12.異変
ヨシムネと別れてまた翌日。
俺達はいつものようにギルドに行った。
遊び人にクラスチェンジした俺の能力アップを確認するためでもあり、いつもの修行を怠らないためでもある。
「なんか……、閑散としているね」
ホリィが漏らす。
たしかに、ギルドには人っ子一人――ギルドの職員を除いて――見当たらなかった。
セリスがカウンターの受付に歩み寄る。
「なにかあったんですか?」
セリスは尋ねた。
今日の受け付けは若くて爆乳のお姉さんである。名前はミシェリとかいったか。
たまに俺にも色目を使ってくるセクシーな姉ちゃんだ。
「それがねえ、どうにも外で魔物が暴れまくっているらしくって。
旅人から依頼が殺到したのよ。
護衛とかいろいろ、それもかなりの高額で」
「そうなんですか。
それで皆さん出かけたということですね」
「じゃああれかな?
昨日来てた変な恰好のヨシムネっていう人もなにか依頼受けたかわかります?」
「ああ、あの人?
あの人は今日は見なかったわねえ」
「まあ、ヨシムネは金には困っているようではなかったからな。
マイペースに旅を続けているんだろう。
どうせ、防具をそろえて恥ずかしくない格好になってから、真剣に旅をするとかいってただろ。
たしかグルメハンターとか言ってたか」
と俺は一人納得する。
ヨシムネは、魔王討伐や世界の平和などには興味がない。
己を侍にすること(ゆくゆくは将軍)、そして各地の珍しい料理を食すことを生きがいにしている。
肩書は用心棒だが、用心棒的な役割を担うことは稀らしい。
そこそこ強いので、一度依頼を受けて報酬を得たら、ずいぶんと長い間遊んで暮らせるらしいのだ。
セリスの家に世話になって、たまにセリスが受ける依頼――その内容は聞かされていない――の報酬で暮らしている俺達も似たようなもんだが、それはそれで羨ましい身分だ。
「どちらにせよ……。
今日の修行はキャンセルだろうな」
「どうするセリスは?
ここで待って依頼主見つけて、セリスも依頼受ける?」
「う~ん」
とセリスが考え込む。
そこでギルド受付のミシェリが、
「どちみち今日は依頼はもう来ないと思うわよ。
冒険者が出払ったっていうのが知れ渡っているから。
今日の明け方だったかな。
魔物が凶暴化したっていう知らせが入って、依頼主が殺到しちゃってね。 冒険者の数がどちみち足りてなかったから、集団でパーティを組んでひとつの依頼として受け持つことになったのよ。
あなたたちを除くほぼ全員が出て行っちゃったから。
また、明日には帰ってくるから、一緒に依頼を受けたいんだったらその時ね」
なるほど。
閑古鳥が鳴いている理由はわかった。
「お弁当余っちゃうね」
ホリィが言った。
「まあ、いいんじゃない。
わたしたちの晩御飯にすれば」
「うむ」
そんなことを話しつつも、結局ギルドでしばらくだらだらとしていると、
「誰か! 誰か回復魔法に長けたやつはいないか?」
ひとりの冒険者がギルドに駆け込んできた。
「どうしたのです?」
この中で唯一その適性を持ったセリスが問いかけた。
相手はかなり焦っているようだ。
「面目ねえが、今日出掛けて行ったパーティは潰滅だ。
今のところ死人は出ていねえが、すでに回復役の魔力も尽きて、このままじゃあえらいことになる。
怪我人だらけだ」
ミシェリが、駆け寄ってきた。
「なにがあったのです?
まさか!?
あれだけの人数で上級クラスの技を修めた冒険者も多数いたはずでは?」
「それが……、まるで歯が立たねえんだ。
赤子の手を捻るように簡単にやられちまった。
依頼人を護りながら退却するのが精いっぱいだ。
なんとか逃げ延びたが……」
どえらい事件が起こっているようだった。
「あいつ、ヨシムネは大丈夫だろうか?」
ふと浮かんだ疑問を口にするも、
「とにかく。案内してください。
回復魔法ならわたしが使えますから」
とセリスが張り切りだした。
「すまねえ、姉ちゃん。
街の入り口に、集まっているから行ってやってくれ。
俺は大丈夫だから」
と冒険者の男はその場に崩れ落ちた。
ミシェリがその様子を見ながら言う。
「確かに、体力はかなり消費してますが怪我は大したことないようですね。 命に別状はなさそうですし、通常の手当で大丈夫でしょう。
すみませんが、セリスさん。
行ってあげていただけますか?」
「もちろん! だよね?」
ホリィが叫ぶ。
そして俺の顔を見る。
「うむ」
俺は頷いた。
短い間とはいえ、全員の名前は覚えきれていないとはいえ――入れ替わりが激しいのでそれは当然ともいえる――、同じ街の飯を食った仲間である。
俺が行ったところで何ができるというわけでもないが、セリスの回復魔法なら十分に役に立つだろう。
恩を売るわけではない。修行の相手や情報収集で世話になった連中も多く、こちらが恩を返す番という見方もある。
ヤンキーは意外と義理堅いのだ。
「よし、行こう!」
ホリィが走りだした。
が、セリスはゆっくりと何やらぶつぶつ言いながら歩く。
「もう! 何してるの?
急ごうよ!」
とホリィが急かすが、セリスは答えもしない。
とにかく、行先の方向としては正しく街の入口へ向いている。
仕方なくホリィはセリスの後を追うようにして、俺達三人はゆっくりと街の入り口へと向かった。
「いてえ。だめだ。意識がもうろうとしてきた」
「あんな奴に不覚をとるとは……」
「回復は、回復役はまだこないのか!」
ひどい有様だった。
まだ余力のある奴は、悪態をつくか、痛みに悶えて叫んでいる。
余力のない奴は、ぐったりとしている。
「リョーキ!」
ホリィが俺に視線を送りながら合図する。
以心伝心というわけではないが、出発前にセリスから言われたことを思い出す。
怪我人が多数であれば、いちいち回復魔法を使うよりも、全体回復をかけたほうが早いし効率的だと言うことだ。
そのためには怪我人を密集させる必要がある。
「おうよ!」
俺は応え、ぐったりしている奴はそれなりに丁寧に、そうでない奴は多少手荒に、さらに自分で動ける奴には、
「これから、うちのセリスが回復魔法を使うからよ。
ちまちまやってたんじゃいつまでたっても終わらねえ。
全体回復で一気に行くから、治して欲しい奴はここに集まりな!」
と怪我人を一か所に集めた。
「ふう、これで全員ね」
ホリィが肩を貸し、移動させた冒険者を座らせた。
「兄ちゃんすまんな……」
声を掛けた来たのはガルナだった。
「なあに。いつも世話になってんだ。
かたき討ちしてやれねえのが心苦しいが、回復だけなら任せてくれということだ。
それよりどうした? 何があったんだ?」
これほどの冒険者を無残な姿――四肢欠損や致命傷は負っていないようだが――にするほどの強敵がこの付近に出没したということなのか。
一匹の強大な敵なのか、それともそれが多数いたのか。
「犬だ。犬の群れだ」
ガルナが言った。
「犬?」
ホリィが聞き返す。
「そう。見た目は損所そこらの、初心者でも相手に困るようなことはない犬だった。だが、動きが違う。それに耐久力も桁外れだ。
これだけの面子が相手して一匹も仕留めることができなかった」
「それって……」
ホリィが俺を見てくる。
「ああ、ひょっとしたら、俺が相手した犬かもな。
セリスの話じゃあそんじょそこらの犬とは比べ物にならない強さだということだった。
あれが、大量に沸いたんだろう」
「そんな……。バランスが……」
とホリィは嘆くように言う。続けて、
「せっかくリョーキが強くなる道が拓けそうだっていうのに。
これだかの人数で太刀打ちできない魔物が出没するんなら、ボクたちここから旅立てないじゃない!?」
「まあ、それはおいおいだ。
俺も、徐々に強くなりつつある。
近々、ヤンキーとして最強ロードを突っ走る予定だ。
その第一歩の敵が犬であるというのは因縁めいていてなかなかに趣深い」
「だけど……」
そんな会話をしているうちに、セリスの回復が始まったようだった。
「水の加護よ、聖なる清浄の光の慈悲よ。
この者たちの傷を癒し、健全なる肉体を取り戻したまわん……。
高位全体回復魔法!!」
セリスの手から光が溢れ出し、冒険者たちに降り注ぐ。
それで、何十人も居た冒険者達の怪我が癒えたようだった。
さすがは、犬にやられて死にかけた俺を治癒した実力の持ち主で、大賢者を目指しているだけのことはある。
「すまねえ、姉ちゃん助かったよ」
「ありがてえ。あやうく大事に至るところだった」
「この恩義はいつか必ず」
傷の癒えた冒険者達から口々にセリスへの礼が述べられる。
セリスははにかむように笑うと、
「わたしに出来ることをやっただけですから……」
と、照れるように言った。
「しかし……」
一応の大惨事は免れて、冒険者たちとその依頼人であった旅人達が口々に話し出す。
「あれだけの力を持った魔物が大量に出現するとは」
「魔王軍になにか動きがあったのか?」
「さっさと旅立たねえと荷が腐っちまうんだが」
などなど、言っていることはまちまちだが、危機感に煽られている。
「たしかに、おかしいよ」
とホリィも同意する。
「この街はいわば、初心者に優しい仕様のはずだから。
それでもここにいる冒険者たちはそれなりの強さだったし。
それが敵わない相手が立ちはだかるというのなら、この先ボクたちの針路がふさがれて、行き詰りかねない」
なるほど。
俗にいう詰んだというやつだな。
たしかに。
ゲームであれば出発点の付近では低レベルでも相手が務まる雑魚が出没して進むにつれて徐々に敵は強くなるってのが相場だ。
まあ、俺は雑魚であった犬に敵わなかったが。
しかし、これはゲームではない。
ならば、どんな不条理が巻き起こってもそれを乗り越えるのがヤンキーの努め。
「心配すんな。ホリィ。
俺に二週間くれ。
どんなに強い犬っころだろうと。
どれだけ大量の犬の群れだろうと。
俺様の拳で蹴散らしてやる」
と啖呵を切ったが、
「そう簡単に上手くいくもんかなあ」
とホリィは懐疑的だ。
「そうね。クラスにもついたことだし、リョーキの成長が唯一の希望かもね!」
そう言ってくれたのはセリスだ。
こうして、俺の血のにじむような一週間の猛特訓が始まることになる。




