5.冒険
「ほんとに無装備で冒険に出るつもり?」
ホリィが心配そうが40%、呆れた具合が60%の口調で言う。
「ヤンキーに二言はねえ」
「だって、この世界のことも何も知らないでしょ?
スキルとか適性職とか」
「スキル?
んなもん男気があれば問題ねえ。
クラスはヤンキーだ。それ以上でもそれ以下でもねえ」
「ヤンキーとか言いながら、喧嘩とバイク以外は案外真面目だったくせに」
「なんか言ったか?」
「せめて防具ぐらいは揃えようっていったの!」
防具なんて、学ランと、鍛えた体があれば事足りる。問題ない。
それに、50人相手だったとはいえ、鉄パイプなんてものを振り回したから罰が当たって死んでしまってこんな羽目になったのだ。
やはり喧嘩は素手が潔い。
口やかましいがホリィは単なる聖剣でありアイテムだ。
主従関係で言えば俺が主。番長だ。
「行くぞ!」
俺はこの世界で、強くたくましく生きていくために一歩を踏み出した。
「そっちじゃないって!」
「ああ、道案内ぐらいはさせてやろう」
「ほんとに。
痛い目にあっても知らないんだからね!」
街を出た。
来たときとは違い結界石なんてアイテムには頼っていない。
いつ魔物に襲われてもおかしくない。
いや、むしろこっちからお願いしたいくらいだ。
「この辺りに生息している魔物の情報ぐらいは聞いとく?」
「いらん。
男はいつでも臨戦態勢。
かかってくる奴は片っ端からぶん殴っていけばいいだけのこと。
お前は黙って道案内をすればいい」
「はいはい。わかったよ。
この付近の魔物はまあ普通に武器と防具を身に付けて、戦闘態勢を整えている冒険者にとっては強敵じゃないから。
でも、次の街に行く途中で魔物の強さが変わるから。
無理そうだったら引き返すからね!」
俺はうむ……と頷き、ホリィを追い越し歩いていく。
しばらくして、遠くに小さな動く物体が見える。
「おい、あれは魔物か?」
「そうだね。この辺の……」
「シャラップ!」
説明も聞かずに俺は駆けだす。
そして魔物を姿を確認する。
「犬じゃねーか!」
「そうだよ。犬だよ。
この世界では犬も魔物だから」
俺の全力疾走に苦も無くついてきたホリィは、
「首とかやられたら致命傷だから」
と、縁起でもないことを言う。
犬は俺を見ながらじりじりと近寄ってくる。
どこからどう見ても犬だ。多少獰猛な顔つきをしているが狼ほどのデカさも迫力も無い。
転生後初対戦の相手がただの犬とは聞いて呆れるが。
「間違いなく魔物なんだろうな?
飼い犬だったりしたら後味悪いぞ?」
念のために確認する。
そう、俺はヤンキーとはいえ女子供、弱者、そして小動物には手を出さないのだ。
「犬を飼うなんて習慣はないからね。
野犬みたいなもんだよ」
「ならば、俺と出会ったことを不運に思うしかないな」
「がるるるる!」
犬が飛びかかってきた。
なかなかに素早いが、一直線だ。
地球の犬とそれほど変わらない動きだ。
「噛まれた!」
ホリィが叫ぶ。
「計算のうち!」
肉を斬らせて骨を断つ。タフさが自慢の俺の戦略だ。
腕を噛まれたぐらいで、こちらの戦闘力は低下しない。
小5の時に、近所のドーベルマン相手に使った戦略でもある。
あえて、左腕を噛ませて、利き腕である右腕で迎撃するのだ。
「おらあ!」
犬のどてっぱらに拳を叩きつける。
これで、犬はキャインと吠えながら逃げるか一度距離を取るはずだ。
「効いてないよ!」
「そんなわけがあるか! 多少根性が座った犬だというだけのこと」
再び、三度、犬に拳を打ち出すが、確かに。
ダメージを受けたふうではない。
じきに、犬は自ら口を離して距離を取る。
俺の左腕からぼとぼとと血が流れ出ている。
「ほう、そうとうなタフな犬だ」
「呑気なこと言ってる場合じゃないって!
リョーキの攻撃は効かないんだって。
この世界はステータスが重要で、相手の防御力を超える攻撃力を持っていないと何回やってもダメージなんて与えられないんだから!」
「笑止」
普通に殴ってダメージが与えられないのであれば。
滅多に使わないが相手の突進力を利用するのもひとつの手だろう。
いわゆるカウンターだ。
犬は人間の弱点を心得ているのか、それとも野生でも顔を狙うのが鉄則か。
やはり、首元付近目がけて飛びついてくる。
渾身のパンチを撃ち込むが、犬の軌道を逸らすことにしか成功しない。
手ごたえが無い。
犬が飛びかかって来てはそれを殴ってなんとか向こうの一撃を回避するのがやっとの繰り返し。
それが何度も続く。
「もう! 無理だってば!
素手じゃ勝てないよ。
ボクを使って!」
ホリィの姿が剣に変わる。
なるほど。今の俺の力では犬コロ一匹倒せないとは。
難儀な世界だ。
だが、そこで安易に光り物に手を出すなんて漢がすたる。
あくまで素手にこだわってこそ。
『馬鹿なこと言ってる間に!』
ホリィの声が脳内に響く。剣の姿をとっているときは会話ではなく直接通信のようだ。
犬の動きが変わった。
一気に殺るのではなく徐々に力を奪う戦略へ。
俺が繰り出す拳や蹴りに素早く反応してそこを狙ってくる。
「畜生が小細工を弄したところで!」
強がってはみたものの。
一撃必殺の致命傷狙いではなくちまちまと攻撃してくるのはさすがに難儀だ。
見る間にあちこち噛み傷だらけ、血だらけになる。
『死んじゃうよ!
お願いだから!
ボクの力を頼ってよ!』
再三にわたるホリィからの申し出。
いや、その物言いは懇願か。
なるほど。
防御用に手にしておくくらいはありかもしれない。
が、ここで誘惑に負けるような俺ではない。
アクソクザンだかホリィなんだか知らないが。
所詮はチートアイテムだ。
一度その味を覚えてしまえば、後戻りはできなくなる。
死闘が続く。