2話 アウトドア?それともサバイバル?
見上げる先には丸い天体
「……つき?」
確実に死んだと思ったのに…なのになぜかあたしは生きてる
慌てて辺りを見回しても、あれだけいた人達が綺麗に居なくなってて、代わりにあるのは静寂だった。また辺りが暗くなってて視界が悪く正確にどのような場所かはわからないけど、さっきまで居た寝室でない事は確かだし、何やら鬱蒼とした感じの場所である事は間違いない。
たくさんの巨木が見えるから…ここは森か林?
あたしのいる所だけは頭上の木が開けており、だいたい3メートルぐらいの大きさに月のような天体の光が照らされて明るい場所になっていたが、一旦木の生えた場所に入るとすぐ先が暗闇で、ここがどれぐらい深い場所なのかは全くわからない。
「…人様の寝室の次は森?」
意味がわからない。物事には意味と順序があって然る可きだと思うんですけど…あそこに居る誰かに助けて貰ったわけでは無い…はず。言い切れないのは「殺すな」って人形男の声が聞こえたような気がしたからで…ただこれはあたしの妄想の可能性が極めて高い…
身体を調べても、最初に切られた袖以外に怪我は無し…それどころか逆に身体の調子がいいぐらい。万年肩こり何処いった?って感じ。
「何だかなぁ…」
自他共に認めるリケジョ、理論づくしのあたしがよ?人に現状を聞かれて何一つ説明出来ないなんてありえない…今日起こった事全てがあたしの理解の範囲を超越し過ぎてる。
「タライが空から降ってきて。星が飛んだら人様の寝室で。人形みたいな人間がいっぱいいて…超常現象リアル体験中でっす!……なんちゃって!!…はぁぁ」
声に出しても言ってみたものの自分のお馬鹿具合に吐きそうだ…。
ふともう一度吐いた大きなため息が白い息になるのを見て、今まで興奮しすぎてわからなかったけど、以外にこの場所が寒いのに気がついた。
「さむっ!」
周りを調査するのもこれからの事を考えるのも陽が昇ってからする事にして、とりあえずこの寒さ対策をしなくちゃとてもじゃないけど一晩乗り切れそうにない。何といっても日本はまだ10月だったもんでコートとか着てないし。
「…そうだ、火をつけよう!」
ここがあたしが感じたままの森ならば火を起こして獣よけを作る事も重要な気がしてきた。まぁここの獣が火を怖がるのか?も知らないけどさ…。
「…何か持ってたっけなぁ」
肩がけしてたリクルート鞄の中を探してみるけど、着火出来そうな物が見当たらない。
「くぅ~こんな事ならタバコの一本でも吸っとくんだったぁ」
あたし軽い喘息持ちだし…身体には悪いから微妙だけども、せめてライターの一本でも持っておきたかったな。
鞄の中身を探って出てきた物と言えば、携帯とシステム手帳、水のペットボトル、お弁当、吸入器、小説、経済新聞、化粧ポーチとお菓子がたんまり…そういえば、今日机の中のおやつの補充日だった。
「…この持ち物と格好で冬のアウトドアとかありえない」
スーツの袖はパックリ開いてるし。でも普通の通勤鞄に懐中電灯とか防災グッズ満載なんてそれはそれで嫌だけどね…うぅ…さぶっ。
とりあえず森火事とか人に迷惑かかる事はしゃれにならんので、周りに引火しそうにない所に焚き木場所を作らねば…
今自分がいる所はいい感じに土肌の場所で、開けた場所の真ん中だし、火は広がらなさそうでここなら大丈夫な感じ。落ち葉や木の枝はちょっと森に入ればすぐ集められると思う。
「あたし…超インドアなのに…キャンプなんてやったの10年以上前だっての…」
あたしは座れるサイズの石を探してその前で焚き木をする事に決めた。せっかくあの死地から助かったのだから、こっからは自分の知識をフル活用して生き延びないと!
軽く触った土肌はひんやりとしていて、手に土がついてくる。
「…地面ちょっと湿ってるなぁ…」
材料が限られた中では失敗するリスクは少しでも減らしたい。特に火起こしの失敗は命に関わるし。あたしは傍にあった手ごろな石を敷き詰め、簡易囲炉裏を作った。そして囲炉裏の真ん中に経済新聞を丸めて置き、その上から拾ってきた落ち葉と枝を乗せる
「とりあえず焚き木の土台は完成っと…それで今ある物で火を起こそうと思ったら…」
あたしはお菓子の中から2袋ほど石灰の乾燥剤を取り出して、化粧ポーチから金属のピルケースと眉ハサミを取り出し、乾燥剤の中身を空にしたピルケースに入れる。それを囲炉裏の真ん中に置きペットボトルから少量水をかけて、上に細かく破った新聞紙をのせた。それにもう一度落ち葉を乗っけてしばし待て!
「あぁ…あのピルケースお気に入りだったのになぁ…」
まぁでも背に腹はかえられないし、凍死とか嫌だし。
寒い寒いと言いながらしばらく待ってると薪から白い煙が上がり出した。
「よーしあとは一気に炎にしてしまえばオッケ!」
残った新聞を丸めて火吹竹のようにして思いっきり吹いたら
「ぉごほぅっ!!!」
…咽せました。うん、物には『適度』が重要です。
ただ成果は上々で、目の前には立派な炎が燃え上がってた。
「あったかい…」
どんな状況でも温もりっていうのは人の心をほっとさせるものなんだと、あたしは初めて知った。腰掛け石に座るとさらにほっとして、涙が出てきた。抱き寄せた足を包むように膝に顎を乗せて、ただじっと火を見続けた。
…ここがどこかわかんないけど、『火』は日本と変わらない。さっき見た空で輝く天体もどうみても月にしか見えないし。
「ほら、うさぎの…餅つきじゃん…ってあ…れ?」
さっきははっきり見なかったけど、よく見ると星座も似てる。あれ…北極星だよね?星の数がありえない量だから星座がつかみずらいけど、どうみても北斗七星?…あの三連星はオリオン座?
あたしは次々と一等星から覚えてる星座を作っていく。常軌を逸したこの世界の中で少なくとも自分の常識が通用するものが存在した。さっきとは違う涙が溢れてきて見上げた星空がぼやけても、下を向く気になれなかった。
「おおいぬ座、ぎょしゃ座、こいぬ座、秋の四辺形」
単純に楽しく嬉しかった。ここはあたしの知らない場所かもしれない…多分そうなんだと思う。でも、確かにここはあたしの知ってる日本と繋がってるし、あたしの知ってる場所がどこかにあるんだ。
希望はあたしに生きる糧を与えてくれる。
あたしは寒さと涙で流れ出た鼻水を思いっきり「ずずっ」っと吸い込んだ
「…こちとら研究は専門分野なんだ…絶対家に帰ってやる」
そうと決まればまずわかる事を整理しなくちゃ。とりあえず集めた枝を一つ持ち、星空を見ながら地面に東西南北を書いていく。月の軌道と位置から何とか大体の時間を計算しようとしたところで
『ぐるるるる…』
すみません…獣じゃありません。いや…ある意味獣かもしれませんけど…
「お腹すいた…」
自分の腕時計を見ると、あたしが経験した摩訶不思議事には関係なくきっちりとした時間を刻んでくれていたらしく
「12時28分…いつのまにか出勤時間から3時間半も経ってるし…」
『ぐるるる、ぐるるる、きゅるるるぅ〜』
…うんわかったから。お腹すいたのわかったから…ちょっと落ち着こうあたしのお腹。
この状態だと頭が考えるの拒否するし、とりあえず餌を与えないと…
あたしは鞄からお弁当を取り出し、膝の上でそれを開いた。昨日の残りの煮物と甘辛いミートボール、ちょっとだけ甘い卵焼きに白い御飯。何て事ないお弁当なのにすごく貴重な物に感じる。
「…何か感動。自炊してて良かったって今日程思った事ないわ」
だってこれがなかったらほんとにサバイバル生活になっちゃうわけでしょ?罠は作れるかもしれないけど…その後の獲物捕まえてどうにかするとか絶対無理!しかも、こんなわけわかんない土地の植物とか安易に口に出来ないし…そうなったら餓死街道まっしぐらじゃん…
「お弁当とお菓子がある間に絶対食い扶持見つけないと…」
『ぐるっぐる…』
あぁ…お腹が個性的に自己主張激しくなってきた。
「とりあえず、頂きますっ!!……って、のぉぉぉぉ!!」
思わず叫んでしまったのには訳がある。
あたしは昔からおっちょこちょいではあった、研究に没頭すると周りが見えなくなる事も多々あった…極度の方向オンチでもあった。基本自分が夢中になる物以外は適当人間だった事は認めよう…だからって…だからって…
「こんな時にお箸を入れ忘れるってありえねぇぇぇ!!」
どうすんのさ…今にも餓えて身体を倒しかねないお腹に何て言えば良いのさ…代用品見つけるまでちょっと待ってね!なんて受入れるわけ無いだろう!!
しかもお箸忘れてるのにふりかけはきちんとあるってどう言う事!?
「…手で食べるしか無い」
…潔癖性でも無いんで、ウェットティッシュなんてしゃれた物はあたしの鞄には存在してませんの事よ…だけどさすがに見知らぬ土地をべたべた触った手で食事を取るのは身の危険を感じるし…
「はぁぁ…いま水は超貴重品なのに」
あたしはまた大きく吐いた溜息と一緒に化粧ポーチから普通のティッシュを取り出してペットボトルの水を染み込ませる。それを余すところなく使い、手を拭った。
いつもなら即ゴミ箱行きであろうそれも、拭い終わった後キチンとたたんで側に置いておく。
今は全てが貴重品ですからね…
「はぁ…やっと食べられる」
そう言うとあたしはもう一度小さく口の中で「いただきます」と言って、手で卵焼きを掴んだ。最初は抵抗があったけど慣れてしまえば全然平気になるから人間って恐ろしい。普通にお弁当を半分食べたところでお弁当の蓋を閉める
「ごちそう様でした」
これから何が起こるかわからないので、食料確保の為に満たされなくても腹の獣が収まった時点でやめておく。
「キッ」
うん…?あたしのお腹の暴走音ではありませんよ?
食事に夢中になってて全然気がつかなかったけど、あたしが座る石椅子の向こう側に小さな来客がいた。どう見ても白いラットが後足2本で立って焚き木に手をかざしてる
「…え?」
日本のラットは普通に火を怖がるんだけどね?百歩譲って寒さに震え必死に暖かさを求めてっというならまぁそれは認めよう。だけど向かいのラットの様子はどうみても
「…何で彼はくつろいじゃってるのかな?」
いや普通にキャンプファイヤーみたいになってるから…君と「燃えろよ燃えろ」とか歌わないから…
とりあえずくつろいでる後から首根っこ捕まえてみた。ふふ…研究でラットのお世話は慣れてますから…うちの研究室は彼らを死に至らしめるような研究してませんでしたし、愛情持ってラット育てていい関係でしたから普通に触っちゃえるんですよ
野生なんで暴れ回るのは予想通りなんですけど
「なら野生らしく火でくつろぐのは止めようね」
物言いたげな赤い目でこっちにガン飛ばすの止めて貰えませんか?
「キキッ」
手の中のラットが目の前にくる位置で向き合ってたあたしの背筋に嫌な予感が走ったのはその時だった。
「っ!?」
ラットが突然大きく口を開けたと思ったら、その口から炎が飛び出してきた。咄嗟に首を傾げて避けた事と、炎がすぐに消えた事で特に火傷もしなかったけど…
「…今こいつ火を吹きました?」
自分で見た物が信じられなくて、向かい合ってたラットを焚き木の方に向けてもう片方の手で尻尾を引っ張ってみた。すると全身が硬直し、また口から炎が出る
「キキッ」
「…火炎放射」
火を吹く動物なんて架空のドラゴンとかお話の中の存在だと信じてましたし…ましてやこんな小さなラットが火を吹くとかありえないんですけど…
何にしても取り扱い注意の危険動物には違いないんで、あたしは石椅子のある自分のスペースから遠く離れた森の中でラットを手から離した。
…うん、どうして君は一目散に焚き木に戻っていくのかな?
読みずらいとのご指摘がありましたので、会話文の段落をつけました。