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4-3.(終)



 気持ちよさそうに寝ている体調不良な人を起こすのは非常に気が咎めたけれど、さすがにこのままにはしておけない。心を鬼にして(?)起こすことに決めた。

「アキ、起きて」

 声をかけても、反応はない。

「アキヒトさん、このままだと余計体調悪くなるから」

 かろうじて動かせる腕を背中にまわして、背中をぽんと叩く。……一応、もぞりと動いたので反応はなくはない。でも起きるほどではなくて。

「あーちゃん、起きましょー?」

 今度は背中ではなく頭をぽんぽんとしながら。

 あーちゃん、は幼い頃の呼び名だ。明人だからあーちゃん。私は美弥だからみーちゃんと、両親たちに呼ばれていた。

「…………それはやめてくれ」

 さすがに反応があった。滅多に「あーちゃん」呼びはしないけれど、たまに使うと効果てきめんだ。

「じゃあ起きましょ。ね? 寝るんだったらベッドに移動して。……私も重いし」

「ああ……悪い」

 言葉が返ってくるものの、明人が起きあがる気配はない。動きも言葉もどこか緩慢なのは体調不良と寝起きだからか。何がしたいのか、ごそごそと身動きしている。起きてくれるなら好きにさせよう。

「痛かったか?」

 何をしているのかと思えば、布地をずらして肩を露出させていた。視線の先にあるのはもちろん歯型だ。

「…………さあ?」

 肯定も否定も出来ず、曖昧に笑う。正解は『覚えていない』だ。何をしている時に出来た痕かは勿論分かっている。でも、ええと……つまり色々我を忘れていたといいますか理性をすっとばしていたので、記憶にないのだ。そんな余裕はなかったともいう。

「そうか」

「アキ? 何やってるのよ」

 えーっと、もしもし?

「痛そうだから舐めてる」

 そういえば病人だった。いつもより発想がおかしい。ある意味私がからむといつもおかしい人だけど、今日は特に変だ。全部熱のせい(多分)。

「大丈夫だから、お願いそろそろ起きて。……いい加減、重い……」

 情緒がなくてごめんなさい。でも、そろそろ限界だった。人体って重いのよ……。



 どうにかこうにか明人をベッドまで連れていけた時にはほっとした。

 おでこに冷やした布を置きながら、さっきと違ってまだ寝る気配のない明人に話しかける。

「そういえば、どうして急に体調崩したの? 心当たりある?」

 やはり慢性的な疲労だろうか。

「あー……水かぶったからな」

「何それ!」

 どういう経緯で、明人がそんなことを!?

「単なる事故。作った魔術具の実験をしていたら、フローがおかしかったみたいでバグった。」

 ……なんか今、元の世界で聞きなれた単語が聞こえたような?

「そのうち乾くと放置していたのがまずかったようだ」

「それは駄目でしょう」

 若いからって何をしても大丈夫とは限らないのだから。

「切実に、美弥がいてくれたらと思うよ……。構造化何それレベルの相手が書いたコードをレビュー出来る人間が俺しかいなくて困ってる」

 それだけ言って、明人は眠ってしまった。

 ……明人サン、あなた異世界まできて何やってるんですか……。





 体力があるからか、一晩ぐっすり寝た明人の体調は全快していた。若いって素晴らしい。

「昨日は助かった。ありがとう」

「何よ改まって、水くさい。こういうときはお互い様でしょ。それより次からは放置しないでね」

「気を付けるよ」

 さすがにごねずに頷いてくれた。

「ところで昨日の話だけどさ」

 朝ごはんをいつも通りのボリューム……いや昨日の夕御飯の残りもあるからいつも以上のボリュームをぺろりとたいらげた明人は、切り出した。

「昨日? フローやバグがどうのって話?」

「俺そんな話したか? とりあえずそれじゃない。何やら俺がひどい男認定されてるってやつだ」

 ああ、そういえばそんな話もあった。そのあとの体調不良発覚ですっかり忘れていた。

「んー、誤解なんだけどね。あとDVっていうのは私が言い過ぎただけで、実際はそこまででもないのよ」

 食後の紅茶を飲みながら、苦笑した。

「今の私の状況が、家では使用人のように扱われて、外に勤めもでたあげくに暴力ふるわれてるって見えるらしくて……えっと大丈夫?」

 頭を抱えているけど、昨日の熱がぶり返して、ではないだろう。ほぼ確実に今の話が原因だ。まあね。私も言いながら、あれ、そこまででもないって内容ではないなと思えてきたぐらいだ。

「ひどいな」

 明人からすればひどい言いがかりだろう。

 料理を始めとする家事は好きでやっていることだし、働いているのは私から希望したことだ。唯一歯形だけは誤解でなくひどいけど。

「普段は私のことをよく思ってない人にまで心配されたからねえ。集団ツンデレが怖かったわ。内容が誤解とはいえ心配してくれるのはありがたいけど……誤解だしね」

 集団ツンデレ、と明人は呟いた。

「ま、とりあえず。最後のだけは己の理性が及ぶ範囲で自制するよ」

「……もうしない、じゃないのね」

「出来ない約束はしない」

 胸をはって言うことなんだろうか。

「最初の二つは仕方ないだろう。放っておけばいい」

「でもそれだとアキが誤解されたままに」

「誤解じゃないだろ。俺たちの生活や思考は、ここでは異端なんだ。そう見える生活を俺たちは選んでいる。ただそれだけの話だ」

 異端、と呟いた。

「それが嫌ならこちらがあわせるしかない」

 洗浄だけですまさず毎日お風呂にはいる。湯船につかってほっと一息つく幸せを手放したくない。これは言わなきゃ分からないからどうとでもなるか。

 男爵の位をもらっておきながら人を雇わない。明文化されていなくても雇用の創出は持つものの義務だという考え方もある。ただ、必要性を感じないし私たちの暮らしに他者にはいってきてほしくない。そこまで資金が豊富でもないし。

 一応、男爵夫人と呼ばれる身でありながら家のあれこれを(取り仕切る、ではなく)行う。洗浄の魔法具があれば掃除洗濯洗い物すべて楽だしというのは私たちの感性。料理は気分転換になるし、作った食事を美味しそうに、そして幸せそうに食べる明人を見るのが嬉しい。一人暮らしが長かったので自分一人分の食事をつくる作業ではなく、大切な相手に喜んでもらえる楽しさもある。こきつかわれているのではなく、好きでやっていることだ。

 身分差を気にしない。物心ついた頃からそういう環境で育った、つまり肌感覚として身についた上で気にしないとは意味が違う。理屈では分かっていても感性が追い付いていないのが実情だ。

 他にもたくさんある。ひとつひとつあげていくまでもなく、私たちは異邦人だ。

 この世界の人たちが培ってきた文化、風習を否定はしないし出来る限り受け入れていくつもりはあるけど、完全に馴染んでいるとは到底言えない。

「そうね……異端ね」

 幸いは、世間が渡り人という存在を受け入れていて、かつ、私たちがそれだと知られていることか。普通と違う理由があれば一応の一定の納得は得られるから。

「俺と違って美弥は擬態がうまいから、相手も気になるんだろう」

「擬態って」

 誉めてないよね?

「その場に溶け込むのが上手いとも言う」

 明人は場の中心になる、あるいは作り出すひと。私は既存の場にひっそり溶け込んでいくタイプ。これは日本にいたころからかわりはない。そう考えると擬態は、まあ納得出来る……のかしら? していいの?

「風景に近いからこそ、ちょっと違うのが気になるってこと?」

「風景って、お前な」

「だってそういうことでしょ」

 擬態も風景も、五十歩百歩ではないだろうか。

「拗ねるなよ」

 明人は身を乗り出して、私の鼻を軽く摘まんだ。

「俺の評判なんか気にしなくていい。美弥がやりたいことを、好きにしろ。それが俺の望みだ」

 他人から何を言われても揺るぎない己を持っている明人が羨ましくもあり、あぶなっかしくもある。いつかそれに足をとられるのではないかと。

「じゃあ私が、貴族の奥方様って敬われてお屋敷で召使に囲まれて左うちわで優雅に生活したいわーって言ったら叶えてくれるの?」

 もちろん冗談だ。根が貧乏性の私は絶対に慣れないだろうなその生活。

「そうだなぁ……今すぐは資産的に無理だけど、一年以内なら……。うん、可能だな」

「……ゴメンナサイ冗談です」

 すごく真剣に考え込んだあげく、自信たっぷりに可能だと断言されるとおののく。冗談って分かってるよね……? 何をもって可能だと判断したのか、怖くて聞きたくない。本人は言った記憶ないけど、フローやバグ、構造化がどうのこうのといっていた今の仕事だろうか。……うん、考えるのやめよう。明人なりの冗談返しだろう。そうに違いない。そうだと思うことにしておく。

 好きにしろと言うのなら、好きにさせてもらおう。明人本人が気にもかけていない明人の評判だけど、そのままにしておくのは私が嫌だ。悪評の一因は外で働きたいと言いだした私でもあることだし。




 とはいえ私に出来る事はそう多くはない。

 先日に集団ツンデレをしてくれた人たちに、礼と「今は夫婦で力をあわせてこの世界に馴染んでいるところです。おかしなところがあればご指導お願いします」といった内容を伝えただけだ。ちなみに伝えた順番には気を使った。面子が大事な人々なので、誰に先に言うかも重要だったりする。そんなことで先方の気分を損ねてしまったら勿体ない。

 先方の気遣い(?)は何も解決していない言葉ではあったけれど、本人がそれでいいのならと納得されたようだ。「我々の評判を落とすような真似はくれぐれもしないように」といった一言が付け加えられることも何度かあったが、仕方ないだろう。


 ただ、この先どうやって暮らしていきたいのかを改めて考える必要性を感じた。

 自分たちの希望と、それが他人にどう見えるのか。その見え方でいいのか。ここに来たばかりの頃とは状況も異なっている。

 今の状況を続けていいのかも、考えないといけない。

 日本にいたころから将来を、仕事であればキャリアプランを考えるのが苦手だった私にはとても難題だ。

 でも当時とは違う。

 明人がいる。

 私だけの将来ではなく、二人の将来だから、共に考えるべきだ。私だけが、あるいは明人だけが抱え込むものではない。

 一人ではないというのは、素敵だなと思った。



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