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9.喧嘩


 セリスの家に泊めてもらい――一応宿泊費は払った――、異世界の二日目が始まる。


「さあ、行くわよ!」


「おうよ! 最強への第一歩だ!」


 朝から元気でノリノリの俺とセリスとはうってかわってホリィは、げんなりしている。


「どうしたの? 低血圧? それともアレ?」


 セリスが聞く。

 ホリィはうなだれるように言った。


「あ、あまりにも荒唐無稽で……。

 だって……。

 これからやろうとしていることって」


 そう、セリスの描いてくれた道のりは単純明快だ。


 モンスターに勝てないのなら、狙うは非モンスター。


 この世界で経験値を溜めるには二つの方法がある。


 ひとつは至極まっとうな道のり。

 モンスターを倒すということ。


 モンスターを倒せば経験値が加算されていく。

 それを溜めればスキルレベルのアップに繋がるのだ。


 だが、今の俺ではモンスターに単独では勝てない。


 一応、パーティプレイを行っている限りは、パーティーメンバーが倒したモンスターからの経験値のおすそわけが貰えることになっている。


 細かい数値はよくわからないが、だいたいモンスターにとどめを刺したメンバーに取得経験値の半分が割り振られる。

 残りの半分を各メンバーで割るということになる。


 例えば経験値100のモンスターをセリスが倒した場合、50がセリスに入る基本経験値。

 残った50を俺とセリスで割って加算していくために、セリスは都合75の経験値を得て、俺には25の経験値が入る計算だ。


 もっとも、回復役等の補助職を優遇するために、勝利貢献度という制度があって、とどめを刺さなくても、そのバトルに貢献したメンバーには多めに割り振られたり場合によっては、とどめを刺した人間への基本経験値が50%ではなくもっと少なくなることもあるらしいが。


 まあ、ぶっちゃけ面倒な仕組みで、仕様も明らかではないためにあまり気にすることなく冒険しているのが一般的らしい。


 で、そっち方向で経験値溜めを行っても良かったのだが、それにはセリスが意を唱えた。

 理由は明らかにしなかったがセリス的にはおすすめできない方法だという。


 それは俺の意見とも一致した。

 犬一匹相手にできない俺が、バトルに参加してもお荷物にしかならない。

 セリスが戦うのを横で見ているか、役にも立たない手出しをするのが関の山である。


 しごく、情けない状況だ。


 ならば……、ということでもう一つの経験値稼ぎの方法。


 修行という制度を利用する。


 修行とは、冒険者同士で模擬戦を行って互いに経験値を溜める方法だ。


 相手が強いほどたくさんの経験値が得られる。


 相手と自分のスキルが近いほどたくさんの経験値が得られる。


 そんな制度だ。


 で、セリスと修行を行っても良かったのだが、肉弾を旨とする俺と魔術系のセリスではクラスに差がありすぎる。

 という点と、修行とはいえ女に手を上げるのを良しとしない俺の生き様から、そこらの冒険者相手に修行をしまくるという結論になった。


 なにも修行と言いっても相手がこちらを指導する気がなくても成立するから、要は喧嘩でもなんでもいいから冒険者をみつけて戦えばいいわけだ。


「問題はそう簡単に都合よく模擬戦を受けてくれる冒険者が見つかるかってことだけど……」


 セリスの懸念。


「それは問題ないと思うけどね」


 ホリィが吹き飛ばす。


「リョーキって血の気が多いし、トラブルメーカーだから。

 歩いてたらいざこざに巻き込まれると思うよ」


 ひどい言われようだが、元の世界での俺からすれば否定はできない。

 道を歩いていると喧嘩に巻き込まれる。

 日常茶飯事だった。


「でもね、ひとつお願いがあるの」


 とホリィは念を押すように言う。


「リョーキからは喧嘩は売らないで。

 売られた喧嘩は仕方ないと思うし、強くなるための修行だと割り切るからもうここまで来たら反対はしない」


「まあ、ホリィの言うことはもっともだが、俺はそもそも自ら喧嘩を売って歩いているような人間じゃないぜ?

 たびたび巻き込まれてきただけだ」


「それならいいんだけど……。

 むやみに喧嘩を売ってまわってたら後々酷いことになるから」


 とホリィは言葉を濁した。


 とにかく、喧嘩の相手を探してギルドへ向かうことになった。


 対話にて、修行相手を務めてくれる人間を探すと言うのも視野に入れるという約束をした。





 ギルドに入るなり喧嘩を売られた。


 何をするでもなくだべっていた冒険者が、俺達の顔をみるなり、


「犬相手に逃げ帰ってきた新人とポンコツ魔術師じゃねえか」


 などと大声で迎え入れて、笑い出したのだ。


「セリスさんってポンコツ魔術師なの?」


 怪訝そうな顔でセリスを見つめるホリィを横目に俺は、


「ああん? 今言った奴はどいつだ!

 だれが、ポンコツだって!」


 と、答える。


「よわっちょろい新人がいっちょまえにいきがってやがるぜ。

 へぼはへぼ同士でお友達だってさ。

 あんな面子じゃ、街を出たとたんに瞬殺されるのがオチだろうに」


 かぶせて、誹謗を投げかけてくる冒険者に向って俺はつかつかと歩くと胸ぐらをつかんだ。


 ギルドでのギルド職員への暴力はペナルティ案件だそうだが、冒険者同士であれば問題はない。

 それでも、分別をわきまえた、素人には迷惑をかけない珍しいヤンキーとして数々の誠意ある対応をしていきた経験を持つ俺は、


「やるのか? こら。

 表出ろ、表!」


 と、場所を変えるように示唆した。


「ほう、身の程もわきまえられないようだな。

 いいだろう、やってやるよ」


 ガラの悪い冒険者が、さっそく引っかかった。


 こいつは俺の目的が修行であるとは思ってもいないだろう。

 俺も、どっちにしても――修行による経験値取得という目的がなくとも――こんな態度の悪い呆れた奴はしめなきゃ気がすまないというのもあるが。



 ギルドを出ていく俺達にギャラリーが続く。


「おい、にいちゃん。

 そういえば気になってたんだが、お前武器は使わねえのか?」


「おう、てめーなんざこの拳で十分だ」


「なるほど。

 珍しいやつだ」


 ホリィは黙って見ている。

 既にホリィには言ってきかせてあるのだ。


 俺は、一切の武器を使用しないということを。

 それは暗黙の了解ではなく、明確な了解を取り付けている。


「なら、こっちも素手で相手してやろうか。

 ひよっこの命を奪ってもなんの自慢にもならねえからな」


 ガラの悪い冒険者は腰に携えた剣を放り投げた。


「どうした? こねえのか?」


 挑発には乗らない。俺はクレバーなヤンキーだ。

 この世界での自分の力量を測るということもこの喧嘩の目的に据えている。


 それにタイマンで先制攻撃は、よほどの相手にしか使わない。

 タフさにも自信があるのだ。

 そんじょそこらの連中とは打たれ強さが違う。


 俺の喧嘩無敗を支えてきたのは、この拳の破壊力とタフネスなのだ。


「一発殴らせてやるよ。

 それが、喧嘩の開始の合図だ」


「上等だ!」


 ガラの悪い冒険者の男は、渾身のパンチをぶつけてくる。


 はあ食いしばって、受けきれない攻撃など存在しないというのが俺の信念。


 顎に衝撃が走る。






「また俺は負けたのか……」


 意識が戻った俺は、誰に言うでもなくひとりで呟く。


「いいとこなしだったよ」


 ホリィは遠慮もへったくれもない。


 が、真実だろう。

 相手がどれほどの経験を積んだ冒険者だか知らないが、ワンパンでのされてしまったというのは想定外だった。

 その後セリスが回復魔法で俺の体力を回復してくれたらしい。

 それが無ければ、死んでいてもおかしくないと言うことだった。


 あの俺の喧嘩相手をした男は、去り際に申し訳なさそうに残るホリィに謝ったという。


「いや、すまねえ。まさかこんなに弱いとは思ってなかったんだ。

 兄ちゃん威勢が良かったから、そこそこはやれるだろうと思って、本気で殴っちまった。

 ほんとに面目ねえ」


 などと、俺のプライドを引き裂く発言だ。


「でも、まあ経験値は溜まったことだし……」


 と、セリスが慰めるように言う。


 なるほど、ギルドカードを確認すると、確かに増えている。


「これっぽっちしか溜まってないんじゃあ、どれだけ続けないとだめなのかわからないよ」


 ホリィが絶望するように言う。


 が、これくらいでへこたれていては、最強への道は歩めない。


 確かに今の俺は弱いようだ。

 だが、それは現段階でのこと。


 少しずつでもレベルアップしていけばやがて魔王の強さにまで到達するだろう。


 俺はそれからの毎日ギルドに通っては、適当な冒険者相手の喧嘩を買い、時には、セリスやホリィが懇願して、相手を見つけては一撃でのされるという経験を積みまくった。


 ひと月が過ぎ、ふた月が過ぎた。

 

 


 



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