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竜の少女  作者: よる
第一章 竜の少女
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黒竜の悪意と善意

青年はのたうって悲鳴をあげていた。

血塗れとなり、絶叫だった。

顔を、首を、肩まで切り裂かれていた。何度も振り下ろされた刃物、彼の愛すべき少女によって、重傷を負わされていた。

灼けるように痛む。肉に達した傷だった。このまま殺されるのだと思った。

殺された方がマシな痛みだった。

幼い頃の火傷のために片方だけになった目に、無表情の少女が刃物を振り上げる姿を見た。

彼のささやかな喜びだった少女は、今や絶望となって彼を襲っていた。

体が溶けるような強い痛みに巻かれて、じきに悶えることもできなくなった青年はぐったりと地面に横たわっていた。

それでもしばらくして目を開けた青年の視線は、少女の姿を求めていた。

少女が安全であるように。竜に襲われないように今のうちに、どうか大きな竜から離れていって欲しいと願いながら。

少女は青年のすぐ側に立っていた。

声を掛けたかったけれど、嗄れてしまって出なかった。

そのとき青年の姿を無言で見下ろしていたアドリィの手から、ぽとりと短刀が地面に落ちた。

そして、血塗れの自分の手と横たわる青年を代わる代わる見たアドリィが大きく顔を歪め、声を出した。

悲鳴ーーー。

青年は驚いたが、ゆっくりと頬のこわばりが弛んでいった。

瞳の色は、黒い竜のような黄金から彼女の普段の優しい色に戻っていて、ほっとしたのだ。

何かの事情で、少々少女は訳がわからなくなっていたのだろう、と思った。

無理もない、大きな竜が現れて、冷静でいられなくても仕方がないだろう。

だからこんな真似をした、そして行ったことを後悔しているのだ、と納得することが出来た。

なら、もうそんな風に泣かないで欲しかった。

自分のために、そんな必要はない。

青年の横に跪いて少女は涙をこぼし、悲痛に泣き続けた。

泣きながら小さな白い手を差しのばして、自分に触れる。血が流れる傷口を塞ごうとするように。

思った通り優しい子で、傷にとても心を痛めているのだと感じた青年は、それでもうすべてが満たされた気分になって目を閉じた。

幼い子供に大火傷を与えた世界は、それ以降も青年にとって厳しく辛いものだったが、最期だけは満足を与えられた気がした。




次に青年の意識が戻ったのは、強い声を聞いたためだった。

『落ち着くといい、大丈夫だーーーアドリィ、目を開いてよく見てごらん』

「ひどい、こんなのひどいっ・・・」

泣いている少女の声ーーーそれは青年の大切な竜の少女のもの・・・。

そして、泣きじゃくる少女に呼びかける声。頭に響くそれは竜のものなのだとすぐに気がついた。

黒竜はもう一度、ゆっくりと諭すように『目を開いてごらん』と言った。

その声で、アドリィと一緒に青年も目を開けた。

開けることができたのだ。

「ジーク・・・?」

青年が親方にどやしつけられている光景を何度も見てきたから、アドリィは青年の名前を知っていた。

名を呼ばれた青年は、霞が晴れてすっきりと晴れた朝を迎えたような気分になっていた。

でも時間はあまり経っておらず、目を閉じたときのままあたりはまだ夜に包まれたままだった。

不思議な気分だった。たっぷりと眠ったあとのように、心が軽く空っぽになっていた。

煙の臭いがする。遠くに火が燃えていて見渡すことができた。

闇にまぎれるように黒色の大きな竜がそびえ立っている。

すぐ近くに少女がいた。涙を止め、驚いた顔をして見つめられていた。

竜が呼びかけたもの、それが少女の名前だと感じて、恐る恐る口に出していた。

「アドリィ・・・?」

掠れた声に返事をする代わりにこっくりと頷いた少女は、再び瞳に涙を溢れさせて震える声を出した。

「ごめんなさい、わたしーーー・・・」

青年・ジークにもわかる人間の言葉だった。

澄んだきれいな声だ。心に染み込んでくる。

泣かないで。これぐらい平気だからーーー。

そう思っても上手く言葉にならなかった。

少女と話をしているのだという歓びが強くて、嬉しすぎて声が詰まってしまっていた。

でも、泣かないで、という思いは、他者の言葉として青年とアドリィの脳裏に届いたのだ。

ジークのではなく黒竜の言葉になって。

『アドリィ。泣かなくていい、気にしなくていい。泣く必要などない怪我だよ』

尊大で無礼な竜。ーーーおまえに言われることではない、とカチンと頭にきたジークは何ら間違っていないだろう。

ジークは直感的に、この竜は不快で、そして自分にとって敵だと感じていたが正しい判断だった。黒竜の方はまさにジークを敵で、目障りだとしているのだから。

『泣かないで。切り裂いたのはおれだから。きみは泣く必要はなにもないんだ。ーーーそれにもう痛みは治まってきているはずだよ』

頭の中に直接届く鷹揚で情愛深い黒竜の言葉。

アドリィに向けられているものだからだったが、アドリィと一緒になって黒竜の思念に包まれているうちジークの怒りはすうっと掻き消えていた。

代わりに得体の知れない感覚が湧き起こっていた。

不思議だったがこの黒竜の対しての感慨だった。

大きな大きな黒竜だ。ジークが竜の姿を見るのはこれが初めてだった。

竜のことなどほとんど知らない。なのに、なぜかわかるのだ。

この竜は、竜の中でも特別な存在で、畏敬の念すら抱かせるような竜だと。

それは竜に関わったジークが体だけでなく、精神にも影響を受けて変わってしまったという証拠だったのかもしれない。

人間なのに、竜という多種族の生き物に対する闇雲な恐怖感ももうすっかり無くなっていた。

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今日もお付き合いいただき、ありがとうございます!(*^_^*)






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