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7.聖剣


「ごぅるぁあ!!」


 気合の拳を犬に叩き込む。


 これで、決まらなければ俺の負けだ。


 全覚悟、全精力、すなわち命を賭けた一撃なのだ。


かわされた~!!』


 ホリィが嘆く。


 そう、犬の敏捷性に負けた。


 こいつ、犬のくせに。俺の手の内を読んでやがったのか!?


 というか、何で空中で軌道を変えられるんだ?


 犬はジャンプしたはずだ。


 つまりはそこからは直線軌道しかとれない。


 だからこそ、結果はどうあれ、俺の全てを賭けた一撃は効果なしという結果の可能性はあれど、当たらないなんていう予測はしていなかった。


 だが、どういうわけだか、犬の軌道は変わり、拳は空を切った。


『リョーキ!!

 来るよ! よけて!!』


 すまんな、ホリィ。


 今ので全力を出し切っちまったようだ。


 俺にはもう、これっぽっちも力が残っちゃいねえ。


 目もかすむ。


 転生早々、犬に負けるなんざあ恥さらしもいいところだが、それが俺の器だったのだろう。


『そんなこと言わないで!

 何のためにボクが居るのさ!』


 俺に出来るのはこのまませめて、次の犬の攻撃を食らうまで仁王立ちを続けることだ。


 決して背を向けず、潔く、男としての最後を締めくくることだけだ。


『諦めるな! 馬鹿野郎!』


 諦めちゃあいないさ。だが、体が動かないのも事実だ。


 今さら聖剣に頼ろうとも、時既に遅しだ。


『せめて、目えぐらい開けなって!』


 なるほど、それはそうだ。


 犬っころの一撃を前に目を閉じているなんてかっこ悪いな。


 朦朧とする意識の中で、俺は目を見開く。


 眼前には、犬が迫る。

 身動きできない俺が相手だ。

 次か、それでなくてもその次の一撃で勝負は決まるだろう。


 俺は覚悟を決めた。思い残すことはない。


 ふいに体が軽くなる。


 死の前兆か?


 いや、そうではあるまい。


 意識が分離したようだ。


 疲れ果ててもはや指一本動かせない俺と、喧嘩に明け暮れ、戦闘経験値を積み続けた俺の本性とに。


 つまりは、火事場の馬鹿力的な防衛本能が目覚めたのか?


 世界がスローモーションで流れる。


 俺の意に反して体が動く。


 地面に突っ立てた剣を引き抜き、向かってくる犬に向けて。


 流麗な軌道を描き、聖剣アクソクザンは犬のどてっぱらへと吸い込まれるように……。


 なんだ……。


 俺と言う存在は俺が思うほど弱くは無かったようだ。


 ヤンキーとして、ステゴロ上等で生きてきた俺なんてまだまだひよっこだったということだ。


 生きるか死ぬかの喧嘩なんてしてこなかった。


 つまりは、俺の16年間は遊んでいただけだ。


 とるかとられるか。


 それが、命のやり取りのおきて。


 俺は甘ちゃんだったのだ。


 喧嘩は所詮ママゴトだったのだ。


 それがようやく、文字通り真剣勝負の領域に足を踏み入れた。


 生まれて初めての殺生が、人生最後の殺生になろうとは。


 俺はこのまま死ぬだろう。

 これだけ血が流れていれば助かる術もない。


 だが、犬もタダでは済まない。このまま斬られて死ぬ。


 痛み分けだ。


 元の世界で馬鹿馬鹿しい理由で負けて、異世界での初戦、その最後の最後で命の重さを知った。喧嘩を超えた闘いの世界を知った。たとえそれが犬コロ相手だとしても。


 まあ、悪くはない。


 ただの犬が相手というのは、不甲斐ないが。


 知らない世界を知ることが出来た。


『ごめん!』


 えっ? なんだホリィ?


『き、斬れなかったよ!』


 なるほど。


 確かに、ホリィは、聖剣アクソクザンは、犬の胴体を薙いだ。

 いや、実際には斬れなかったから薙ごうとしたってのが正確な表現か。


 が、剣は犬を切り裂くことなく、ただ殴りつけただけのような。

 

 それでも、いささかのダメージは与えられたようだが。


 犬は警戒している。


 最後に見せた俺の動きに。

 そして、聖剣の打撃の威力に。


「峰打ちか?」


 俺に考えられる可能性はそれだけだ。

 無意識に、剣の刃ではなく峰での攻撃を行っていたということか?


『違うと思う』


 じゃあなんで?


『えっとお、ちょっと説明すれば長くなるけど……』


 どうやら、それを聞いている時間は残されていない。


 再び俺は剣を地面に突き刺し、そしてそっと目を閉じた。


 あばよ! くそ異世界。


 正真正銘、俺にはもう毛ほどの力も残っちゃいねえ。


 このまま立ち続けることもそう長い時間はできないことがありありとわかる。


 渾身の拳を躱され、命のやり取りの中で目覚めた本能での最後の一撃も効かなかったんなら。


 俺に勝ちの目はねえ。


『ちょ、リョーキ!

 リョーキったら!』


 ホリィの呼びかけもだんだん小さくなっていく。


 それが、やがて聞こえなくなり、闇に包まれて。


 最後にドスンという衝撃を感じたのは、犬の攻撃ではなく俺が無様に倒れ込んだ時のものだろう……。









「ありがとう!

 ほんとにありがとうございます!」


「いいのよ。

 それより、ずっと見てたのにごめんなさいね」


「いえ、そんな。

 犬を追っ払ってくれて、リョーキの手当まで!」


「手遅れにならなくてよかったわ」


 死んだのか?


 それにしちゃあ、わけのわからない声が聞こえる。


 手当だとかなんとか。手遅れがどうとか。


「あっ、気づいた?

 大丈夫? リョーキ?」


 完調にはほど遠いが体もなんとか動く。


「おう、なんとかな」


 目に入ったのはホリィと、それと一人の女。


 こいつは確か……。ギルドで話しかけてきた奴だ。


「あのね、魔術師のセリスさん!

 すっごい魔法で犬を追っ払ってくれて、ついでにリョーキの手当てもしてくれたんだよ。回復魔法も使えるんだって!

 あと、もうちょっと遅れたら死んでたって!」


「女に助けられるとは、俺もいよいよ終わりだな」


 死ぬほど恥ずかしいとはこのことだ。


 たかが犬っころ相手に素手で惨敗し、光り物(アクソクザン)に頼って無様を晒し、なおかつ女に窮地を救われるとは。


「ごめんなさいね。

 ギルドで見かけた時から気になってたからこっそり後を付けてきたのよ。

 それで、あまりにも男っぷりに溢れた闘いをしてたから、手が出しにくくって……」


 セリスは言う。そんなことは俺にとってどうでもいいことだ。


 確かに助けてくれた恩義はいつか返さにゃなるまい。


 が、あのまま死んでも本望だった。


 いや、言うまい。


 ここまで生き恥を晒したのだ。


 異世界の恥はかき捨てなどという甘い考えは俺にはない。


 ただ、命が繋がったのであれば……。


「ああ、負けちまったな……」


「でも死ななかったんだから、リョーキは。

 生きていれば何度でも挽回のチャンスはあるって!」


「だが、相手はたかが犬だ」


「セリスさんが言うにはね。

 あの犬は、そこらの犬よりも何十倍も強いって。

 いわば、ちょっとした変異体だって。

 初心者で相手が務まるような犬じゃないって!」


「変異体なんだろうがなんだろうが、負けは負けだ」


 力なく呟いた俺にかける言葉も見つからないのか、セリスはもちろんホリィも黙り込む。


 事実は事実、だがそれを受け止めれないほど俺は弱くないはずだ。


 そして、男は負けてこそ強くなる。


 それは、俺の憧れだった、とある先輩の言葉だ。


 俺にヤンキーとしての生きる道を教えてくれ、たった14歳という若さでこの世を去ったあいつの言葉。


 タイマン張ったのは一度だけだったが、あれほどの強さを持った相手は他には居なかった。勝ったのは俺だったが、不思議と他の喧嘩とは違う後味が残った。


 あいつが俺に負けた後に言った台詞。


『負けたなあ。だけどな、男は負けることでこそ強くなるんだぜ?』


 何故だか負け惜しみには聞こえなかった。

 あの時俺は何も言い返せなかった。

 理由はわからないがその言葉に真実味を感じてしまったからだ。


 だからこそ、その後は意気投合し、ともに手を組み喧嘩したこともあった。


 ヤンキーのくせに、決して自ら喧嘩は売らず、売られた喧嘩だけを買い、伝説を築いて行ったというあの先輩。


 俺はタイマンで勝ち、その伝説を継承することになったが、どこかで俺には無い何かを持っていると密かに尊敬していた。


 あの時は、もやもやが残るだけだったが、今なら少しわかる気がする。


 負けてこそ強くなるというその言葉の意味。


「ホリィ……」


「なに? リョーキ?」


「俺は強くなりてえ」


「うん……」


「犬よりも、魔王よりも、他の聖剣チート持ちよりも、誰よりもだ」


 ホリィは俺の目を見て黙って頷く。


「力を貸してくれるか?」


「馬鹿……、リョーキ。

 そのためにボクはいるんじゃない!」


 俺達二人の熱い会話にセリスが割って入る。


「もし、良かったらだけど……。

 わたしも力を貸したい」


 突然の申し出に俺は戸惑う。

 ホリィも同様だったようで、


「なんで?」


 と率直に聞き返す。


「わたしの目的も魔王を倒すことなの。

 でも、未だにこんなところでくすぶっている」


「でも、セリスさんは……」


 そうだ。俺が敵わなかった犬を追い払い、回復までしてくれたのだ。

 相当の実力者なのだと思っていたが。

 実はこの世界の魔物ってやつはもっともっと強いのだろうか?


 あんな犬っころに負けるなんてありえないくらい情けないことなのだろうか?


「リョーキの目的が魔王よりも強くなることなんだったら、いずれ魔王とも戦うわけでしょ」


「そりゃまあ、そうだが……」


「だったらわたしにも、その手助けをさせて欲しい」


 俺とホリィは顔を見合わせた。


 やがてホリィが、


「そうだね、リョーキがこの世界で強くなるためには、仲間も必要かもしれない」


「いや、俺は基本誰ともつるまねえよ」


 そうだ。男は群れを組まない。

 いつだって一人で喧嘩してきた。

 例外はたった一人。あの先輩だけなのだ。


「でも……、強くなりたいんでしょ?」


「そりゃあな」


「そのためには、ボクの力を借りたいんでしょ?

 なら、ボクの言うこと聞いてよ」


「それとこれとは話が別だ」


 それを聞いたセリスは、


「強くなるには仲間の力を借りることも必要よ。

 なにも、力を合わせて魔王と戦おうっていってるわけじゃないの。

 あなたが魔王を倒せるようになるために手助けがしたいだけ……」


「ほら、リョーキ。

 そういうことならさ?」


 俯きながら、訴えかけてくるセリスはどうやら俺の漢気に惚れ込んだようだ。


 無様を晒しはしたが、この俺の持つ力の片鱗がにじみ出ていたのだろう。

 未来の可能性を見出したのだろう。


「いくら、一人で魔王を倒すっていっても、相手は一人じゃないんだから。

 回復だって必要だし……」


 俺の目標は、己の力のみで魔王を倒すこと。

 それには、魔王の手下どもも自らで倒すことももちろん含まれている。


 が、今の俺に何ができるか……。

 犬っころ一匹倒せないのも事実だ。


 男は負けてこそ強くなる。

 その言葉が真実であれば、負けたことを次に生かすために。

 成長することも必要なのかもしれない。


 俺はヤンキーであり続ける。これからも、一生。


 が、相手は異世界の魔物だ。

 郷に入っては郷に従え。


 そういう言葉もある。


 郷に従うためには、この世界での強さを学ぶことも必要なのかもしれない。


「ちっ、しゃあねえな……」


「じゃあ……」


「ああ、セリス、それにホリィ。

 しばらく世話になる。

 俺を強くしてくれ。誰にも負けねえだけの強さを。

 それを手に入れられるように」


「わかった!

 リョーキ。強くなって。

 聖剣の使い手としてふさわしい勇者になろう!」


「いや、おとこはあくまで素手喧嘩ステゴロさ。

 俺は、俺の拳で魔王を倒す!」


「……まじで?」

「さすが、わたしの見込んだ男だけのことあるわ」


 ホリィは呆れたが、セリスは嬉しそうだ。


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