1話 空からタライが降ってきた
この作品は『至上最強迷子』の改稿版です
私、安佐水 日和にとって、まさに『青天の霹靂』。
会社の入口ゲートに社員証をかざした途端に空からタライが降ってきた…こんな事があっていい筈がない!!
もちろん星が飛びましたよ!ぶっ飛びましたよ!!
頭の中は『ばひぃ~ん』って音が大音響で流れるわ、目の前は星の影響でチカチカピカピカ、視界は真っ白。
うん…こういう時は潔くすぐに気絶した方が絶対救われると思う。
頭から『ばひぃ~ん』が消えると世界がぐるんぐるん回りだして、あぁやっと気絶出来ると思ったら、こみ上げてくる吐き気に阻止されてしまい色んな物に八つ当たりしたくなった
「ぐえ…」
…心底誰か助けろよ。と思う。
***
…どれぐらいその時間が続いたかわからないけど、ようやく頭が正常に働きだして一番最初に口に出したのは
「こんないたずらを仕組んだ馬鹿はどこのどいつだ…」
ということだった。ゴゴゴという擬音を背負い、込み上げた怒りを発散させる為、どこかでこの惨状を見て笑ってるであろう奴を探すべく視線を周囲に向ける。
「…あれ?」
視界が異様に暗い。朝の社内だと思っていた場所が一気に暗転仕様に変わっている。目が暗闇に慣れないせいもあるが周りを見ても物が見えない。
「…あれれ?」
目を細めてようやく何処かの部屋だとわかる程度の視界。
もしかして知らないうちに気絶とかしちゃって医務室にでも運ばれた?そんな考えが頭に浮かぶけど、それにしては状況がおかしい。医務室にしては暗すぎる。
「夜?」
いやいやさっき出勤したとこだし…そんなに長い間気絶なんてありえない。そんなに気絶してたら病院行きだっての!…それにどう考えてもおかしい、だってあたしは今立ったままだ。医務室なら普通寝てるでしょ?…立ったまま気絶なんて器用な事が出来かっ!!
「…ここ何処なのさ?」
どう考えても会社じゃない。という事は誘拐?二十歳越えた女を会社で誘拐する奴なんているわけねぇ~ので却下。
「死んだ?…もしかして、あたし死んだ?」
慌てて取りあえず自分の身体を触ってみる。だけど特に今朝と変わった所は無い。自分の右手に握られた会社の入口ゲートを通過する為の社員証には思わず笑ってしまう。そして一応シメに自分の頬も抓ってみる
「……痛い。普通に痛い」
死んでない…そう思いたい。そんな事を考えてる間に暗闇に目が慣れてきて自分の居る場所の情報が掴めてくる。ただ…周りを見れば見るほど状況を把握すればするほど手の中が汗ばんできた
「なんじゃろねぇ…ここ…」
言葉使いが変なのは若干動揺してる証拠で、理由は簡単。目の前にででーんと鎮座している物に今気付いたのだ。
たしかこれって天蓋っていうんだっけ?
テントのように天井から床に向かって伸びる布のカーテンの向こうはもちろんベッド、つまりここは寝室で暗いから色がわからないけど多分予想外れず金銀、豪華絢爛に違いない。よくよく見るとテレビで見たことあるヨーロッパ宮殿のような一室に手汗どころか体中から汗が吹き出る。
「天国…」
いかん…冷静になれあたし。
煌びやかな寝室イコール天国ってあたしの頭どんだけイタイんだ。それにこんなに暗いんだしどっちかっていうと地ご…
「のぉぉぉぉ!!!」
嫌な想像に思わず叫び声を上げてしまった。地獄なんて…あたしそんなに悪い事しましたか?悪戯で人を殺した誰かの方が悪くありませんか!?
あたしはその場にへたり込んで悶えてしまう。
「…誰だ」
ベッドから聞こえてきた地を這う様な声に背筋がぞぞぞっとなる。
え、閻魔様降臨?甥っ子と見た某幼児アニメみたいに「しゃく返せぇ」だけ言ってくれてると嬉しいのに…いかん…追い込まれすぎた時のあまりの自分の頭の悪さに凹む…れ、冷静に、落ち着けあたし。
ただ落ち着いて考えたら考えたで圧倒的状況の悪さに倒れそうだ
「…誰だと聞いている」
ひぃぃぃ。あたしの耳に聞こえる一段と低くなった声に対して恐怖に慄いていると天蓋の中がぼうっと明るくなった。そして布のカーテンに映る影二つ。
「…?」
重なりあっていた二つの影の一つがこっちに近づいてくる。
やばい…非常にやばい感じがする。
「陛下!行ってはなりませんっ!!危険でございます!!」
聞こえてきたもう一つの声は女性。
「………へい、か?」
ここは寝室。ベッドに二つの影は男と女。
つまり…うん。大人ですから…事情は充分理解出来るんですが…ただ、何が悲しくて朝っぱらから人の情事にお邪魔しちゃってるんでしょうか。しかも地獄での情事って…
あたしががっくりと床に顔を向けると「ばさっ」と布の開かれる音が聞こえた。そしてそれと同時に首にあてられた何か。
はい…見るの怖いデス。確認してあたしの想像した通りの物だったら今すぐ死ぬって事だし…あ。あたし死んでるんだっけ…
あたしは目をぎゅっと瞑って現実逃避に走る
「名を名乗れ…さもなくば今すぐ切り捨てる」
あわよくば自分の空想に逃げ込もうとしたあたしを引き戻す様に目の前にいるであろう人は威圧してくる。
「ひぎっ!あああ…あさっ安佐水日和と申しますぅぅぅ!!!」
「アサ…ミ?聞き慣れない……偽名か?」
「ちっっ!!違いますっ!!」
返事した勢いで大きく目を開けちゃいましたけど…あたしの首にあてられてる金属もばっちり見ちゃいましたけど…って、怖いぃ!!どう見ても刃物だし!しかも包丁みたいな可愛い物じゃなくて博物館に展示されてるような、その昔人を殺していたであろう物と一緒だしっ!!銃刀法違反だろうっ!!ど、どうか偽物でありますようにっ!!
恐怖に目が見開いてしまうのは許して欲しい。
それにしても、こんなのいたずらの範囲を越えてる…ヒド過ぎる。
「だっ誰か助けてよ!!もぅ怒んないからっ!!」
強気に言葉は発していても次から次へと目から涙が溢れ出す。
いや、そりゃちょっと人より感情表現が足りないって周りから言われていてもさ、許容範囲越えたら涙ぐらい出るさっ!!
「……何を言っている」
呆れた声が目の前の刃物を持つ人から発せられる。
「へ…」
多少柔らかになった声に相手に視線を向け、そのままその姿を目に止めてあたしは固まってしまった。ベッドから漏れた僅かな灯りによって照らされたその容姿は、今の私の頭の中にある言葉では表現できる姿ではなく、しかもこちらを真っ直ぐに射抜いてくる蒼い瞳の強さに、色んな意味で背筋が寒くなった。
い…生きてるんだよね?
作り物でしか存在しないような容姿でも、その全てが紛い物では無い事は本能でわかる…だけどどうみても日本人じゃないし、あたしの拙い記憶ではあるけれど…ただ地球人では無いと思う。
「っ…っは…」
「どうした」
呼吸が苦しくなる。考える事をすべて拒否するように思考回路が遮断されていく。考えたくない…でも考えなくちゃいけない。
「…こ、こは…ドコ?」
相手の片眉が上がったのが視界に入るが、どうでもいい。あたしが周囲を遮断して考えに没頭しようとした時
「誰かっ!!!近衛ぇ!!近衛ぇぇ!!密者が現れたわぁっ!!」
「黙れ!エリルトーラッ!!」
ベッドの奥から響き渡る声とそれを遮る目の前の男の怒声にはっと現実に戻された。そして奥の声の方へ視線をやると女がこっちを凄い形相で睨んでいた。
「赤い髮と…目」
もちろんこちらも目の前の男と同様に知らない人種…
「…貴方達、何なの?」
「先に貴様の正体を…「「「陛下っ!!ご無事でいらっしゃいますかっ!!」」」
人形男の声はかき消され複数の怒声とともに大量の人がなだれ込んできた。
「え!?なっ何!?」
流れ込んできた者達が明かりを持ち込んだのか薄暗かった部屋も一気に明るくなり、勢いに飲まれて唖然としていると気がつけばありえないぐらいの刃物に囲まれてしまった。恐怖から腰が抜けてただ現実から逃れる為に俯いてぎゅっと目を閉じた
微動すら出来ない状況にさっきまで体中から噴出していた汗が一気に冷たくなる。
「貴様ら許可なく我が寝室に入るとは何事だ…」
さっきより一段と低くなった人形男の声に部屋の室温さえ下がった気がする
「伽姫様より排除命令がありましたので緊急措置でございます。それに侵入者が居ることは紛れもない事実ですので…」
たくさんの男達の中で代表して一人の男が返事をしたようだけど、人形男の舌打ちにあたしの腕にあてられた刃物が微かに動くのが感じられた。俯いたまま視線を動かすとジャケットのその部分がぱっくり破れてるのが見える。
あぁっ!!あたしスーツ!!思わず叫びそうになった口を慌てて両手で塞ぐ。
スーツも泣けるけど、それより…刃物が本物っぽいんですけど…しかもちょっと動いただけでぱっくりってどんだけの切れ味よっ!
腕にあてられた一本だけが本物なわけないし、つまりあたしに向けられてる全ての刃物が本物という事だよね。
「ひっ」
自分の心臓の音が急激に跳ね上がったのがわかる。
これは…社内の単純ないたずらなんかじゃない。あたしはどう考えても何らかのトラブルに巻き込まれた…のね?
という事はどんだけ泣き叫ぼうが助けが入ってくるわけがなく、自分でどうにかしてこのピンチを乗り越えなくちゃいけないって事…だよねぇ。これだけの刃物を平気で所持してるなんてどうみても『や』のつく人しか考えつかないんだけど、でも日本人じゃないから海外マフィアとか?って出勤しただけで海外マフィアの抗争に巻き込まれるなんてどんだけ不運!?
まぁそんな事は「ドラマの見すぎ」だとあざ笑ってる自分がいるんだけど…。ただ向けられる刃物は現実問題だし…ここで漫画みたいに戦えたらかっこいい!!ただあたしには100%無理!完璧インドア派だから武器持ったこの人数ぶっ飛ばすなんて絶対無理!
精一杯妄想でバトルを頑張ってみても自分がボコボコにやられる姿しか想像出来ない
「貴様、どうやってここへ侵入した」
蒼い顔になってるであろうあたしは人形男とは別の声で現実に戻された。
「……」
「答えろっ!!」
答えろと言われましても、ぶっちゃけ「ここへ侵入した」の『ここ』もわかんないんですけど…
ずっと俯いてるから見てないけど、だんだん相手が苛立ってるのが向けられた刃先でわかる。
…どうせ死ぬならやらないで後悔するよりやって後悔する方がいい。
「あのぉ…」
とりあえず右手にあった社員証ケースから名刺を出して、声のした方に差し出してみる
ひぃぃ…ちょっと動くだけで周りの刃物に緊張感が走るんですけど。
「…何だこれは」
ぜんぜん名刺を受け取る気配もなければ、それどころか刃先がより近くなってる気がしますけどぉ!!
「わ、わ、私の身分証明みたいなものでして…」
「身分証明だと?」
「は…はい。株式会社ウェイ・リードの営業2課、安佐水日和と申します」
「……」
失礼かもしれないけど相変わらず俯いたままです。
だって怖いしっ!!でも名刺受け取って貰えたからもしかしてもしかすると生存確率10%ぐらいにはなった…か…
「戯言をっ!身分などどうでも良い!皇帝陛下の寝室に入り込んだだけでどの身分でも極刑に値するわっ!!さっさと殺してしまいなさいっ!!」
はい、ベッドの女が叫んであたしの生存確率消えたぁ~!!
耳元の刃物がヒュンと風を切る音を発する。
「っ!!」
座っているからか目で追った刃物はやけにゆっくりと高い位置へと向かっていった。
死ぬ時ってほんとに動きが遅くなるんだ…
人壁の隙間から見えた所に人形男が居て、隣の誰かとあたしの名刺を持って喋っているのが見えた。
あたしが殺されそうになってんのに全然こちら気にする気配もない。視界は狭かったけど部屋の中が明るくなったので人形男の端麗な顔がはっきり見えた
「…キレイだけど、根性最悪だな」
あたしの呟きが聞こえたのか人形男があたしに視線を向けてくる。ばっちり目があったので思いっきり睨み返してやりましたよ…今のあたしに出来るのそれぐらいだし、死んじゃうあたしの最後の悪足掻きだ
「…末代まで祟ってやる」
人形男の驚愕に開かれた目と呑まれた息。
「な…ぜ…」
人形男が何か言った気がするけど、今更呪いの言葉にびびってもしょうがないっての…
耳に刃物が振り下ろされる音が聞こえる。
…とりあえず皆ごめん。あたし死ぬみたい。
お待たせしました。
改稿版連載開始です