証拠隠滅
「うわ~、死体とはいえ平気に物を漁るなんて……うさ男は一体どういう教育を受けたのかしら」
「俺としては 遺体をまじまじ見詰めていたお前の神経を疑うがな。……お、あった。ほら、魔法制御装置だ。着けろ」
「うふぇ~、血がベッタリ付着してるけど 呪われた装備と化してないよね? 教会までずっと装備しとかなアカンとかわたし嫌だぞ」
「呪われていたとしてもお前のステータスがそれ以上酷くなる事はねーよ。つかお前自体が呪われてるだろ」
「張り倒すぞ」
地下に再び戻り主……、遺体の男の手首にあるブレスレット型の魔法制御装置を渡すとあずきは嫌々な顔を浮かべ受け取った。血が付着しているなら洗い落とせばいいだろうが。
嫌そうな顔をするも あの商人に新たに注文する気はないし、偽物を掴まされるだけだ。それにこの良質な魔法制御装置以上の代物はそうそうない。諦めてその魔法制御装置を装着しろと言えば ようやくあずきは 落ちていた布で血を拭い、ブレスレット型の魔法制御装置を右手首に通した。
魔法制御装置は所有者の低ければ魔力を高め、高ければ魔力を低める効果がある。遺体の男は魔力を高める為にこの魔法制御装置を所持していたが 今回は逆だ。技は弱くても魔法のステータスの高さによれば威力は天災を越える。良質といっても限度があるが、無いよりはマシだろう。
他に何かないかと漁っていればあずきがふと疑問を抱いたのであろう、疑問を口にしてきた。
「ね、なんであの商人が来る前に殺したの? 血が衣類に付着するし臭いもつくしで商人が来た後で殺っちゃった方が効率的にはいいと思うんだけど?」
「俺としても、本当なら あの商人が来た後に遺体を片付けておきたかったんだがな、こいつの思い付きで午後に始める筈だった召喚の儀式を先に繰り越したから仕方無く予定を早めたんだ」
商人に頼んでいた、召喚した際に相手のステータスを確認する体能石が一個出てきてしまい、待つことを知らないあいつが実験体を用意しておきたいが為に召喚の儀式を行った。本当ならば返り血を洗い流すシャワーは一回で済む計算だったが狂わされてしまったのだ。
立ち上がりながら遺体の男を軽蔑の眼差しを向けたが いつまでもこのままにしておく訳にもいかない。俺は話題を変えようとさてと、と口にした。
「欲しいものは拝借できたし 遺体を片付けるか」
「そうだね。遺体って、死後1時間内外から腐敗し始めるもんね。着色料が含まれてる食べ物食べてるなら腐り難いけど、腸で包まれたウィンナーとかからして着色料を含んでいる食べ物はなさそうだし、胃に食べ物が入ってたら更に腐敗が進行しやすくなるからさっさと片付けた方がいいよね」
「お前ホントなんでそんな事知ってんの?」
(草食の魔物なので肉の知識は皆無だった)俺が知らない黒い知識をぺらぺら述べるあずきに俺はドン引きする。あずきは「お母さまからお聞きになりましたの」と口を隠しながらおほほと笑う。こいつの母親は葬儀屋か軍人か?身なりからしてそうそう死とは無関係な場所にいると思っていたが ここまで詳しいと気味が悪くなる。
“ちゃくしょくりょう”とやらは知らないが それがあったなら腐敗の進行が遅かったという事は分かった。何処に売られているかは知らないが。
「で、どうやってこれ始末すんの? 森に捨てるなら人目は大丈夫そうだけど、地中に埋めるならこの辺木の根っことか邪魔だし、燃やすのなら灯油があれば楽だけど 森に引火する可能性あるし臭いが酷い。川に流すのも途中陸に上がる場合もあるし首の傷は隠せない。腐敗ガスで浮くし、浮かなくするなら腹を引き裂く必要がある。
一番良好な手段はドラム缶にコンクリート流して埋めるのだね。臭いはないし隠しやすい。けど、この家にあんの? セメント」
「お前人殺したことあんの?」
平然とした顔で遺体の処理法を考えているあずきに対しての殺人疑惑が更に浮上する。
俺、遺体は焼却炉で普通に燃やそうとしてたわ。
骨は砕いて川に流せばなんとかなる程度に考えていたが そうか、遺体を燃やせば臭いが酷いのか。野菜や果物しか食わない俺にはそこまでの知識は無かったわ。調べようにも書庫にその系統の本はねーしな。頼むのもナシ。企みがあの商人にバレる。こいつは最後に良い遺体遺棄マニュアル《置き土産》を遺してくれたな。そこだけは誉めてやろう。
俺はふと、最近煉瓦の塗り直しをしたのを思い出した。
「いや、セメントならある。前に脆くなった煉瓦を新たに詰めた時の残りが」
「じゃあ一番手軽なコンクリート用法でいくか。ドラム缶は………樽で代用すればいっか。取り敢えず 遺体の男を樽に入れて外に運ぼう……あー、入るかな? (遺体を)バラす必要あるかな?」
近くにあった予備の白衣を羽織り、遺体を隠そうと鼻歌ながら魔石やらが入った樽を漁るその姿にもはやプロの域だと感じる。お前、絶対前科あんだろこれ。
残りが少なかった樽を発見すると手伝えと言われたので加勢することにした。こいつすぐに殺さなくて良かったな。俺じゃあ何処かに埋める程度で済まそうとしていたからな、臭いでバレてたかもしれない。
そんな事を感じながらも中身を取り出し 樽に遺体を押し込める。
「問題は何処に隠すかだねー。セメント入れたら重くなって運び出すの困難だから ここにしようと決めた場所でセメントを流さなきゃ」
「森は根っこがあって掘りにくいんだろ? なら庭かこの下に穴を掘って埋めるか」
「んー………それなら人が来ない限り見付からないけど、幽霊とか出たら怖いなぁ」
俺はお前が怖いがな。
俺は内心ひっそり呟きながらも「あー…でも、この地下に埋める方が得策だね。うん、埋めよう。で、盛り塩だ」と言い鶴嘴やシャベルの場所を聞き出しスタコラと駆けていくのを見届け、俺は男の遺体に目を向けた。
生きている分けないのに、自然と遺体の死んだ魚の様な目が俺を見ているような気がした。
「…………お前が悪いんだからな」
恨むなら自分の過ちを怨め。
そんな言葉、届くはずないのは分かりきっていたが 俺は何故か声に出していた。
あずきの「重い! うさ男運ぶの手伝えや!」という声を聞き、俺は何事も無かったかのように声の方向へと歩き出した。