クリスマスの秘密
「いい子にしてないとサンタさん来ないわよ」
親がそんな言葉を口走る季節になった。その言葉を最初に言ったのが一体どこの誰なのか、今や知る由はない。確かなのは、この言葉が世界中どこの家庭でも、その場所の言語で語られる共通の習慣であるということだ。ちょうどクリスマスにはクリスマスツリーが飾られるように。これが上を向いて炬燵に寝転がりながら、有り余るエネルギーを贅沢に費やして僕の達した見地である。
だからだろうか。良い子にしているということについては、特に抵抗する気はない。
でも怒っていないのでもない。我々子供は、この言葉が怠惰を源としていることに怒っている。意味をよくよく考えてみればいい。寸分の狂いなく正確に捉えれば、サンタクロースは悪い子にはプレゼントを持ってこないという意味になる。控えめな良心に任せてみても、確率論的に妥当な線を考えてみても、答えは同じ。サンタクロースがそんな酷いことをする訳がない。悪い子にプレゼントを渡さないなら、それは悪魔の仕業だ。
「プレゼントを貰わなかったなんて話は聞いたことがないけど?」
その声は天井の電灯に当たって、それからキッチンへと伝わっていった。だがそんな反論も母は穿った目でこじつけてしまうだろう。そのくらいはこっちだって予想がついている。
「そういう目に遭った子供は、貰ったふりをして隠しているだけよ」
確かにありそうな話ではある。ていうか、それが子供に言う説明かよ。
何はともあれ、これでは一つ重要な問題が生じてしまう。母はそのことに気付いているのだろうか。僕に背を向けながら皿洗いをしている様子を見る限り、単に思いつきで言ったのだとしか思えない。だってもし本当に良い子しかプレゼントを貰えないのなら、サンタクロースは監視しなければならないのだ。子供と母親のこんなくだらない日常でさえも省略せずに、ちゃんと良い子にしているかを総合的に評価しなければならなくなってしまうのだ。それは現実的じゃない。それに各家庭全てに目を行き届かせるなんて、今のセキュリティが発達した社会において可能になるとは思えない。監視されているなんて絶対に有り得ないのである。
それにしても、どうしてこんな矛盾した言葉が広まってしまっているのだろうか。炬燵の中で寝返りを打って、僕は体を俯せにした。こうして血が多少抜けている方が冴えた思考をしやすい。そうだな。きっとその言葉が子供に有効だという既成概念を大人が持ってしまっているせいだろう。そりゃ最強の矛を手に入れればそれを振り回したくもなる。これもまた同じく世界に共通な事実、か。
では只今よりそんな既成概念に戦いを挑むことにしよう。全世界の同志たちのためにも、このまま引き下がる訳にはいかないのだ。この盾が最強であることを祈って。
「えぇ~!? でもサンタさんはどこから見てるのさ? こんな家の中まで分かるはずないじゃん!」
あっぱれ。これは至極当然な反論だ。魔法でも使わなければ、そんな芸当が可能になるはずがない。
どうだ、大人?
やったぞ、同志たち!
しかし結果から言えば、僕はあっさりと白旗を揚げる事になった。大人はそんな空想には空想をぶち当てれば破壊が容易であることを熟知しているらしい。
「それはね、とっても不思議な魔法を使ってるのよ」
非科学とは卑怯な。
子供には子供の思考で返事をするというのもまた既成概念。悔しいが僕は負けたのだ。完敗。もう何を言っても無駄だ。最初から歯が立たないだろうと分かってはいたのだけれど、このちっぽけな歯形くらいは奴の脛に残せただろう。それだけで十分だ。
疼く義心を慰めて、僕は風呂掃除へ向かった。
「いや~。危なかったですね」
部下が盗聴用のヘッドフォンを外しながら冷や汗を拭った。
「ああいう鋭い子供は、将来有望だな」
「でも、よく気付かれないですよね。こんなに堂々と見ているってのに」
「当たり前だ。既成概念だよ。誰も思うはずがないだろ? クリスマスツリーに監視カメラが仕込まれているだなんて」
「そんなもんなんですかね」
「そんなもんさ。まあでも、あの子のプレゼントを三割ほど増やしておこうか。これ以上不満を持たれるのは堪らないからね」
2011/12/13 改訂