ルミと動物探偵団「小さな青い竜」
夏の、よく晴れた日曜日の午後のことでした。暑さとたいくつさのせいで、セミの声を聞きながら、ルミはリビングルームで、うとうとしていました。
ピンポーン!
玄関のチャイムが鳴りました。
お母さんが台所でインターフォンの受話器を取りました。
「はい、どなたですか?」
「竹橋です。あのぉ、うちの、たっちゃん、来ていませんか?」
あ、さよちゃんのおばちゃんだ……、とルミは飛び起きました。
さよちゃんは学年は一年下ですが、同じ幼稚園のたて割り保育で一緒のお部屋になったことがあり、小学校4年生になった今でも、とっても仲良しです。たっちゃんは、さよちゃんの弟で、今年から幼稚園に通い始めたばかり、とってもまっすぐな気持ちの男の子なので、ルミは大好きです。
「いいえ、今日は来てませんけど……。たっちゃんがどうかしたんですか?」
「あ……、さっきから、家にいなくて、どこかに勝手に行っちゃったみたいなんです。」
お母さんとルミは、たっちゃんを探すのを手伝ってあげることにしました。さよちゃんのおばちゃんはバス通りの方を、お母さんは小学校に続く坂道を、そしてルミは公園を探すことになりました。
ルミは、一人になると、そっと誰もまわりにいないことを確かめてから、
「みい子!みい子!」と、小声で呼んでみました。
すると、どこかで待っていたかのように、一匹ののら猫がやって来ました。みい子は近所に住む、のらのトラ猫です。近所の家、あちこちでエサをもらうので、どこのうちの猫でもありませんが、みんなに可愛がられているのです。ルミもときどきエサをあげているので、みい子はよくルミになついています。
「みい子、お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「うん、いいよ。どうしたの?」
「さよちゃんちの、たっちゃんがどこかに行っちゃったんだって。一緒に探してくれない?」
「たっちゃんか、早く見つけてあげないと、あぶないね。まだちっちゃいもんね。ちょっと待ってて……。」
そう言うと、みい子は、仲間を呼び集めました。
友達の猫のプリンスや、クロ。カラスのジャッカルや、トカゲのキタロウたちもやって来ました。
公園の遊具のあたりはルミが、草むらはトカゲのキタロウが、そして公園の上のおむすび山はプリンスとクロが探しました。カラスのジャッカルは空からの捜索です。真夏のまっぴるまなので、外で遊んでいる子供たちは、一人もいません。ただセミの声と、「たっちゃーん」と呼ぶルミの声があたりの静けさに吸い込まれて行くようでした。
「カァー!」
突然、空の上で、ジャッカルが大きな声を上げました。たっちゃんを見つけたのでしょうか?ジャッカルはおむすび山のてっぺんに降りて行きます。
一番近くにいたプリンスとクロが駆けつけ、そのあとを追うように、ルミが走って来ました。
ジャッカルのとまった枝の下に、ちょこんとすわっているのは、まぎれもなく、たっちゃんでした。たっちゃんは、突然いろんな動物たちに囲まれて、目をまん丸にして、じっとからだを固くしていました。
「ハァ、ハァ、ハァ……。やっと追いついたわ。みんな、足、はやいなー。」
トカゲのキタロウが、ようやくやって来ました。
「たっちゃん、おばちゃんが探してるよ。何も言わないで遊びに出ちゃだめだよ、たっちゃん……。」
たっちゃんは、それには答えず、まだ目をまあるくしたまま、虫かごをしっかり抱きしめていました。
「さ、たっちゃん、おうちに帰ろ。」
と言って、たっちゃんの肩に手をまわしたとき、
「あっ……。」
とルミは叫んでいました。たっちゃんの持っている虫かごの中には、不思議なものが入っていたのです。
青くて小さい、その生きものは、少しトカゲに似ていました。
みんなもまわりに集まって、のぞき込みました。
「こいつ、トカゲとちがうんカー。キタロウに似ているゾ。」
と、ジャッカルが言うと、
「ちゃうちゃう。わいの仲間にはこんなん、いてへん。こんなピカピカしたのはカナヘビの仲間やろ。」
「いや、違うわ。だって、よく見て、背中に……、背中に、羽根がはえてるもん!」
動物たちは、もう一度虫かごの中をのぞき込みました。
たしかに、その青いトカゲだかカナヘビのような生きものの背中には、ちいさな羽根がありました。形はこうもりの羽根のようですが、透き通ったような不思議な色をしています。
「こ、これは……。」
ルミがつぶやくと、
「『りゅう』だよ!」
と、今までひと言もしゃべらなかった、たっちゃんが言いました。
「りゅう……。た、確かに、竜だ。」
そこで、みんなはお互いに顔を見合わせました。
竜。想像の中の生きものとしては、知っていますが、本当にいるなんて、その不思議な生きものを目の前にしても、まだルミは信じられませんでした。それに、竜は、うんと大きな生きもののはずです。これが竜だとしたら、どうしてこんなに小さいんでしょう……。
「『りゅう』の赤ちゃんだよ。」
ルミの考えていることが分かっているかのように、たっちゃんが言いました。
「ムシ取りをしてたら、大きなカブトムシと一緒に網に入ってたんだ。」
虫かごの中の、小さな青い竜の赤ちゃんは、少し不安そうに、目をパチパチさせています。
「でもね、そのときかどうかは分からないんだけど、この子、ケガしてるみたいなんだ。」
ルミたちがもう一度虫かごの中をのぞき込むと、羽根のあたりが少し折れたようになっていて、ときどきパタパタさせていますが、右側の羽根がうまく動かないようです。これでは、飛べそうもありません。
「どうしようか……。」
「しばらくおうちで飼って、手当てして、ケガが治ってから放してあげようよ。」
たっちゃんの決断は、いつも早くて迷いがありません。
ルミはいつもたっちゃんのことを、すごいなと感心して見ていました。自分よりちっちゃいけれど、そのまっすぐで、まじりっけのない強い心に驚かされることが、たびたびです。
去年も、こんなことがありました。台風で折れそうになった、公園のポプラの木を、そのままでは危険なので市役所の人が切りに来ました。たっちゃんは家の窓からそれを見ていました。そして、チェーンソーが音を立て始めたとき、たっちゃんは突然大きな声で、「切るなー!」と叫びました。ルミも切ってほしくないなと、心では思っていたのですが、声に出して言うだけの勇気はありませんでした。
『きっとたっちゃんの持っている、心の中の強い何かが、あの小さな青い竜を引き寄せたんだ。いや、もしかして、竜がたっちゃんを引き寄せたのかな……?』
と、ルミは思いました。
「たっちゃん、分かったよ。二人でケガを治してあげよ。だから、早くおうちに帰ろ……。」
「うん、分かった!!」
それから、ルミはみい子や動物達に、ありがとうを言い、たっちゃんを連れておにぎり山を降り始めました。
竜の赤ちゃんのことは、お母さんたちには内緒です。本当は、親にかくしごとをしてはいけないと思いましたが、竜のことは特別です。
竜の赤ちゃんは誰にも知られず、自然に帰してあげなきゃ……、とルミは思いました。
「ちょっとだけ、がまんしててね……。」
虫かごに、草や葉っぱをいっぱい入れて、竜の赤ちゃんをかくしてから、
ルミは大きな声で叫びました。
「お母さーん!たっちゃんがいたよー!」
さて、その日の晩ご飯が終わったあと、ルミは「宿題をするから」と言って、ひとり二階の部屋に上がりました。ルミは家族に気づかれないように、ケガが治るまで、あの小さな青い竜の世話をすることにしたのです。それは、たっちゃんから頼まれたこともありますが、何よりルミ自身が動物が大好きで、中でも動物の赤ちゃんが大好きだったからです。ただ、困ったことに、竜の赤ちゃんの育て方が分からないのでした。それはそうでしょう、ペットショップで竜は売っていませんし、今までに竜を飼った人もいません。竜がいる動物園だって、世界中探しても、あるわけがありません。
ルミは、何気なくお兄ちゃんに聞いてみました。
「ねえ、竜の赤ちゃんって、何を食べるか分かる?」
「そんなこと聞いてどうするの?」
「あ、うん、学校の宿題なんだ。作文なんだけど、『もし夢がかなうなら』っていう題なんだ。不思議な動物園を作るっていう作文にしたんだけど、カッパや、人魚やなんかもいっぱい飼うことにしたんだ。竜なんかもいいかなーって思ったんだけど……。」
「ふうん、そうか。でも、竜の赤ちゃんねえ……。」
お兄ちゃんはインターネットで調べてみることにしました。おにいちゃんは、パソコンにも詳しいし、高校生ですが、獣医さんを目指しているので、こんなときとっても頼りになります。
「あ、なるほど……。あ、そうか、やっぱり……。」
お兄ちゃんは、ひとりボソボソしゃべりながら、しばらくインターネットでごそごそ調べていましたが、やっとルミに向かって言いました。
「あのね、竜は大きく分けると、西洋の竜、つまりドラゴンと、東洋の竜に大きく分かれるね。東洋の竜の中でも、中国の竜と日本の竜は違うみたいだ。インドの竜もいるみたい。」
「あ、あのう、お兄ちゃん。竜の赤ちゃんは何を食べるの?」
「あ、そうか。何を食べるかか?そうだね、ここには卵から生まれるって書いてあるから、ミルクは飲まないと思うよ。」
「え、赤ちゃんなのに?」
「そうだよ、ミルクを飲むのは、人間や、犬や猫、ライオンやクマ……。ほにゅう動物だけなんだ。だから、竜の赤ちゃんは……。」
「竜の赤ちゃんは……?」
「……。ヘビやトカゲの赤ちゃんが食べるものと同じかな?」
「それって、何?」
「……。はっきり言って、分からないな。」
「えーっ、そんなこと言わずに、考えてみてよう。」
お兄ちゃんは、腕組みをしながら、肩をすくめて見せました。
ルミはがっかりして、自分の部屋に戻りました。
そして、もう一度、今日あったことを思い出してみました。しばらく考えているうちに、ルミは、あることを思い出しました。
「そうだ!たっちゃんが言ってた。カブトムシをとろうとしたら、竜の赤ちゃんが一緒に網に入ってたって。ということは……。」
ルミの顔は、パッと明るくなりました。
「お母さん!カブトムシのエサ買って来てもいい?」
「え、もう遅いよ。どうしてカブトムシのエサがいるの?」
「あ、あの、が、学校でカブトムシの学習があるんだ。」
「ふうん、もう遅いから、お兄ちゃんに買って来てもらったら?お兄ちゃん、行って来て上げて……。」
「え、ぼくが?」
お兄ちゃんは、少し不機嫌そうです。
「あ、あの、ゼリーみたいなエサだよー。」
「分かってるよ。」
やっぱり、お兄ちゃんは少し怒っているように思えました。
しばらくして、お兄ちゃんがビニール袋を下げて帰って来ました。
「お兄ちゃん、お帰りー。どうも、ありがとう。」
「ハイ。」と言って渡されたビニール袋を受け取り、ルミは二階へ駆け上がりました。
どれどれ、竜の赤ちゃんのごちそうは……。
急いで開けたビニール袋の中から、ルミが頼んでいたカブトムシのエサと一緒に、カブトムシ用の止まり木も出て来ました。
「お兄ちゃん……。」
お兄ちゃんは、どちらかというと無口で、あまり愛想がいいとは言えません。でも、すごく優しい心を持っているので、そこがルミは大好きなのでした。
竜の赤ちゃんは、カブトムシの止まり木によじ登って、ゼリー状のエサを、おいしそうになめています。ルミは、食い入るようにそれを見つめながら、自然とニコニコしてくるのを、止めることができませんでした。
「エヘヘ、大成功……。」
竜の赤ちゃんは、すっかりおなかがいっぱいになったらしく、しばらくすると、止まり木の下にもぐり込んで、じっとしているかと思うと、スヤスヤ眠り始めました。
ルミはその様子をずっとながめていましたが、何か思いついたらしく、急いで一階にかけ降りると、小さなお皿をそおっと持って来ました。ルミはそのお皿を虫かごの中に入れると、また虫かご全体を、そおっと葉っぱでかくしました。お皿の中には水が入れてありました。竜の赤ちゃんが目をさました時、のどがかわいているかも知れない、とルミは考えたのです。
「おやすみ、竜の赤ちゃん……。」
その日の夜遅く、ルミがベッドで寝息をたてているとき、遠くの山の方で、カミナリがゴロゴロ鳴り、しばらくすると、また別の方角の山で稲光が光っていました。
次の日の朝、ルミは目をさますと、パジャマも着替えず、真っ先に虫かごのところへ行きました。今日はいつもと違って、お母さんに起こされる前に自然に目が覚めました。
「竜の赤ちゃんは、どうしてるかな?」
ルミは、静かに、虫かごの中の葉っぱをどかしました。
「いた、いた……!」
竜の赤ちゃんも、今目をさましたばかりのようで、目をパチパチさせています。ルミは昨日の残りのカブトムシのエサを、止まり木につけてあげました。でも、竜の赤ちゃんは、それには目もくれず、昨日の夜、ルミが入れておいたお皿の水をおいしそうに飲み始めました。
「ルミー!早く起きてー。学校に間に合わないよー。」
「はーい!」
ルミはまた、葉っぱで中が見えないようにしてから、階段を、トントントン……と、かけ降りて行きました。
「昨日の夜、カミナリが鳴ってたわね。」
お母さんが言いました。
「え、そうだっけ?」
「知らなかったの?お父さん。まあ、あれだけイビキかいてたら分からないかもね。」
「ふうん、ルミも知らなかった……。」
と言いながら、ルミは、『それは、きっと竜のお母さんが、赤ちゃんを探していたんだ。』と心の中でつぶやきました。
その日、学校でルミは少し変でした。授業中は上の空でしたし、友達から話しかけられても、トンチンカンな答えばかりしていました。竜の赤ちゃんのことが頭から離れなかったのです。お昼休みに給食を食べたあと、ルミは急いで図書室に行ってみました。竜について調べてみよう、と思ったからです。しかし、30分以上探して見つかったのは、「エルマーとりゅう」のシリーズと、「竜の子太郎」という本だけでした。試しに百科事典でも調べてみましたが、「想像上の動物」なんて書いてあり、昨日お兄ちゃんが教えてくれたことすら載っていませんでした。
最後の終業のチャイムが鳴ると、ルミは大急ぎでランドセルを背負い、学校の門を出ました。
ルミは、ハッとして空を見上げました。真夏のお日様をさえぎるように、突然黒い雲が空に広がって来ています。さっきまであんなに晴れていたはずなのに、どうしたことでしょう?
ルミは運動会でも走ったことのないような猛スピードで、家まで一気に走りました。玄関にすべり込むと同時に、ポツポツポツ!と大粒の雨。
ガラガラ、ゴロゴロゴロ!
と、カミナリも鳴り始めました。
「おかえりー。雨に降られなくてよかったね……。」
お母さんの言葉にも答えず、ルミはまっしぐらに二階へかけ上がって行きました。
「竜の赤ちゃん!お母さんが探しに来てるみたいだよ!」
ルミは、迷わず竜の赤ちゃんの入った虫かごを窓のそばへ置きました。そして、雨が吹き込むのもかまわず、窓を大きく開け放ちました。
『竜のお母さん!ここだよ、赤ちゃん!』
と、声には出しませんでしたが、ルミは心の中で叫んでいました。
葉っぱをどかしてあげると、竜の赤ちゃんは羽根を懸命に動かしながら、止まり木のてっぺんまで登って行きました。羽根は動くようになったみたいですが、空を飛べるとは思えない、小さくて薄い羽根です。
そのとき、突然ルミの家の前で、竜巻が立ち上り、見る間にそれはぐんぐん近づいて来ました。
ぐぉー、びゅー、びゅわー!
ルミが「アッ!」と叫ぶと同時に、竜の赤ちゃんの入った虫かごは空に吹き上げられました。そしてすごい雨粒と風が一緒になって部屋の中に吹き込んできました。
「竜の赤ちゃーん!」
ルミは風に吹き飛ばされないように、必死で窓枠を握りしめながら、空を見上げました。
ガラガラ、ピッシャーン!
ルミは、稲光がきらめく瞬間、大きな竜と、小さな竜が天に昇って行くのを、はっきりと見ました。
「よかった。竜の赤ちゃん、お空に帰れたんだ……。」
ゴロゴロ、グルグル、ゴロロ……。
だんだんと、カミナリは遠のいて行き、雲も見る見る晴れ上がって行きます。
やがて、広がった青い空には今までに見たこともないような、大きくてきれいな虹がかかりました。そして、その虹の向こうには、もうかなり小さくなってしまいましたが、竜が飛んでいるのが見えます。そして、そのまわりをよく見ると、驚いたことに、馬のようなものや、光る鳥のようなものまで見えました。
「あれは、きっと……、ペガサスと、火の鳥だ。」
ルミが昨日、竜の赤ちゃんのことをかくすために、でまかせで宿題で書くと言ってしまった、空想上の動物たちがいる『不思議な動物園』が本当に空にできたかのようです。
「元気でねー!みんな、なかよくねー!」
と、突然大きな声が聞こえました。
下を見下ろすと、たっちゃんが家の前の道で、空を見上げて叫んでいます。
「やっぱり、たっちゃんにも、見えているんだ。」
とルミは思いました。
そして、たっちゃんの腕には、ついさっきまで小さな青い竜がいた、虫かごがしっかり大事そうに、抱かれていました。
それからのことでした。
風が強く吹いたあとや、海や、山に行ったとき、
雲がうるうる盛り上がっているとき、
ルミの目に、竜が見えるようになったのは……。
このことは、今でもたっちゃんと、ルミだけの秘密です。
だから、皆さんもこのことは誰にも言わないと、約束して下さいね……。
おしまい