5-3.(終)
大変お待たせいたしました。年明けって、せめて1月中ですよね…。
猫としての矜持はさておき、あれから三日、びっくりするほど自由に過ごさせてもらった。
明人が王宮に皇太子様に会いに(私を見せに?)行った時は、初のお転婆称号を返上し、借りてきた猫を(最初だけ)実践した。
やはりというか、途中からは飽きたので、爪をたてずにうまく明人の膝に登れるかどうかで遊んでいた。最後には皇太子さまの子供がやってきて一緒に遊んだりね。ちなみに、子供は無邪気に「猫はこういうの好きでしょ」と、どこで捕まえたのか虫を至近距離で見せてきたので、この世の終わりのような悲鳴(by明人)をあげて明人のもとに逃げ帰ってぶるぶる震えた。
あの子に悪意はかけらもなく、というか善意しかなかったのだけど。無邪気怖い。
とても苦手なものがサイズアップ(私がサイズダウンか)したものを間近で見せられたのはトラウマレベルの出来事だった。
びっくりして泣き出した子供を明人がフォローしたら、なぜかキラキラした眼差しで見られていたのは、明人の人たらしが子供相手にも有効なことを証明していた。何と言ってフォローしたのかは、それどころじゃなかったので聞いていない。……聞いておけばよかっただろうか。っていうか、たらす相手は選んでほしい。王族はたらす相手じゃありません。
この人何やってるのとドン引きしていたら、首根っこ捕まえられた。
どこで何やらかすか分からないので離れるな、だそうだ。だが言わせてもらおう。それは私が明人に言いたい。どこで誰を引っ掛けてくるか分からないデス。
祭り中だからって毎日お休みではなく自由出勤だという。
昨日は明人が仕事についていかせてもらった。猫になった初日にも来たけれど、あの時より落ち着いて周囲をみることが出来た。
そっかー、ここが明人の職場なのね。
家の次に長い時間を過ごす場所だから、興味津々で探検する。
もちろん、単独行動なんてしない。抱き上げられているときは鳴いて、自分で歩いているときは裾を引っ張ってアピールして、案内してもらった。入っちゃいけない場所だってあるだろうし、何よりも明人の目の届かない場所にいくつもりはない。
一通り見てまわった感想は、魔法騎士団とは違うなぁ、だった。魔法騎士団は第三者の出入りもある場所で、役所のような役割もある。それに対してここは限られた人間しか来ない研究機関。比べることにあまり意味がない。
会社勤め時代を思い出すのは、ここの実務的なトップが明人だからだろう。
撫でたがる出勤者たちから逃げながら(時には明人にとりなしてもらいながら)視界にはいった書類に、よく見知った……いわゆるプログラミングをする際に書くフローチャートがあったのは気のせいといったら気のせいなのだ。そのフローチャートが無限ループしていたり、逆にループの始端しかなかったのもきっと気のせい。もしくは書きかけ。うん。私は何もみなかった。猫なんだから気づいてないもん。
家のことは料理をのぞいて、全部明人がやっていた。
……うん、そこそこ年数を一人暮らししていた人だから、家事スキルはあるよね。なのに何故料理だけは苦手なのか、謎だ。
水浴びをしたあとに体の水滴をぶるぶるっとふるい落すと、微妙な顔をしながらも片づけをしてくれた。
動き疲れて途中で寝落ちした私を拾い上げてベッドに連れて行ってもくれた。
片づけを手伝うつもりで引っ掛けてしまったボタンを、ややぎこちない手つきでつけていた。……ボタンつけ出来たのか。そんなスキルあったなんて知らなかったよ。感心して眺めていたら「もう少し悪いって顔しとけ」と笑われた。
いつも一緒にいるわりに、普段見ない明人の姿は新鮮で楽しかった。
でも、もう充分。非日常は堪能できた。
そろそろおなかいっぱいです。
そんな想いがきっかけだったのか、なんの前触れもなく、朝起きたら人に戻っていた。
「……」
「……お、おはよう?」
毎日見続けた顔だけど、ここ最近は縮尺の関係上大きく見えていた。それがなじんだサイズに戻ってびっくりやら懐かしいやら。
開口一番が挨拶疑問形なのは、まあ、混乱していたからだ。
「アキ?」
無表情+無言で凝視されると怖いんですが。
「……美弥、か?」
「他の誰かをベッドに連れ込むつもり?」
明人が言いたいのはそういうことではないと分かっていて、わざと茶化して返す。
輪郭を確かめるように、頬を撫でて、そのまま抱きしめられた。
「それはない」
「うん。知ってる。……久しぶり、というのも変かな」
いつも以上に一緒にいたけれど、姿かたちが猫だったので。ある程度の意思の疎通はとれていた(と信じたい)とはいえ、会話するのは久しぶりだ。
「体に違和感とかないか?」
表情は見えない。ただ、声は少し震えていた。
「多分?」
「なんで疑問形」
「だって起きたばかりでまだ殆んど動いてもないし」
「……それもそうか」
ここは一度抱擁をといて起き上がる流れのはずなのに、明人にそんな気配はない。遠回しにいっても実行されなかった以上、私としてもしばらくはこのままでいいかなと思う。伝わっていないという選択肢は、明人に限ってはない。
「でも今のところ、変な感じはしないから安心してね」
ぽんぽんと背中をたたいて言う。「ああ」とか「うん」みたいな声はかえってきたけど、それだけだ。
いつにない様子に、一つの推測が成り立つ。
「………………ええと……もしかして、ものすごーく、心配かけてた?」
「当たり前だろう。事前にそういうことはあると聞いていたとはいえ、人が動物になるんだぞ。……いつ戻るのか、後遺症はあるのか、そもそも戻らなかったらどうしようかと怖かった」
「その……驚いてはいたけれど、それだけって見えたから」
事前情報って大事だなぁとかそういう感想でとまっていた。猫にしてはどんくさくいけど、普段の私よりは身軽に動けていいなー、とか。
「一番不安なのは美弥なのに、俺までそういう素振りを見せるわけにはいかないじゃないか」
一番不安を感じているのは私ではなく明人でした。
抱擁はとかれたけれど、妙に後ろめたくて明人の顔を見れない。
「……そんなの何も考えずに、能天気に過ごしてたわ」
戻れるのかという不安はなかった。なんとなくだけど、そんな心配はいらない。猫姿はあくまでも仮のもので、恒久的なものではないという感覚があったのだと今なら分かる。当時は本当に何も考えていなかったけど。
……逆で考えたら。
知己は増えたとはいえ唯一無二の存在が動物になっていたら、そりゃあ不安だよなぁと思う。
過去の事例からいっても大丈夫だよと聞かされても、不安しかないだろう。
「そんな感じだったな」
あ、よかった。明人がようやく笑った。
笑いを含んだ声につられて、明人をみたら柔らかい笑みを浮かべていて安心した。
「なんか、ごめん。フリーダムに楽しんでました……」
当事者と、最も身近にいた人の差がひどいなと思った。
「楽しかったのなら、いいんだ。俺は美弥が辛い思いをするより楽しんでいるほうがずっといい」
くそう。この性格までイケメンめ。そんなの言われたらきゅんきゅんするでしょうが。
「そういえば……いろんな人に言われたっていうか呆れられたんだが」
「うん?」
何を?
「お前、俺の事好きすぎだろ」
「……は?」
マジメな顔をしていきなり何を……。
「普通、動物になったら解放感から好き勝手動き回る、といったら聞こえはいいけれど。基本は今いるところから脱走するらしい」
「……はあ。シェイラもそんなようなこと言っていたわね」
「でも逃げるどころかべったりだっただろ」
「そりゃあ、まあ……他に行くところも行きたいところもないし。一番安全で私がいるべき場所って言ったら、あなたの傍じゃない」
そういうものでしょう? と言ったら黙り込んだ。
おかしなことは言ってない……よね?
一勝一敗、みたいな。