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15.爆伸

 セリスが去った後、とりあえず残ったヨシムネと修行を行うことになった。


「拙者、素手での攻撃が不得手であるでござるから、武器にて攻撃するでござるが、かまわんか?」


 ヨシムネが聞いた。


「うむ、かまわん」


 俺は応えた。


「もちろん、峰打ちでいくでござるが……」


 ヨシムネは多少不安そうだった。


「どうした?」


 と俺が聞く。


「拙者、峰打ちというのがいまいちよくわかっておらんのでござる。

 相手を殺生せぬために使う技法であるというのはテンセイシャに聞いたのでござるがな。

 なんでも侍にとっては必須の技術だということで」


「そりゃあ、必須かどうかは知らんが、対人戦で命のやりとりまでするケースでなけりゃあ、刀使いにとっては必要な技だろうな」


「しかし……」


 ヨシムネは見てくれと言わんばかりに刀を差しだしてくる。


 もちろん逆刃刀ではない。しかし片刃ではない。


「これどこで手に入れたんだ?」


 疑問に思った俺が聞いた。


「この着物と同様に、とある職人に創ってもらったでござる。

 オサフネという銘のお気に入りの一刀だ。

 ニホントウというのだろう?」


 多少自慢げにヨシムネがはにかみながらいうが……。


 これは俺の知識にある日本刀とは似て非なるものだった。

 見た目は日本刀そのものだが、反りの入った刀身の両側ともが鋭利にとがれている。


「こいつは日本刀ではないな」


 俺は言い切った。


「やはり……。

 どうにもおかしいと思っておったのだ。

 やはり、日本刀というのは片刃の剣でござるか?」


「ああ。

 片刃だからこそ、刃の無い部分で攻撃する峰打ちという技が存在するんだ。

 こいつは、両刃だから、峰打ちなんて小細工はできねえな」


「どうしようでござるか?」


 しばし考える。


 確かに、殺傷力のある武器だ。

 斬りつけられたら大怪我をする。


「万一の事にも備えてセリス殿が帰ってくるまで待つでござるか?」


「いや。

 ガルナの拳を耐え抜いた俺の力。

 武器を使っての攻撃に対してどこまで通用するか試してみたい。

 犬の牙は貫通力にも富んでいて、皮膚を切り裂くいわば刃物みたいなものだ。

 俺が相手をするのはそういう魔物なんだ。

 つまりは、ヨシムネの手加減した攻撃に耐えられないようでははなしにならんからな」


「なるほど。

 では、まずは手加減しつつ斬りつけるということで構わんでござるな」


「おう。準備万端。気合は半分程度だが」


 俺は構えた。

 実戦を意識して、腕でガードを固めるのがいいだろう。


「では、いくでござる」


 ヨシムネが剣を振りあげる。

 そして俺を斬りつける。


「おおっ!」


 俺は感嘆の声を上げた。


 ガードした部分が多少赤くみみず腫れにはなっているものの、刃物で切らえれたにしては恐ろしくダメージが少ない。


 溜めた気合は半分程度だ。

 これならいけるかも知れない。


「ヨシムネ! 実戦形式だ。

 俺も動く。心配するな。拳は当てねえ」


 調子が出てきた俺は、ヨシムネと乱取りを希望した。


「ふっ、甘く見られたものでござるな」


 ヨシムネが苦笑した。そして言う。


「拙者をこの街の冒険者あたりと一緒にしないでもらおうでござる。

 手加減など無用。

 打ち込めるものならその拳。

 拙者に打ち込むがよいでござる。

 ただし、打ち込めたらの話でござるがな」


 なるほど。

 気合で防御力を高めた俺だとはいえ、体さばきなどではヨシムネの足元にも及ばないということか。


 高位の剣士であるヨシムネはそれを見抜いたんだろう。

 俺は格下の相手であるらしい。

 遠慮がいらないというのは、ある意味では情けないことだが、全力で向かって行けるのもまたすがすがしさを俺に与えてくれる。


 ならば、犬へのリベンジの手始めにまずはヨシムネを圧倒するだけの戦闘能力を身に付ける。


 これは効率的な修行であると俺は思った。


「遠慮なくいかせてもらうぜ!」


 俺は、ヨシムネに飛びかかった。

 拳を振りかぶるが、ヨシムネは見事な足さばきで俺の攻撃範囲外へと跳び退すさる。

 そして、ひと太刀あびせてくる。


 拳よりも射程の長い剣を使っているから出来る芸当だ。


 気合スキルで高めた能力は時間とともに徐々に下降していく。

 が、気合が尽きるまでにはまだまだ時間はある。


 俺は持てる力の全てを賭けてヨシムネと対決した。


 俺がとびかかり、ヨシムネが躱しカウンターを入れてくる。


 そんな単純な攻防の繰り返しだった。


 が、徐々に体が目覚め始める。ヨシムネの動きに対応できるようになっていく。


 振り上げた拳を躱すヨシムネに対して、俺はさらに加速して懐に飛び込む。

 連撃。

 このために初撃は利き腕ではない左で放った。

 不恰好だが、ワンツーのコンビネーションブローだ。


 が、それはヨシムネには悟られていたようで、右の拳はヨシムネの剣で迎撃される。


 俺の右拳と、ヨシムネの剣――オサフネ――が、激しくぶつかり合う。


「ほう、なかなかやるでござるな」


 ヨシムネにはまだ余裕があるようだ。


 練習相手にはもってこいの相手だ。


 俺は確信した。どうやら、俺の力は、さんざん敵わなかったこのまちの冒険者たちを超えている。

 今戦えば、相手が数人いても俺の勝ちとなるだろう。


 そもそも俺は、喧嘩慣れしているのだ。


 異世界のステータスだかパラメータだか知らないが、そういう覆せない数値化された能力のせいでよわっちい境遇に甘んじなければならなかったが、いざ実戦になると、俺の体は自然に動く。

 敵の攻撃を躱し、あるいは受け止め、そして、反撃を繰り出す。


 それは俺が幾千の喧嘩で培った経験によって蓄積された、いわば俺の財産だ。


「今日はお前に敵わないかもしれない。

 だが、この一週間以内に、いや、明日にでも俺はお前を超えて見せる」


 大見得を切って俺は攻撃を次々と繰り出した。


 やはり、徐々にヨシムネが追い詰められていく。


「二人とも! 何やってるの!」


 セリスの声がした。ホリィはいない。一人で帰って来たようだ。


「なにってリョーキ殿の修行でござるが?」


 下段に構えた剣、その構えを崩そうともせずにヨシムネが返答する。


「みてのとおりだ」


 と、俺もセリスに言った。


「修行はわかるけど……。

 ヨシムネが使ってるのは真剣じゃない!

 大怪我でもしたらどうするつもりなの!?」


「今のリョーキ殿には、この愛刀、オサフネでもってかからねば、太刀打ちできないでござるよ。

 それほどまでに今のリョーキ殿は依然と比べ物にならないくらいには強くなっておるのでござる。

 こうして、立ち会っている間にもどんどん成長していくのがわかるでござる」

 

「だからって!」


 セリスが叫ぶが、俺は無視することにした。

 残り時間……、気合の持続時間がもう間もなく終わろうとしている。


 折角、ヨシムネからも評価された俺の進化だ。


 使える時間を無駄にするのはもったいない。


「俺の気合いがもつのはあと少しだ。

 残り時間、遠慮なくいくぜ!」


 俺は叫ぶとヨシムネへと駆けだした。


「遠慮などとはこちらの台詞!」


 ヨシムネも、俺の攻撃を受けてカウンター狙いではなく積極的に攻める姿勢を見せた。


「おらあ!」


 俺の渾身のアッパーカットが空を切る。


「まだまだでござったな」


 不敵な笑みを浮かべたヨシムネが、これにて勝負ありといった余裕の口調で剣を振り払った。


 その剣身は、俺の胴へと向かっている。


 まずい。防御しようにも体勢が崩れていて、足はおろか両腕も防御にまでは届かない。


 さらにまずいことに、このタイミングで気合が……。

 気合スキルによる身体強化の効果が切れたようだ。


 今までは、気合スキルのおかげで、ヨシムネの剣による攻撃を弾き飛ばしていたが……。

 ヨシムネとの今の戦いの最中になんども気合を重ね掛けして、使えるスキルポイントは尽きてしまった。

 新たに気合スキルを発動することはできない。


 いわば、気合が尽きた俺は、生身のただの人間である。

 剣なんかで胴体を斬られたら、下手すれば死ぬ。


 一瞬が生死を分ける状況だ。


 選択肢は限られている。


 なんとかしてヨシムネに攻撃を止めさせるか?


 否。


 それは俺のおとことしてのプライドが許さない。


 ならば……。


 俺はスキルではなく、魂の、男の根性の気合いを入れた。


 これで死ぬのならそれまでの人間だったということだ。


 一度失った命。


 ヨシムネという強敵相手に失うのならば惜しくはない。


 ヨシムネの剣が俺の脇に吸い込まれるように、近づいて来る。


「リョーキ―!!」


 セリスが叫ぶ。

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