19.真価
「リョーキ殿、決断を!」
ヨシムネが叫ぶ。
ヨシムネは群がる犬どもを追い払い、一瞬だけだが余裕が生じている。
が、犬の数はまだまだ沢山いる。
気を抜けば、いや気を抜く抜かないにかかわらず、近いうちに、下手をすれば数瞬後にはまた犬どもに囲まれるだろう。
チャンスは今しかないのかもしれない。
「わあったぜ、ホリィ、ヨシムネ。
この一度、今のこの時のみ、俺は聖剣を手にして戦うことを決意しよう」
「そのことば待ってたでござる。
それから、ホリィからの伝言でござる。
リョーキ、ありがとうとのこと」
ヨシムネは律儀にホリィの伝言を伝えてくれる。
ヨシムネはすぐさま俺に剣を投げつける。
宙を切り裂くように飛びながら、ホリィはカタナモードからソードモードへと変化した。
俺は飛んできた剣を左手で受け止めた。
『リョーキありがとう』
それはさっき聞いたぜ。
『どうしても直接伝えたかったから』
ホリィが俺の手に収まった。
が、状況が芳しくないのは目に見えてわかる。
スキルポイントがそもそも残っていなかっただろうが、ヨシムネは武器を失い、戦力としては数えられない状況だ。
セリスもしかり。あいつには回復用にリザーブしている魔力しか残っていない。
ホリィは強大な武器だが、使用者なしには威力が発揮できない。
かといって俺はヤンキー。
剣での戦いは不得手だ。
対して、相手はまだ結構強い犬が数十匹。
そして戦闘力53万を誇る最強の――魔王よりも強い――犬が一匹後に控えている。
状況はなかなかに厳しいのだ。
俺一人、ホリィの力を借りながらとはいえ、俺一人で。
セリスを護りながら、ヨシムネを護りながら戦わなければならないのだった。
だが、どういうことだろう。
ホリィを手にした瞬間に力が漲ってくるようだった。
『それは多分、聖剣の、ボクの持つ補正効果だよ』
なるほど。
伝説の武器にはありがちなやつだな。
装備者にボーナスを与えるという奴だ。筋力増加、体力増加。俊敏性、その他もろもろ。
これならいける。
俺は確信した。
めちゃめちゃ強い犬には敵わないまでも、雑魚犬どもには勝てる。
気合スキルなしでも。
そうなのだ。俺が苦戦していた状況の理由のひとつには気合スキルを温存していたということもあるのだ。
かといって、気合をMAXまで高めたところで、これだけの犬相手にには最後まで持たない。
それに出てきた魔王幹部のことも気になる。
さまざまな事情が俺に気合スキルを乱発することを控えさせていた。
使用すれば、犬の5~6匹は葬れただろう。
だが、そこでスキルポイントが尽きて終わりである。
が、ホリィを手にした瞬間に、気合スキルで得られる力以上の能力に目覚めた感覚が俺を貫いた。
「勝つる!」
俺は確信した。
セリスをヨシムネを護るべく、彼女らの周囲で。
「かかってこいやあっ!」
と雄叫びを上げて犬どもを挑発する。
三十匹弱が同時に動いた。
ある犬はヨシムネやセリスを狙い、一部は俺に向ってくる。
俺は、犬の攻撃を気にせずに、ただヨシムネやセリスを護るべく、そちらに向かった犬に対して迎撃態勢に入った。
右の拳を固く握りしめる。
「おらああ!!」
拳から気が放出される。
それは、俺がパンチをみまった犬のみならず、衝撃波となって多数の犬を巻き込んだ。
一瞬で、数匹の犬が絶命する。
手ごたえありだ。
それでも犬どもは怯まない。
リーダーの指示なのか、野生の本能なのか。
狙いを俺に絞ったようだ。
二十匹以上の犬が俺に一気に向かってくる。
俺は、左手に持った聖剣の加護の力を感じつつ、それでも右の拳を打ち払う。
俺の拳は音速を超えた。
第一撃では衝撃波によって多数の犬を効率良く仕留めたが、それは俺の望むところではないのだ。
あくまで一撃壱殺。
物理にて仕留めていくのがヤンキーのスタイルだ。
一匹、二匹、三匹、四匹、五匹。
音速を超えた俺の拳は、俺の放つパンチは、確実に犬にヒットする。
当たればそれは有効打、致命打。
犬は一撃で吹き飛び霧散する。
「リョーキ殿が覚醒したでござる」
「いける、いけるわ!」
『想定外! 想定外だけど!』
口々に俺は称賛の言葉を浴びた。
戦いの時間はほんのわずかだった。
残りは戦意を失いつつある普通に強い犬が2~3匹。
そして、ありえない強さの犬が一匹。
俺はヨシムネに向かって聞く。
「ヨシムネ、今の俺の戦闘力は何万だ?」
「ざっと見積もって10万を超えた程度でござる。
普通に強い犬を圧倒できる強さでござるが……」
ヨシムネは言い澱んだ。
続く言葉は目に見えている。
その言葉がヨシムネから告げられる。
「あの、生半可なく強い犬との差は歴然。
このままでは勝つことは罷り通らないでござる」
そうだろうな。
これだけの力、俺の嫌うチートにも似たステータスの向上をもってしてもあの罷り通らないほど強い犬を相手にするだけの力は得られていないのだ。
「気合いをつかえば……」
セリスが言う。
それは願い、希望を込めた言葉だった。
願望を言葉にした言霊だった。
確かに。
気合スキルは温存している。
気合MAXになれば、俺の戦闘力は増加されるだろう。
が、ヨシムネが夢を打ち砕く。
「拙者のみつもりによると、リョーキ殿が気合をMAXにしたところでもその効果は数倍。多く見積もっても3倍程度。
30~40万の戦闘力に辿り着くのが精々でござる。
戦い方を工夫すればあるいはともおもうでござるが、10万以上の、倍近い戦闘力の差を埋めるのは簡単なことではござらん」
「そんな……」
セリスがか細く漏らす。
「だが、希望はあるでござる。
ホリィ殿の攻撃力は、なみなみならんでござる。
拳ではなく、剣での攻撃を積み重ねて行けば活路は開けるでござるよ」
「だとよ、ホリィ。
どうする。
俺に望むか?
拳ではなく、自分の力で強敵に立ち向かうことを?」
『一度、一度だけ試してみて。
リョーキがボクを使いこなす資質に目覚めたかどうか』
「ためす?」
『うん、あっちの普通に強い犬のほうでいいから』
これまで何十匹もの犬を拳で法持ってきたのだ。
一匹ぐらい剣で仕留めても、俺のヤンキーとしての矜持が傷つくことはないだろう。
そう判断した俺は、手近な犬に向って剣で攻撃した。
威力はあった。犬は吹き飛んだ。
だが、斬れもせず、倒すこともできなかった。
『やっぱり……。
今のリョーキにはボクを使いこなすことはできない……』
「どういうことでござるか? 峰打ちでござったか?」
ヨシムネが聞く。
「いや、想像はできてたよ。
だから試してみたってのもあるんだがな。
俺がもつ限り、ホリィには切れ味といったものは期待できない。
それに、単純な打撃に関しての攻撃力も俺の素の拳以下だろう」
警戒して様子を見ていたそれなりに強い犬たちは最期のあがきとばかりに飛びかかってくる。
俺は、それを拳で撃退する。
「おらああ!!」
一声叫ぶ間に、数発のパンチをそれぞれに叩き込む。
これで、雑魚であるそれなりに強い犬は殲滅した。
残りは一匹。
魔王よりも強い犬だ。
「俺の力の全てを込めるぜ!」
俺は気合を重ね掛けした。
気合の効果時間はたかが知れている。
MAXまで高めた気合は、戦うごとに低下していく。
つまりは、始めの一撃が最高の威力を持った攻撃だということだ。
防御で気合を消費することも考えると、攻撃で3発。
敵の攻撃を食らえる回数が2回程度。
それ以上戦いが長引くと俺に勝ち目はなくなるだろう。
魔王よりも強い犬がゆっくりと近づいて来る。
どうやら、これまでは小手調べ。俺の戦闘力を見極めるために泳がされていたようにも感じるほどだ。
魔王軍幹部の ガーヴァーヴェンヘナーの力添えによって極限まで強化された犬は知能の面でも他の犬とは比べ物にならないレヴェルに達しているのかもしれない。
「残りはお前一匹だ。
この拳、うけて見やがれ!」
俺は犬に向って駆け出した。
左手には聖剣を。
そして右手は固く握りしめながら。




