6.続冒険
それにしても。
度重なる犬の攻撃。体は噛み傷だらけ。
出血量もたいがいで、意識が朦朧としてくる。
犬の、いや犬に限ったことではないのか。
野生動物の――一応魔物だということだが――反射速度、身体能力、対応力はすさまじい。
先手はいつも犬。
こちらから間合いを詰めようと近寄るまでもなく、飛びかかってくる。
それも、直線の動きからフェイントまでも入れ出す手の入れようだ。
闘い慣れしているのがありありとわかる。
こちとら、喧嘩の数じゃあ負けていないはずだ。
だが、犬相手の闘いとなると、片手で数えるほどしか経験していない。
『だから! ボクを!
ボクの力が必要なんだって!』
ホリィは再三、再四、そう主張するが、元々、素手喧嘩で望んだ闘いだ。
途中で刃物に頼るなんて漢の風上にも置けない所業。
「おらぁ!」
気合を込めて拳を、蹴りを繰り出すが、犬っころはすでにこちらの攻撃力の無さを看破したのか、気にせずに噛みかかってくる。
何十、何百と噛まれただろうか。
『ふらふらじゃん! 立っているのもやっとじゃん!』
ホリィの指摘は妥当と言えよう。
大量の出血のせいで、体がふらつく。
こりやぁいかんと思いつつ。
俺の無敗記録へと考えが及ぶ。
いくら、異世界の魔物とはいえ。転生後の出来事だとはいえ。
これで負けたら、連勝記録どころか無敗記録がついえてしまう。
「三千と……、四百五十六……」
『えっ? 何?』
「それが俺が今まで喧嘩した数であり、喧嘩に勝った回数だ。
自慢じゃねえが、タイマンで道具に頼ったことはねえ。
相手がナイフを持っていようとも。バットを持っていようとも!」
『ちょ、冷静に。
だって、最後に負けたんじゃあ……』
いわれてみれば。
異世界に来る前に、たかが50人相手に後れを取ったのも事実。
だが、あれはいわば自ら招いた自爆。
自分で放り投げた鉄パイプにどたまをかち割られて沈んだのだから。
「あれはノーカウントだ!」
『なんて都合のいい!
じゃあ、今回ぐらい使ってもノーカンにしとけばいいじゃん!
聖剣アクソクザン無しじゃ、ボクの力抜きじゃあどうせ魔王は倒せないんだし!』
魔王か。
この世界の最終目標。
そいつを倒せれば少しは箔が付くか。
だが、そいつすら、素手で倒すのが俺の目標。
『ムリだって!』
いかん、意識が……。体が……。
ホリィと無駄なやり取りを重ねている最中にも、犬の攻撃は止まない。
それどころか熾烈さを増している。
立っているのもやっと。
いや、もはや立ち続けることが困難に思えてくる。
弱気が顔をのぞかせる。
ふと視界に聖剣が目に留まる。
こいつを使っちまえば……。
楽なんだろうな。
何せ神が与えた聖剣だ。
その威力は桁外れだろう。
そして俺は犬に勝つ。
犬を切り裂き……。
そして失うのだ。漢としてのプライドを。
今まで築き上げてきた俺自身の矜持を。
それでも……。
負けてしまうよりかは……。
聖剣は、アーサー王伝説よろしく地面に突き刺さっている。
俺以外には抜けない仕様ではないだろうが。
引き抜け! そして目覚めよ! そんなオーラが感じられる。
『引き抜いて! そんで勇者として目覚めてよ!』
ホリィが甘い誘惑をかぶせてくる。
俺は、にじりにじりと、犬の攻撃を食らいながらも聖剣へと。
ホリィへと。
アクソクザンへと。
距離を詰める。
『そうだよ!
それでこそ勇者だよ!
伝説になるんだよ!
リョーキは!
この世界の救世主だ!
素手なんかにこだわっている場合じゃないよ!』
ホリィの言葉に後押しされて俺は聖剣の柄に手をやる。
心は決まった。
俺は躊躇なくそれを引き抜いた。
得物を手にした俺に警戒心を強めた犬っころは、距離をとって様子を伺っている。
畜生にも、魔物にもわかるのだろうか?
俺の手にしたこの聖剣の威力が、危険度が。
それでも、犬はにじりにじりと距離を詰めてくる。
俺は思いっきり聖剣を振りかぶり……。
そして再び地面に突き刺した。
『ええ~~~~!?
何してんの!』
ホリィが驚愕の声を上げる。
「俺の中で結論は出た。
ホリィがそこまで言うのならこの剣の力を借りてやろうじゃねえか!
だが、それは武器としてじゃねえ!
俺の体を支える杖代わりだ!
こうなったら我慢比べ。
出血多量による死が先か。
それとも俺の気合いが尽きるのが先か。
それまでは、この聖剣で、俺の体を支え続ける。
ありがとよ。
こいつのおかげでまだまだぶっ倒れずにはすみそうだ」
『ちょっと待って!
我慢比べって!
全然リョーキの勝ちへの道が見えてないんだけど!?
どっちにしろ倒れるの?
負けちゃうよ!
それでいいの!』
もちろん、簡単に負けるわけにはいかねえ。
残る気合いを全て込めて渾身の一撃を急所にお見舞いしてやる。
そのために、力を温存するためにもこの聖剣は役に立つだろう。
両足だけなら立っているのもやっとでも。
聖剣に預けた両手に体重をかけ、荷重をばらせばまだまだあと少しは立っていられそうだ。
「こんないいもんを与えてくれてありがとよ」
これは俺の本心からの言葉だ。
『全然、想定している使い方じゃないんだけど!』
神の思惑やホリィの想いなんて知ったこっちゃねえ。
俺は俺の好きなようにやる。
それが、15年ばかり生きてきた俺の生き様だ。
それをいまさら変えるつもりはさらさらねえ。
連勝記録ストップ上等!
出血死上等!
負けてしまうのは悔しいが。
最後まで漢であったか否か。
それが俺の価値を決めるのだ。
俺が俺であり続けるためには。
ステゴロタイマン勝負。
それだけは譲れねえ。
死のうが負けようが知ったこっちゃねえ。
己を失うこともまた、ひとつの敗北であるのだからだ!
『か、かっこいい……、
ような、単なる馬鹿なだけの……ような……』
ホリィ、俺に惚れるなよ。
『べ、別に惚れてなんか……』
「へっ」
俺は小さく笑った。
それを挑発と受け取ったのか。
それともわずかな気の緩みを察知したのか。
犬っころが加速して飛びかかってくる。
狙うはカウンター。
もちろん聖剣ではなく、正拳で。
あわよくば、連続攻撃などという小賢しい真似は考えない。
一撃に全てを高める。
俺は拳に力を込める。
犬との距離はあとわずかだ。