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竜の少女  作者: よる
第一章 竜の少女
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アドリィの鱗

足音が近づいていた。

誰かがやってきたようだと目を向けると、金貨をもらって去っていったはずの見世物小屋の親方だった。

アドリィは、そっと喉を変化させた。

人間のものから、より竜の器官に近い状態に変えた。

だから、人間の声ではない音が出て、竜の声で唄う。

出来損ないの竜は、満足に人間に化けられないというわけでなく、ささやかなアドリィの抵抗だった。

「キルルルルルルル・・・リルルルルルルル・・・」

親方はアドリィではなく、ガーレルの前に立つと愛想笑いを浮かべていた。

「お偉い学者さまの研鑽のためにゃあ、やっぱり、あっしらもなるべく協力したいと思いましてね」

さっきまとはずいぶん態度が違っていた。

腰に付けていた鍵の束を外すと、一つを選び出してアドリィの檻の扉に付いている頑丈な錠に差し込んで回すと、ガチャリと音がして錠の留め金が外れた。

腰に鍵束を戻すと同時に棍棒の所在を確かめたあと、親方はアドリィの檻の扉を開けていた。

アドリィが唄をやめて、親方を、その動向を強張った顔で見ている。

檻の中でもさらに、アドリィには鎖が付けられていた。

太い少女の腕ほどのある頑丈な鎖は、少女の首に巻かれた頑丈な首輪に繋がっていた。

鎖の長さではなく、重みが細い少女の自由を妨げる束縛になっているほどのものだった。

親方が無造作に鎖の端を手にして引っ張ったので、アドリィは檻の外まで転がり出されていた。

「乱暴はやめたまえ」

ガーレルは声音に怒りを滲ませていたが、親方は意に返さない。

「乱暴だなんて、旦那ぁ、こいつはこれでも一応、竜ですよ~、これくらいどうってことありませんて」

猫なで声に言った。

たとえ怪我にはならなくても、ちゃんと痛覚はあるのだ。

痛い。アドリィは奥歯を噛みしめる。

人間よりも丈夫な肌は破けていなくても、打った腕は痛いし、擦った足も痛かった。

ガーレルが心配そうな顔をしているのが見えたから、アドリィは痛くない振りをしたくて、平気な顔を必死にしていた。

ガーレルが必要以上に自分を心配したら、ガーレルが怪しまれることになる。

アドリィのせいで、ガーレルの身に危険が及ぶ事態になることだけは避けたかった。

そんなことを考えていたから、次に自分の身に降りかかったことになにも対処を出来なくて、ただただ驚くことになっていた。

地面の上で身を屈めてしゃがみ込んでいたアドリィの一枚きりの貫頭衣が後ろから勢いよく引っ張り上げられた。

「おい、待てっーーー」

ガーレルが止めに入ろうとしたが、間に合わない。

だばだばに大きい服だったから、簡単に細い体から脱げて、悲鳴もあげる暇もなく、素っ裸になっていた。

でもたぶん、一番驚いて動揺したのはガーレルで、硬直して自分を見下ろす男の様子を見ていたら逆に、アドリィは落ち着くことができた。

殴られたり蹴られたりしているわけではないのに、慌てる必要なんてなかったのだ。

でもやっぱり。

恥ずかしかった。ガーレルに見られているのはとても恥ずかしい。

ひどく貧弱な体だった。

人間としても、小さくて痩せた体だった。

竜体から人体に化けても、相応なものにしかなれなかったから、アドリィは雌性で小さな子どもの姿でしかなく、人間にしたら十歳ほどのひ弱な少女のものだった。

隆々とした逞しい姿を取っている竜の前ではどうしてもその違いを突きつけられているようで悲しかった。

それぞれの思いに言葉を無くしている二人を余所に、親方だけは陽気に捲していた。

「見てやってくださいよ、旦那ぁ、こいつは色が無えんですよ、捕まえたときも白っぽい竜だったと聞いてますが、白っぽいんじゃねえ、透明なんですよ。だからこうして肌に浮かぶ鱗模様もあんまり目立たない。あるにはあるんですが、透けているから目立たないーーー」

だから、価値が薄くて残念だと言わんばかりな口調だった。

「でもれっきとした竜ですよ」

親方はそこを強調した。

「よく見てやってください。鱗を。ほら、ちゃんと見えるでしょ」

親方は必死に、アドリィをガーレルに売り込もうとしていた。

竜じゃないなどと言われたら堪らなかった。高い金を払って買い付けたのに、竜は人の姿のままで、しかも体表に浮かぶ鱗模様も目立たないとなると、偽物だろうと野次が飛んだこともある。

色素のない人間もときどき見世物小屋にいるが、アドリィは竜の娘としてもっと高い観覧料を取っているのだから、一緒にされて文句を言われるのは避けたかった。

アドリィは白っぽい銀色の鱗に、紅い目をして生まれた。しばらくするうちに目の紅さも抜けて淡く特定の色はなくなり、虹色に見えるものになった。

人体を纏っても、相応な姿となる。

白い背中にきらめきが走る。それは竜の鱗の名残の透明な模様が、太陽の光を弾いて優しく光るのだ。やはり虹のようにさまざまな色彩の光だった。

「美しいなーーー」

ガーレルはうっとりと琥珀色の瞳を細めて、そう評価した。

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今日もお付き合いいただき、ありがとうございます!(*^_^*)






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