4-1.
私が勤めている魔法騎士団は、魔法と渡り人関連を一手に扱う関係上、様々な部署が存在する。
その部署によって、貴族ばかりのところ、平民が多いところ、混在しているところなど様々だ。
分かりやすく言うと、利権の絡むところ(お金を動かせるところ)は貴族が多くて、詰め所の受付など一般市民と関わる機会が多いところは平民が多い。……ここは市じゃないから一般『市民』はおかしいか。王都だから都民? いや、それだと私には違う意味になってしまう。というのはどうでもよくて。
今から向かうのは魔法具を管轄しているところで、利権の大きな部署だ。魔法騎士団におけるエリート部署の一つだろう。つまりプライドの高い貴族様たちが多い。侯爵家の長男だとか、爵位を持っているとか、だ。それだけに旧態依然とした考え方を持つ人が多く、いまいち私のことをよく思っていないようだ。
万人に迎え入れられるなんてありえないから仕方ないんだけど。
とりあえず、部屋に入る前にはいつも深呼吸して気合いをいれるのが常になっている。
「失礼します」
明らかに他よりもランクの高い調度品の室内では、雑談が許される雰囲気ではない。あからさまに『よそものが入ってきた』的な視線が向けられるのだ。この場合の『よそ』は、他の部署を意味する。
一通りの必要なやりとりをすませれば、後は退室するだけだ。用もなく居残って、お互い不快な思いをする必要なんてない。
「……おい」
と、思っていたのだが。
退室するために扉に手をかけたところで、珍しく声をかけられた。
「はい、なんでしょうか?」
私に声をかけたのは、この部署の期待の若手で、確か……ナギーカ伯爵家の長男だったか。先代の伯爵がやり手で、何もない領地をワインの一大生産地にかえたため財産が凄いらしい。貴族社会って、基本は爵位と資産とコネだよなぁ……。
「あー、その、なんだ」
呼び止めたからには用事があるのだろう。
けれど言葉をためらうように、咳払いをして周囲に視線を向けて……スルーされた。どうやら何か私宛の用件を押しつけられたらしい。期待の若手だからね……このなかで一番若いから、そういうの押しつけられるよね。
私に出来るのは、急かすこと無く待つだけだ。
「俺たちはお前のことをよくは思っていない」
「……はあ」
知っていることだけにこれが本題ではないだろう。逆に本題だったら、あれほどためらうはずがない。
「だが、団長が認めた以上、我々の一員であるのは事実だ」
え、なにこのツンデレ展開。
先が読めなくて怖い。いったいこの先にどんな罠が!?
「……ありがとうございます」
「だからだな。その、何か困っていることがあれば多少のことなら相談にのってやろう。ありがたく思うように」
ツンデレにもほどがある! と内心おののいた事は表に出さない……出せない。
「お心遣いありがとうございます」
まずは謝意。理由が分からなくても、こちらを案じてくれているらしいのでこの一言は大事だ。
「今すぐに、特に何か……というのはありませんが、いずれかの機会でお力添えをお願いすることがあるかもしれません。その時はどうかよろしくお願いいたします」
困っていることって言われてもねぇ。
一番不便していることだからといって、米と醤油と味噌をくれといっても無理なのは分かりきっているし。
別に今すぐ相談にのってほしいことはない。
「え? 無いのか?」
「はい」
おかしいな。相手の反応は、私が何か困っているはずだという前提らしいけど……なんだろう? 本当に心当たりがない。
「まあ我々のような異性相手では難しいだろう」
困惑する若者に手をさしのべたのは、彼の上司だった。
「確か君はウォルコットの息女と親しかったな。一度彼女に相談するといい」
……説明という救いの手を私にもどうか差し伸べてください、と言える雰囲気ではなかった。
ジャパニーズ曖昧スマイルを浮かべて頷くのが精一杯だった。
「ということがあってね。それも三回も! 一体何がどうなっているか、知ってる?」
謎のツンデレ現象は、今日だけで複数あった。揃いも揃って貴族たちがそう言ってくるのが謎すぎる。
連続での集団ツンデレなんて、当事者としてはホラー展開に等しい。
終業前にシェイラに会えたので、廊下だけど疑問をぶつけてみた。
「ええ、もちろん。存じておりますわ。わたくしたち、互いに思うところはあっても団長の元に集う仲間であることにかわりはありませんもの。それが不当な扱いをうけたと知ったなら、当然のことですわ」
話の流れ的に、私が不当な扱いを受けているということだろうか。
というか多少のいざこざがあっても外敵に対しては一致団結して立ち向かうとか、どこの昭和の不良集団漫画だろうか。他人に厳しく内輪に優しいイメージがある。幸いにして知る機会がないまま、日本には戻れなくなったので実際のところがどうなのかは知らない。
「本当に心当たりがないんだけど」
「貴女は、虐待もしくは搾取されていると思われていますの」
「……なんで?」
驚きのあまり一瞬思考が停止した。
シェイラは、珍しく苦笑した。業務用笑顔ではなく、笑みはわりと貴重だ。感情を悟らせてはいけないという教育を受けてきたからだろうか。
「ほぼ毎日、貴女が食事を作っていると公言しましたわね」
急な残業を頼まれた時に「夫の食事を作らないと」と思わず呟いたのはつい先日のことだ。
「ええ。といっても、朝と夜だけで昼は外で食べてもらっているけれど」
それが何か?
お弁当は傷むといけないし、当面作る予定はない。
「仮にも男爵の地位にあるものが、料理人の一人も雇わず妻の立場にいるものを侍女や使用人のように扱うなど、もってのほかです」
……え。そうなっちゃうの?
明人に強制されたわけでもなく、私が好きにやっていることなんだけどな。
「それから。貴女がここにきているのも、あの男の甲斐性がないからと思われていますわね」
まあ、そこはねぇ……。明人に甲斐性はあるんだけど、私が希望したから。ただ、そう思われる可能性は分かっていた。これは想定に範囲内か。
「最後に。……今日のそれは、ひどいですわ」
「……どれ?」
眉をひそめてひどいと告げられたそれが、一体何なのか分からない。
格好を見直しても……普通だよね。第一、服装が変だったとしても私の評価が下がるだけで虐待だの搾取だのという話にはならない。
「鏡をご覧になれば分かりますわ」
家を出る前に鏡で全身チェックぐらいしたけれど……そう言われれば、再チェックしないわけにいかない。
「後で確認してみます」
「それがよろしいわ」
シェイラは鎖骨より上あたりを手でおさえるような仕草をしながら頷いた。そこに何かあるということだろう。
「さすがにこれは酷い」
帰宅した明人に苦情をいうと、「何いってるんだ?」的に首をかしげられた。私より仕草が可愛いとか、世の中不公平すぎる。
「美弥のことならなんでも分かる、と言いたいところだが。さすがに説明されないと分からない」
上着を脱ぎながら歩いてくる明人を、じとっと見上げた。
「心当たり、本当にないの?」
「ない」
即答するのだから、心当たりがないのは事実だろう。
怪訝そうに隣に座る明人からは、躊躇する気配も悪びれた様子もない。
「これ」
部屋着の首もとをくつろげて、明人と逆側、つまり右を示す。
「なんだ? ……って、ああ」
いつも職場に着ていくような服(ワンピースとシンプルなドレスの中間のような感じだ)であれば、普通にしていれば気づかない場所。だから朝の身だしなみチェックでは気づかなかった。
でも書類を抱えた拍子とか、ふとした瞬間に見えてしまう場所にあったのは……歯形だ。
誰がつけたかなんて考えるまでもない。
気づいた時には羞恥のあまり悲鳴をあげそうになった。
そりゃあこんなもの見えてしまったら、何か言いたくもなるだろう。
「見える場所じゃないだろう?」
「そういう問題じゃないわよ!」