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3-5.(終)


 私のプライベートがどうであれ、毎日は過ぎて行く。

 もちろん、仕事だって当たり前のようにやってくるのだ。


 コンコンと、二回ノックをしてから返事を待たずに扉をあける。

 魔法騎士団の執務エリアは中小会議室が並ぶ構成になっていて、部隊ごとに部屋をもっている。

 私の仕事は、各部屋を順番にまわっていくことから始まる。

「お疲れ様です。これ、届いていた連絡票です。確認お願いしますね」

 誰か特定の人ではなく、室内にいた全員にむけて告げる。といっても今は二人しかいない。

 確かここは、渡り人の保護とか観察といった部隊だ。外から渡り人関連の悩み相談も受け付けている。その関係上、詰所には二、三人は常駐させているはずだ。その関係か、一番平民が多い部隊でもある。一番私を歓迎してくれた部隊でもあった。

 あー、とも。うー、ともつかない返事が二人から返ってくる。

 連絡票とは、文字通り団内での連絡事項がかかれた帳票だ。団長名義で全部隊に通達されるものもあれば、部隊ごとに作業指示が出される場合もある。つまり届いたということは仕事が増えるということなので、うめき声が返ってくるのは……まあ仕方ないだろう。急ぎや重要なものは呼びだした上で通達されるので、連絡票の時点で至急ではないと分かっていても仕事が増えて嬉しい人は稀だろう。

「また仕事が増えるんですね……」

 ため息と共に連絡票に手を伸ばすのは、まだ年若い……十代半ばぐらいの少年だ。入団当初は初々しかったらしいが、今はかなりすれている。頑張れ青少年。

「これを頼む。あと、予算申請の作り方をカイルに教えてやってくれないか」

 部屋の奥から、もう一人の在室者である部隊長が声をかけた。

 渡されたのは、届けたのと同数ぐらいの書類たち。

「はい、確かに預かりました。……あ、これ計算間違ってますよ」

 そのうちの一枚、いわゆる今月の報告書が明細ごとの件数を足した合計があっていなかった。

 届ける前に、目で見てわかるミス……計算間違いや、記入漏れなどは極力指摘するようにしている。勿論分かる範囲でだけど。そうでないと、届けた先で突き返されて元の部屋に戻って、修正したものをまた届けて……と二度手間三度手間になるからだ。

 だから私に預けるのは、私が見ても大丈夫な書類に限ると団長名義で通達もされている。

「おいカイル」

 カイルというのが、青少年の名前だ。部隊長に呼ばれたカイル少年は気のりしない様子でやってきて、報告書を眺めた。考えること数秒。

「げっ。本当だ。すぐ新しいのを作ります!」

 一つ間違えると、一から作り直しになってしまうのが大変そうだ。仕方ないか。修正ペンもないし、取り消し線を引いて訂正印を押す習慣もないのだから。そもそも公的文書だから修正ペンが存在していたとしてもありえない。

「せっかく作ったのになぁ」

 肩を落としてカイル少年は席に戻っていった。

「すまんな」

 そもそも部隊長が気付いてあげればいいのではと思うけれど、彼の手元にも大量の書類があるので細かいところまでは見ていられないのだろう。

「いえいえ。それで予算申請の作り方ですが……まずは他の部屋をまわらないといけないんです。後でもいいですか? あと私が教えられるのはあくまでも形式についてなので、内容までは難しいです」

 出社(会社じゃないので、出団?)したばかりだから、やるべきことがたくさんあって一つの部屋に長居は出来ない。

 私の仕事は、まずたまっていた各種書類を部隊ごとに届けに行く事から始まる。その時、他の部隊宛の書類も預かっていく。預かった書類はその日中に宛先部隊に届けることになっているので効率よくあちこちまわらなくてはいけない。要するに書類チェックもする社内便みたいなものだ。今みたいに作り方や、簡単な調べごとを頼まれることもある。

 その程度のことに非常勤とはいえ人を雇うのも凄い話しだなと思うけれど、予想以上に好評だ。教えるのはともかく、書類を届けることは簡単そうに見えて案外時間をとられていたので楽になったと言われた時には「ああ、電子メールって偉大だったのね」と実感したものだ。あれならすぐ届くからねぇ。あと、届けた先で用事を押しつけられることが多い部隊(特に平民の多いここ)からは、それがなくなったと感謝されたりもした。

「形式だけでも充分だ。じゃあ後で頼む」

「承知しました。あと、こちらに署名お願いします」

 見せたのは自作のチェックシートだ。仕事を始めてすぐに何もなしではヤバイと慌てて作った。

 何故って、渡した・預かっていないのやりとりが発生しかねない業務なので自衛のためだ。

 届けたものは作成済みの一覧に、預かったものはその場で一覧を作って、それぞれサインをもらうのだ。

 馴染みのない仕組みに当初は現場レベルで難色を示された(めんどくさい、こんな書類受け取りたくない、が主な理由だったのはいかがなものか。)けれど、そこは団長にお願いをしてトップダウンで周知してもらった。

 終業時にその日の一覧を提出して帰るので、これが私の作業実績にもなる。

 今までにない立場での仕事になるので、何かしら目に見える形の実績が必要だから団としても丁度良かったらしい。

「そういえば、この前団長から依頼のあった、渡り人の元の世界についての考察は……入ってないですよね。まだ出されていないと聞いていますが」

 私が出勤していない日にどういう書類が出されたのかは簡単に確認してから各部屋をまわっている。

「……」

 視線がそらされた。つまりまだ手つかずだ。

「期限は今日中ですよ。予算申請の形式の件で後ほど来ますので、その時に受け取れるよう、よろしくお願いしますね」




 こんな感じで各部屋をまわって……中には女だからという理由だったり、私が気に入らない人は嫌味を言ってくる人もいたりするけれど概ね平和に過ごす中、シェイラに会った。

「先日の件ですが。首謀者からはもう行動に起こさないこと、また、同じようなことをしそうな者を牽制することの言質はとりました」

 シェイラからそう告げられた時、思わず脳内でカレンダーを確認した。

「ず、随分早いのね……」

 だって、私が相談を持ちかけてから三日しかたっていない。前回の私の出勤日だったから間違いない。

「わたくし達の世界は、案外狭いものですわ」

 ところで、とシェイラは言葉を続けた。

「関連して報告と忠告がありますの。今日はお時間大丈夫かしら?」

 報告と……忠告?

「それほど遅くならなければ大丈夫よ」

 夕食の支度はある程度出来ているので、後は仕上げだけだ。だから明人を待たせることもない。何よりも忠告が気になった。

 こういう時、携帯やスマートフォンが懐かしい。一言『シェイラとお茶するから帰るの遅れます』とメール出来るだけで、気が楽なのになぁ。一方的に文字を送るだけの機能でいいから何かないのかしら。





「今回の件は、要するに嫉妬から起きたものです」

 前回話を聞いてもらった時と同じお店に入る。先に仕事を終えていたシェイラが頼んでいたのと同じお茶を注文するとほぼ同時に言われた。相変わらずシェイラは前置きとかすっとばして本題に入る。その率直さはありがたい。

「……はあ」

 とはいえ、嫉妬と言われてもピンと来ない。

 私が受けてきた嫉妬は明人関連だけだ。でも今回はそうじゃない。だとすると……何に対する嫉妬?

「わたくしたちの団長はとても素晴らしい方です」

 分かっていない私に諭すように、シェイラは言う。シェイラは単なる団長ではなく『わたくしたちの団長』と言う事が多い。団長がトップに立つ組織の一員であることに誇りを持っているのが伝わってくる。

「人として素晴らしいだけでなく、容姿も地位も財産もすべて持ち合わせている方でしょう。懸想する女性はとても多いんですのよ」

 そりゃまあ多いでしょうね。独身だし。なんとなくお買い得物件すぎて肉食ご令嬢たちに狙われたあげく誰も選べず身動きとれなくなっているように見えなくもない。

「ですから、団長の近くにいる貴女に嫉妬が向けられたのですわ」

「……私、既婚者ですけど」

 私が独身だというのなら、まだ分かる。団長狙いで氏素性のよく分からない女が近づいたと警戒されるのも自然といっていいだろう。

「近くにいるだけで、羨望の対象になりますわ」

「貴女も?」

「……魔法騎士団に入りたい……いいえ、正確には、団長の元にいたいと願う者は数多くいます」

 問いには直接答えられなかった。

「けれど、魔法騎士団は入団資格に『魔法を使えること』があります。それも一定以上の能力が必要です。洗浄の魔法具を作れる程度ではとても団員資格に足りません。ましてや彼女たちの身分では働くことに難色をしめす家ばかり。魔法騎士団では女性も受け入れているとはいえ、理解に乏しい家は少なくありません」

 言いたいことが分かってきた。

「魔法を使えないのに、そして一応貴族なのに、団に入った私が妬ましいということね?」

「ええ」

 なるほど。これは納得が出来る。

 私が既婚だとかは関係なく、入団できたことが問題なのだ。

 思い返せば最初のメッセージは「貴女にはもったいない」だった。次は「身の程をわきまえなさい」だ。

 一般には私はただの渡り人ということになっている。渡り人であることも入団資格の一つだけれど、そこよりも『魔法を使えないくせに入団した』事に目がむけられるのだ。明人のおかげで男爵夫人なんて身分を得られているけれども、本来渡り人は平民扱いだ。平民であれば女が働くのは自然ってならないのかしら。よく分からない。

「今回の首謀者には、渡り人であることも資格であると教えましたし、貴女が行っている業務が彼女たちには出来ないことも説明しました」

 なぜ出来ないのか。

 それは簡単で、相手が誰であろうと……つまり平民だろうと「この書類を仕上げてください」などのお願いをするからだ。自分が悪い訳でもないのに身分が下のものに「指示」ではなく「お願い」するのは産まれた時から階級社会で貴族という立場にいたひとには難しいそうだ。しかも自分のせいで提出が遅れているのでもないとなれば、尚更だ。だからといって高飛車に命じるだけでは、相手の気分を損ねて余計後回しにされてしまう。

 私としては、そんなこと言ってられないし、書類を出さない人はとことん出さないと知っているので特に気にならない。正直、こんな社会人経験はいらないと思う。

「全く同じ事が出来るのならわたくしが推薦しますと申し上げたところ、皆様揃って辞退なさいました。貴女の行いが団にとって……いいえ、団長にとって有益なこと、同じ事が出来る人が少ない事を皆様ご理解いただけましたわ」

「……ありがとう?」

 素直に感謝を述べられないのは、若干不穏なニュアンスだったから。理解してもらえたじゃなくて、理解させたじゃないの……?

「皆様団長に迷惑をかけようなどと考える愚か者ではありませんから。今の団には貴女が必要だと説明すれば、もうしない、周りも止めると口をそろえてくださいました。そのかわり、団長には報告しないという交換条件をつけました。事後承諾になりますが、よろしいかしら?」

「ええ。こういうことがもう起きないのなら、十分よ」

 それ以上望んだりはしない。

 というか、いったいどんな説明をしたのか……恐ろしいので知りたくない。

 シェイラがうまくとりなしてくれた。そこだけ分かれば十分だ。うん。

「わたくし、貴女には感謝していますのよ」

「そうなの?」

 私が感謝するのではなく、されるの? 今回の件では私が一方的に力を借りた立場よね?

 シェイラはうっすら笑いながら、言葉を続ける。……あの、怖いんですけど。

「自分は何も出来ない癖に、団長のお傍に居たいとだけ主張する者たちに、道理を説明することが出来ましたもの。感謝してもしたりませんわ」

 ……さ、さようでございますか。

「彼女たちは団長に知られるのをとても恐れていますわ。それなら証拠を残すような行動を起こすべきではないと思いませんこと?」

「……ソウデスネ」

「でも、まあ下手なことをしなければ良いのに、行動に出てしまうところが可愛らしいと言えなくもないかしら」

「……ソウカモシレマセンネ」

「何もしなければ黙っているということは、何も出来ないと同じです。これでもう彼女たちは自由に動けないでしょう。それだけの材料を提供してくれた貴女には本当に感謝していますわ」

「……ソウデスカ」

 カタコトの対応になってしまうのは仕方ないだろう。

 私のおざなりな反応なんて気にもとめず、シェイラは機嫌よく言葉を続けた。余程鬱憤がたまっていたらしい。

「これからも何かあれば、わたくしに声をかけてくださいね」

「……何事もないといいなぁと心の底から思っているところよ」

「まあ。それもそうですわね」

 ええ、そうですとも。

「では忠告を。三通目の『みんな迷惑している』を覚えているかしら?」

「もちろん」

「書かれていた皆というのは、あの男の同僚の何名かだそうですわ」

 シェイラの言う『あの男』は、明人のことだ。

「どういうこと?」

「貴女がうちに来る前に、あの男と諍いを起こしたでしょう」

「……ええ」

 それについてはティアに相談(?)もしているし、隠してはいない。直接シェイラに話してはいないけれど知っていても不思議はなかった。

「情けないことにあの男はそれが原因で、仕事の効率がとても悪くなったとか」

 ……そういえば、一日凹んでたって言ってたっけ。

「わたくしには理解できないことに、あの男はそれなりに周囲に認められているそうですわね」

 まあそうでしょうね。人たらしにかけては(私のなかで)定評のある明人のことだ。一緒に仕事をしている仲間からの人望ぐらいあっさり得てくるだろう。

「それが、貴女との諍いでひどく乱れた。それが『迷惑』です」

 迷惑というか……いや、迷惑か。仕事の効率を極端に落とすのは、職場に迷惑をかけたことになる。

「わたくしからすれば、あの男がかけた迷惑でしかないのだけれど……彼らは原因となった貴女を逆恨みしているようです。何故なら……」

「夜会で会った私が、明人に釣り合っていないから?」

 シェイラは微笑むことで肯定をした。

 例えば。私がシェイラぐらいの美人だったら、明人が翻弄されるのも致し方ないと思われるのだろう。けれど実際の私はごく普通の女だ。

「愚かな男の誰かから、彼女たちは話を聞いてあの文面に繋がったそうよ」

 夜会で、会って会話をしたのはハーゲスト伯爵夫妻と、エーリヒ・ノガイトだけだ。でも明人の隣にずっと立っていた私を見かけた人は多いだろう。誰が、と特定するのは難しい。

「逆恨みや、見当違いの八つ当たりでしかありません。でも貴女に悪感情を持っている者があの男の周りにはいると覚えておいたほうがよろしいのではという忠告です」

「ありがとう」

 でもそこに関しては慣れているかな。

「それから。貴女、もう少し女を磨きなさい」

「……え?」

 どうしてそうなる?

「夜会での貴女を見かけましたが、随分みすぼらしい格好だったではありませんか」

 みすぼらしい……まではいかないと思う……思いたい。

「ただお金をかければよいというものではありません。似合うものを身につけて己に自信を持てばいいだけですわ」

 簡単に言うけどさぁ。

「卑屈になっているのが見て分かります。そういうところが愚かな男たちに付け込まれるのです」

 これもシェイラなりの忠告なのだろう。

 卑屈……うん、卑屈ね……。少なくとも私は自分の外見に自信なんてかけらも持っていない。だって隣にいるのは明人だし、こちらに来て知り合った最初の女性は超絶美人なシェイラなのだ。マガトだって黙っていればそこそこ美形だし団長なんて言うまでもない。

「貴女を卑屈にさせる原因があの男なら、さっさと別れてしまいなさい」

「それはお断りします」

 私の回答は予想通りだったのだろう。呆れたように小さく笑うだけだった。





 どこまで明人に話すべきか。

 シェイラとわかれて帰宅してからもずっと考えていた。

 まず解決したこと。これは報告すべきだ。実行犯らしき女性たちの動機も問題ないだろう。

 悩むのはシェイラからの忠告部分だ。

 隠し事は、もし知られた時のダメージが大きい。でも……正直なところ、話したい内容ではなかった。言えば、きっと明人は自分を責める。そうと分かっていて告げるのはどうなのか。

「……弥? 美弥!」

 不意に耳元で名前を呼ばれて……同時に肩に手を置かれて、びっくりした。

「え? ……アキったらいつの間に帰ってたの」

 居間のソファに座って考え事している間に、明人が帰宅していたようだ。

「何度も声かけたぞ。反応ないから焦った」

 心配そうに顔をのぞきこむ明人に、なんでもないと笑ってみせる。

「ちょっとね……考え事してたの」

「どんな?」

「食後にでも聞いてもらおうかしら。ご飯の準備がまだなの。すぐ用意出来るから、着替えて待っててくれる?」

 立ち上がって台所のほうに行こうとしたら、腕を掴まれて再度ソファに座らされた。

「今聞く」

「まだうまく自分のなかでまとまっていないのよ」

 どこまで話すかを。

「まとまっていなくていい」

「いや、私の気持ちの問題がありましてね」

「自分から話すのと、聞きだされるの、好きな方を選んでいいぞ」

 私をソファに抑え込んだまま、明人は器用に上着を脱ぐ。ああ、そのまま放り出して……皺になるじゃないの。汚れは簡単にとれても、皺は汚れじゃないからとるの大変なのに。

「俺の話、聞いてるか?」

 上着に意識が向いているのが気にくわないのか、明人の声が少し下がった。

「その前に私の話、聞いてる?」

 まだうまくまとまっていない、という言葉を。

「だから聞くって言ってるじゃないか」

 そっちじゃない。

 こっちはどうすれば明人のためになるだろうかって悩んでいるのに一方的に聞き出そうとする態度に苛っとした。それはストレートに明人に伝わったようで、怯んだように視線を僅かにそらした。

「……悪い。でも心配なんだ」

 心配なら何をしてもいいって訳じゃない。

 己の非を認めながらも引く気配のない明人に、ため息をついた。意地を張ったところで得るものはない。明人がひかないのなら……私が大人の対応をするだけだ。

 掴まれていない方の腕を伸ばして、抱擁を催促する。

 本人に自覚があるかどうかは分からないけれど、私はアキの欠点なんだなぁと実感する。

 弱点でもあるだろうけれど、それ以上に欠点。

 最近、嫉妬以外で明人の周りから私を排除したい人の気持ちが分かってきた。

 頭の回転がはやくて、行動力もあって、判断も的確で。なんでも卒なくこなす明人がおかしくなるのは私が絡む時だ。いきなり監禁したいとか言いだすし、今みたいに駄目だと分かっている言動もやめようとしない。勝手に明人に理想を託したり夢をみている人からすれば、そりゃあ私は邪魔だろう。……分かるだけで、同意は決してしないけど。

 だって、そうした場合満足するのは『自分の考える最高の工藤明人』を見たい人だけで、明人は幸せにならない。他人よりも、明人や自分のほうが大事に決まっている。考えるまでもない。

 どれだけかっこよくて、ハイスペックであっても、万能じゃない。精神的に弱さを見せる時だってあるし、欠点もある。それがなかったら人間じゃないし、成長だってしない。明人は凄い人だけど、凄いだけではなくてちゃんと人間なんだと分かると安心する。私と同じところに立っている人だ。

「その心配が解消される話よ。例のお手紙の件、シェイラが解決してくれたって報告してくれたの」

「……そうか。良かった」

「分かれば簡単な話だったわ。魔法騎士団に入りたくても魔法の才能がなくて入れない団長ラブなお嬢さん達が、魔法が使えない私が入団したのが気にくわないって事だったそうよ。でもシェイラが話をつけてくれたからもう二度としないと言ってくれたそうだから大丈夫なの」

 早口に告げると、明人は抱擁をといて至近距離で視線をあわせてきた。

 私はソファに座っているからいいけれど、明人の態勢って随分腹筋に負担かかってるよね……そんな馬鹿なことを考えなければ落ち着かないレベルの至近距離だ。視線をそらすことを許してもくれない。

 美人は三日で飽きるなんていうのは嘘だと身をもって実感する。毎日見ているけれど飽きるなんてとんでもない。ただ眺めているだけでは気付けないけれど、少しずつ表情も違うのだ。

 明人の行動力も、頭の良さも、案外駄目な人なところも、顔も。全部好きだなぁって思う。結局のところ、惚れた弱みの一言につきるのだ。

「それから……」

 明人の眼差しが。表情が。ただ強引に話を聞き出そうとするだけなら、黙っていたかもしれない。

 でも……卑怯だ。あんな、捨てられた犬みたいな目で見られたら、話すしかないじゃないか。どうせ私が隠し事したって明人は気付くんだから一緒だよねというのはただの言い訳な自覚はあった。




「……ということらしいから、とりあえず公私混同せずに、お仕事頑張ってね」

 話し終えると、明人はがっくりとうなだれた。いや、話の途中からか。

 慰めるように、肩に押し付けられている明人の頭をぽんぽんと叩く。

「……すまん」

「個人の感想としては、嬉しいって気持ちもあるんだけどね。社会人としてはどうよとも思うかしら。同僚が職場にプライベートを持ち込むのって迷惑でしょ」

 彼女とラブラブな時期は機嫌よく仕事を引き受けるのに、喧嘩すると引きうけたものすら拒否しはじめる後輩がいたのを思い出す。人間なので一切持ち込むなとは言えないけれど、物事には限度がある。

「まったくだ」

 深くため息をついて。それで切り替えたらしい。

 明人は顔をあげた。

「だが、あの女の言うことももっともだ。卑屈というよりは……思い込みとか諦観だけどな」

「……ええと?」

 シェイラからの忠告……女を磨けという話の部分か。

「確かに、誰もが振り返る絶世の美女ではない」

 そんなこと断言されなくたって知っている。

「でも美弥は可愛いよ」

「……そ、それは」

 真顔でこんなセリフを告げられても困る。

「惚れた弱みとか、身内の欲目とかでしょ」

「全くないとは言わないが、違うぞ。でもすぐに受け入れるほどお前の思い込みが単純なものじゃないのも知ってる」

 だからと明人は言葉を続けた。何故か嫣然とした笑みを浮かべながら。

 いつもなら今さら私をたらしてどうするんだと内心呟きながらも見とれる顔なのに、嫌な予感がして思わず後ずさった。といってもソファに座っているので、逃げる効果はないどころか明人の狩猟スイッチをオンにしただけだった。

「俺に一カ月くれないか」

「ええと?」

 何を?

「難しい話でもめんどくさい話でもない。俺がお前の努力を奪う話でもない。ただ、ほんの少し手助けをするだけだ。あるいは成功例を見せるだけ」

「あの……話が見えないんだけど」

「美弥は可愛いのに、思い込みで損をしている。だからその思い込みを取り払う作業だけさせてくれって話だよ」

 悪い話じゃないだろう? と問われて、頷きそうになるところを思いとどまる。確かにこれだけ聞くと悪い話どころかいい話に聞こえる。断る理由もなさそうだ。だけど……相手は明人なのだ。こっちの常識を軽々とこえてしまう人物だと忘れてはいけない。

 今の穏やかで平和な日々を維持するには、却下一択だろう。

「お断りしま……」

「うん?」

「…………せん。ヨロシクオネガイシマス……」

 口角を少しあげて、まさか断らないよな? と無言で告げてくる明人に負けてしまった……。



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