4話 生存確認…
ここが死後の世界…?
いや、待て待て。ありえないっしょ…だって現に電話してるし…。
『うちの妹は目覚めてませんが生きてます。死ぬなんて冗談でも言わないで下さい…本当にさっきから…貴方は誰なんですか?もう怒りませんから貴方が持っている日和の鞄を返して下さい』
え?生きてるの!?
…それは喜ばしい事だけど現在の自分の存在がさらに不可解な物になっていく。
身体があっても目覚めてないって事は…つまり今のあたしは意識だけで形成されてる存在?これが世に言う幽体離脱とかってやつですかね?
正しく…これが夢オチとかなら万々歳なんですけど…
あたしは携帯を持ってない手を目の前にかざしてみるけど別に透けていたりもしなければ、さっきラットに触れたという事は他の物に触れる感触もある
「……日向兄ちゃん…信じられないと思う。あたしだって絶対信じられないし…でもあたし、日和なのよ」
『………』
どうやって説得すればいいの?
「とりあえず話聞いてくれる?」
『………わかった』
例え自分の存在は否定されたとしても、兄から出た言葉が否定の言葉じゃなかったのが単純に嬉しかった。
…うぅ泣きそう。
「あのね話すと長いようで短いんだけど…出勤した途端に空からタライが降ってきてね。気がついたら変な寝室にいたのよ。で、今は森のど真ん中にいるの!火を吹くラットとかが側にいます」
『…』
…しまったテンパリすぎて説明をいろいろ端折りすぎた。
というか…自分でも理解していない事を相手に理解させるとか出来るわけがない。
こんな空想世界、小説の中のような話を現実で説明しろと言われても推測さえも出て来ない。もちろん理論だっての話なんて出来ない
「……色々すみません」
『現状では君が日和だとは全く信用出来ない、が…君が日和だと証明する方法が無くはない』
「えっほんと!?やるやる!!」
この状態でそんな方法を思いつくなんてさすが兄ちゃん!
…何だか向こうで大きな溜息が聞こえてきた気がするけどスルー機能発動します!
「で、どうすればいいの?」
『…今、私は日和の部屋にいる。ちなみにマンションではなく実家の方だ。この部屋で私が知りようもない、一般には推測する事さえも出来ない物証を提示してみろ』
…んん?物証を提示?
簡単に言うと、台所に包丁なんて当たり前の事以外でその部屋に存在する物を言えばいいんだよね?
う〜ん。何にしよう?普通に生活してる日常でも覚えてないのに実家となると…え〜っと…部屋に置いてあった物…と
6帖の部屋を必死に思い出すけど、これといって特別な何かなんてあるわけもなく。
マンションならまだあるんだけどなぁ…ん?実家?
「あっ!そうだ。この前兄ちゃんから借りたDVDがあった!」
この前帰省した時に、兄ちゃんの部屋にあったDVDが見たかった物だったから一筆書いて借りてきたんだった。で、確か返すタイミングを見計らうために自分の部屋に置いてあった筈…
実際の医者でもある兄は元々医療関係ドラマがきっかけで医者になったほどの医療ドラマオタクであり部屋にはそのジャンルのDVDが所狭しと置かれているのだ。
あたしもそのジャンルは嫌いじゃない。むしろ好きな方なので、よく兄コレクションにお世話になってる。
『……借りたとは言わない。あれは強奪と言うんだ。プレミアボックスを惜しげもなく破り捨てやがって…』
あ…そう言えばあれ未開封でした。
うん、容易に電話の向こうで青筋を浮かべてる兄が想像出来て寒気がします
「はは…まぁ落ち着いて、コレクションDVDの中に実は密かに『日本全国ゆるきゃら達』が医療DVDパッケージでごまかして存在してる事は誰にも言わないから」
『どうしてそれをっ!』
「DVDは全てチェック済みだっての。あたしの兄コレ網羅をナメんなよ」
『っ!?』
わっかりやすいぐらいに動揺してくれる兄…最初は白地のDVDを見つけて「エロか?」って疑ったけど画面に現れたゆるキャラ達に目が点だったわよ。可愛く口元に手をあててダンスを踊るゆるキャラ達、眼鏡インテリな兄にあれはギャップすぎて見た瞬間笑いすぎて「殺す気?」って思ったもんだわ。
あっ!でもこれが決定的な物証じゃない?
「兄ちゃん、あたしは日和です」
『………』
精神的ショックが大きすぎたのか返事が返ってこない。まぁ妹であろうが何であろうが隠し事を暴露されるのは結構な精神ダメージだよね。
…大丈夫「ゆるキャラシリーズ、1巻から10巻までコンプリートして、DVDの傷も半端無いし、お気に入りだよね!」なんて追加ダメージは与えないから…もちろんあたしも全部見たのは内緒だし。
『…あいつらには絶対、言うなよ』
兄ちゃんがいう「あいつら」は他の兄弟を言っているに間違いなく、言うわけ無いじゃん!こんな美味しいネタ…あ、ってか今の状況で内緒話とか出来るわけないじゃん
「言わないし…でもこれで納得して貰えた?」
『……あぁ。まだ信じられない部分が多いが…きみ…じゃないな、日和の言う通りなんだろう。それにしてもなぜこんな状況になっている?病気と無縁なお前が会社で倒れたと連絡があった時には心臓が止まるかと思ったぞ』
確かに実家が病院なのに、生まれてこの方予防接種以外でお世話になった事がないぐらいあたしは健康体だった。
「検査とかしたんでしょ?あたしどっか悪い所あった?」
今兄の前にあたしが寝ていると言う事は倒れた後、実家に連れて来られて診察を受けた筈。
『いや…体に異常はみられない。心電図モニターは一応つけているが…ただ意識が無く眠ってる状況だ』
「…そっか」
もし身体に何か異常があってこの状況になってるなら、そっちでどうにかして貰えれば元に戻れるかもしれないなんて考えは甘かった
『…とにかく初めからどうなったのかもう一度説明しろ』
「…ぁぃ」
あたしはとりあえず推測関係は入れず、起こった事だけを一字一句漏らさず兄に話した。
***
『…つまりまとめると日和は別世界にいるという結論か?』
まとめないで欲しい…しかも結論ってそこで終わっちゃいそうじゃん!
「………」
『…で、現状で戻れそうなのか?』
うぅ…戻れるなら戻ってるっての!!今あたしにとって一番欲してる、でも一番難しい事を聞かないで欲しい。
「そんなのわかんないよっ!!!この世界が何かもわからないのにっ!!どうしてあたしがこんな目にあうの!?あたし悪い事してないのにっ!!兄ちゃんだってどうしてそんなに冷静でいられるのよっ!!あたしの事が心配じゃないの!?」
あたしの中で何かが振り切れた。兄への言葉は八つ当たりだってわかってても止まらない。そんなヒステリックになったあたしに、根気よく電話の向こうで兄ちゃんが何度も「大丈夫だ」と言ってくれる言葉にいつの間にか号泣っていうぐらい涙は溢れる。
「ずび……ごめん、兄ちゃん」
『日和、混乱するのはわかる。俺も今はどうしていいかわからない…だからといって泣きわめいても状況は変わらないだろう?…情報を集めるんだ。こちらでそういった異常現象が無いかを俺も調べてみる。とにかく冷静に判断するんだ、落ち着いて周りの情報を収集して戻る方法を考えろ』
「…日向兄ちゃん」
『家族が消えて無くなったわけじゃない…お前は一人じゃないんだ。ラットが火を吹く変な世界なんだろう?有名なテーマパークに無期限で行ったとでも思ってろ。こっちの世界の事と本体は俺がしっかり管理してやる』
…いや命の危険に晒されて楽しむとか無理だし。あたしそこまでドMじゃない。だけど兄が兄なりにあたしを励ましてくれるのがわかってちょっとだけ気分が上昇したし、元の世界に戻って浦島太郎現象になってたらどうしようって不安だった気持ちも払拭された。
「…頑張ってみる」
『よし。…ところでこの携帯はずっとつながってるのか?』
「……さぁ、どうなんだろう?」
普通の電波状況で繋がってるなんて事はありえないだろうし、まさか別世界に通信会社の電波搭があるとも思えない…特殊な通信を行ってるんだろうけど…
「この通信の仕組みがわかんないから…ずっとつながるって保障はない…」
『…少なくとも電話の仕組みだけは解明しておきたいな』
それはあたしも同感で、これっきりで向こうの世界と音信不通は辛い。
『……少し体温が上昇してるな』
「え?」
『…ちょっと試したい事がある。急に切れてもパニックになるなよ』
そういうとほんとに電話がぶちって切れた。いやいや、兄ちゃんありえないしっ!!もしこれで音信不通になったらどうしたらいいのさっ!?
パニックになるなと言われてもなるでしょっ!!とアタフタしてたらすぐに電話がかかってきた…あ…受信もいけるんだね
「もっもしもしぃ!!」
『…良かった、つながったな』
確証無しの実験だったのか!?危険過ぎるだろう!!
あまりの恐怖に思いつく限りの暴言が頭をよぎるけど、それらが口から発せられる事はなく、口をパクパクとさせているこの状況。
『…日和?いるのか』
「兄ちゃんの馬鹿たれぇ!!」
『…あぁすまんすまん。だがこの通信の手段はわかった』
「えぇ!?」
こんな短時間に何がわかったと言うんだろう…あたしも大概理系だけど、日向兄ちゃんは家族の中でも飛び抜けての頭の良さだから、常人には理解出来ない事もすぐわかっちゃうのか…
『この通信は人体通信だ』
「じ、人体通信?」
『あぁまだ実用化はされてない技術だが…理論上は可能だ。さっき日和から電話がかかってきた時、俺は日和の脈を取る為に手に触れていたんだが、それを離すと電話が切れた。体温が上昇してるのも電磁波の影響だろう』
…電磁波って…そんなの身体、本体は大丈夫なのか?
『上昇っていっても僅かだから心配するな。だがこれで通信は確保出来たな』
そんな時無情にも鳴り響いたのは充電切れのアラーム。
「『…っ!』」
うん、そういえば電池メモリがあと一つだったのを今思い出した…会社で充電しようと思ってたし…充電器は持ってるけど…コンセントなんてもちろん見当たるわけがなく。そちらの世界での通信は確保出来たけれど、こんな大自然でどうやって携帯を充電しろというのだ…こんな事ならソーラー発電の充電器を持っていればよかった。
『に…兄ちゃん。どうしよう…』
「…とりあえず生活できる状況を確保する事が必須だ。次になるべく早く携帯を充電出来る環境を見つけろ。つながらなくてもこちらから毎日電話はかけるからな」
『わ、わかった』
でもね、兄ちゃん…この世界に電気自体があるかもわかんないんですけど?
それ以前に生きてこの森を抜けれるかも不安なんだけど…すっかり忘れてたけど、あたしの目の前にいる赤い目の動物達。全員にこっち向かれるとか意味わかんないんですけどぉ!!
その間にもどんどん充電切れのアラームが大きくなっていく
「兄ちゃん……本体が突然血吐いたらごめんね。ちゃんと助けてね」
『…わかった。まかせとけ』
とりあえずこの動物達に対しても…
「あたし…頑張ってみるよ」
『ひょ…』
その言葉の途中で聞こえたのは、プツッという無情な電話の切断音。耳を離して見えたのは暗い画面。
「はは…」
また一人になってしまった。
…だけど大丈夫、不安だらけだけど、この世界は元の世界と繋がってるから…あたしは戻れる!だから頑張るっ!!
「…よしっ!!頑張るっ!!」
そんなあたしにこちらを見つめていた動物達の中から鹿がゆっくりと向かってくる
「…っう、ち、近寄らないで…」
鹿の頭にある立派な角に言った先から頑張る気力が奪われていくんですけど…
[術師よ…]
「……はぃ?」
…空耳?
空耳がほんとに空から聞こえたような気がしたので、思わず空を見上げてしまう。
「だ…誰?」
[空では無い。…目の前にいる]
目の前って……動物しかおりませんが…
ただよく見ないとわかんないけど…鹿の口が動いてる。
「……鹿」
[…我は火獣。魔物を退けてくれた事…感謝する]
…いやいや、魔物を退けた覚えも無いし。鹿が喋るとか受入れられないんですけど…
に、兄ちゃん緊急事態がすぐに勃発してしまいました…何か動物が喋ってるんですけど!!




