殺害の理由
目の前の男は人の姿はしているが アルビット族という稀少種の魔物で、姿はアルビノの兎の姿をした魔物(という設定)らしい。
元々は魔物達が住む異世界の森のなかでひっそり暮らしていたらしいが 召喚士である あの遺体のおっさんに召喚され、無理矢理不平等な契約を結ばされ 元の名を縛られ仮の名を与えられた(という設定)らしい。
稀少種だった男は珍重され奴隷として働いていたが 他の魔物達は おっさんに召喚されては魔法の実験体として殺していたらしい。
見るも堪えない 魔物の骸の片付けをしていた男のSUN値は日に日に増し続け 本日爆発。おっさんが新たに実験体を召喚しようとしていた所をスニークキル(息を殺し、相手に気づかれないように背後に回り喉を切る技(という設定)らしい)。
見事 男はおっさんから自由の身になった(という設定らしい)。やったね ○うちゃん!自由の身だよ!
だが、おっさんを契約を破棄させず殺した事により 男は大きな罰を受けた(という設定)。今確認出来ている罰は二つ。
不平等な契約にあった 《召喚士の命なく勝手に送還することを禁ずる》 のせいで、男は おっさんの命か、契約を破棄しなければ元の世界には帰ることが出来ず、おっさんが死んでも 契約は持続されているらしく、男はこれからも元の世界に帰ることが出来なくなったという(設定)事が一つ。これは目に見えていた罰だと男は言う。
もう一つは、元の名を名乗った所で伝わらない事だ。契約を破棄する際に召喚士はその契約した魔物の真名を口にし 契約を破棄する事を宣言する。だから、真名を名乗ろうとしたら 名前が聞き取れなかったのだと男は言う。
また、「おっさんに与えられた名前を言えば? 呼び名はないと不便だし」と指摘しても 男はおっさんから与えられた名なんか口にしたくもないし思い出したくもないと毒を吐いた。その様子からして余程嫌いだそうな。
「ふーん……で、なんでわたし達はこんな場所に立ってるの? 傘がないお父さんに傘を届ける訳でも、ネコのバスを待っている訳でもないんでしょ? つか、うさ男遺体片付けなくていいの」
「重い話だったのに無反応かよ。元ネタが分からないから前半はすっとばすが、うさ男ってもしかして俺のことを示してんのか?」
わたしはまだ殺さない宣言をされた後、一応道となっている周囲には木製のリアカーと、日や雨を遮る小屋とバス停みたいなボロボロの棒切れが地面に生えている場所に連れて来られた。
男こと、うさ男(わたし命名)に疑問を言えば 眉間にシワを寄せたうさ男にわたしは少し気分を悪くする。まるで、昼ドラの「わたしの事なんかホントはどうでもいいんでしょ!」と端からしたら面倒臭い台詞が篭った眼差しをわたしに向けてくる。
失敬な。わたしは設定だとしても、一応 うさ男の境遇には憐れみを抱いているつもりだ。例え設定でも。
だが、他人から聞いた話はニュースの犯罪や事故で人が死んだと聞いたのと同様の心境でしかない。
可哀想だと思っても 悲願にも近場でなければ行かないだろうし、特に気にする事なく わたしはその日を過ごすだろう。最も身に染みるのは 亡くなったのが友達や知人である、または 近場で痕跡が痛々しく残っている場合にのみ 死を間近にし死者に祈りを捧げる。
そもそも、うさ男は同情してほしいと考えていないだろうが。同情したらしたらで昼ドラにある「アンタにわたしの何が分かるって言うのよ! 同情なんてしないで!」を吐かれるのは目に見えている。なら、地雷を踏みに行くのは避けるべきだ。
「だって呼び名がなければ不便でしょ。 兎で男だからうさ男。実にシンプルかつ呼びやすい名だと思うけど」
「シンプルは度を過ぎれば適当だからな…………って、来たか」
呆れた顔をしたうさ男。風も吹いていないのに 長い左右の髪が揺れたと思ったら うさ男はわたしに三つの事を指示した。
おっさんを殺した事をバラすな、
基本話さず 話題を振られた時にだけ話をしろ、
背後を見せるな、という事だった。
バラすなと話題を振られた時にだけ話をしろというのは それをした瞬間、俺はお前を殺すという脅迫での命令。背後を見せるなとは札の事なんだろうなぁ。そう思いながらわたしは背中に貼られているであろう札を思い浮かべた。
わたしの背中には魔封じの札というものが貼られている。手足の縄は解いてくれた。縄の痕は長袖や靴下等で隠されて 捲らない限りは見えないだろう。
けど、札だけはどうしても取ってくれなかった。額に貼ると不審だからと背中に貼られたのだ。
うさ男が命令した数分後、がらがらと木製の車輪が地面を転がる音と、パッカパッカと馬の蹄が聞こえてきた。音がした方向を見詰めていたら 何が来ているのか分かって、わたしは少し興奮した。それは西欧劇に出できそうな白い布で覆われた荷馬車だった。
わたしが住む時代はもはや鉄(車)が走っているから中々お目にかかれない荷馬車と二匹の馬。
その二匹の馬の手綱を握るのはお世辞にも良い印象がしない ローブで頭を覆っている根暗そうな中年男性。
肌は労働で日に焼けて小麦色で頬がこけている。目付きも厳つく 頑固で猛々しそうな印象を抱いた。怒らしたら長い説教をされそう。わたしは素直に黙っていることにした。
うさ男に気付いた男は嫌なものを見たと言わんばかりに顔を顰め、私たちの前で止まった。
「………待たせたな。金はちゃんと持っているのか」
謝罪するもなんら悪気がないぶっきらぼうな声。その態度に怯えながら不快感を抱くが うさ男はこれといって気にしてなさそうに「あぁ、勿論」と財布であろう袋をちらつかせた。
男はよっこいしょと荷馬車から降り、わたしの方を見た。
「こいつは」
「主人の遠い親戚だそうだ。暇だからと着いてきた」
それは違うよ! 連れて来られたんだよ!
否定したかったが わたしにのみ見せるポケットに入っているサバイバルナイフが視界に入り 否定の言葉を飲み込んだ。しかし、やられっぱなしは趣味じゃない。サバイバルナイフを握っている腕をぎゅっと掴み中年男性に挨拶をした。
「あ、あずきです! は、はじめまして…」
「あぁ、そうかい」
中年は子供相手に愛想笑いをせず、寧ろ疲れきった顔をして応じた。くっそ、大体この中年なんなの。
あずきは 色々言いたいことはあるがうさ男から喋るなと言われたので歯軋りに留めておいた。
中年男性はあずきの睨みに気づいていないのか白い布で覆われた荷馬車からリアカーに次々と樽やら鉱物が入った木箱やらを積んでいく。どうやらこの中年男性は商人のようだ。運び終えたのか「運送料とあわせて、銀貨24枚だ」と うさ男に金であろう銀貨を要求した。
「前回より高くなってないか」
「鉱山から魔石が取れなくなってきているんだ 当然だろ」
前回よりということは 会話からして、前回も全く同じものを購入したのだろうか。うさ男は中年男性を暫く見ていたが 仕方がないと袋から銀貨を取り出し 中年男性に渡した。
「それから、次回にこの娘に合いそうな服を何着か持ってきてくれると有り難い。遊び回って持ってきていた服が泥だらけなんだ」
「うちはお前さんの パシリじゃないんだがねぇ?」
「…………主からの伝言だ」
顔を歪ませた中年男性は隠す事なく舌打ちをし、奪い取る様に銀貨を受け取った。中年男性はすたすたと荷馬車に乗り込み手綱を握る。
「魔物風情が さっさとくたばっちまえ」
痰を吐き捨てる様に言い放った中年男性は馬を走らせた。
荷馬車と馬の足音が聞こえなくなってから数秒後、わたしはうさ男の足を蹴りあげた。
「何だよあの偉っそうな態度はあああぁぁぁぁぁ!!」
「おっさんは人間の間では有名な召喚士だったらしく、国王にも認められて富と研究が出来る広い敷地………この山とあの家を貰ったんだ。人がいない山なら多少野蛮な事をしても表沙汰にならないからな。で、あの人はおっさんがこの家に住み始めてからずっと物資を運んでもらっている。つか蹴るの止めろ」
「に、しては愛想悪! こっちはお客様だってのに」
「ぼったくって金がちゃんと貰えるが手間暇が掛かるからな。朝早くからこの場所に向かっているから正直止めたいんだろ。それにアイツは魔物が嫌いだからな。俺に会いたくないんだろう。だから蹴るの止めろ」
うさ男はいい加減うざく感じたのかわたしの頭を掴み爪を食い込ませた。痛い!
「に、してもお前力弱くないか? 蹴られても全然痛くなかったんだが」
「痛くないなら蹴らせろよ!………て、あだだだだだだ!!」
確かにうさ男はわたしが蹴っても痛がる所か服が汚れるだろと殺気が篭った眼差しをしていた。わたし結構力入れて蹴ったんだけどなぁ………つかホント頭に爪が食い込んでいるんですけど!?
石が沢山積んである天の川が見え始めた所でわたしはようやく解放された。あんにゃろうと睨み付ければうさ男はリアカーを引いて帰ろうとしているではないか! 何わたしを置いていこうとしてんの!? ブーイングをしようと思ったがうさ男はすたすたと歩いていくので わたしは一時休戦として必死にうさ男の後を追った。山登りはきつかった。