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13.成長


「様子を見に帰って来てみたが、大事にはなってなかったでござるな」


 冒険者たちの傷の治療も終えて、一息ついていた俺達の元にヨシムネが現れた。


 相変わらずの浴衣姿。柄には金魚があしらわれている。


「ヨシムネどの、無事でござったか?」


 ホリィだ。釣られて変な喋り方になっているが。


「恥ずかしい話、道中に出没する犬が手ごわくてな。

 回復アイテムが心もとなかったので引き返してござったところでござる」


「ヨシムネ的には、犬の強さはどう感じました?」


 セリスが聞く。


「まあ、手ごわいことには間違いないであろう。

 が、その多くはそこにいる冒険者達へと向かって行ったのでござろうな。

 拙者のところに来た犬は数匹。

 なんとか撃退することには成功したが、仕留めることはかなわなかったでござる」


「そうか、ヨシムネでも手こずる相手か」


「さよう、数に物を言わしてこられたら危ないところであったかもしれぬ」


「やっぱり、俺が蹴散らすしかないようだな」


「リョーキ殿が? でござるか?」


「そうなの、言ってもきかないの」


「でもわたしは期待しているわよ。リョーキに」


 と三者三様の反応だ。


「とにかく。

 この街の冒険者たちが束になって敵わなかった相手だ。

 ヨシムネもその強さの片鱗を見た。

 お前だって、このまま一人で旅立つのは心細いだろう?」


 俺はヨシムネに伺いを立てる。


「確かに。

 まずは補給をと考えて戻ってきたが、冒険者たちがこの様でござったからな。

 拙者の力では、旅に出てもおめおめと引き返してくる羽目になるか、もしくは野垂れ死にする可能性も無きにしもあらずでござる」


「そうだ。だから俺に任せてくれ。

 街の冒険者たちが安心して依頼をこなせるように。

 他の街との行き来ができるように。

 俺が犬たちをなんとかする」


 そもそも呆れ顔のホリィはともかく、セリスとヨシムネは俺の言葉で胸を動かされたようだ。


 だが、冒険者達は、怪訝な顔で見ている。


 それはそうだろう。俺は弱い、ということになっている。


 そしてそれは事実だ。


「おい、にーちゃん。

 ひとりでいきがるのもいいけどな。

 ほどほどにしとかねえとこいつらだってプライドがあるんだ。

 いい気はしねえぜ?」


 と、ガルナが窘めるように言ってくる。


 確かに。


 俺の今までの強さで冒険者達が束になって敵わなかった犬を倒すというのは無理な話だろう。


 だが……。


「ちょうどいい。

 ガルナ。

 俺を思いっきり殴ってくれ」


「は? いきなりなんだ?」


「遠慮はいらねえ。

 うちのセリスが怪我を治してやっただろう。

 礼をよこせとはいわねえが、少しばかり俺の言うことを聞いてもらってもいいだろう」


「礼の代わりだと?

 ああ、いつもの特訓の続きか。

 そりゃいいが。

 その回復薬の姉ちゃんの魔力はさっきの魔法で使い切ってんじゃないのか?」


 とガルナがセリスを見る。


「そうよ、リョーキ。

 リョーキがいつもどおり大怪我をして気をうしなっても今は回復は無理だわ」


 セリスは心配気だ。


「かまわん」


 俺は短く答えた。


「ったく。

 どうなっても知らねえぜ?」


 ガルナがつかつかと歩み寄る。


「犬とやらかした直後だ。

 回復してもらったとはいえ、万全じゃあねえ。

 だが、いつもの調子なら、また一撃でノックアウトしちまうぜ」


「かまわんと言っておるだろう」


 俺は気合を入れて仁王立ちで構えた。


「うおりゃああ!」


 ガルナが渾身のパンチを俺の顔に放った。


「ふん!」


 俺は気合を入れて耐えた。


 意識は飛んでいない。

 ダメージはそこはかとなく受けたが、戦闘に耐えられなくなるというほどでもなくなった。


「どういうこと?」


 ホリィが怪訝な顔をする。


「ああ、お前らには黙っていたが、新しいクラスにクラスチェンジして、スキルも幾つかとったのだ」


 俺は種明かしをした。


 選んだクラスは舎弟。


 何がどうなったかわからないが、遊び人で経験を積んでいるうちに増えたクラスだ。


 俺はそもそも、一匹オオカミ。

 誰を従えさせる奴はいねえ。

 俺は孤独で孤高のヤンキーなのだ。


 だが、この世界のシステム上のクラスであるのなら、誰かに仕える必要も特にないだろうと思ってこのクラスを選択した。


 なぜなら、ヤンキーには舎弟が付きものだからだ。


 舎弟のクラスには、様々なスキルがあるようだった。

 使いっぱしり――買い物速度向上、記憶力上昇――や、おべっか――相手の好感度を上げる――など、舎弟ならではの、どうでもいいスキルが多かったが、その中に幾つか使えそうな、そしてヤンキーっぽいスキルがあった。


 それが、ガルナのパンチを受ける時に、使った『気合』というスキルだ。

 発動までは時間がかかるが、精神力を防御力や攻撃力に変換する使い勝手のよさそうなスキルだった。

 なにより名前が気に入った。


「すごいじゃない! リョーキ!」


 セリスはただただ俺の成長を喜んだ。


「そんな、クラスチェンジとかスキルの取得とか。

 スキルはともかく、クラスを選ぶときくらいは相談してよ」


 と、ホリィは嘆くように言うが、構わん。


「すまんな、ホリィ。

 だが、目指す道はヤンキーだ。舎弟であることを耐え忍び、雌伏の時を過ごすのもまたヤンキーとしての定めなのだ。

 更なる高みに昇り詰めるためには」


 俺は言い切った。


「それはいいでござるが、それでは拙者の選んできたクラスともう系統が異なってしまったのではないでござるか?」


「ヨシムネ、どういうことだ?」


 俺は尋ねた。


「だから、拙者は確かにヤンキーというクラスを目にしたが、舎弟などというクラスは経由しておらぬ。

 であればリョーキがヤンキーへとクラスチェンジする道からは離れてしまった、あるいはもう二度と到達できなくなったりはせぬのか?」


 予想外の言葉に俺は戸惑い、ホリィの顔を見た。


「なんか立て込んでいるようだから、俺は先に行くぜ。

 このあと、ギルドで対策会議をしようって言う話なんだ」


 とガルナが控えめに声を掛けてくる。


「なんだったら兄ちゃんたちも来るか?

 その魔術師のねえちゃんの力も借りなきゃならねえかもしらん」


 と冒険者――見慣れない顔だ――のひとりが声を掛けてくる。


 が、俺は断わった。


「あいにくと俺は誰ともつるまねえんだ。

 そっちがそっちで対策を立てることは止めねえが、俺は俺の道をゆく」


 そして、ヨシムネから聞いた話に戻る。


「とにかくホリィ。

 ヨシムネの言っていることは本当か?

 俺は、もう二度とヤンキーにはなれないのか?」


「そんな……。

 リョーキがヤンキーになれないなんて!

 そんな、ひどいことが起こるっていうの?」


 セリスは涙ぐんでくれた。


「ちょっと、セリス。

 泣かないで。

 まだそうと決まったわけじゃないから」


 そんなホリィの言葉にセリスが顔を上げる。


「ほんとに?」


「うん。推測でしかないんだけど。

 この世界のクラスのシステムは非常に複雑で入り組んでるんだ。

 クラスの解放条件がわかりにくくなっているのもそうだし、上位クラスがはっきりしない、人によって同じ道を進んでもどっかで違ってきちゃうこともよくあることでしょ?」


「そういえば、わたしも聞いたことがあるわ。

 どこかの双子の魔術師が同じように修行をして同じように成長してクラスチェンジしてスキルもほとんど同じものを取得したのに、どこからか上位クラスの出現状況に差が出始めたって」


 とセリスもなんだか訳知り顔で納得しかけた。


「うん。セリスの言うとおり。

 同じようにクラスチェンジしていっても、どこかで分岐点が訪れるってことがあるんだよ。

 望むクラスに到達できないってことはたびたび報告されているから。

 その逆もまたあるってこと。

 つまり、ヤンキーに到達する道はひとつじゃない……」


 セリスが希望を込めた目でホリィを見るが、


「って可能性もなくはないかな……」


 ホリィは言い切るのは控えた。


「まあ、ちまちました話はどうだっていい。

 ヤンキーがだめならヤンキー王があるしな」


 俺は小さなことは気にしない。


 今は舎弟だが、ゆくゆくはヤンキーの頂点。つまりはヤンキー王になる男なのだ。

 そのためには、修行を積まなければならない。


 街の外で相変わらず――犬が強くて――修行も経験値獲得もできないのであれば、ある一定の強さになるまでは、街の中で血のにじむような努力をすればいい。


「俺は強くなるぜ!」


「ならば、微力ながら拙者も協力させていただくでござる」


「明日からもう特訓ね!」


「なんだかなあ」


 こうして、俺の血のにじむような特訓の日々が始まった。

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