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3話 違う世界…深まるナゾ

 慌ててラットを追いかけて焚き木に戻ったあたしを待ち受けていたのは、信じられない光景だった


 「何故増えてる…」


 しかも一匹二匹の話じゃない。数えてみたらラットが10匹にウサギが9羽、でかい鳥が5羽に小さい鳥は数えるのが面倒なほどが所狭しと石椅子にとまってる状況、しかも鹿までいる。


 「こんなにたくさん…じゃあキャンプファイヤーだ!歌おうっ皆!…ってなるかぁ!」


 あたしが叫んでも動物達は全く動じる事無く軽くスルー…それどころか各々思い切りくつろいでる…屈辱だ。人間を怖がらない野生、あたしだって生き物の最上位に人間がいるだなんて馬鹿な事は申しませんけど…それにしてもですね


 「…明らかにそこの辺りの草食系は危機管理能力欠如してるし…ほら、そこで背中を毛繕いしてるラットは多分さっきあたしが掴んだ奴だな。おいそこの猛禽類、お前が雀サイズの小鳥と同席の絵図らはヘン!!」


 この面子に言いたい事は他にもたくさんあるけれど…まず声を大にして言いたいのは


 「あたしの座る場所無くなってるんですけどっ!!」


 石椅子を占拠してるのは大小入り乱れた鳥集団。鳥如き追い払えばいいと思わないでもないけど、さっきのラットみたいに火炎放射なんかされたらたまったもんじゃないし、そんな危険性が潜む相手、しかも一匹じゃなく複数に乱暴な事が出来るはずもなく…。あたしは大きなため息を吐きながら仕方なく鞄から新聞を取り出して敷物代わりにした。


 …おかしい。おかしいよね?

 見た目動物達に囲まれて幸せな世界名作劇場だけどさぁ…主役あたしじゃないですよね。気分は屋根裏に追いやられた家主な感じだし。


 とりあえずしばらくは近くに置いてあった薪を焚き木にくべたりしながら、こういうところでも使用人気分を味わいつつ、周りの様子を伺ってみるけど…とりあえず賑やかである。種別を超えての会話はないようだけど、同じ種が会話してるのか「キキ」や「ピピ」という獣の声が絶え間なく聞こえてくる。


 …どこを見てもとても楽しそうですけど、ただどうしてもイヌワシには物申す、『キャウキャウ』鳴く猛禽類と『ピピ』という小鳥が会話してるのは受け入れられません…特にあのイヌワシとスズメが仲良すぎる。何だあの自分の翼の中にスズメを囲い込む様子は…他の鳥への牽制をしてるって事は確実イヌワシが雄でスズメの雌を溺愛か?

 生態系的に彼らが絶対結ばれることなんてないんだろうな…鳥版「ロミジュリ」。例え上手いなあたし!って笑えないし、イヌワシとスズメの恋では泣けない。それどころかいつ捕食されるかハラハラドキドキホラーになりそうだ…


 …そんな事を真剣に考えてる自分にはっとして落ち込んだ。


 違う!!あたしは断固としてそんな動物版「家政婦は見た」をしたいわけじゃない!!


 …ただね~本来、突然こんな森に追いやられて一人で過ごすことになったら色々フラッシュバックして、寂しいというかパニックになるはずだったんだろう夜が、偶然とはいえ集まった動物達の勢いに呑まれて、何だか寂しさがどこかにいってしまっているのも事実で、だからといって彼らに感謝するとなるとちょっと違うんだけど


 「…何だかなぁ」


 こいつらほんとに野生動物だよね?さすがにあたしにじゃれついてきたりはしないから人のペットではないんだろうけど、何度も言うように人への警戒心が余りにも無さ過ぎる。


 「それに…さっきからなんっか違和感があるんだよね…何なんだろうなぁ?」


 ぐるりと焚き木の周りを見渡してもやっぱり何かが気になる…いやこの場に馴染んでる自分が一番違和感がありなんだけど…それは置いといて。はっきりこれ!って言えない不快感がすっごく気持ち悪い。


 とりあえず視界に入ったウサギを凝視してみたけど、身体は真っ白や茶色、それらがまだらになったウサギと、これといって変わりはない。行動も鼻をフンフンさせ、隣同士のウサギが互いを毛繕いしたり、丸まって寝ていたり…これらも特にこれといって何かは感じない…でも確かに何かの違和感がある


 「…う~ん」


 次にその横のラットを観察してみた。一番数が多いのは灰色と茶色のクマネズミタイプ。少し大型なラットもいるけれど、どうやら真っ白なラットはさっきの一匹だけらしい。あ…ハムスターみたいなのもいるな…


 あれ?…ちょっと何かがひっかかった…


 「キキキッキキッ」


 何だろう?


 「キキキキィー」「キキキ?」 「キキィ、キキ」


 いや…ネズミの多重奏すっごいうるさいし…しかも身体をもっとちゃんと見たいのにちょこまか動いてて集中してると目がまわる…


 「キキキッ」「キキッ」


 だぁ~!!うるさいっ!!

 このままネズミ群を見ていると発狂しそうなので、保留にして次にあたしの横で寝そべる鹿を見てみた。目を閉じて熟睡している様子なのでゆっくりと観察させてもらう


 見る限りでは奈良にいる鹿となんら変わりなく見えるけど…さすがに触れないなぁ。火炎放射云々より目で見える角の立派さが恐ろしいし…

 

 「……鹿には違和感感じない」


 鹿に違和感を感じない事で頭が余計にこんがらがってきたけど、残すは…イヌワシとスズメの昼ドラ真っ最中の鳥集団。

 

 いやぁ…あの石椅子集団の観察は遠慮したいわぁ…


 何てドン引き気味で見てみると、どうやら昼ドラに急展開があったらしい


 「あっ!」


 おぉ!!スズメがイヌワシの羽から抜け出して赤い綺麗な鳥と寄り添ってるよ…


 「…っひ!」


 イヌワシの口から黒い煙がプスプスと…落ち着け…落ち着いてくれイヌワシ!!

 どうみてもラットの火炎放射を連想させる煙が細いものから徐々に口全体から溢れ出てきてるのを見て恐怖に駆られる。

 しかも鳥だと言うのにイヌワシの感情表現はとても豊かで、赤い鳥へ憎しみがこちらまで伝わってくる。特にあの赤い目が恐ろしい…


 「ん?赤い目…」


 猛禽類が…赤い目?普通猛禽類って黄色・黒・茶色じゃなかったっけ? 


 「ピピピ…ピピ」

 「ギャギャ、ギャギャギャギャウ」

 「………」


 なんて真面目に考え込んでいるあたしの横でとうとうイヌワシと赤い鳥の場外乱闘が始まってしまい、他の鳥達が一斉に羽ばたき考え事どころの騒ぎじゃなくなった。さっきまで寝ていたウサギやネズミ達もすぐに一定の位置まで避難する


 どんだけ意思疎通バッチリな連係プレーだよ…なんて呆れてる間に、避難し損ねてしまった。どうやら残っていたあたしも攻撃対象化されてしまったらしく…


 「ギャウッ!!」

 「ぎゃ〜!!落ち着けイヌワシ!」

 「ピピッピピッ」

 

 口から煙が出ていても火炎放射する気は無いのか鋭い爪で赤い鳥を捕獲しようとイヌワシが動く。そのついでみたいにこちらに攻撃するのはマジやめてください


 「ピ「ひぃぃ~」ピッ」


 イヌワシのドロップキックとかありえないんですけどっ!!


 慌てて避けた視界10cm前を通りすぎていくイヌワシの爪に情けない声が小鳥と被ったのは許して欲しい。必死にイヌワシから逃げながら探すのはもちろん


 「そもそも元凶の雌スズメどこに行ったぁっ!?」


 辺りを見回せば、この騒ぎにも関わらず寝たままの鹿。そしてその背中で優雅に羽の繕いをするスズメ。その雌スズメのこれまた赤い目とばっちり目があう。ただ今は赤い目とか言ってる場合じゃない


 「雄を弄ぶ悪女ならぬ悪鳥…」


 絶対止めるなんて事なさそうだよね…どの社会でもこういう雌は恐ろしい。というかこういう内部問題は他所でやって欲しいと説に願います。役に立ちそうにない雌にはすぐ見切りをつけ、必死にイヌワシの攻撃の余波を受けないように立ち回りながら安全な位置までの脱出方法を考えていたら、背後で今まで寝ていた鹿の動く気配がした

  

 「鹿っ!?」


 助けてくれるのか?なんて思ったけど…鹿があたしを助けてくれる保障なんて無い。それどころかイヌワシVS赤い鳥に鹿まで参戦なんて事になったらすぐ傍にいるあたしの死亡確率が急上昇してしまう。


 くっ…こうなったら最終手段を使うしかない…


 あたしは低い姿勢で置いてあった鞄に近寄り、乱暴にその中へ手を突っ込むと塩せんべいを一袋取り出した。2枚入っているその一枚を鹿へ向けて投げ、もう一枚を手で粉砕して石椅子へとばら撒いた。


 「さぁ食べなさいっ!!」


 食は戦争も止める!…かどうかはわからないけど。


 ただ、予想に反してそれに反応したのは今まで安全圏に逃げていた動物だった。凄い勢いで石椅子の上には鳥集団が、鹿に投げたせんべいにはネズミ達が…


 「…お、お、お前らなぁ!!」


 良くも悪くも現金な彼らの行動に怒る気力も無くなる。それは今まで争っていたイヌワシと赤い鳥も同じらしく、彼らの殺伐とした空気が元の状態に戻った。


 「…終わりよければすべてよしって…っだけど今日は絶対に厄日だ」


 気が抜けてヘタリこむあたしに鹿がゆっくり近づいてくる


 そしてさっきから感じていた違和感の正体


 「…赤い」


 あたしが投げたせんべいを頬張るネズミも石椅子に群れる鳥達も、そしてあたしを見つめる鹿の瞳も…全部赤い色をしていた


 ここに集まっている動物達の体毛は茶色やら赤色など色とりどり集まっている。だけど身体の色に関係なく全て瞳が赤かった。これが違和感の一番の理由。

 基本、赤い瞳というのは「アルビノ」という遺伝子的色素欠乏が原因で起こる現象で、その色素欠乏を起こしている固体が有色の毛皮を持つ事はない。


 少なくとも「あたしが居た世界」ではこんなに多種類の動物が同じ現象を起こすなんてありえない。一瞬新種の病気かとも思ったけど、それよりは今朝から自分の身に起こった事を関連付ける方が早かった


 …最初に見つけたラットのせいで見誤り、その後の違和感に気付けなかった。

 なぜならあのラットは「あたしの居た世界」の白い身体と赤目というアルビノ体の特徴を持っていたから…


 突然移動する場所、火を怖がらない獣達、赤目が普通に存在している「世界」。


 生態系が「あたしの居た世界」とは違うという事から導き出す仮定


 「星が一緒でも生態系は別…」


 つまり信じられないけど、ここは「世界」が違う。あたしが物を理解出来てなくて当たり前の世界。うん、何となくはそんな予感してたんだけどさ…やっぱ冷静に考えると結構キツイ。


 「はは…火に集まる赤目集団…」


 誤魔化すように乾いた笑いをあげるあたしを鹿はやっぱり見つめてくる


 「くっくっく…赤色に火を連想するのはちょっと安直かなぁ…」

 

 科学者に有るまじきどこかのファンタジーのような世界観に笑いがとまらない。だけどそれ以外にあたしの頭にこの世界を説明出来る言葉なんてない


 「…何だこの世界」


 笑いの後に残ったのは空しい気持ち。地球と同じ星空を見つけた時は希望が見えたのに、またどん底に突き落とされた。


 「…お兄ちゃん達心配してるだろうなぁ」


 一人暮らししてからは会うのは一年に一度ぐらい充分だったのに、今は家族の顔が見たくて仕方ない。お正月に撮った家族写真がメモリに入ってるのを思い出して、泣きそうになるのを堪えて鞄から携帯を出した。だけど操作するその手は二つ折りの形態を開いた状態で止まった


 「…あれ?」


 携帯を見るとアンテナが3本立っている。


 「………え?まさか…ね。携帯が通じるとか…ないよね…」


 あたしはそこに獣達がいるのも忘れて、震える手で携帯を操作した。実家の番号を呼び出す事など慣れたものなのに、手が震えて中々家の番号が出てこない。そして半信半疑でかけた電話、携帯から聞こえてきた呼び出し音にわけがわからなくなった。


 ここは「元の世界」じゃないのに…電話が通じるってどういう事?


 『はい。安佐水…』

 「お兄ちゃんっ!!」


 いつもより低い声だったけど…そこから聞こえてきたのは紛れもなく兄の声だった。


 お互いに次の言葉が出て来ない…。

 というか先程から元の世界への希望を持っては叩き壊されてきた身としてはこの携帯が繋がっているという事もイマイチ信じられない


 『あの…この番号は妹のですが…妹の会社の方ですか?』

 「え?」


 …兄は何を言ってるの?どうしてあたしの携帯番号の表示を見てるのに「妹の会社」なんて発言が出てくるわけ?


 「お兄ちゃん…マジで怒るよ。妹の声ぐらいすぐに聞き分けて下さい。というかこっちはそんなふざけてる場合じゃ全然ないんです」

 『………』 

 

 こっちは生死の淵にまで立たされて、今だって大して差の無いヒドい状況なのに…


 『………妹?ひ、より…?』

 「どうして疑問形なのよ…私以外に他に妹がいるの?」


 そりゃ初耳だ…っていうか何?その愕然とした声は…


 『………まさか、そんなわけないな。何処のどなたか知りませんけど、悪戯にしては悪質ですよ』

 「えっ!!ちょっ!ちょっ!ちょっと待ってっ!!」 


 …最悪だ。電話の向こうで何やらぶつぶつ聞こえてきたと思ったら、人の話も聞かずに切りやがった。


 「………」


 …それにしても気になるのはあの兄の反応。冗談なんて言う人じゃない…つまり、向こうの世界ではあたしが電話をかける事が出来る状況にはなって無いらしい…


 …あぁ、嫌だ。想像したくないけど…


 あたしは携帯のリダイヤルをかけた


 『…ですから、悪戯にしては…』

 「…ねぇお兄ちゃん。もしかしてあたし死んじゃったの?』


 あの寝室での最初のふざけた考えがまさか現実とかマジ勘弁して欲しいんですけど…

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