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竜の少女  作者: よる
第一章 竜の少女
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黒い男

「旦那ぁ~、困りますよぉ~、いくら王都のえらい学者さまでも、こんなことされちゃあーーー」

布幕に覆われたアドリィの檻は、特別料金を払った客だけが通される目玉商品だった。

その客も、勿体ぶって時間を決めて通している。

今はその時刻でもなかったけれど、布幕を捲って押し入ってきたのは全身黒い衣類を身に着けた大柄な男だった。

黒い髪が長い。やはり黒色の外套の背中で腰まで達し、革紐で無造作に一つに束ねている。

目に被るほどの髪の下にのぞく肌は白いけれど、またすぐに黒色に覆われる。髯を生やしているからだ。

髪が黒く、黒を着込む黒い男だった。

無精髭にびっしり覆われていても、それほど老けた感じもしない男だった。

琥珀色の瞳を見たとき、確信になった。

若くて、気力が溢れている。

背が高くて、肩が広い。手脚が長くて、胸板が厚い。

力強い、若さの漲る強烈な気配を纏っていて目を向けていると眩しいほどだった。

色彩ではなくて、存在。命の波動だ。

強すぎて、どきどきしていた。こんな相手に会ったのははじめてだった。

だから、少女はもうそれ以上男に目を向けず、素知らぬ顔で唄い続けていた。

自然に小さな声になって、曲調は変わった。

さっきまでのように喜びの歌ではなかった。

この男の前では恥ずかしくて、唄えそうになかったから。

黒い男は煩わしそうに無視していたが、ふうと溜息をつくと振り返った。

そして、追い縋って彼の邪魔をする相手ーーー檻に入れられた少女の持ち主である見世物小屋の一座の親方に、なにかを指でぴんと放っていた。

とっさに受け取った親方が掌を開いて、とても驚いた顔をした。弾かれて跳んできた物が黄金色のコインだったからだ。

それもそのはずだろう。銅貨が生活の主流で、銀貨だって珍しい。

金貨など、普段に目にする金ではないのだから。

「旦那、これはーーー」

上擦った声になった親方に、男は

「礼だよ。ただで見せてくれとは道理に反するだろう?」

「そ、そうですが・・・金貨なんて・・・」

正気に思えなかったのだが、男は穏やかに確認した。

「それで、竜の少女を見せて貰えるな?」

「あーーーはあ、どうぞ・・・ただし、逃がさないよう気をつけてくださいよ・・・」

「もちろんだ。ご協力、感謝するよ」

男は笑ったようだ。

そっぽを向いていた少女は視界の隅でそれを見ていた。

そして真っ直ぐ少女の入った檻の前にやってきた。後ろには親方が従っている。

「竜族は人間に化けて、人語をしゃべると言いますがこいつは駄目です。捕まったときに大怪我をしたせいなのか、この通り、獣の声を出すだけでこっちの言うこともわかっちゃいないのでしょう。竜の中でもできそこないですんで、旦那の研究の役に立つのかどうか・・・」

「それは可哀想にーーー。どこか痛めているなら治療もしてあげないといけないね。檻を開けてもいいかな?」

「それは困ります!こう見えても、凶暴な奴で暴れるんで」

「わかった。じゃあこのままでいい。彼女に触れることは許可して貰えるね?」

親方は、渋面だったがせっかく手にした金貨を、男の機嫌を損ねたために取り上げられることは避けたいと考えた。

「・・・わかりました。でも大事な商売道具だから、妙な薬を与えたり切り開いたりとかのお調べはやめてくださいよ?」

「ああ、もちろんだ。貴重な少女を傷つけることはしないよ、約束しよう」

男は穏やかに答えると、親方はしぶしぶだったが納得したようで、男を残して少女の檻を取り囲む布幕を潜って出て行った。

布幕の囲いの中に、少女と黒い男だけになっていた。

少女は男からなるべく離れた檻の隅っこに身を寄せている。

男は少女の檻の前に腰を下ろして座っていた。

黒髪の下から、琥珀色の瞳が見えた。強い意志の輝くある優しい瞳だった。

「人間の言葉を理解していないと、親方は言っていたが本当なのかな?」

静かに尋ねられていた。

少女は、相変わらず、檻の隅っこにへばりついたままで空を見て唄を唄い続けている。

「ヒュルルルルウゥ・・・リラリルルルルルゥ・・・キュラルルルルゥ・・・」

とても小さな声だった。唄は不安な響きだった。

相変わらず、人間の姿の口から出ているとは信じられない声であったけれど、男は少しも驚いている様子はない。

それだけでなく、男は低く穏やかな声音で、どんどん一人話し続けた。

「・・・どうしたものかな・・・。おれも少々問題を抱えていて、化けている最中だけれど、念話で話しかければいいのかな?・・・ただし、少々、慌ただしくなってしまうだろうが。おれの竜の気配が漏れたら、飛んでくるような奴らが何人もいてね・・・。でもまあ、仕方がないか・・・」

自分の方を見ることもなく、唄を唄い続ける少女に男はほとんど独り言だった。

念話とは竜同士が交わすテレパシーで行う会話だった。

直接相手の思念に語りかける方法で、人間に出来るはずのないことだった。

そして、男はさらに、竜の気配ーーーと言った。

この男とは一体、何者なのかと不思議になるところだろう。

でも少女は少しも驚かなかった。

最初から感じていたから。

人間じゃない。この男も少女と一緒、竜であると。

それも成体で、力の溢れる強い竜ーーー。

自分が声を掛けられることもおかしいような大きく立派な黒い竜だった。

どうしていいのかわからなくて、知らない顔をしていたのだけれど、男の言葉を聞いていると、もうそういうわけにもいかなくなってしまっていた。

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今日もお付き合いいただき、ありがとうございます!(*^_^*)






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