11.クラス
「拙者の名はヨシムネ。クラスは用心棒だ」
女が自己紹介した。
「変わった名前ですね」
セリスが臆面もなく言う。
「そうだね」
とホリィも頷く。
「拙者も何度も親を恨んだことか。
だが、聞くところによるとヨシムネというのは立派な侍の名だというではないか?」
ヨシムネが言う。
「侍っちゃあ侍かもしれんが……」
「どっちかというと将軍だよね」
俺とホリィの独り言、二人言ともつかない言葉にヨシムネは、
「ショーグン? それはなんだ?」
と尋ねてくる。
「将軍はね、いわば、侍を束ねる役職だよ」
とホリィが律儀に答える。
「なんと! 侍は通過点でしかないのか?」
ヨシムネが驚くように言う。
「拙者の両親はそこまで考えて名を与えてくれていたのか……」
「まあ、将軍なんてクラスがあるのかどうなのかわからないけど……」
「それもまた一興。
拙者は将軍を目指すことに決めた。
で、その前に、腹ごしらえでもどうだ?
その料理。侍のための食事ではないのか?
拙者は、侍を目指すと言うことと、珍しい食べ物を探して食べるというその二点を目標に旅をしておるのだ」
「おい、ホリィ。
今日の献立はなんだ?」
「今日はね、エビフライだよ。
正確にはエビフライ風だけど……。海老じゃないから」
「だとよ」
と俺は期待を裏切って悪かったなという意味でヨシムネに答えたが、
「エビフライ?
それはまた聞いたことのない料理だな。
語感からさっするに、侍でも特別な時の料理であろう。
それを食べながら話をしようではないか?」
とヨシムネは疑問にも思わないように提案した。
というわけで、ヨシムネを加えた俺達一行は場所を移して食事を摂ることにした。
すまんが、セリスの家にお邪魔させてもらう。
ずっと泊めて貰っているから今更遠慮もくそもないだろう。
「なるほど、残念だ。
これは侍の食す料理ではないのだな。
しかし美味である」
ヨシムネはエビフライ――人数分は用意していなかったので、ホリィが作り足した――に舌鼓を打ちながらも語りだした。
「事の発端は、簡単なことだった。
不思議な刀を携えた冒険者とすこしいざこざになってな。
事もあろうに、拙者の名前を馬鹿にしたのだ。
自分自身で気には入っていない名前だとはいえ、親から貰った大事な名前だ。
売り言葉に買い言葉で、決闘を行い、まあ、拙者の力はそこらの冒険者に劣るものではない。
当時は、荒くれ者というすさんだクラスに身を落していたが、それはどちらかというと対人戦闘に特化したスキルが豊富なクラスでな。
その冒険者を一蹴したわけだ。
そしてその冒険者から、素晴らしいクラスの情報を得た。
なんでも侍という、自分にぴったりのクラスがあるかもしれないというのではないか?」
「あるのか?」
俺は、この世界の事情に詳しいセリスと、俺達や一般人よりはシステム的な知識が豊富であろうホリィの両方に水を向けた。
「わたしは聞いたことはないけど……」
「ボクもちゃんとあるとは言い切れないけど。
可能性はなくはないね。
結構クラスっていろんな種類があるし、ユーザーの要望によって追加クラスはどんどんアップデートで更新されていくから」
そういうもんなのか?
「ふむ、ではやはり拙者の進む方向は間違っていなかったようだな」
ヨシムネは勝手に納得したようだった。
「でな、ここからが相談なのだが。
その冒険者はテンセイシャと名乗ってな。
いろいろとおかしなことを言う奴だったが、侍の知識は豊富であるようだった。
侍の信念や、侍の身に付ける武器や防具の情報まで教えてくれたのだが……」
「多分だけど……。
からかわれたか、なにかの行き違いがあったか……」
ホリィは浴衣姿の麗しいヨシムネを見て言う。
「やはり、これは正式な侍の装備ではないのだな?」
「どっからどうみても浴衣だからな」
「良くそんな恰好で旅ができましたね」
「いやまあ、剣の扱いにくいことこの上無かったが、この防具をこしらえてからは、比較的楽な旅をしておったからな。
動きにくいのは、拙者の剣、いや刀というのであろうな。
それの扱いに問題があるのだと思っておった」
「まあ、侍の恰好が決して動きやすいわけでもないけどな……」
そうして、俺とホリィでヨシムネの恰好の何が間違っているか――いろいろと根本的に誤りはあるのだが――をこんこんと説明してやった。
「なるほど。では、これを作りに旅にでることにしよう」
ヨシムネは、ホリィの描いた一般的な侍の姿の絵を大事そうに懐にしまった。
ホリィは絵が上手かった。
フル装備として、鎧兜に身を包んだ戦国武将的な衣装と、街仕様兼旅仕様の袴姿の2パターンの絵を描いて渡してやったのだ。
「鎧のほうはともかくとして、こっちの袴姿のやつってただの服じゃねえのか?
なんの防御力も備わってないように見えるぞ?」
とお節介にも口に出したが、
「ああ、ちゃんとした防具職人の手に掛かれば……素材とかもしっかりとしたものを使用したら、だけど、見た目と防御力とか特殊効果って関係ないんだよ」
とそんなことを言い返された。
なるほど。それはいいことを聞いた。
剣などの武器はは使わないからよしとして、俺が魔王と戦う際に、防具がごてごての伝説の勇者が着るような鎧では格好がつかない。
が、ホリィの言葉を信じるならば、伝説の装備にも劣らない学ランを作ることが可能だという。
至高の攻撃力をもった拳と最強の学ラン。俺はそれを携えて魔王と対峙するのだ。
絵が浮かぶ。我ながら、素晴らしいシーンだと思う。
「たしかに。リョーキといえばその学ランとか言う服だもんね」
とセリスもうっとりと賛同してくれた。
そして、ヨシムネからの話を聞くところによると、ヨシムネの初期クラスは遊び人だったという。
遊び人から、ならず者や荒くれ者などのまっとうな感じがさらさら感じられない職業を経ているうちに、現在の用心棒に辿り着いたのだというのだ。
その、過程で『ヤンキー』というクラスを確かに選択肢群の中に見たというのだ。
「確かにあったと思う。
ヤンキーというのがなんであるのかわからなかったから、スルーしたがな。拙者の目的は当時はあくまで侍であったのでな」
侍を目指して用心棒にまで辿り着いたというヨシムネはあながち間違った成長をしていないだろう。
よくわからんが、この世界のクラスは多過ぎて、聖剣士や大魔道師、賢者などの無難でイメージの確立された安定的な職業以外への道は大多数の冒険者からは軽視されているようだ。
だが、ヨシムネの言うことには、いまいちぱっとしない用心棒でも基本パラメータや補助系のスキルは剣士系に劣らぬほど優秀で、使い勝手の良いスキルも多いらしい。
用心棒になるまでは素手での格闘用スキルが多くてあくまで刀で戦うヨシムネにとっては苦難の連続だったようだが、用心棒になってからは、刀との相性もよいクラスで、日夜侍への道を目指しつつ、刀系のスキルを取得してどんどんと成長を実感できているのだという。
話が繋がった。
まずは遊び人だな。
早速俺は、スキルカードを取り出してクラス選択画面を立ち上げた。
無数に表示される多種多様なクラスの中に、遊び人というクラスは確かに存在した。
「まじで? もういっちゃうの?」
ホリィは俺の短慮を窘めるようにいうが、
「リョーキの覇道の第一歩ね!」
と、セリスは祝福してくれた。
俺は迷わず遊び人を選択する。
体が輝き、クラスチェンジが成功したことを示した。
「ふむ、基本ステータスにはほとんど変化はないようだが……」
「あっ、でも、補助スキルの効果がわりとアップしている!」
「あ~、もう後戻りはできないね。
ボクの存在意義がどんどん薄れていっちゃう……」
諦めたようなホリィ。
だが、これからだ。
目指すはヤンキー。そしてその向こう側。
それを目指して手に入れた情報によって俺は、遊び人に転職したのだ。
それはか細い道なのかもしれない。
場合によっては、ヨシムネの語ったことが嘘か勘違いでヤンキーなんてクラスには到達できないかもしれない。
ヨシムネが嘘や勘違いを言っていないとしても、この世界での上位クラスの解放条件は謎のベールに包まれているために、運よくヤンキーまで到達できる可能性は少ないのかもしれない。
が、それでも俺は、ヤンキーを目指して驀進するのだ。
それが、俺の生き様だ。




