8.相談
「でね、パラメータの上昇が困難だってことは、それに代わる手段で補うしかない。
それが、補正スキルってやつなの。
補正スキルの効果はクラスによって差があるってわけなんだ。
ねえ? リョーキ?
ちゃんと聞いてる?」
すまん、ホリィ。途中からちんぷんかんぷんだ。
いや、かなり早い段階で無理だった。
「まあ、いっぺんにそれだけの情報を与えたら逆に混乱しちゃうわよ。
ゆっくりでいいんじゃない?」
セリスがはげましてくれる。
犬を追い払った俺達は、街に戻ってきた。
セリスへのお礼を兼ねて、食事をすることになったのだった。
セリスのなじみの店に連れてきて貰って、よくわからない異世界料理を適当にチョイスしてもらって三人でだべりながら食べた。
そして食事も終わり、作戦会議と洒落こんでいる。
が、さっぱり話についていけねえ。
ホリィの言うことは、流行りのゲームのシステムのようでとても――異世界とはいえ――現実世界のこととは思えない。
そもそもスキルカードという存在が不可解だ。
だが、この世界の人間であるセリスはそれを不思議にも思っていない。
スキルがあって当然。スキルカードは無くてはならない。
冒険者たるもの、スキルにスキルカード。
その恩恵を受けずにはやっていけないという。
魔法や剣術ならばまだ理解ができるが、この世界。
まさにゲームとしかいいようがない。
「まあ、例とかあったほうがわかりやすいと思うから」
とセリスが見かねて自分のスキルカードを取り出して机に置く。
さまざまなパラメータが記載されているがスキルについては見当たらない。
そのことを聞くと、
「こんなカードには書ききれない情報量だからね。
触ってみたらわかるよ」
とホリィが言う。
言われたとおりに試してみると、つまりはセリスのスキルカードに軽く触れると、頭の中にスキルカードが浮かんだ。
思い浮かぶという表現が適切かどうか。
とにかく、見えるような感じだ。
そこには実際のスキルカードに書ききれなかったような情報までびっしりと埋め込まれている。
意識をそこに集中させると詳細がクローズアップされるようだ。
例えば、『攻撃魔術威力上昇Lv18』みたいなタイトルがあって、それについて考えると、説明文が浮かぶといった具合。
「あんまり見ないでよ。
恥ずかしいから」
「お、おう」
セリスに言われてカードから手を放すと先ほどまで頭に浮かんでいた情報は消えた。
「ホリィちゃんが言ったように、この世界で強くなろうと思ったら、スキルを身に付けてスキルレベルを上げていくのが手っ取りばやいわ。
っていうか、それ以外に選択肢はほとんどないって感じ」
なるほど。一から復習ということだ。
俺の理解力と、セリスの説明力に期待しようではないか。
「で、スキルっていうのは、なんでもかんでも取得できるんじゃなくって、まずクラスによって、取得できる基本スキルが決まってる。
基本スキルをレベルアップさせると、取得できる派生スキルや上位スキルがどんどん増えていくっていう仕組みになっているのよ。
だから、クラス選びっていうのはほんとに重要なの」
「おう」
だいたい分かった。そこまではなんとなく。
「つまりは、俺の目的に相応しいクラスを選ばないと、目的のスキルに辿り着けないと言う可能性もあるわけだな」
わかったような口をきいたが、一度ホリィが言ったことの繰り返しだったりする。
が、そこまでは一応理解している。
「そういうこと。
リョーキの場合は、魔王を倒すことが最終目標なわけだから……」
そこで間髪入れずにホリィが、
「剣士! まずは剣士!
なんてったって聖剣使いなんだから!」
とあくまで主張してくる。
さっきも話して物別れに終わった議論の蒸し返しだ。
「確かに、剣士も体力とか攻撃力上昇系のスキルは沢山持っているみたいだけどね……」
セリスも難色を示す。
そう、俺は剣士というクラスには食指を動かされない。剣士は確かに基本的で攻撃職の中でもバランスのとれたいいクラスだという。
そこから派生する上位クラスも一般的には魅力的なものが多い。
花形のクラスだ。
が、気に食わねえ。
セリスが言うには剣士系は剣技スキルが豊富であることがなによりの魅力なのだ。
剣技とは、剣を使ってさまざまな攻撃を行うことを指す。
例えば衝撃派を飛ばすスキルや、連続攻撃を叩き込むスキルなど。
相手の武器を一定確率で破壊したり、相手の攻撃を防いだり。
確かに便利で使い勝手が良い。
が、致命的な欠点がひとつある。
「剣士は剣をもたねえと戦えねえ。
違うか? ホリィ?」
「いや、そうだけど……。
いや、だってじゃあ、なんのためのボクなんだよ?」
「そうはいってもねえ……」
ちなみに、セリスはホリィを聖剣だとは思っていない。
なにか珍しいクラスについて、剣に変化するスキルを得た珍しいクラスの人間だと思っている。
剣士ほどメジャーなクラスだとその取得スキルの情報は――基本的なものは――ある程度知られているが、クラスというのは、山ほどあって、さらにはあるクラスで経験を積むと解放される上級クラスというのも山ほどあって、それぞれのクラスに特化したスキルの数も山ほどあって。
つまりは、ほとんどの人間が自分のクラスに割り振られたスキルの種類や取得条件を知らずに居るらしい。
なんとなくクラスを選んでなんとなく気に入ったスキルを伸ばして、出てきた上位スキルをなんとなく取得するというような、結構いい加減なものであるらしい。
それは冒険者たちが、他人に情報を与えないようにあえて自分の情報を伏せているということと、そもそもスキルが解放されても解放条件は明らかにならずに、皆解析や分析を諦めてしまったという二つの理由によるところであるらしい。
そんな事情があるから、この世界ではスキルというのは、何があってもおかしくないぐらいの便利なものだと認識されている。
という事情があってのセリスのホリィに対する認識だったりする。
基本以外の上位クラスが一体どれだけあってどんなものがあるのすらも、誰も把握していないのだ。
運よくなれた奴の様子から推測するしかない。
俺にしては珍しく短時間で複雑なルールや背景を学んだ。
それは俺にとって死活問題でもあるからだ。
で、セリスが、
「わたしの場合は、目標が決まってたの。
魔法のエキスパートっていうね。
魔法に特化したクラスっていうのは幾つもあって、普通は悩むものだけど、わたしの場合は運が良かった。
たまたま、賢者というかなり上位のクラスにまで到達した魔術師がいて、初期クラスがなんだったかとかが事前にわかったから」
「なるほど。
セリスはめでたくその賢者とやらになれたわけだな」
「ううん。全然。
賢者になるまでの道のりはわかっても、その途中途中のクラスの解放条件がわからないから、手探りでスキルを溜めたり上げたりしているところ。
『魔術見習い』から、『魔術研究家』になってからそこでクラスチェンジが行き詰ってるわ」
「そうか……。難しいもんなんだな」
「そうだよ。運よく次の上位クラスに辿り着ける人なんてめったにいないんだから。
だから、汎用性が高くて、剣聖にまでたどり着けるってはっきりしてる『剣士見習い』から始めるべきだって!」
ホリィの言葉に俺とセリスは、無視を決め込んだ。
「俺の目指すところは、ワンパンであらゆる敵を倒す、いわば拳のエキスパートだ」
「さしずめ『拳聖』ってところね」
「清さなんていらねえ。求めるのはただ強さのみ。
己の肉体を信じる心があればいい」
「素手で戦うクラス……」
セリスが呟く。
「だから、そんなの無いって!」
ホリィが叫ぶように言う。
「うむ……」
俺は考え込む。
「わたしも魔術系以外についてのクラスやスキルについては詳しくないわ。
でも、探せばきっと見つかると思う。
まずはその情報集めから始めるしかなさそうね」
「うむ」
「情報集めって言ったってさ!
クラスを選ばないと、ちゃんとしたスキルも身に付けられないし、スキルが無いととてもじゃないけど、旅になんて出れない。
こんな街じゃあ情報なんて手に入りっこないんだから!」
ホリィはあくまでクラスを選んでから、一歩一歩地道に進もうという考えのようだ。しかもそれは剣の道だ。
だが、それは違うのだ。
真の目的のためには。
下手なクラスを選んでしまっては道が限定されてしまう。
素手の攻撃力を高めるスキルなんて取得できなくなってしまうだろう。
誰が決めたルールかは知らんが、この世界のクラスやスキルのシステムというのはそういうものらしい。
苦労を重ねることで前には進めても決して後戻りはできない。
そして、進めば進むほど道は狭く、選べる選択肢は限られてくる。
ならば、始めの一歩が肝心だ。
セリスが俺にかわってまとめに入る。
「そうね。まずはそこね。
リョーキには、まずはこの付近で戦えるだけの強さを身に付けてもらいましょう。
クラスを選ばなくたってとれるスキルはあるから。
基本パラメータの上昇だけだけど。
犬ぐらい相手にするなら、それだけで十分なはずよ」
「うむ」
「もういい! 勝手にして!」
ぷいと顔をそむけてしまったホリィだが。
俺は一度決めたことは捻じ曲げない。
「手っ取り早く経験値を稼ぐには出来るだけ強い敵を倒すしかないわ」
「うむ」
「でも、いまのわたしたちの戦力ではそれは難しい」
情けない話だが、犬にも負ける俺がいるのだ。
あの死にかけた事実が無ければもっと冒険に出てもいいとも思うが、やはりあれだけ痛い目を見た俺は学んだ。
物事には慎重さも必要だということを。
「となれば、方法はひとつ」
セリスが持ちかけた内容は俺にはもってこいの話だった。
ある意味では……という但し書きはつくのだが……。