3.ギルド
「あっ、そうそう。
出発する前に、大事なことを忘れてたよ」
「ん?」
ホリィの言葉に俺は立ち止まる。
ホリィは何かを唱えると、
「これ。
魔物除けのアイテム。
結界石」
「魔物除け? なんで魔物を避けなきゃなんねえ?」
向かってくるものは倒してしまえばよい。
ただそれだけのことだ。
「それはね、今のリョーキの強さがまだはっきりとわかってないからなんだ。
ギルド登録をすまして、スキルカードを手に入れたらステータスもそこに出るから攻略も立てやすいんだけど」
説明されてもまったく腑に落ちない。
「するってえと何か?
俺が、魔物に後れをとるとでも?
この辺りの魔物はそんなに強いのか?」
「それは、ちゃんと考えて転生させてるから。
魔物の分布で言えば最弱レベルの地方だよ」
じゃあ、なおさら魔物を避ける必要なんてないのでは? と思う。
「そうはいってもね。
今までに何人も街に辿り着くまでに死んでるから」
「結構なハードモードだな。
なんだ。聖剣の力ってのはそんなに頼りないものなのか?
それはそれで結構。
俺は、この拳で闘い抜く。
喧嘩で負けたことは一度もねえんだ」
「でも一応決まりだから……。
今回ばかりは、言うこと聞いてくれると助かるな」
小さな女の子にそういう風に言われると断わりにくい。
その正体が剣であったとしてもだ。
「よおし。わかった。
だが、今回だけだぞ。
次からは俺の好きにやらせてもらう」
そんなこんなで、結界石を発動して、安全で退屈な行脚が始まった。
何のイベントも起こることなく街に到着する。
「ほう。
なるほどな。中世で西洋風。
良くある異世界のイメージまんまだ」
街の様子を見てそんな率直な印象を受けた。
歩く人々の服装が若干カラフルな気もするがどれもこれもくすんでいる。
大通りには石畳が敷かれているがそれ以外は、未舗装の土の道。
建物は、二階建て以下がほとんどでちらほらと大きな屋敷があるが、どれもこじんまりとしている。
屋台が多く、人通りもそれない。活気はあるようだが。
「ギルドはこっちだから」
観光客気分できょろきょろと辺りを見渡す俺に構わず、ホリィは歩を進める。
まあ、さっさとギルド登録でもなんでも済まして、冒険に出るなりして魔王を倒すのが目的だ。
いろいろ興味を惹かれるもの――屋台で売っている食べ物など――は多いが、後で時間もあるだろう。
俺はホリィの後ろを黙ってついていく。
ほどなくして、一軒家にしては多少大きいが、さして珍しくもないようなこの世界ではごく普通っぽい建物の前に到達した。
「ここがギルドだよ」
ホリィに促されて中に入る。
薄暗さの目立つ室内には、何人かテーブルに座って談笑するもの。
掲示板のようなものを眺めるものなど居るものの寂れた雰囲気だ。
男が多いが女も何人か居るようだった。
ホリィはすたすた歩くと奥にあるカウンターへと向かっていく。
「すいません。冒険者登録しにきました」
「お嬢ちゃんが?」
と、カウンターに座る中年男性が応対する。
「いえ、あっちの男の子」
男の子なんて呼ばれる年齢でもないだろう……と思いつつも、俺もカウンターで男性と正対する。
「ああ、君かい。
まあ、それなりに腕っぷしは強そうだ。
はいこれ」
と男性が一枚のカードを手渡してくる。
「?」
「なんだ? スキルカード知らねえのか?」
「それを胸に当てて名前を言うんだよ。
それで登録が出来るから」
ホリィの簡単な説明を受けて言われたとおりにする。
えっと、名前か。
リョーキに決まったんだっけな。
「リョーキ……」
言われたとおりに名前を呟くとカードが仄かな光を放った。
「その光り具合じゃあ大したことねえな」
残念そうにギルドの受付の男性がぼそりと漏らす。
「ああん?」
一瞬の内に俺は受付男性の胸ぐらを掴んでいた。
「やめなよ!」
ホリィが言うが言うべきことを言わないストレスと付き合えるほど俺は気が長くない。
「あんだと? ゴラァ?
大したことねえだと?
喧嘩無敗のこの俺が?
冗談かましてるとやっちまうぞ!?」
「ひいぃいぃ」
男が悲鳴にも似た声を漏らす。
「血の気の多いのがやってきたようね」
ふいに女の声が聞こえた。
俺はそっちに向き直る。
一人の女が向かってくる。
ギルドにはふさわしくない――実際この世界には来たところだから、一般的な服装がどうなっているのかわからないが――白いロングスカートのワンピースを着た金髪の女性だった。
「ギルド内での暴力はご法度よ。
ましてや職員に手を上げるなんて」
そう窘められて、多少込めた力を緩めたが、それで怒りが収まりきるものでもなかった。
そんな俺を、
「そうだよ。リョーキ。
ペナルティ与えられたら今後の冒険に支障も出るし」
と、ホリィが宥めにかかる。
「ちっ!」
小さく舌打ちをして俺は男から手を放した。
それを見て女は小さく頷くとまた、元居たテーブルへと引き返す。
「も、もめごとは厳禁ですから。
特にギルド職員に対する乱暴は重罪で、そっちのお嬢ちゃんの言ったとおり、厳重な罰が与えられます。
ご注意いただければと……」
腫物に触るように、受け付けの男は弱々しく丁寧に注意を口にする。
「わあったよ。
とにかく、手続きを進めてくれ」
渋々俺は相手に従うことにする。
元々弱い物いじめは好まない。
相手が態度を改めたらそれでいいのだ。
「では、カードを一度見せてもらえますか?」
言われるままに、カードを突き返す。
「ほうほう……」
男は言葉を選ぶように、慎重に、
「まあ、えっと、ごく平均といいますか。
特にまあ問題はないです。
多少、体力と耐久値が優れていますが、攻撃力に特化しているわけでもないですし。
いや、十分です。十分ご活躍できると思いますよ」
言葉を濁している説明に不信感を覚えて俺はホリィに直接尋ねる。
そもそもカードに何が書かれているのか見てもいないのだ。
「おい、どういうことだ?」
ホリィは男からカードをひったくるように奪うと、俺に見せつける。
「言われたとおりだよ。
スキルカードの登録したら、登録者の能力、ステータスみたいなのが数値化されて表示されるんだよ。
で、リョーキの場合は。
腕力も魔力も知力も冒険者にしては平凡。
体力と耐久値が高いっていってもそれほどじゃないね」
「おいおい。
あれか? 転生前の力はそのまま引き継がれないのか?」
「うーん。そういうこともないんだけど。
他の人もそうだったけど、こっちの世界の人って基本パラメータが高いみたいだね。特に冒険者をやろうなんて人達は。
だから、それに比べると平凡になっちゃうみたい」
なるほど。そういうことか。
俺の力がそのままでも、周りが強化されているから、その中では埋もれる。
理解しやすい話だ。
「でもあれだろ。
そのステータスって固定ってわけじゃないんだろ?」
「えっとお。
言いにくいんだけど……。
成長期とか、子供から大人になる時には大きく数値が伸びるけど。
リョーキぐらいの歳からじゃああんまり成長は見込めないかなぁ」
喧嘩無敗の俺が? 平凡な能力しか与えられなかった?
そりゃ、チートは嫌いだ。
転生ボーナスで腕力や敏捷性なんかに補正がかかるのは余計なお世話だと思う。
さらに言えば魔力なんて俺にとってはどうでもいい話だ。
だが、気に食わないのは、この俺様がそこらの底辺と同等の能力しか持っていないという事実。
「まあ、そのためにボクが居るんだし」
ホリィの言葉は慰めにもならない。
いまいち信ぴょう性の薄い――それが与えられているにも関わらず、何人もの先行者に死を訪れさせている――聖剣の力だけで、生きぬく? 勝ち抜く?
まっぴらごめんだというのが、率直な気持ちだった。