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18.再会


「居たでござる!」


 目がいいのか、犬を見つけたのはヨシムネだった。


「ホリィ殿、頼むでござるよ」


「わかった」


 ヨシムネの頼みにホリィが答えて剣化する。


「まずは一匹でござるな」


 犬もこちらを見つけたようだ。こっちに向って走ってくる。


「俺に試させてくれ」


 俺は、ヨシムネの前に出る。


 特訓の成果を見せる時が来た。


 まずは小手調べ。気合を注入しない状態での俺の力を試す。


 が、そのもくろみがヨシムネに伝わったのか。


「リョーキ殿! 手を抜いている場合ではないでござる」


 気が付くと犬に囲まれていた。


 犬の群れ。


 360度をぐるりと取り囲まれる。

 その数は、20、いや30を超えているだろうか。


「いきなり、こんなに……」


 セリスが、驚きの声を上げる。が、


「くらいなさい! 極炎の狂奏曲バーニング・シンフォニア!!」


 セリスが魔法を発動させる。


 炎の渦が、犬たちを一気に焼き尽くす。かに見えた。


「利いてないでござるな」


 ヨシムネは冷静だった。


「そんな……」


 セリスは戦慄を浮かべる。


「まったくダメージを受けてないってわけじゃなさそうだがな」


「しかし、数を減らすことはできなかったでござるな」


「まあいい、セリス。

 少しでもダメージを与えたんなら上出来だ。

 警戒して攻め手も緩むかもしれん」


 俺は希望的観測を口にした。


 犬たちは、一気に襲い掛かろうとしているのか、じりじりと輪を詰めてくる。


「統制がとれている。

 野生の犬ってのはこんなに闘いなれしてやがるのか?」


「おそらく、リーダーがいるでござるよ」


 ヨシムネは何かを唱えた。スキルの発動のようだ。

 そして驚きの声を上げる。


「ば、馬鹿なでござる。

 この犬たちの戦闘力は平均して5000~6000」


「それって強いのか?」


 5000と言う数字の持つ意味がわからなかった俺は、素直にヨシムネに聞く。


「拙者や、リョーキ殿は多く見積もっても1万は超えない程度でござるよ。

 気合いを入れないリョーキ殿は2000程度でござるがな。

 もちろん、戦い方や、戦術によっては戦闘力がそのまま勝敗に結び付くわけではないでござるが……」


 と、犬たちの輪の外に人影が現れた。


 黒い甲冑に身を包んだ騎士のようだ。


 援軍ではなさそうだ。


「誰でござるか?」


「我が名はガーヴァーヴェンヘナー。

 魔王軍幹部のひとりぞ。

 犬たちが騒がしいから来てみれば。

 たったの三人でこれだけの犬に勝てるつもりか?」


「おうよ。勝算も無しにやってくるほどの愚か者じゃねえ!」


 俺は言い切った。


「自分の愚かさに気付けないほどの愚か者ということか」


 ガーヴァーヴェンヘナーは長い金髪をひるがえしながら言う。

 すらっとした体型で、身長は190cmを超えているだろう。

 長躯ではあるが、どことなく優雅な佇まい。

 美形で、二十代後半に見えるが、相手は魔族だ。

 見た目以上に経験も積んでいるはずだ。


「まさか、おぬしが犬の強化を?」


「ほんの児戯である。

 魔王様の懸念を少しでも減らすため。

 我が力によって犬に魔術を施し、その戦闘力を高めた。

 この付近の冒険者では太刀打ちできない程度までな」


「そいつあ、運が悪かったな」


「どういう意味だ?」


 ガーヴァーヴェンヘナーが尋ねる。


 俺は答えてやった。


「たしかに、街の冒険者相手には十分すぎる強さだろう。

 そして、少し前の俺にとっても歯が立たない相手だった。

 だが、今は違う」


「たしかに、お前達二人はほどほどの強さを持っているようだ。

 そっちの魔術師の魔法も素晴らしい威力だった。

 だが、結果はどうだ?

 犬たちに犠牲を強いることができたか?」


「たしかにセリスの魔術は効果が無かったが。

 俺の拳を食らってそういうわけにはいかねえさ」


 俺は強がりではなくそういった。


「これだから馬鹿は困るのだ」


 とガーヴァーヴェンヘナーはため息をつく。


「見たところ、犬たちとお前たちの力量差はわずかだ。

 一匹や二匹、あるいは両手に余るほどの犬であれば倒しきることも可能であろうが」


「30だろうが、50匹だろうが、俺は勝ちきって見せる!」


「ならば、お前の希望、絶望に変えてやろう」


 ガーヴァーヴェンヘナーが片手を振り上げると犬が一匹増えた。


 その犬の風貌、毛並み。

 俺はとっさに理解した。

 これは俺を散々苦しめたあの時の犬だ。


「我の最高傑作。

 他の犬は統率力で勝負する。

 が、こいつは違う。

 統率も連携も必要としない」


 隣でヨシムネがガタガタと震えだした。


「ば、ばかな……」


「どうしたんだヨシムネ?」


 俺は聞いた。


「あの犬の戦闘力……。

 53万でござる……」


 それがどれほど絶望的な数字なのかわからない。


 と、ホリィが剣の姿から、人間の姿に戻った。


「ほう、奇妙な技を使う仲間がいるようだ。

 神具のひとつ。

 これは魔王様への良い手土産となるだろう」


 ガーヴァーヴェンヘナーが薄笑いを浮かべた。


「どうしたんだ、ホリィ」


「ムリだよ。ありえない。

 魔王の強さだって、30万かそれくらいだっていう話なんだから。

 それにその幹部の奴だって……」


「そうでござるな。

 奴の戦闘力は、20万に届くかどうかというレヴェル。

 それだって、今の拙者たちには絶望的な相手でござるが」


「そうか、あの犬は魔王よりも強いんだな。

 ということは、あの犬を倒せば魔王も倒せるということだ」


「減らず口を叩く元気だけはあるようだが、何時まで持つか。

 見届けるまでもない。

 犬たちの牙によって、その命脈を途絶えさせるがよい」


 言うなり、ガーヴァーヴェンヘナーは消え去った。

 俺達が犬に負けるのは必定。その様を眺める価値もないということか。


「ホリィ、ヨシムネの力になってやってくれ。

 ヨシムネ。雑魚は任せた。

 あの、一番強い犬は俺に任せろ」


 言うなり俺は、一番強い犬に向って走りだした。


 そして戦いが幕を開けた。


 思惑どおりにはいかない。


 一番強い犬との一騎打ちを望んだ俺だったが、他の犬にそれを阻まれる。


 ヨシムネも良くやっているが、多数の犬に攻め立てられて防戦一方だった。


 なんどもセリスに犬が飛びかかろうとする。

 それを護ってやる必要もあった。


「くそ! 何匹殺った?」


「ほんの数匹でござる……。

 拙者の通常攻撃では致命傷を与えるまでも至らぬでござるよ。

 かといってスキルを発動する隙を与えてもくれぬ」


 ヨシムネはそれでも聖剣アクソクザン(カタナヴァージョン)を駆り、犬たちにダメージを蓄積していく。


 セリスを護りきれているのが奇跡とも言えるような時間帯が続く。


 その理由のひとつは、一番強い犬が戦列に加わっていないことが大きい。

 奴は、ずっと様子を見ている。

 こちらの戦力を見極めるように。

 俺の力を測るように。

 俺達の手の内を暴くように。


 いつ、どのタイミングで攻撃に加わるかわからない。

 その時は、俺達の防衛線の破られる時であるような気さえしてくる。


 戦いは続く。


 徐々にダメージが蓄積してくる。気合の残りも少ない。


「ぐぬうっ!」


 ヨシムネが悲痛な叫びをあげた。


「ヨシムネ! 腕が!」


 見るとヨシムネの利き腕である右腕がぐったりとぶら下がっている。

 筋か腱をやられたようだ。


 乾いた音を立てて、ホリィが地面に落下する。


「すぐに回復するから!」


 セリスが叫ぶ。


「今はまだその時ではござらん!」


 ヨシムネは左腕で剣を拾うとまた、体制を立て直して犬たちに立ち向かう。


「どうした!? その傷じゃあ!

 セリス、回復してやってくれ!」


「それなならんでござる!」


「どうしてだ?」


「セリス殿が回復魔法を使えるのは後一回ぐらいでござろう?」


「ヨシムネ、どうしてそれを!」


「知っていたでござるよ。

 セリス殿の魔術の強さ、攻撃も回復もそれはかなりの高位の魔術でござる。

 セリス殿のクラスやレヴェルに見合わぬほど。

 それは、消費魔力と発動時間を犠牲にしたものではござらんか?」


「それは……。」


 セリスが口ごもる。どうやら図星のようだった。

 そういえばセリスが連続して魔術を放ったのを見たことがない。


 連発に耐えられるだけの魔力量がなく、一回一回の発動に時間がかかるのならそれは納得できる。


「ごめんなさい。隠していたわけじゃないけど。

 言いだす機会が無くって」


「セリス。

 回復魔法はあと一回しか使えないのか?

 発動にはどれだけかかる?」


「チャージは終わってるから何時でも使えるわ。

 でも、あと一回使えばほとんど魔力が残らない」


「そうであれば、回復はぎりぎり、拙者とリョーキ殿がともに致命傷を受けた時のために温存しておくべきでござろう」


「でも、ヨシムネ。

 その腕じゃあ……」


「たしかに長くは持たないでござるな。

 リョーキ殿。相談があるでござる」


「なんだ?」


 俺は犬をぶん殴りながら、聞き返す。

 今のは手ごたえがあった。

 急所に命中した感触だ。

 そうこうしているうちにも、足にかみついた犬を振りほどくべく、大きく鋭く蹴りあげる。


「やはり、片腕、しかも利き手ではない左腕ではホリィ殿の力を十分に発揮はできないでござる」


 言葉とはうらはらにヨシムネの剣さばきは冴えわたっている。


 犬が致命傷を受けるのを恐れて、攻撃の手が緩んでいるというのもあるだろうが、ヨシムネも戦いを攻守の割合を均等から守備に重きを置く戦いに切り替えたようだ。

 

 近づく犬を切り捨て、振り払い、間合いに入れさせない。

 それはひょっとしたらなんらかのスキルの力なのかも知れなかった。

 そしてスキルを使っているということは、いつか来るスキルポイントの枯渇によって現状はあっさりと打ち破られることを意味する。


「察しの通りでござる。

 脇差ようにとった防御用のスキルでなんとかしのいでいる状況。

 長くは持たないでござる」


「ならば、全力で犬どもをぶちのめすまでだ」


「それが簡単に為し得ないことであるのは十分に理解できたでござろう」


「……」


 俺は言い返せなかった。


 今までにヨシムネと俺で数匹の犬を倒したが、一匹を除いて全てヨシムネの攻撃によるものだ。


 聖剣を手にしたヨシムネでさえ、よほどの幸運に頼まなければ犬を戦闘不能にまで追い込めない。


 そして俺はと言えば、噛み傷だらけで、犬へのダメージはほとんど与えられていない。


「ホリィ殿からの伝言でござる。

 リョーキ、ヨシムネはすごい剣の使い手だけど、選ばれし勇者ではないからボクの力を全て発揮できてない。

 それが出来るのはリョーキだけなんだよ」


 このままでは、じりじりと戦力を奪われ、一度はセリスの魔法で回復はできるものの、結局やられてしまうだろう。


 打破するためには、力がいる。

 力……。


 それは、ホリィなのか?


 結局俺は、ホリィの力を借りなければ、犬っころ相手も務まらないのか。


 迷いが生じる。


 プライドをとるために拳のみで戦い続けるか。

 それとも、仲間を護るためにプライドを捨て去るか。


 今決めなければ手後れになるだろう。

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