って、一体なにで」
私と明人が喧嘩をするのがそんなに意外なのだろうか。
「だって、あの人、ミィアさんの希望なら全力で叶えそうじゃないですか。だから喧嘩なんてするのかなぁって。あ、もしかして夜がはげ」
「ティアさん?」
今は真っ昼間で、ここは公共の場です。
あなたはなにを口走ろうとしたのか。
さすがにティアも慌てて咳払いをして誤魔化した。ほんのり顔が赤くなっている。
「えーっと、つまり、そういうことですか?」
「全然違います」
力強く、即答しておく。少しでも迷ったり、返事が遅くなったらあらぬ誤解を受けそうだ。
確かにね。そういう側面が一切ないとは言えない。でもそれが理由で喧嘩まではいかない。というかいけない。妙にうまく明人に丸め込まれてしまうのだ。言葉と体の両方で!
「そろそろ私も働こうかなって言ったら反対されちゃって」
えぇ!? とティアが叫びそうだったので、身を乗り出して慌てて口をふさぐ。さすがにこれ以上騒いで注目を浴びたくはない。
「……っ、ごめんなさい、でも、だって!」
小声で叫ぶという器用なことを披露しながらティアはじたばたとした。
「あの、失礼ですが、どちらかが浪費家でお金に困ったりとか……」
「いいえまったく」
家という初期投資が不要だった分、暮らしは楽だ。
「ではどうして……」
心底不思議そうに問われて、はたと気づいた。
「ああ、そうね。こちらでは貴族で働く女性は少ないのだったわ」
「そうです。ミィアさんは男爵夫人ですから、働く必要などありません」
以前にシェイラから貴族で働く女性の大半は魔法騎士団だと聞いた。それだけ少ないのだろう。
「でも今まで一般人として生きてきたし、爵位も私がもらったのではないからねぇ。あまり実感もなくて。それに、私たちの世界は女性も普通に働いていたのよ。もちろん私も働いていたわ。だからアキだけ働いて、私は家でのんびりしているのが申し訳ないの」
男爵夫人といわれても、実感なんてない。
名ばかりと明人も言うように、私たちは貴族らしい暮らしなんてしていないし、したいとも思っていない。お金や権利を受け取っている以上、最低限の義務は果たすけれど『貴族らしい』に縛られるつもりはなかった。そこは明人と認識はあわせている。
私が働くことに関しては、明人はそれぐらいの甲斐性ぐらいあると言ってひかなかったけれど、そういう問題ではない。
明人の本音は私を自分の目に届かないところへ出すことへの不安だ。
不安の中身が、外に目を向けることで私が明人から離れていくことなら話は簡単だった。そんなの、あるはずないでしょうと退けて終わりだ。実際、ありえないのだから。
でも明人の持つ不安は、自分の知らないところで傷つくのではないかという過保護きわまるものだ。
さすがに『それはない』と言いきれない。社会に出ればたくさんの人と接するのは当然のことだ。そして、人によって求めるものも利害も異なるものだ。
本来、平民のはずの渡り人が男爵位をもつことに不快に感じる人もいるだろう。
明人に好意をもつ人は、やはり私を受け入れはしないだろう。
名ばかりとはいえ爵位をもつくせに平民のような暮らしをする私たちは異端だろう。
幸運なことに、今まで出会った人たちは好意的な人たちばかりだったけれども、今後もそうとは限らない。むしろ今までが恵まれ過ぎただけだ。私に悪意を持つ人と接することもあるだろう。傷つくことだってある。社会に出るのだから、当然だ。
それを明人は恐れている。
何故か。
日本にいたころの私は、明人の周りに居る、あるいは居たい人たちの悪意を受けていた。その結果どうしたかというと、外では明人に近づかないようにして、かつ、普段も目立たないように地味に生きてきたのだ。明人はそれを悔いている。
明人がどうにか出来た問題ではないし、下手に明人が口を出そうものなら逆効果だから、いきすぎない限りは静観する、というやり方は正解だったと思う。だから明人が後悔するようなことではないのだ。どちらかといえば私が反省すべきだろう。
それなのに、日本と同じことが起きるのを明人は恐れている。
気持ちは分からないでもないけれど、それでは駄目だ。
「せっかくだから、こちらでの行動範囲も広げたいしね。今だと、時々あなたとお茶する以外に外出するのは買い物か、図書館に行く時ぐらいだからあまりにも世界が狭いわ」
そして、そんな生活をさほど苦にせず過ごせるのが私だ。根っからの引きこもり体質ともいう。
明人が私を大切にして、愛してくれてるのは今さら確認するまでもなく、よく分かっている。
でも、その方向が過保護に向かうのは駄目だ。
こんな状況、望んだって体験できないのだから成長ぐらいしてやろうじゃないかと私に告げたのは明人なのに。その明人が私の成長を妨げてどうするのか。
正論は私。間違っているのは明人。
そんなのは明人だって分かっている。それでも反対をするのは……日本時代の事が、私以上にトラウマになっているのだろうなあ。
間違っていると分かっていても引けないぐらいの愛が、ありがたいけれど重い。
うまくいえないのだけれども、正論だけが正しい訳ではないから、私は強引に希望を通すつもりもない。やはりお互い納得していくべきだから。
大丈夫だよって言ってもまだ不安にさせるだけの行いしかしてないのが過去の私だ。だから納得させるだけの材料を、自力で揃えなくてはいけない。
「ティアはどういう経緯で今のところで働くようになったの? 職業紹介所のようなところってあるかしら?」
「私は叔母の伝手で……じゃなくて、本気で働こうとしてるんですか?」
「もちろん」
やはりコネが強いか。
「とはいってもね。いきなり朝から晩までは無理なので、四の鐘から五の鐘までの間で……というのは難しいかしら……」
四の鐘は午後の始業を、五の鐘は終業を告げるものだ。だいたい午後一時半か二時ぐらいから、六時ぐらいまでといったところ。実際に鐘の時間を記録したところ、季節によって多少前後するものの、概ねそんな感じだった。
朝からでないのは、家のことをする時間が欲しいからだ。
「一般的ではないですね。諦めましょう」
「……やっぱりそうよねぇ……でも斡旋所ぐらいあるでしょう? 行って、話を聞いてみたら案外あるかも」
「ミィアさんって時々妙に頑固ですよね」
何故かため息をつかれてしまった。時々頑固、は明人にも言われます。
「相談にのってくれそうな人に心当たりがあります。その人のところに行きましょう」
「え、いいの?」
さっきまで反対ムードだったのに。
「一人で斡旋所に行かれるよりは……」
その後、この世界の雇用は伝手を頼ってが多いので、斡旋所はあることはあるけれどロクな仕事は紹介されないのだと教えてくれた。心配かけてごめんなさい。