頭のネジが抜けている少女
「うおー……死体だ。目ん玉は煮付けた魚とおんなじ目してて首からぱっくり切り裂いてて………うわぁ、断面がちらっと見えてグロッキー。あぁ、血の臭いがくさい」
召喚された人間の女は周囲をある程度把握すると目の前にあった遺体をまじまじと観察し始めた。男の首から湧水のように湧いていた血は既に勢いをなくしている。
人間の女が吐きもせず遺体を眺めている 光景は 実に異常だが、噎せ返りそうな血の臭いで満たされた部屋で鼻を摘まんでいる辺り、血の臭いに慣れていない証拠だと言えるだろう。俺だってそうだった。初めはこの部屋で鼻を摘まみ、噎せ返り、嘔吐をしていた。
今では慣れて 顔をしかめるぐらいだが。
黒い服に血がつかない程度に観察していると人間の女の首が俺の方に向いた。今の俺は返り血を浴びていて さらにはサバイバルナイフが握られている。血だらけの部屋で 日が経っていない遺体と血だらけの俺。
これだけの条件が揃えば この部屋で何が起こったか大体の検討がつくと思う。
人間の女は至って普通の顔付きだ。多分。人間の子供は見たことないが、普通に部類されると思う。そばかすもない あどけないうぶ毛の渦巻きのある顔。然程珍しくも無さげな黒い髪にブラウンの瞳。
黒い服を身に纏っていて体型は明確ではないが袖から伸びる手首は細く、サバイバルナイフが無くとも細い首を締めれば直ぐ様殺せそうな体つきをしている。
だが、二つ。人間の女を普通ではない事を証明していた。
一つは遺体を目撃し、俺に見せた反応。
遺体を目撃した普通の人間ならば蒼褪める、震える、悲鳴をあげる、腰を抜かす、身を硬直させる、泣く、怯える、噎せ返り嘔吐、失禁…………大体こんなものだろう。死体に慣れていたとしても 目の前の明らかに犯人だと主張する人間を見れば、背後に後退るか「殺さないで下さい」と懇願してくるかする…と、思う。そうなれば 面倒臭いが当然かと割り切れた。そりゃそうなるだろうと共感し同情した。
だが、人間の女は遺体と俺を何度か見比べ そういうことかと納得した様な素振りを見せてから遺体を観察し始めたのだ。
遺体を見るのが日常茶飯事ならばまぁ納得しただろうが、遺体をまじまじと観るのは可笑しい。人間の女の身なりは貧相なものでなければ 暗殺者のような動きやすい服装でもない。見慣れているならばまじまじと観ているのは可笑しい。
服の生地は中々のものだし 少なくとも食べ物に困る生活をしている訳ではないと判断した。
そして、もう一つが………
「ねぇ、一応聞くけど お前がこれを殺ったの?」
考え事をしていたら声を掛けてきた。耳障りに感じない 少女の、どこか危な気のある爽やかな声。何気無いその声に俺の背筋が強張る。
ドラゴンをも凌ぐ異彩な魔力。人間の女の魔力は魔法を使う素質がない俺にでも丸分かりだ。詳しくは相手のステータスを数値化する石でなければ分からないが五桁は軽く越えているだろう。
見たところ杖も魔導書も持っていなさそうだが、魔法を使われれば一溜まりもないのは確かだ。慎重に対処しなければならないだろう。
汗や血で滑りやすくなったサバイバルナイフを握り直し もう一つ、予備として 袖に隠してあったナイフの存在を確認する。
「一応、俺がやった」
「ふーん……なんで殺ったの」
「何故聞きたがる」
「いいじゃん 教えてよ。どうせ わたし口封じとしてここで死ぬんでしょ? 冥土の土産に教えてよ」
バレた。そう思ったが人間の女は血に染まったサバイバルナイフの方だけを見ていた。片方の手には目も向けられていない。メイドノミヤゲとやらは知らないが この人間の女は生きる選択肢はないことを察していた。
魔法を使い、逃げ出そうとしない辺り 人間の女は魔法を扱えない、この場の打開策を持っていないのか……または、俺を揺さぶり 打開の機会を得る作戦なのか。後者……か?
どうせ口封じとして死ぬと言っているが人間の女は平生とした態度のまま変わらない。余程 肝が座っているのか、はたまた、その年で既に思い残すことは何もないのか。
「………まぁ 一応理由は言っとくよ。 この遺体 綺麗に殺しているからさ、なんで殺したんだろうって」
「綺麗に?」
「そ、 綺麗に」
その言葉に俺は眉を潜めた。人殺しに綺麗なんてないだろうが、そう思いながら見ていれば人間の女は渋る俺に言葉を付けたしてきた。
「いや、本当に悪意があるならもっといたぶって殺すでしょ。爪を剥ぐとか、顔が歪むまでボコるとか、出来るだけ苦しめて 目も当てられない殺し方すると思う。だけど、首以外の外傷が見られないし 喉をぱっくり引き裂いただけ。だから 優しいなぁーって」
「人殺してんだから悪意しかねーだろ」
「人殺しにも色々種類があるじゃん。 私利私欲のためとか、脅されたからとか、正当防衛とか」
「……………」
「で、なんで?」
新聞の記事にしそうな勢いで聞いてくる 人間の女に俺は目眩がした。ただでさえ屑の返り血を浴びて早くシャワーで穢れを洗い流してしまいたいのに、人間の女はずかずかと入り込んでくる。面倒臭い。
頭が痛くなり俺は眉間を揉んだ。はぁ…と人間の女にもわかるくらい大きな溜め息を吐きながら。
「おや、お疲れのようっすね カルシウム接種するといいよ」
「疲れの原因はお前のせいでもあるけどな」
「えぇー」
口を3にする人間の女に俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。